高齢化が進展する中で、患者自身やその家族の身体的・金銭的負担の増加が懸念されている。一方、病院経営の深刻な状況や、医師・医療従事者の労働環境についてもさまざまな課題を抱えている。今回は日本の医療機関の経営状況を中心に各種データを参照していく。
Nijie Kuboki
4割が赤字、病院経営の実態と対策
国内医療の中心は病院
本論に入る前に、医療機関の全体像を概観する。日本の医療機関は一般の医療(医科診療)を行う病院と一般診療所、歯科診療を行う歯科診療所(歯科病院)に大別される。病院と診療所の区別は病床数によるもので、20床以上を有する施設は病院となる。
施設数では一般診療所が過半数を占め病院は1割に満たないが、医療費では病院が6割以上を占めており、医療の中心は病院であることがわかる。
赤字経営病院が4分の1を占める
日本の病院の現状を見ると、4割の病院が赤字経営(医業・介護収益ベース。助成金や利息等を除く)となっている。経営主体別では、公的医療機関(国立・公立・自治体運営等)で7割、医療法人でも3割が赤字であり、業界全体として厳しい状況にある。
また全日本病院協会の調査では、東京の病院はその他の地域よりも赤字比率が高く、一般の公共サービスのような地方だけの問題とも違う、構造的な要因があると考えられる。なお、一般診療所では赤字経営の比率は2割未満となる。
一方で、医療費および診療費は増加の一途をたどっており、国内総生産(GDP)に占める比率も上昇している。こうした状況にもかかわらず赤字経営の病院が存在すること、今後医療費の抑制が必須であることを考えると、持続可能な医療システムに向けて制度の改変が求められる。
諸外国に比べて病院数、病床数が多い
日本の医療費が高騰しているのは周知の事実だが、日本のサービス水準は主要国と比較してどの程度だろうか。
経済協力開発機構(OECD)主要国と人口あたりの病院数、病床数を比較すると、先進国の中で最も高い水準にあることがわかる。これは誰でも医療が受けられるという手厚いサービスともとれるが、現状の費用状況から考えるとやや過剰の域にある。
特に総合病院数の多さが目立っており、これは医療システムが機能分化しきれていないことを示すものだろう。病床数の多さは稼働率の低下につながるが、日本の医療では急性期、回復期、療養期の区別が曖昧で在院日数が長いため、これまで維持できていたと考えられる。
また、病床あたりの従事医師数についても日本は最も低い水準にあり、医師の労働量の増加や患者一人ひとりにかけるリソースの不足など、医師・患者双方にとって好ましくない状況にある。
現状では病院経営の改善と医療費の抑制がトレードオフ
日本の病院に焦点を戻して経営の構造を見てみよう。
病院の収入は一般に入院診療と外来診療からなり、入院診療が6〜7割を占める。入院診療は病床部分が固定費となるため、病床稼働率が収益性に大きな影響を与える。患者数に対して供給過多の場合稼働率は低下しやすい。在院日数が延びれば稼働率は上昇するが、一方で全体の医療費が増加するため持続可能な体制とは言い難い。
都道府県別の病床稼働率(利用率)と平均在院日数を見ると、稼働率の上昇要因として在院日数が影響していることがわかる。当然ながら稼働率および在院日数は一人あたり医療費額とも相関し、現状では病院の経営状況にはプラスとなるが日本全体の医療システムを考えるうえでは非効率と言える。
数の多い小・中規模病院で病床回転率が低い
次に、病院の中でも効率化が必要なカテゴリを検討する。
病床規模別に病床数と稼働率を見ると、施設数は50~99床規模が多い。稼働率は50~199床および600床以上の規模で上昇しているが、600床以上の規模では在院日数が16日前後であるのに対し、50~199床では35~40日と長い。つまり小・中規模の病院では病床回転率が低いことが稼働率上昇につながっている(注記参照)。
小・中規模の病院では療養病床を有する施設も多いことから一概には言えないものの、40日前後という在院日数は効率化の余地があるのではないだろうか。
(注記)在院日数が長い要因のひとつとして、療養病床のほかDPC/PDPS制度(診断群分類に基づく1日あたり包括払い制度)の影響が考えられる。DPC/PDPS制度では、従来の出来高報酬体系と異なり、同一疾患の患者について、在院日数に応じて1日あたりの報酬(定額)をあらかじめ算定する。多くの大規模病院ではDPC/PDPS制度が適用されており、在院日数が長い場合、1日あたりの診療報酬点数は減少するため日数短縮のインセンティブが働きやすい。
病院の統合とかかりつけ医制度の導入が必要
日本の病院数、病床数の多さと、小・中規模病院での効率化の必要性を考えると、病院は統廃合を進めるべきだろう。全体の供給量が減少すれば在院日数が短くても稼働率は維持できるため、病院の経営面に寄与でき、全体の医療費も抑制できる。一朝一夕にできることではないが、長期的には必要な措置である。
統廃合によって患者が医療へアクセスしにくくなるという問題については、かかりつけ医の導入によって解決すべきと考える。かかりつけ医とは患者の身近な地域において日常的な診療を行い、患者の症状に応じて適切な専門医療機関を紹介する役割を持つ。
一般には診療所や地域の小規模病院の医師を想定することが多い。かかりつけ医の存在により病院は2次医療機関となるため、過度の設備や検査などが不要となる。無駄な医療行為を回避するゲートキーパーとしての役割のほか、医療サービスへのアクセス改善も期待できる。
イギリス、ドイツ、フランスなど欧州各国では実質上かかりつけ医制度が導入されており、日本でもその重要性は以前から指摘されていた。2014年度から診療報酬にも導入されたが、まだ一般的とは言い難い。
なお、本稿では言及しないが、病床数の削減や在院日数の短縮については病院の機能分化が不可欠である。厚生労働省では昨年から病床を機能別に分類する病床機能報告制度を導入したほか、診療報酬においても急性期と在宅医療をつなぐ地域包括ケア病棟の区分が導入された。今後どの程度の効果が出るかが注目される。
高まる家庭の負担を支援することが求められる
しかし、ここで問題となるのが家庭の負担である。病床数の削減と在院日数の短縮は在宅医療の増加につながり、家庭での負担は重くなる。看病・介護のために家族が仕事を辞めることは、個人単位でも社会全体でも損失が大きく、回避しなければならない。
今後日本では、自宅での療養を補佐するため、家庭でモニタリングが可能な医療機器や、介護・介助ロボットなどの開発・活用の重要性がさらに高まることだろう。
人口減少の時代において労働生産性は家庭も含めて考えるべきであること、また課題先進国として今後世界に売り出していくことも可能な分野であることから、政府による積極的な支援・育成も必要だと考える。
(文:窪木虹恵)