魔女と風邪とひとときの……
「……39度5分ですね」
「はぁ……はぁ……そう……」
紫髪の魔女パチュリー・ノーレッジはベットに寝かされていた。
傍には、彼女の使い魔である小悪魔がパチュリーの熱を測り、タオルを桶に入れた水で浸している。
このヴワル魔法図書館は基本的に埃っぽい。
普段ならその環境に慣れているパチュリーが風邪を引くことはない。
だが、季節が悪かった。
今は、梅雨。
じめじめした湿気が猛威を振るうには、この図書館は格好の場所と言えた。
結果、喘息持ちのパチュリーが床につくのに時間はかからなかった。
「だから早めに湿気対策をするべきだと言っていましたのに」
「ゴホッ! ……少し油断しすぎたわ」
パチュリーの油断。それは読んでいた本に夢中になっていた事。
ただでさえ季節感を感じにくい図書館の中では、仕方がない事とも言えた。
小悪魔がそっとパチュリーの額に水で湿らせたタオルを置く。
「パチュリー様の場合、喘息も持っているんですから気をつけて下さい……」
「……はぁ、はぁ……そうね」
もはや小悪魔が言ったその言葉ですら聞き取るのに苦労するほど、パチュリーの意識は朦朧としていた。
これまでも何度か風邪を引いたことはあったが、今回のはかなり辛い。
「それではパチュリー様、私は薬師の所にお薬を貰いに行ってきますから」
「……ゴホッ。えぇ……頼んだわ」
「それときちんと寝ていてくださいね。くれぐれも”本”をお読みになっては駄目ですよ?」
「……むきゅう」
本の虫であるパチュリーにとっては厳しい言葉だったが、小悪魔がパチュリーの為を思って言ってくれていることが分かっているので言い返すことはしない。
「では、いってきます」
「ゴホッ」
そして小悪魔は図書館の扉を閉めた。
小悪魔がいなくなった後、図書館には静寂が訪れた。
物音はパチュリーがする咳の音だけで、他には何も聞こえない。
「ゴホッ、ゴホッ」
意識が朦朧としていても、咳の音や喉と頭の痛みで直ぐに寝ることも出来なかった。
それでも、何とか頑張って寝る努力をする。
昔読んだ本に寝れない時は羊を数えると良い、とか書いてあった事を思い出して数えてみるが…。
朦朧とした意識では数すら数えることが困難だという事を知った。
もう何をしても無駄なのねと一人思う。
「!?」
突然、目を覚ますパチュリー。
自分が寝ていたことにも気づかなかったが、自分がかけた罠が作動したのを知覚したのだ。
これはかかった相手を攻撃するものではなく、主に侵入者を知らせる罠。
更に、この罠の対象者は限定されている。
「……ゴホ……魔……理沙? こんな時に……」
いつも図書館の本を盗っていく白黒魔法使い―霧雨魔理沙。
「早く……行かなきゃ……ゴホッ……私の本が……」
どうにか体を起こそうとするが、どんなに力を入れても起きれない。
だが、もし起きたとしても今のパチュリーでは魔理沙を止めることはできない。
喘息も併発している状態では、魔法を唱えることもままならないのだ。
「くっ……」
パチュリーは黙って成り行きを見守るしかなかった。
† † † † †
普通の魔法使いである霧雨魔理沙は、いつも通りの侵入経路で図書館に入る。
愛用の箒から降りて本の物色を始める。
だが魔理沙は違和感を覚えた。
「……おかしいぜ」
いつもなら侵入した時点で、この図書館の主であるパチュリーが来るはず。
よく見れば小悪魔の姿も見えない。
「今日はどうしたんだ?」
声に出して言ってみても、返事は返ってこない。
「じゃあ遠慮なく本を借りてくとするぜ!」
大声を出してみても、その声は図書館の奥へ吸い込まれていくだけだった。
「……不気味だぜ」
たまたま今図書館に誰もいないと考えることも出来たが、侵入者用の罠は発動してるはずだ。
「わたしとしては好都合なんだが……やっぱり気になるぜ」
そう思った途端調べずにいられなくなる魔理沙だった。
程なくして魔理沙はパチュリーを見つけた。
魔理沙の目の中にいるパチュリーは、いつもと違って弱りきっていた。
「おい……パチュリーどうしたんだ?」
ベットの上で咳をし続けるパチュリーは、魔理沙の方を向かずに言った。
「なんでもないわ……。本……持ってくなら……持って行きなさい……よ」
魔理沙は戸惑った。パチュリーがそんなことを言う訳がない。
自分の命の次か、同等ぐらいに好きな本を持って行けなんて…。
そう言われてそうする魔理沙ではなかった。
「わたしだって状況で物事を考えるぜ……」
「あら……ふふっ。勢いだけじゃ……なかった……のね」
「あのなぁ……」
少し帽子を目深に被り直して魔理沙は言った。
「だってそれじゃただの泥棒だ」
「えーっと……いつも盗んで……いって……るんだか……ら……泥棒……だと……思うん……だけど?」
「お前そんな途切れ途切れで突込みを入れなくてもいいんだぜ?」
「ゲホッ……ゴホ!」
「あぁ、分かったから大人しくしてろ」
「そう……ゲホ! ……させて……もらうわ」
それを最後にパチュリーの意識は途絶えた。
「パチュリー」
魔理沙の声だけが聞こえる。
「寝たか?」
パチュリーは瞼を閉じていて、頷く事もできず、ただ魔理沙の声を聞き続ける。
「うん寝てるな。100年以上生きている魔女でも、風邪なんかひくんだな……」
いつもの魔理沙と違って声が落ち着いている。
「わたしは人間だから、風邪ひくこともあるけど、パチュリーがなぁ」
悪かったわね……。私だって風邪ひくわよ。
「だからかな……実は凄い心配になった」
えっ?!
「パチュリーの場合は喘息も持ってる……さっきのお前凄く苦しそうだった」
魔理沙、何を言ってるの?
「わたしが何でここに、本を借りにくるか分かるか?」
何を……言ってるの?
「パチュリー。お前に会いに来るためだ……と言っても信じないだろうがな」
!? えっ……嘘! 何を……。
「わたしは……お前のことが……」
ガシッ!
パチュリーは魔理沙の袖を掴む。力強く。
「!? パチュリー起きてたのか!?」
取り乱す魔理沙。
しかしパチュリーは魔理沙の袖を離さなかった。
「魔……理沙」
「……どうした?」
「さっきの……続きを……言って?」
カァっと顔が真っ赤になっていく魔理沙。
熱のせいもあるがパチュリーも顔を真っ赤にしている。
「あ……えっ……と」
「お……願い」
そして魔理沙はパチュリーを真っ直ぐ見つめて言った。
「わたしは……パチュリーの事が……す」
バンッ!!
「ただいま帰りました! パチュリー様!!」
小悪魔が図書館の扉を開け放ち、大声で叫んだ。
魔理沙とパチュリーが小悪魔を見る。
小悪魔は二人の視線を浴びて、周りをキョロキョロと見やる。
「…………私お邪魔でしたか?」
そして再びパチュリーの意識は途絶えた。
† † † † †
がさごそという物音でパチュリーは目を覚ました。
ぼやけた視界を回しながら音源を捜す。
見つけた場所にいたのは、小悪魔だった。
作ってきたお粥を机の上に置いていた。
「……こぁ」
「あっ! 目が覚めましたかパチュリー様!」
小悪魔はそのままパチュリーの額に手をあてる。
「ん~やっぱりまだ熱がありますね。お薬貰ってきましたから、お粥食べた後に飲みましょう」
「えぇ……」
パチュリーは更に周りを見やる。
しかしパチュリーが求めた姿はどこにもいなかった。
「ねぇ……こぁ?」
「はい? どうしましたかパチュリー様」
彼女がいない。
あの白黒魔法使いが……。
「魔理沙……来てなかった?」
「私が帰ってきた時には誰もいませんでしたよ? それに先程出かけてからそんなに時間も経ってませんし…」
「……そう、ありがとう」
小悪魔に怪しいそぶりは無く、ありのままを言っているようだ。
あれは……夢だったのだろうか?
魔理沙が私を……。
もし夢だとしたら……。
「ねぇこぁ……」
「はい?」
「風邪も……たまには良いものね」
「パチュリー様。そんな不謹慎なこと言わないで下さい」
夢だったとしても……嬉しかった。
了
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