真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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八騎飛び

趙雲が自軍に戻るのを見届けた後、一刀も踵を返す。振り向いた先には何か言いたげな凪と風、二人の姿。顔を隠していて表情は見えないが明らかに怒っていた。

 

「謝るつもりはないぞ。俺はこれが最善と判断した」

 

二人の怒りを拒絶する様な一刀の言葉。三人は暫し、視線を交わしていたが、諦めた様に凪がため息をついた。

 

「……わかりました。隊長のご判断に従いますが、ただ一つだけ言わせて頂きます」

 

「何だ?」

 

「必ず勝って下さい」

 

「……さぁ、それはどうだろうな。戦は生き物だ。どうなるかはわからん。でも一つだけ言える事がある。それは……」

 

 

 

 

 

 

『俺は俺より弱い奴には負けてはやらん』

 

 

 

 

 

 

堂々たる宣言。その言葉は自信と余裕に満ちていた。

 

「安心しました」

 

「……何故だ?」

 

「今の隊長に敵う者が居るとは自分には思えませんので」

 

どこか弾んだ様な凪の声、布の下に隠されたその顔には恐らく微笑みが浮かんでいるに違いない。凪の絶対の信頼を受けて一刀は

 

「……そうか、なら、その期待に応えるとしよう」

 

そう言いながら、凪の頭をぽんぽんと撫でる。

 

「むぅ~、風を無視しないで欲しいのですよー」

 

隣を見ると、むくれた様子の風。一刀はそんな風の頭も撫でてやる。

 

「悪いな風、無視したつもりはないんだ」

 

「これが正室と側室の差なのですねー。仕方ないと言えば仕方ないですが……」

 

「だからそんなに拗ねるな。言いたい事があるなら聞く……」

 

一刀がそこまで言った時、蜀軍から軍気が立ち昇るのがわかった。

 

「……風、話を聞くのは、後になりそうだ。向こうの準備が出来たらしい」

 

一刀は風にそれだけ告げてラキに跨がる。

 

「高長恭様、これを」

 

黒鬼隊の一人が一刀に六角形の槍の長さほど鉄棒を持って来る。

 

これは馬上で戦う事を想定して、一刀が作らせた物だ。

 

祖父から貰った愛用の刀はあるが、馬上で使うには短すぎる。初めは槍を使う事も考えたが、鉄棒でも今の一刀ならば普通に殴れば、刃など無くても人は死ぬ。

 

そして何より、戦の最中で折れる事がない。それが鉄棒を使う事を決めた一番の理由だった。

 

「お兄さん」

 

鉄棒を持った一刀に風が話しかけて来る。

 

「どうした?」

 

「星ちゃんは強いですよ」

 

「そんな事はわかってるさ」

 

「なら、どうしてそんなにも自信があるのですか?」

 

「風、趙雲は春蘭や霞より強いのか?」

 

「それは……風は武人ではないので、どちらかがとは言えませんが、甲乙付け難いのではないかと……」

 

「俺もそう思う。そして俺は春蘭と霞を同時に相手にしても勝ち切れる。それが答えだ」

 

それだけを言い残して、一刀はラキの歩を進ませた。

 

前方の蜀軍、組んでいる陣形は魚鱗。ただ、普通の魚鱗と違うのは、本来ならば後方に居るはずの大将の趙雲が最前列に居る事だろう。そして中軍に馬岱。

 

どこまでも攻めに特化した陣形。

 

その陣形を見て、一刀は黒鬼隊の中でも武に優れた兵を四人呼び寄せた。

 

捨奸(すてがまり)だ」

 

一刀は一言、四人にそう言い渡す。

 

―――捨奸。それは一刀の先祖である島津家が愛用した戦術。

 

その内容は撤退する味方を逃がす為に数人の兵が敵に突撃し、命尽きるまで戦い、時を稼ぐという決死の戦術。

 

一刀はそれを通常の野戦で使う事を決めた。

 

四人は一刀の言葉の意味がわかったのか、一度大きく頷き、

 

「「「「御意!」」」」

 

粛々とその命令を受け入れた。

 

「お前達の家族の事は心配しなくていい。俺が面倒見る」

 

それだけがこれから散る四人に向けての一刀の(はなむけ)だった。

 

一刀は四人から目を逸らし、前進を始めた蜀軍を見据える。

 

「さぁ、始めるか」

 

ラキの腹を軽く蹴り駆ける。後ろには一糸乱れぬ黒鬼隊。

 

一刀が駆け出すのを確認した趙雲も前進の速度を上げていた。

 

お互いの顔が明確に視認出来る距離、両軍がぶつかる直前に一刀は左手を横に上げる。

 

それは軍を分ける合図、黒鬼隊は二列縦隊に別れた。

 

武器を弓に持ち替え、騎射を行い蜀軍を射倒しながらその左右を駆け抜けて行く。

 

「なっ!騎射だと!」

 

驚く趙雲の声。無理もない。匈奴の兵ならともかく、漢の地の軍で騎射を行える軍は極めて少ない。それだけ高い技術が要求されるからだ。

 

「まずは一撃」

 

機先を制した一刀が呟く。

 

黒鬼隊が蜀軍の左右を通過した後、一刀が率いる千騎が凄まじい速さで反転し、蜀軍の背後を急襲。

 

一刀が鉄棒を振るう度、蜀兵が千切れ飛ぶ。ぶつかった蜀軍から圧力は感じなかった。趙雲の指揮が間に合っていない。いや、正確にはその伝達がだ。

 

一刀が今、相手しているのが、趙雲から距離が離れている軍である事が幸いしていた。中に入り込めばこうはいかない。

 

背後から急襲した一刀の千騎は敵の左軍に向かって突き抜けて行く。そして分断された蜀軍をもう一方の千騎が殲滅している。

 

その様子はまるで魚の鱗を剥ぎ取っている様に見えた。

 

「味な真似をしてくれるな」

 

いつの間にか、前軍から一刀が急襲している場所に引き返してきた趙雲が一刀を睨め付けながらそう吐き捨てる。

 

戻って来た趙雲の指揮の影響からか、蜀軍の圧力が増し、黒鬼隊は徐々に切り込む速度が鈍って来ていた。このままでは数に勝る蜀軍に包囲される。

 

そこまで考えた一刀は切り札を切った。

 

「行け!」

 

一刀の号令と共に飛び出したの四人の鬼。向かう先は趙雲ただ一人。

 

「ほう、この趙子龍の前に出るとは……いいだろう、かかって来るが良い!」

 

見栄を切り、槍を構える趙雲。その顔は自分が負けるとは微塵も考えていない。

 

一刀はそんな趙雲を見て、口元をつり上げ嗤う。

 

 

 

……その余裕の顔を凍り付かせてやる!

 

 

 

四人の鬼と趙雲が刃を交える。三合ほど打ち合った辺りで趙雲の表情が余裕から驚愕に変わる。

 

「なんだ!この兵達は!?何故、ただの兵卒が私の槍を受け止められる!?」

 

一刀は周りの蜀軍を打ち倒しながら、趙雲の言葉に答えてやる。

 

(おご)ったな、趙子龍。確かに俺の兵にお前に敵う者はいない。だが、俺の兵をただの兵卒と一緒にするなよ。……良い事を教えてやる。俺が率いる二千の兵、その一人一人の武は」

 

そこまで言って、一刀は中軍の指揮をしている馬岱を指差し、

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこに居る馬岱より上だ』

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!」

 

「そいつらではお前には勝てない。しかしな、受けに徹すればお前とお前の周りに居る兵を相手に時間を稼ぐ事は出来る。そしてお前はそいつらを相手にしながら兵を指揮する事なんか出来はしないだろう。……後は」

 

一刀の視線が馬岱へと向く。

 

「いかん!逃げよ蒲公英!」

 

「星姉様!!」

 

「お前はそこでそいつらを相手にしていろ。俺が馬岱を討ち取るまでな」

 

「くっ!そこをどけ!」

 

趙雲が四人の鬼を突破して一刀に向かおうとするが、文字通り、必死の四人の囲いから脱け出す事が出来ない。

 

そんな趙雲をしり目に一刀は馬岱に向かってラキを駆けさせる。立ち塞がる蜀軍はラキに弾き飛ばされ、それを避けても一刀の鉄棒の餌食になっていく。

 

一刀が逃げる馬岱の背を捉えた時、彼女に付き従う兵は騎馬七騎のみになっていた。

 

それを確認した一刀は鉄棒を投げ捨て、サバイバルナイフを抜き、ラキの鞍に足を掛ける。そして足に気を込めて飛んだ。

 

向かう先は馬岱に付き従う騎馬七騎の内の最後方の一騎。

 

その一騎の背後に飛び着いた一刀は素早く兵の頸動脈を切り、自分の下に居る馬を足場にしてまた飛ぶ。

 

それを七度繰り返す。九郎判官義経の八艘飛び改め、八騎飛び。

 

人間離れした方法で馬岱に追い詰めた一刀は彼女の背後に飛び移り、左手で首を掴み、右手でナイフの刃を首筋に添わせ、全力の殺気を放ちつつ、馬岱の耳元で囁く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つ~かま~えた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッ!!」

 

短い悲鳴。それと同時に一刀の鼻に尿臭が飛び込んで来る。……馬岱が失禁していた。それを見ないふりをして一刀は馬岱に問い掛けた。

 

「動けば切る。黙って捕らえられるなら、命は助けてやろう。捕らえられる気があるなら大きく一度頷け」

 

数秒の間、どうにもならない事を悟ったのだろう。馬岱は大きく頷いた。

 

「敵将馬岱!召し捕ったり!!」

 

一刀のその声で蜀軍全体に大きな動揺が走った。一刀は馬岱の身柄を追い付いて来た黒鬼隊二名に引き渡して再び戦線に戻る。

 

そこからは一方的だった。大将が抑え込まれ、副将は捕らえられる。指揮する者が居ない軍など、例え数で勝ろうが、烏合の衆でしかない。

 

趙雲が四人を討ち取って囲いを脱け出した頃には、既に蜀軍は敗走を始めていた。




戦争描写難しすぎぃ!

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