私はフリーランスのジャーナリストに転職して今年で17年になります。またNGOの代表を務めて、現地入りするたびに食料や医薬品を支援してきました。

アフガニスタンには911事件直後から合計11回取材をしていまして、現地には私の通訳が住んでいます。彼らとは時々メールでやりとりをして、適宜、難民の状況や戦闘の様子などの写真や動画を送ってもらっていました。

8月15日にカブールが陥落し、現地の様子がどうなっているのか、カブール在住で私の通訳アブドラに報告を頼みました。タリバンが首都に迫ってくる様子や、大統領府に入ったことなどを、彼は写真、動画とともに、メールで送ってきました。

私は、緊急事態でありこの情報を伝えねばならないと思ったので、その日からSNSで発信を続けました。

1 空港における写真と記事

8月16日に朝日新聞社から電話があり、インタビューに答えるとともに、通訳アブドラが送ってきた写真を提供しました。そして記事がネット上にアップされました。その直後に、特に空港の様子が、別の誰かがツイートしているものではないかと、朝日新聞社からの指摘があり、通約アブドラに確認したところ、彼は暴動が起きた直後から仲間と一緒に空港に入り、一晩写真を撮り続けていたと証言しました。彼の送ってきた写真の中で、KAM・AIRの屋根に乗っている写真を記事にしたのですが、これはJAWID OMIDという中国系のメディアの現地記者が撮影したものではないかと、指摘されましたのでアブドラに再確認したところ、「自分たちが撮影した」と言います。

この騒動の中で事実確認をしなければ、と思い、アブドラにJAWID OMID氏に連絡を取ってもらったところ、「写真をもらったので、ツイッターにアップした」とJAWID氏が語ったとのことでした。その後、JAWID氏からの連絡を待っていますが、8月18日午後3時半現在、まだ連絡はありません。実際に当日に空港に入っていた通訳のアブドラはこの写真だけではなく、別のアングルからの写真も持っていましたので、掲載写真と合わせて私の SNSに掲載します。このKAM・AIRの写真は、誰の撮影なのか、現在のところ不明です。

なお朝日新聞社とは電話でやり取りを続けて、当該記事が公開終了となりました。記事公開に至るまでには、記者と私のメールや電話やりとりの中で確認をとった上でのことでした。しかし8月17日の時点では、まだJAWID氏との連絡が取れておらず、このままだと朝日新聞社にもご迷惑がかかる可能性があるので、「確かに通訳のアブドラが無断でインターネットから取ってきた可能性がある」と考えましたので、公開終了することに合意しました。仕方がないことですが、アフガニスタンで起きていることを広く伝えたかった私としては大変遺憾なことになりました。

2 私のSNSでの発信につきまして

新聞記事に載せた写真以外にも多数、アブドラが送ってきた写真があります。8月15日から一連のツイートに掲載した大部分のものは、彼が直接撮影したものです。しかし中には彼が友人からもらったものが含まれており、この点を確認せず、SNSで発信したことは軽率だったと思います。特に19年8月にロイター通信で使われた写真を、「2週間前に撮影されたものだ」とのアブドラの証言を鵜呑みにしてしまい、ツイートしたことは軽率で、ロイター社のみならず、ツイートを閲覧した方々に誤解を与えたことを、ここに謝罪し、このツイートに関して早急に削除いたします。本日以後も、写真1枚ごとに確認が取れ次第、削除するか残すかの対応をしてまいります。

上記の問題が起きてから、例えばアブドラが撮影した「米兵に射殺された5名の若者の写真」は事実経過が確定したものです。しかしながら、たくさんの方々から「これも怪しい」「ウソではないか」などとうツイートが寄せられました。

あるいは「大統領府にあがったタリバンの旗」についても、「コラージュだろう」と決めつけた投稿も多数見られます。しかしこれは実際に掲げられた旗です。

また8月10日に北部のクンドゥズで老人を担いで逃げるアフガン軍兵士の写真については、アブドラの友人が撮影したもので、許可を得てそれを送付してくれたのですが、この写真はかなりの人に共有されて現地で回っていたものですから、これも「盗んでいたのでは?」などの投稿がありました。現在はアフガンでもネットが発達して、こうした情報が瞬時に回りますので、朝日の記事は、その後から出さざるを得ず、あたかも「順番が逆」のように捉えて、やはり「盗んでいる」などの投稿がありました。

その上で、訴えたいことは、私が投稿した写真の大部分は貴重な現地の一次情報だということです。私たちには知る権利があり、米国の20年に渡るアフガン戦争が一体なんだったのか、総括する必要があると思います。もちろん、日本もインド洋で給油を続けていたので、数々の日本による人道支援とともに、きちんと振り返る必要があると思います。

さらにいえば、大事なことはアフガンの人々の命であり、国際社会のタリバン政権への監視です。私はアフガンの現地を取材する者であり、私の情報を待っておられる大勢の方々がおられます。私のSNSに心ない中傷やフェイクと取れる投稿を続けることは、決してアフガンの人々のためになりません。今回の一連のSNSの発信では、誓ってネットなどから勝手に写真を剽窃したことはありません。あたかもこのような行為をしたかのような、事実確認をしないままの行き過ぎた中傷は私と通訳への名誉毀損にもなりますので、今後このような投稿をされる方々には法的措置も取らせていただきたいと考えています。

中村公園の中の中村さん ツイッター.jpg

2020年10月22日から11月3日まで、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ経由でアフガニスタンに入った。医師でペシャワール会現地代表の中村哲さんが殺害されて1年。中村さんの造られた用水路は今どうなっているのか、なぜアフガニスタンの戦争は終わらないのか、繰り返される戦火の中で人々はどんな暮らしをしているのか...。ここでは時系列に沿ってまとめてみたい。

10月22日午後8時、関空に到着。「あーこりゃひどい」。空港はガラガラ。外貨両替店もレストランも閉まっている。飛行機もガラガラ。国際線は人ではなく、空気を運んでいる状況で、フライトアテンダントも暇そうにしている。エコノミー4座席の肘掛を倒して寝転がってドバイまで。関空とは対照的にドバイ国際空港の入国審査は大混雑。なぜか?コロナ対策でUAEはアブダビなど他都市からの入国を禁止。唯一の玄関をドバイに絞っているのだ。入国の条件は検査から96時間以内の「コロナ陰性証明書」を所持していること。私は3日前のPCR検査で「コロナ陰性証明書」をゲット。この時点ですでに94時間が経過。ヒヤヒヤしながら順番待ち。95時間目、ギリギリで入国に成功。安宿にチャックインして、まずは「2020ドバイ万博」の予定地をめざす。予定では今年10月から開催されているはずのドバイ万博。東京オリンピックと同様、1年延期になった。万博予定地までは市内中心部から地下鉄で約45分。最寄駅に到着。ここからはバスになるが、万博が開催されていないのでバスもお休み。仕方なくタクシーを拾って片側7車線の巨大な万博ロードを突っ走る。道路沿いには民家も工場もなく、行き交う車もない。何しろドバイ万博の推定入場者数は約2千5百万人!この道路でも足らないので、お隣に地下鉄の新線が工事中。もしコロナが収束せず、万博が中止になればこの道路や地下鉄、すでに建設されたパビリオンなどはどうなるのだろう?日本も人ごとではない。2025大阪万博はドバイが順当に開催されて5年の空白期間があるという前提で計画されている。もしドバイが2年、3年と延期されていけば...。コロナ後のドバイ、世界の諸都市と同じくインバウンドはほぼゼロ。ホテルには閑古鳥が鳴いている。そして万博こそ3密で、よほど注意を払わないと、またもパンデミックだ。ドバイ万博が来年開催される保証はない。しかしまだドバイは「陸地なのでマシ」。万博が無理でもこの土地にニュータウンや工業団地などを造成すれば有効活用は可能。ところが大阪会場は海に浮かぶ夢洲なのだ。人の住まない人工島に、無理に無理を重ねて道路や地下鉄を通せば、それらは「壮大な無駄」にならないか?コロナ対策をしなければならない時に無理やり強行した2度目の住民投票も「壮大な無駄」だった。都構想と同じく、大阪万博も引き返した方がいい。もちろん、東京オリンピックも早期に中止すべきだろう。

10月26日、アフガニスタンのビザが下りる。ドバイ〜カブール便は毎日飛んでいる。出たばかりのビザを握りしめてカブールへ。3時間のフライトでカブール到着。メインストリート、主要なビルは自爆テロを警戒して巨大なコンクリートの壁に覆われている。通行人の中にブルカをかぶった物乞いの女性、地雷被害者と思しき片足の男たち、そしてアフガン軍が睨みを効かせる検問所...。わずか3時間で金満天国ドバイから、戦争地獄のカブールへ。大きな鉄の門扉に守られたホテルにチェックイン。ホテル前では民間軍事会社の兵士が銃を構えて24時間体制で警備している。今日からは酒もネオンも夜間外出もない生活になる。

10月27日、カブールを出てアフガン東部のジャララバードを目指す。テロが頻発し、武器があふれるジャララバードでは強盗事件も多発。なるべく現地の人々の中に溶け込まないと危険だ。アフガン民族衣装に着替えて、くたびれた中古タクシーをチャーター。洋服を着ていると目立つし、快適だからといって四駆のランドクルーザーなどを選ぶと「金を持っているヤツら」と誤解され、標的になりかねない。約4時間のドライブでジャララバードに到着。ここはカブール川とクナール川の合流点に栄えた歴史ある古都で、ここからあの三蔵法師も通ったといわれるカイバル峠を越えれば、もうそこはパキスタンだ。

ジャララバードを南北に貫くクナール川を遡る。はるか彼方にヒンズークシュの山々が見える。この大河はヒンズークシュを水源として下流のパキスタンでインダス川に合流する。淀川くらいの川幅に満々とした水量をたたえ、1年中枯れることはない。

約1時間後、川沿いの国道を外れ、石ころだらけの土漠を行く。ガンベリー砂漠と呼ばれる不毛の地。その小高い丘を喘ぎながらオンボロタクシーが駆け上がる。「あれがナカムラパーク(中村公園)だよ」。通訳が指差す方向に細長い森が見える。広大な砂漠の中でそこだけが緑。「そうか、あの森は用水路に沿って伸びているのか」。中村哲さんが7年の歳月をかけて建設したマルワリード用水路(現地語で真珠の意味)は全長25キロ超。クナール川の水をガンベリー砂漠に引き込んで、約1万6千ヘクタール(東京ドーム3500個分)の黄色い大地を緑に変えて、65万人の人々を飢えと渇きから救ってきた。アフガニスタンの人々はその最大の功労者である日本人を「カカ・ナカムラ」(中村おじさん)と呼んだ。10年前に私がこの地を初めて踏んだ時「お前は日本人か?それなら、どうしても会わせたい人がいる」。現地の人がわざわざ中村さんの事務所まで私を連れて行ってくれた。「やぁ、よく来たね」。微笑みながら現れたのが当時62歳の中村さんだった。中村さんは現地の人々に愛されている。この調子でずっと用水路事業を進めていかれるだろう、と確信した。

昨年12月4日、その中村さんが何者かの凶弾に倒れてしまった。人々はその死を悼み、感謝と敬愛の念を込めて「中村公園」の中心に記念塔を建てた。塔には中村さんの肖像画。(写真)その柔らかで優しそうな眼差し。「中村さん、ありがとうございました」。心の中で両手を合わせて記念塔を撮影。あぁ、もうこの人には会えないのだ。涙でファインダーがにじむ。

この記念塔から車で10分ほど用水路を遡る。「あっ、ここと違うかな」。10年前に中村さんの案内でこの場所を訪れた時、人々はスコップで小さな水路を掘り進んでいた。この水路はマルワリード用水路から畑に水を引くためのもの。「すぐにこの辺りは緑になりますよ」。ボソボソっと語る中村さん。偉大なことを成し遂げているのに、自慢せずに朴訥と語るのが「中村スタイル」。私たちの姿に気づいた「作業員」たちが手を振ってくれている。みんな笑顔で嬉しそうだった。

10年後、同じ場所に立つ。砂漠が緑になり子どもたちが遊んでいる。予言どおり、ここに森ができて、家が建ち、子どもが生まれ育っている。

さらに用水路を遡る。中村さんたちが作っていた農業試験所前に到着。この土地にどんな作物が育つのか、トウモロコシ?小麦?。現地スタッフと協議していた中村さん。10年後、この場所はオレンジ畑になっていた。「この畑だけで1年に5500ドル(約60万円)の売り上げになる。農民たちは喜んでいるよ」。通訳の言葉にうなずく。アフガニスタンの60万円はかなりの大金。中村さんの事業は人々を飢えから解放するだけではなく、人間らしい生活を取り戻すチャンスも与えてくれているのだ。

生前の中村さんはこの用水路についてこう語っている。

「銃で押さえ込めば、銃で反撃されます。当たり前のことです。でもようやく流れ始めた用水路を誰が破壊しますか?緑色に復活した大地に、誰が銃弾を撃ち込みたいと思いますか?それを造ったのが日本人だと分かれば、少し失われた親日感情はすぐに戻ってきます。それが本当の外交なんじゃないかと僕は確信している。9条があるから海外ではこれまで絶対に銃を撃たなかった日本。それが本当の日本の強みなんですよ」。

「テロとの戦い」という名の武力ではなく、農業で平和をもたらした中村さん。「かつてのガンベリー砂漠」はアフガニスタンでは例外的に治安が安定している。それは「人々が飢えていないから」だ。

残念ながら今のアフガニスタンは、各地でタリバン軍とアフガン政府軍の戦闘が続いている。主な原因は貧困。アフガン政府軍はもちろん、タリバン軍も金で兵士をリクルートしている。「タリバン兵になれば給料がもらえる」という理由で若者が戦場に向かう。ではそんな現状をカブールで取材してみよう。

10月29日、ジャララバードからカブールに戻り、郊外の「チャライカンバーレ避難民キャンプ」を訪問する。ここには約4千人の避難民が土塀とビニールテントの粗末な家で暮らしている。特徴は「昨日、今日逃げてきた人」であふれていること。アフガン南部のカンダハル州、へルマンド州ではタリバンとアフガン軍の激しい戦闘が続いている。家を焼かれ、故郷を破壊されて逃げてきた人々が、今まさに泥をこねて「家」を作っている。土壁はできたが屋根はない。幸いにしてまだ雨季ではないので晴天が続いているが、もうすぐ冬がやってくる。カブールの冬は寒い。1月には気温が氷点下20度まで下がり、キャンプは凍りつく。人々は着の身着のまま逃げてきているので暖房設備はもちろん、火をおこすマキも石炭もない。この状況で子どもたちはズボンもパンツも靴もなく裸同然なのだ。アフガニスタンでは6人に1人が1歳の誕生日を迎えられない。そんな状態の中でコロナ禍が襲いかかる。国連や支援団体がコロナで引き揚げていて、支援物資が届かないのだ。「せめて食料を」。キャンプ責任者の求めに応じて緊急に30家族分の食料を購入して配布した。大変喜ばれたが、「食べたら終わり」。私の支援は根本的解決になっていない。乾いた大地に水を引き込んで農業で生活できるようにする。中村さんの用水路は人々を自立させ、希望を与えてくれる。改めて偉大な事業だと思う。

10月31日、カブール市内中心部の米国大使館前を通り過ぎる。米国大使館を守るコンクリート壁に中村さんの肖像画が描かれている。この大使館から車でわずか5分、インディラガンジー子ども病院を訪問した。特別に許可をもらって、まずは乳児病棟へ。栄養失調の子どもが多数、ベッドに横たわっている。双子で生まれてきたウスマン君(8か月)は、痩せた母親の胸にしがみつくのだが乳が出ない。なぜこんな状態まで放っておいたのか?それは「カブールまでの交通費」。広いアフガニスタンで子ども病院はここだけ。飢えた母親はカブールまでのバス代を調達することができなかったのだ。

やけど病棟へ。マルディヤちゃん(2)はパン焼き釜に頭から落ちた。落下した時に両手で踏ん張ったのだろう、両手指は切断されている。なぜパン焼き釜に?それは台所の構造。アフガンの貧困家庭には机もガス調理器もなく、地面に穴を掘って薪で煮炊きする。夜は寒いので、乳幼児が暖を求めて釜に近づいてくる。忙しい母親はその危機を気付かない。そして...。悲鳴に気がついた時はすでに子どもは炎の中。そんな悲劇が後を絶たない。

ラズッラー君(12)はその日、自宅で身を隠していた。銃声が聞こえる。タリバンとアフガン軍の戦闘が始まったのだ。家族と一緒に震えながら戦闘が終わるのを祈っていたその時、爆音とともにロケット弾が飛び込んできた。意識はここで途切れる。気が付いた時はこの病院のベッドの上だった。両親と兄弟を失い、5回の手術を受けた。全身大火傷を負ったが12歳の生命力が上回った。「もう峠は越えた。大丈夫だ」。医師の説明を聞きながら、彼の目から大粒の涙がこぼれた。

アシナちゃん(10)もロケット弾の流れ弾による大火傷。彼女の頭部にロケット弾の破片が突き刺さっていて、頭蓋骨を開けて破片を取り出したばかり。「一晩寝ないで手術したんだ。見ろよ、こんな状態だったんだぜ」。ポケットからスマホを取り出した医師が頭部切開と脳の中から破片を取り出す様子を見せてくれる。果たしてこの娘は言葉を喋れるのだろうか?両手両足は動くのか?変わり果てた自身の姿に絶望して自ら死を選ばないだろうか?

11月2日、再びインディラガンジー子ども病院を訪問する。「ぜひお前に取材してほしい患者がいる」と医師から連絡があったからだ。手術用の防護ガウンを着て手術室に入る。全身麻酔を施された赤ちゃんがベッドに横たわっている。「これを見ろ」。医師が赤ちゃんの背中を見せる。「テラトーマ(奇形腫瘍)」。怒りを含んだ医師の声が手術室に響く。「これは、もしかして米軍の...」「そうだ。劣化ウラン弾による放射能被害だ」。イラクと同じくアフガニスタンでも米軍は大量の劣化ウラン弾を使用している。「1日に5人、この腫瘍を取り除く手術をしたことがある。戦争前までこんな症状はなかった。俺は劣化ウラン弾が原因だと確信している」。もちろんこの疾病と劣化ウラン弾の因果関係は不明。だから調査を行うべきなのだが、肝心のアフガン政府が米国に支配されているため、調査どころか病院として正式に告発することもできない。医師が電気メスで赤ちゃんの腫瘍を切断していく。肉の焦げる異臭が手術室に充満する。果たしてこの子は助かるのか?米軍は劣化ウラン弾だけでなく、クラスター爆弾、白リン弾などを使用したと言われている。放射能だけでなく、重金属による化学的汚染も考えられる。戦争は最大の「ブルシットジョブ」(クソつまらない仕事)だ。

米国の大統領はバイデンになった。トランプよりはマシだが彼の後ろには軍産複合体がいる。反戦世論を高めて、まずはこの無謀な戦争を止める。その後の調査で劣化ウラン弾が原因となれば、米国に対して謝罪と補償を求める世界的な運動を繰り広げなければならない。

この時の映像をDVD「中村哲さんとアフガニスタン」にまとめています。映像は約30分。ご希望の方はメールでお知らせください。

西谷

「紙の爆弾」2020年11月号に、イソジン吉村&吉本興業が狙う「大阪都構想」とカジノ利権 という原稿を書いた。都構想の是非を問う住民投票まであと3週間、このままだと「興味ない人」「分からない人」が投票に行かないと思われるので、組織票、宗教票を持つ賛成派が勝利してしまう。カギは投票率だ。「よく分からない層」が、この危険な策略に気づくことが大事。大阪市民が自らの権限を大阪府に差し出すという、「自殺行為」を支持するはずがないとおもうからだ。例えば「吉村知事はサラ金大手の武富士の弁護士だった」ことを知らない人が圧倒的だろう。金を持っている側、そのとき力の強い側に、コバンザメのようについてきたのが吉村知事だ。少々長いが、読んでいただき、拡散してもらえれば幸いです。

吉村と尾崎、大崎 紙の爆弾用 ブログ用.jpg

2020年8月26日、大阪の吉村洋文知事が吉本新喜劇にサプライズ出演した。表向きは「持続可能な開発目標」SDGsの啓発目的で、2025大阪万博のロゴ入りTシャツを着ての登場。吉村知事の隣には尾崎裕大阪商工会議所会頭、その隣に吉本興業会長の大崎洋が並ぶ。新聞各社は「劇場にざわめき。笑いに包まれた」と書いているが、後日アップされた動画を見ると、一瞬ざわめいた観客席からの笑い声はほとんど聞こえず、むしろ「なんでお前がここにいる?」「金返せ」と言わんばかりの白けムードが漂っている。ネット上には「こんなん笑えない」「イソジンで落ちた人気を挽回するためか?」などの書き込みも。そう、これは「吉村人気」が高いうちに大阪都構想の是非を問う住民投票をやってしまえ、という維新の焦りと、それを後押しする吉本興業の「お笑いを利用したプロパガンダ」だった。

新喜劇でいえば、昨年4月には安倍前首相が出演している。この時も表向きは「大阪で開催されるG20への協力を訴えるため」とされたが、真の狙いはモリカケ問題で急落した安倍への支持率を何とかして回復させたい、という吉本興業側からのアシストだった。この時も会場からは「えーっ」というどよめき。「ほんまに本物?」という声が上がる中、次第に拍手に変わっていったという。残念ながら客席から「アベ帰れ!」「金返せ!」というヤジは出なかった。それもそのはず舞台の両サイドに強面のSPが立って睨みを利かせていたのだ。威圧された中での「お笑い」。そもそも笑いやユーモア、風刺とは権力者に向けられるべきものであって、権力に迎合するのはもはやお笑いではなく単なる提灯持ちである。この模様はその日のテレビニュースで報道されSNSで拡散し、安倍の好感度が上がった。吉本新喜劇は結果として「安倍政権の広告塔」になった。

ではなぜ吉本がここまで安倍&維新をヨイショするのか?その答はズバリ「利権」だ。

吉本と電通を税金で支援するクールジャパン

JR大阪環状線大阪城公園駅を下車してスロープを下るとそこは大阪城公園の散歩道。訪れたのが休日だったので親子連れが目立つ。公園はいつの間にかテーマパーク化していて、赤や青の周遊列車が通り過ぎていく。散歩道の両サイドには高い樹木が生い茂り、猛暑を和らげてくれる。そんな「都会のオアシス」を500メートルほど進むと、大きな建物が現れる。その白壁には「クールジャパン・パークオオサカ」。

「クール」は英語でかっこいい。ようするに「かっこいい日本」を外国人観光客に紹介する劇場ってこと。この「クールジャパンパークオオサカ」は、読売、朝日、毎日、関テレなど在阪のテレビ局と吉本興業などの子会社。建設資金を融資したのが「クールジャパン機構」で、これが政府と民間の共同出資。原資は NTTや JT(日本たばこ産業)の株を運用して得た利益だ。なので最大株主は麻生太郎財務大臣になる。つまり大阪城公園を管理する雨ガッパ松井の許可を得て、税金の一部を使って公園内に劇場を建てたわけだ。コロナ後、大阪のインバウンドは激減した。外国人は来ない。「クールな日本を」と訴える長ったらしい説明文の看板に「よしもとお笑いライブin森ノ宮」のチラシが貼り付けてある。劇場の中に入る。入り口に巨大なスクリーンがあって劇場内部からの笑い声が響く中、玄関ホールには桜の中の大阪城、夏の花火などの映像が流れている。結構な金をかけて「オモテナシ」をしているのだが、外国人はいない。もし外国人が来ても「よしもとお笑いライブ」は理解できない。全然クールではない。

そう、この税金で建てた劇場を実際に利用しているのは吉本興業なのだ。吉本はかつて京橋に劇場を持っていたが、今は撤退している。普段でも劇場経営は難しい。そこにコロナが襲ってきた。中小ライブハウスや映画館は塗炭の苦しみ、廃業を余儀なくされたところも多数。しかしここは「クールジャパン機構」が税金で建ててあげた劇場、倒産の心配はない。吉本にとってはオイシイ話だ。

実はこの「クールジャパン機構」、これ以外にも吉本興業への出資を繰り返している。例えばYDクリエイション。これは吉本Yと電通Dの共同子会社で、そこに50億円が出資されている。一体何のために?

それは、海外で映像コンテンツを作る人たちへの出資。アニメや映画などのクリエイターを外国で発掘し、その才能を伸ばそうというもの。しかし外国のクリエイターや団体に出資するのであれば、直接「クールジャパン機構」がやればいい。なんで吉本と電通を介するのか?もしその映画がヒットすれば、あるいはその才能を囲い込めれば、吉本と電通にとってはかなりオイシイ。YとDにとっては、公金を使った「負けても損しない投資」ではないか。

さらにビックリなのが教育コンテンツを配信する「ラフ&ピースマザー、パワードバイNTT」。吉本とNTTが沖縄に設立。この新会社に「クールジャパン機構」から100億円が出資されている。何をするのかというと例えばスマホで勉強ができるソフトを作る。セミやトンボにスマホを近づけると、画面に「これはアブラゼミ。夏になるとウルサイよ」などという説明が出てくるらしい。

冒頭、吉村知事が新喜劇に出演しその動画がアップされていると書いたが、配信しているのがラフ&ピース・ニュースマガジン。なんのことはない、税金の補助を受けて設立された吉本の子会社が吉本の宣伝をしていて、その動画に吉村知事が出ているということ。ではこの茶番劇の裏側にあるものは一体何なのであろうか?

オンラインカジノと仮想通貨の深い闇

吉本の大崎洋会長は沖縄・普天間基地跡地利用懇談会のメンバーに選ばれている。なぜ吉本が?

その答えがカジノ利権だ。世界一危険な普天間基地が辺野古に移転されると、その跡地にカジノを含むIR施設を作ろうという目論見があった。中国のオンラインカジノ業者「500ドットコム」はこの利権の匂いを嗅ぎつけ、沖縄にやってきて秋元司(自民を離党、現在東京地検が拘束中)下地幹郎(維新から除名、現在無所属)議員などにワイロを贈ったのだ。沖縄のカジノ計画は、翁長雄志知事(故人)が当選し、その後を玉城デニー知事が引き継いだので頓挫する。沖縄をあきらめた「カジノ亡者たち」は北海道ルスツ村に触手を伸ばした。逮捕中の秋元司容疑者は「俺は300万円しかもらっていない。2千万円もらったヤツもいるのに、何で俺だけが逮捕されるんだ」と「抗議」している。

カジノはもともと大阪が先行していた。雨ガッパ松井とカジノ業者のラスベガスサンズは昵懇の仲で、万博とカジノ会場となる夢洲への地下鉄延伸計画に200億円を捻出してでも、大阪に進出したいと意欲をみせていた。その後突如として横浜が立候補、横浜の林文子市長は「カジノは白紙」と言って当選したのに、見事な手のひら返しだった。首都圏の方が人口が多いし、地下鉄延伸費用200億円の負担もない。ラスベガスサンズは大阪を袖にして横浜へ。その後、コロナでカジノ業界は大赤字になり、結局ラスベガスサンズは横浜からも撤退するのだが、もしコロナがなければカジノが横浜にやってきていただろう。その横浜は菅新首相の地元だ。秋元の言う「2千万もらったヤツ」って誰だろう?

コロナはカジノ業者の生態を変えてしまった。ルーレットやバカラなどの賭場は「夜の街」で3密だ。感染拡大が収束しない仲で頭角を現しているのがオンラインカジノ。中国の「500ドットコム」はもともとサッカーくじをネットで販売していた会社であるが、目指していたのがオンラインカジノである。そして今回証人買収容疑で再逮捕された秋元の共犯者が淡路明人容疑者。淡路はクローバーコインという仮想通貨をマルチ商法で販売して、刑事告発されている。ちなみにこの淡路はジャパンライフの山口と同様、アッキー絡みで桜を見る会に出席している。オンラインカジノは仮想通貨で取引される。IR担当副大臣でカジノ解禁法を強行採決した秋元。その秋元に仮想通貨詐欺を繰り返していた人物が近づき、そしてオンラインカジノ業者がワイロを渡す。カジノに群がる人物から、得体のしれない「闇の世界」が見えてくる。

吉本芸人が作り上げる虚構の「吉村人気」

吉本と維新の利権話に戻る。大崎会長がなぜ沖縄の基地跡地利用のメンバーなのか?これはカジノ、つまりIR利権に吉本が絡んでいるのではないか?カジノという賭場ができたら、その隣には豪華なホテルや映画館、国際会議場などの他に劇場が建設される。もし沖縄や大阪にIRができたら、その劇場の運営権を吉本が握ろうという計画だったのではないか?吉本だけではない、万博やカジノ、都構想の住民投票には巨額のCM利権が絡んでくる。その昔、サラ金やパチンコ店、タバコや酒のCMは規制されていたがこの種の規制は解禁され、バンバン流れるようになっている。コロナ後のテレビ業界はカジノ業者のCM、創価学会のCM、原発再稼働のCMなどに依存するようになるだろう。維新が強引に進める都構想の住民投票、これにも大量のCM広告費が費消される。少なくない吉本の芸人たちが、会社の意向を忖度して「吉村知事、カッコええわ」「反対ばっかり言わんと都構想、一回やってみたらええねん」。ワイドショーでこんなことを何度も発言するのだ。いったん大阪市が解体されると、もう元には戻らない。そんな事実を隠したまま、見せかけの「吉村人気」と、全然笑えない「吉本芸人の無責任そんたく発言」がテレビに溢れていく。

イソジン会見、ワクチン開発でも利権の構造

最後にあの「イソジン会見」について。もともとあの記者会見は2部構成だった。朝日新聞によると7月31日の会合で「イソジンの研究結果」が示され、「これ、ええやないか」と雨ガッパ松井が飛びつく。もともと予定されていた8月4日の吉村・松井の共同会見でセンセーショナルに発表しようという話になった、という。第1部はミナミの飲食店に対して8月6日から20日まで営業自粛を要請する。ここに協力金を支給するという内容。記者はここまでは知っていた。その後に「一部にしか伝えていない」2部が始まる。

イソジンを机に並べて「ウソみたいな本当の話」「ポピドンヨードのうがい薬を使うとコロナの陽性者が減っていく」「1日4回、8月20日まで集中的にうがいを励行してもらいたい」。しかし実験したのはわずか41人、論文もなく提示したのはA4ペラ一枚の紙に書いたデータだけ。このデータを提供したのが、大阪府立病院機構「大阪はびきの医療センター」の松山晃文次世代創薬創生センター長。実はこの松山センター長、大阪はびきの医療センターにはその前月7月に就任したばかり。この時まで藤田医科大学医学部に教授として在籍しており、大学に無断で行った研究成果の発表で、兼業を禁止している大学の職務規定に違反している、と言われている。つまり不正確で不法の疑いのある「研究成果」に飛びついて、緊急会見をした結果、街からイソジンがなくなってしまったのだ。その後日本医師会の会長が「エビデンス(根拠)が不足している」と批判。それまで絶頂だった吉村人気が急速にしぼんで行く。

慌てた吉村知事は翌日5日に言い逃れ会見をする。「一部誤解があるところが見受けられる」「1日に何回もうがいするのが辛い人は、寝る前に1回でいい。回数にはこだわらない」。前日に「4回しろ」と言った直後に平気で「回数にはこだわらない」と言い切れる感覚は師匠の橋下徹ゆずりである。吉村は謝罪せずに責任をメディアに転嫁する。「予防効果があるとは一言も言っていない。メディアのみなさんも、予防効果があると発信してはいけないんじゃないですか?」。自分で記者会見しを設定し、発表したから大騒動になった。それを記者の責任にすり替えたのだ。

もう一つ大きな問題がある。8月4日当日、読売テレビの「ミヤネ屋」に出ていたテリー伊藤が、「1時間少し前に知った。インサイダー取引をやろうと思えばやれた」と証言。少なくとも1時間前には「ミヤネ屋」の関係者は知っていたのではないか。テレビのテロップがタイムリーにポンポン出てくる。これは事前に知ってないと無理。この後、あちこちから批判されたのであろう、翌日テリー伊藤は「会見があることは知っていたが詳細は知らなかった」と発言を修正。しかし実際に株価は急上昇したのだ。イソジンはもともと明治が作っていて、今は塩野義製薬が販売している製品。2001年のピーク時には100億円を超える売り上げがあったが同じような商品が出てきて競合し、今の販売額は半分くらいまで落ち込んでいる。塩野義製薬にとっては渡りに船。塩野義は関西の企業で、2025大阪万博の巨大スポンサーの一つ。冒頭、新喜劇に出た吉村の隣に大阪商工会議所の尾崎会頭がいるが、その副会頭は塩野義製薬だ。実は2020ドバイ万博はコロナで1年延期が決定している。東京オリンピックも中止になる可能性が高い。そんな中で「何としても大阪万博を開催し、そのスポンサーに報いたい」。雨ガッパ松井とイソジン吉村にそんな前のめりな姿勢があり「松山レポート」に飛びついた、というのが今回の大騒動の本質である。

吉村の「前のめり発言」は今年4月にもあった。コロナのワクチンを「オール大阪」で早ければ7月から治験を開始、9月には実用化を目指す、と発表。ワクチンの実用化は難しく、最低でも2〜3年はかかるといわれていて、例えば数年前に流行したサーズやマーズのワクチンは完成しないままである。吉村はこの時「年内には10〜20万単位で投与が可能」と大見得を切った。会見で「その根拠は?」と尋ねる記者はほんの一握り。「さすが吉村さん」という報道になった。ここで吉村が言う問題のワクチンは、大阪大学の森下竜一教授が創設したアンジェスというベンチャーバイオ企業が開発の中心。実はこのアンジェス、02年に上場して以来、18年間ずっと赤字で累積赤字は500億円超。なぜこんな会社が継続できているかというと、その大株主が塩野義製薬なのだ。この森下という教授、アイドルグループNMB48元メンバー木下春奈の相手男性と交際があるらしい。この男性は詐欺で逮捕され、のちにシンガポールに逃げて旅券を取り上げられたいわくつきの人物。この人物が実質的に取り仕切る「ポイントマーケット株式会社」の社長と対談し、「私も万博具体化検討委員会の委員として万博を盛り上げて行く立場」と語っている。塩野義製薬をはじめ万博推進の企業から森下教授に多額のカネが流れ込むシステムになっているようで、教授は麻生十番に会員制のワインバーを所有しているとされる。つまりワクチン研究者というよりも「危ない実業家」のような存在。松下センター長といい、この森下教授といい、イソジン吉村&雨ガッパ松井と研究者との関係にも「利権つながり」のニオイがする。そもそも吉村はサラ金武富士の弁護士であった。その時に金のある者、力の強い者にコバンザメのようについていく。そんな「本当の姿」がもっと暴露されていい。このままでは「虚構の吉村人気」によって世論が都構想賛成に誘導され、大阪が破壊され、破産してしまう。有権者よ、目を覚ませ!

新大阪駅の土産物店で「吉村知事グッズ」が陳列されていると聞いて、ビックリするやら、呆れるやら、悲しいやら...。この状況に至ったのは関西マスコミの責任が大きい。以下その構造について「路上のラジオ」ファンクラブニュースに記事を書いた。

なぜ「吉村人気」が高まるのか?吉本と電通を使ったマスコミ宣伝に騙されるな

みなさんは「クールジャパン機構」という名前を聞いたことがありますか?英語でクールは「カッコイイ」。日本の文化、伝統芸能、観光地や名産品などを外国に宣伝してインバウンド、つまり観光客を増やそうという名目で作られた官民組織です。この組織はJT(日本たばこ産業)やNTTなど公的機関を民営化してその株式を政府が運用して得た利益が投入されています。なので最大株主は麻生太郎財務大臣です。

問題はここから。我々の税金を原資にした組織が、吉本興業に多額の出資をしているのです。

まず、大阪城公園の木々を伐採して、次々と3つの劇場が建てられました。これはMBS、ABC、関テレ、読売放送、電通、吉本などの子会社「クールジャパンパーク大阪」が12億円の融資を受けて建てたもの。で、やっていることは「吉本お笑い劇場」。インバウンド観光客の増加とは関係ありません。

次に吉本と電通がYDクリエイションという子会社を作り、そこに50億円が出資されています。これは海外で映像コンテンツを作る人たちに出資しようというもの。アニメや映画などを外国で作る人や団体に出資するのであれば、直接「クールジャパン機構」がやればいい。なんで吉本と電通を介するのか?これは吉本にとっては、公金を使って「負けても損しない投資」になりますね。そして教育コンテンツを配信する「ラフ&ピースマザー、パワードバイNTT」。吉本と NTTが沖縄に設立。この新会社に100億円が出資されています。何をするのかというとスマホで勉強ができるソフトを作る。例えばセミやトンボにスマホを近づけると、画面に名前や特徴が出てくるというもの。なぜこれが必要なのか、なぜ沖縄に作ったのか、なぜこの会社に公金が融資されるのか。

その答えは安倍首相と吉本の異常な関係。2019年4月、なんと安倍首相が吉本新喜劇に登場。お返しに6月、吉本の芸人が首相官邸を訪問。こうしたことはあっという間にテレビで報道され、SNSなどネットで拡散し、結局は安倍首相の人気が上がる。吉本の芸人さんたちは「安倍政権の広告塔」になっています。

吉本の大崎会長は、基地跡地利用懇談会のメンバー。世界一危険な普天間基地が移転されると、そこにカジノを含むIR施設を作ろうという目論見があったようです。IRの収益の70%以上はカジノですが、そこには会議場、ホテル、劇場が建てられます。その運営を吉本に任せようということでしょう。

吉本の芸人さんの中には、ダウンタウンの松本人志さんのように安倍首相と会食する人や、たむらけんじさんのように「都構想に反対する人は気色悪い」と維新べったりの人が目立ちます。

吉本興業と大阪市は「包括連携協定」を結びました。「24区住みたい芸人」は、吉本の芸人を北区や福島区、住吉区などに住ませて、街ネタをツイッターなどで発信する取り組みです。(M1優勝のミルクボーイも住みたい芸人として駆り出されている)。露骨なのが選挙協力。堺市長選挙で未知やすえさんが堺市に入り、維新の候補者である永藤英機氏の応援に立ち、「藤永さんをよろしく」と連呼。候補者とのつながりで自主的に応援するなら名前は間違えません。会社命令でやらされているのです。

なぜ吉本はこんなに維新の会に肩入れするのか?

それはズバリ、カジノと万博。吉本にとっても電通にとっても、オリンピックと万博は金のなる木。そして夢洲にカジノが来れば、半永久的に劇場の売上収入が保証されます。CMに芸人さんも大挙して出場するでしょう。

さらに問題なのは憲法改悪。安倍首相がこのまま暴走し、改憲発議を行えば、60日から180日以内に国民投票です。官邸側は人気芸人を使って改憲キャンペーン。吉本側は自民党の金(原資は政党助成金という税金)で作ったCMで大儲け。もちろん、今秋実施される大阪都構想の是非を問う住民投票にも芸人たちが駆り出されていき、テレビでは「いっぺんやってみたらええねん」「大阪を元気にするのは都構想や」などとヨイショ発言を繰り返すでしょう。

つまり、安倍官邸、維新の会、吉本興業、電通は憲法改悪、カジノ、都構想でつながっているのです。「今だけ、金だけ、自分だけ」の利権集団に騙されないようにしましょう。

この記事を書いたのが今年1月。その後コロナで吉村知事人気が急上昇。保健所や病院、公衆衛生研究所をリストラしてきたのは維新なのに。もう少しまともな報道番組がないと、有権者はずっと騙されるのだ。オリンピック、万博でメディアも儲かる。だからその推進者が美化される。ここに気がつかないとずっと騙され続ける。

黒人死亡割合.jpg先月2

先月25日、米国のミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドさん(享年46)が警官に首を押さえつけられて窒息死した。米国では毎年1千人以上が警官に射殺されていて黒人は白人の2倍、撃たれている。そして今回の事件のように、「拘束時に警官によって容疑者が死亡」する事例は、人口100万人あたり白人が0,9人に対して、黒人は3,66人。(グラフ)フロイドさんはコロナ禍で失業していて、ニセ20ドル紙幣を使ったという容疑で逮捕、そして殺された。「黒人の命は20ドルなのか!」。弟さんが議会で証言、その怒りは「BLACK LIVES MATTER」(黒人の命も大切)というスローガンになって全米から世界へと広がり日本でも大きなデモが行なわれた。

事件のあったミネソタ州は、実は米国の中ではリベラルであって、民主党が強い。前回の大統領選挙もヒラリークリントンがトランプを下している。さらに言えば、元難民でソマリア出身の女性議員イルハン・オマルが当選したのもこのミネソタ州である。つまり黒人差別が根強いといわれる南部の州はもちろん、比較的リベラルな北部の州でもこのような事件が起きてしまうのである。

「黒人青年が母から言われた16のやってはいけないこと」という動画がネット上に上がっている。南部ヒューストン在住で18歳のキャメロン・ウェルチさんが投稿したものでその内容は①手をポケットに入れてはいけない②パーカーのフードをかぶってはいけない③シャツを着ないまま外に出てはいけない④一緒にいる相手がどんな人か確認する。たとえ路上で会った人でも⑤遅い時間まで外で出歩かない⑥買わないものを触らない⑦たとえガム一つでも何かを買ったらレシートかレジ袋なしで店を出てはいけない⑧誰かと言い争いをしているように見せてはいけない⑨身分証明書なしに外に出てはいけない⑩タンクトップを着て運転してはいけない11ドゥーラグ(頭に巻くスカーフ)をつけたまま運転してはならない12タンクトップまたはドゥーラグを巻いて出かけてはいけない13大きな音楽をかけて車に乗ってはいけない14白人女性をじっと見てはいけない15警察に職務質問されたら反論してはいけない。協力的でありなさい16警察に車を停止させられたら、ダッシュボードに手を乗せて、運転免許証と登録証を出してもいいか、と尋ねなさい。

ウェルチさんは「こんな社会を変えなければいけない」と思い動画を投稿したという。

警察に車を止められたら、日本では胸ポケットから運転免許書を取り出して差し出す。米国の黒人男性が同じことをすると危険だ。警官たちが「胸ポケットに隠した拳銃で撃ってくるかもしれない」と誤解し、先に銃撃する可能性があるのだ。したがって、まず両手を上げて争わない意思を表明し、「免許証は胸のポケットにあります。どうぞ取ってください」と言わねばならない。警官と黒人男性の緊張関係がずっと続いているのは、根強い黒人差別とともに、米国が銃社会であることが問題である。ニューヨークタイムズ紙によると、2018年末の時点で全米には3億丁の銃があり、年間で約4万人が銃で命を落としている。スーパーマーケットで銃が売られていて、その値段は戦争にも使われるアサルトライフル(自動小銃)で1500ドル(約16万円)、ピストルで200ドル(約2万2千円)だ。米国では毎年のように中学校や高校で銃乱射事件が起きて、尊い若者の命が奪われている。だから国民が立ち上がり、「日本のように銃のない社会を」と銃規制を求め続けている。この国民運動を押さえつけて大統領以下、国会議員にロビー活動を行い、銃規制をさせないようにしているのが、全米ライフル協会だ。トランプ大統領はこの全米ライフル協会から巨額の献金を受けている。だから高校での銃撃事件直後にトランプは「先生にも銃を持たせろ」などとツイートし、銃規制とは真逆の政治を続けている。米国は戦争中毒国家で、大量の武器を生産してきた。アフガンやイラクの紛争地では、かつて主流だったロシア製のカラシニコフ銃が、今や米国製のM16銃に切り替わっている。「テロとの戦い」を名目に戦争を続け、武器を作りすぎてあまった銃が、米国の一般市民に入る。「誰が銃を持っているかわからない社会」を取り締まる警察官も恐怖に襲われるのだろう。だから「正当防衛」を隠れ蓑にして先に発砲するのではないか。

最後に「根強い黒人差別」について一言。

私はアフリカ中西部のアンゴラで「奴隷博物館」を取材したことがある。15〜17世紀の大航海時代、ポルトガル人がアンゴラにやって来る。彼らは弓矢や銃で人々を襲い、首輪や手錠で拘束した後に(写真)、船にギューギュー詰めにしてブラジルへ送った。アメリカ大陸に「輸出」された世界初の黒人奴隷はアンゴラ人だったのだ。サッカーの神様ペレやレゲエのボブマーリーなどのルーツはアンゴラの可能性が高い。

地図を見てもらえればわかるが、アンゴラの首都ルアンダからブラジルのサルバドールまで一直線。つまり夜空に浮かぶ星や月の位置から緯度がわかるので、西へまっすぐ進めばブラジルに到着できる。奴隷たちはなぜブラジルへ送られたのか?

それはコーヒーと砂糖。当時のヨーロッパではコーヒー文化が栄え、砂糖は貴重品だった。そしてブラジルのさとうきび畑では深刻な人手不足に陥っていた。

なぜ労働力が不足していたのか?スペインやポルトガル人が原住民のインディオを虐殺したから?確かに虐殺もあった。しかし決定的な要因は虐殺ではなくヨーロッパからの天然痘だった。新大陸にない伝染病がポルトガル人や黒人奴隷とともにやってきた。そして免疫を持たないインディオたちがバタバタと倒れ、南北アメリカは「土地はあるが人はいない」状態だった。「奴隷貿易」で巨万の富を得たポルトガルは我が世の春を謳歌する。「無料で略奪」した大航海時代から400年が経過した。今、その命は20ドル!である。BLAK LIVES MATTER 運動は、反トランプ運動に昇華している。米国は「ポケットに手を突っ込んで、タンクトップで散歩できる社会」に変わらねばならない。トランプ打倒を叫ぶ米国市民と連帯して、私たちは「トランプの下僕」である安倍政権を打倒しなければならない。

5日、米国のミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドさん(享年46)が警官に首を押さえつけられて窒息死した。米国では毎年1千人以上が警官に射殺されていて黒人は白人の2倍、撃たれている。そして今回の事件のように、「拘束時に警官によって容疑者が死亡」する事例は、人口100万人あたり白人が0,9人に対して、黒人は3,66人。(グラフ)フロイドさんはコロナ禍で失業していて、ニセ20ドル紙幣を使ったという容疑で逮捕、そして殺された。「黒人の命は20ドルなのか!」。弟さんが議会で証言、その怒りは「BLACK LIVES MATTER」(黒人の命も大切)というスローガンになって全米から世界へと広がり日本でも大きなデモが行なわれた。

事件のあったミネソタ州は、実は米国の中ではリベラルであって、民主党が強い。前回の大統領選挙もヒラリークリントンがトランプを下している。さらに言えば、元難民でソマリア出身の女性議員イルハン・オマルが当選したのもこのミネソタ州である。つまり黒人差別が根強いといわれる南部の州はもちろん、比較的リベラルな北部の州でもこのような事件が起きてしまうのである。

「黒人青年が母から言われた16のやってはいけないこと」という動画がネット上に上がっている。南部ヒューストン在住で18歳のキャメロン・ウェルチさんが投稿したものでその内容は①手をポケットに入れてはいけない②パーカーのフードをかぶってはいけない③シャツを着ないまま外に出てはいけない④一緒にいる相手がどんな人か確認する。たとえ路上で会った人でも⑤遅い時間まで外で出歩かない⑥買わないものを触らない⑦たとえガム一つでも何かを買ったらレシートかレジ袋なしで店を出てはいけない⑧誰かと言い争いをしているように見せてはいけない⑨身分証明書なしに外に出てはいけない⑩タンクトップを着て運転してはいけない11ドゥーラグ(頭に巻くスカーフ)をつけたまま運転してはならない12タンクトップまたはドゥーラグを巻いて出かけてはいけない13大きな音楽をかけて車に乗ってはいけない14白人女性をじっと見てはいけない15警察に職務質問されたら反論してはいけない。協力的でありなさい16警察に車を停止させられたら、ダッシュボードに手を乗せて、運転免許証と登録証を出してもいいか、と尋ねなさい。

ウェルチさんは「こんな社会を変えなければいけない」と思い動画を投稿したという。

警察に車を止められたら、日本では胸ポケットから運転免許書を取り出して差し出す。米国の黒人男性が同じことをすると危険だ。警官たちが「胸ポケットに隠した拳銃で撃ってくるかもしれない」と誤解し、先に銃撃する可能性があるのだ。したがって、まず両手を上げて争わない意思を表明し、「免許証は胸のポケットにあります。どうぞ取ってください」と言わねばならない。警官と黒人男性の緊張関係がずっと続いているのは、根強い黒人差別とともに、米国が銃社会であることが問題である。ニューヨークタイムズ紙によると、2018年末の時点で全米には3億丁の銃があり、年間で約4万人が銃で命を落としている。スーパーマーケットで銃が売られていて、その値段は戦争にも使われるアサルトライフル(自動小銃)で1500ドル(約16万円)、ピストルで200ドル(約2万2千円)だ。米国では毎年のように中学校や高校で銃乱射事件が起きて、尊い若者の命が奪われている。だから国民が立ち上がり、「日本のように銃のない社会を」と銃規制を求め続けている。この国民運動を押さえつけて大統領以下、国会議員にロビー活動を行い、銃規制をさせないようにしているのが、全米ライフル協会だ。トランプ大統領はこの全米ライフル協会から巨額の献金を受けている。だから高校での銃撃事件直後にトランプは「先生にも銃を持たせろ」などとツイートし、銃規制とは真逆の政治を続けている。米国は戦争中毒国家で、大量の武器を生産してきた。アフガンやイラクの紛争地では、かつて主流だったロシア製のカラシニコフ銃が、今や米国製のM16銃に切り替わっている。「テロとの戦い」を名目に戦争を続け、武器を作りすぎてあまった銃が、米国の一般市民に入る。「誰が銃を持っているかわからない社会」を取り締まる警察官も恐怖に襲われるのだろう。だから「正当防衛」を隠れ蓑にして先に発砲するのではないか。

アンゴラ ドレイ写真.jpg最後に「根強い黒人差別」について一言。

私はアフリカ中西部のアンゴラで「奴隷博物館」を取材したことがある。15〜17世紀の大航海時代、ポルトガル人がアンゴラにやって来る。彼らは弓矢や銃で人々を襲い、首輪や手錠で拘束した後に(写真)、船にギューギュー詰めにしてブラジルへ送った。アメリカ大陸に「輸出」された世界初の黒人奴隷はアンゴラ人だったのだ。サッカーの神様ペレやレゲエのボブマーリーなどのルーツはアンゴラの可能性が高い。

地図を見てもらえればわかるが、アンゴラの首都ルアンダからブラジルのサルバドールまで一直線。つまり夜空に浮かぶ星や月の位置から緯度がわかるので、西へまっすぐ進めばブラジルに到着できる。奴隷たちはなぜブラジルへ送られたのか?

それはコーヒーと砂糖。当時のヨーロッパではコーヒー文化が栄え、砂糖は貴重品だった。そしてブラジルのさとうきび畑では深刻な人手不足に陥っていた。

なぜ労働力が不足していたのか?スペインやポルトガル人が原住民のインディオを虐殺したから?確かに虐殺もあった。しかし決定的な要因は虐殺ではなくヨーロッパからの天然痘だった。新大陸にない伝染病がポルトガル人や黒人奴隷とともにやってきた。そして免疫を持たないインディオたちがバタバタと倒れ、南北アメリカは「土地はあるが人はいない」状態だった。「奴隷貿易」で巨万の富を得たポルトガルは我が世の春を謳歌する。「無料で略奪」した大航海時代から400年が経過した。今、その命は20ドル!である。BLAK LIVES MATTER 運動は、反トランプ運動に昇華している。米国は「ポケットに手を突っ込んで、タンクトップで散歩できる社会」に変わらねばならない。トランプ打倒を叫ぶ米国市民と連帯して、私たちは「トランプの下僕」である安倍政権を打倒しなければならない。

関西のマスコミが「維新の宣伝部隊」のようになっているので、誰がコロナ危機を招いたのか、なぜ此の期に及んでもカジノ、都構想なのか、という本質的な問題が覆い隠され、「見せかけの人気」だけが先行している。そんな危機感から、「紙の爆弾」7月号に「吉村知事に騙されるな。維新が招いた医療崩壊」という記事を書いた。

GW明け、新聞各社が「新型コロナ問題への対応で最も評価する政治家」を尋ねたところ、吉村洋文大阪府知事がダントツの1位であった。これに比例して維新の支持率も上昇、共同通信の調査によれば8,7%の高い数字を叩き出し、6,9%にとどまった立憲民主を抜いて、野党トップに躍り出た。平然とウソをつき、公文書を改ざんした上に、巨額の税金を投じて虫の入ったマスクを配るアベ政権と比べれば、連日のようにテレビ出演してテキパキと「コロナ対策」を陣頭指揮するイケメン知事に人気が集中することは理解できる。しかし私に言わせればアベ政権が「カレー味のウ○コ」だとすれば、維新は「ウ○コ味のカレー」である。以下、この間の大阪で起きた一連の出来事を振り返って見たい。

維新は初動に失敗していた

今年2月27日、安倍首相は唐突に「全国全ての小中高校、特別支援学校について来週3月2日から春休みまで臨時休校を要請した」と発表する。専門家の意見も側近である萩生田光一文科大臣の意見も聞かない独断で、全国に無用な混乱を招いたことは記憶に新しい。そもそも学校に関して休むかどうかを決定するのは都道府県・市町村の教育委員会であり、首相の「要請」は越権行為である。こんなものは無視して現場の柔軟な対応で判断すれば良かったのだが、「日本全国ソンタク病」に侵されていた地方自治体は、この要請に従って「子どもの学ぶ権利」を奪うに等しい一斉休校に従った。ここでは一斉休校の是非はおいておく。指摘したいのは、この時点で東京オリンピックの延期は決まっておらず、予定通りの開催にこだわっていた首相でさえ、コロナの猛威に対して「一斉休校」を呼びかけざるを得なかった事実である。これに続く「全国一斉自粛ムード」の3月、大阪維新の会代表の松井一郎大阪市長が「花見の自粛はしない。屋外であり、注意しながらやってもらいたい」「コロナとうまく付き合って、社会を動かしていくことがわれわれの職務」と述べる。この時点で危機感ゼロ。そして3月20、21、22日の3連休が迫ってくる。「知事や市長の許しが出た。花見だ!」と、もし大阪府民が各地の花見会場に繰り出していれば、大阪は東京以上のクラスターが発生し、オーバーシュートを招いていただろう。

現実はどうなったか?―――。この「松井発言」を聞いた「8割おじさん」こと西浦博北海道大学教授があわてて資料を作成し、「今後3週間、大阪・兵庫の県内外の往来を自粛すべき。このまま放置すれば両府県だけで感染者が3400人、重症者は270人強になる」と警告した。ここで維新の会は方針転換する。吉村知事がテレビ出演し「3連休の3日間、大阪と兵庫の往来を控えてください」と発表する。この時から吉村知事は「安倍政権よりキツイ目の自粛要請」を呼びかけるようになり、あたかも「コロナと最先端で闘う知事」というイメージ作りに成功していく。しかし正確にはここでも吉村知事は失敗している。専門家が要請したのは「3週間」で「3日間」ではない。そして「大坂・兵庫の内外の往来」を自粛するように求められているのに、あたかも「大阪から兵庫にいかないでほしい」かのような訴えであった。この時のワイドショーで取り上げられたのは、「大阪市と兵庫県尼崎市の境界に住む市民」がテレビに出てきて、「この川(県境)の向こうに保育所があるんですよ。どうしたらいいの?」などの映像が流れた。つまり吉村知事は専門家の警告を「縮小解釈」していた。その結果、グラフに示すような感染者拡大を招いてしまった。大阪・兵庫の感染者は4月3日頃から急上昇する。コロナの潜伏期間は約2週間。3月20、21、22日の3連休で「緩んだ結果」がこのグラフに表れている。つまり3月まで大阪のツートップ、吉村・松井両首長の政策は「安倍政権よりひどかった」のである。安倍首相による全国一斉の休校要請は様々な混乱をもたらしたが、さらに酷かったのが松井市長による「気をつけて花見をしましょう」発言と「3週間を3日間に、府県内外の外出自粛を府県をまたがる移動だけに縮小した」吉村知事の責任が問われなければならないのだ。

そもそもこの10年で何が?

結論から言うと、大阪における医療崩壊、感染拡大を招いた背景にはこの10年に及ぶ維新政治がある。まずは4月3日の橋下徹元知事のツイッターを見てみよう。「僕が今更言うのもおかしいところですが、大阪府知事時代、大阪市長時代に徹底的な改革を断行し、有事の今、現場を疲弊させているところがあると思います。保健所、府立市立病院など。そこはお手数をおかけしますが見直しをよろしくお願いします」。

「今更反省しても遅いわ、あんたのおかげで過労死寸前や!」。現場の職員は憤っているのではないか。実際に橋下改革と称して彼が行ったことは、大阪府立病院の予算を大幅に削減、千里救急救命センターへの補助金3億5千万円の廃止、大阪赤十字病院への補助を廃止などなど。極め付けは府立公衆衛生研究所と市立環境科学研究所の統廃合と住吉市民病院の廃止だ。まさに感染症対策の司令塔となる研究所と、患者の受け入れとなる病院を次々と潰してきたのだ。その理由は?「大阪都になるから2つもいらない」。いわゆる二重行政というヤツだ。ONE・OSAKAという横文字で耳触りがいいキャッチフレーズを使い、不要不急のカジノと万博に血眼になる一方、大阪府民、市民の健康を守る砦となる分野を「今は平時だから必要ない」とバッサリ削減してきたのが維新政治だった。

この維新政治の背後にはさらにブラックな「日本がかかえる病魔」がある。それは橋本龍太郎、小泉純一郎内閣から延々と続いてきた小さな政府、いわゆる新自由主義政策である。かつて大阪市には28もの保健所があった。それを磯村市長時代、2000年に1か所に統合した。250万人もの巨大都市に保健所がたった1カ所!この大阪発の保健所切り捨て政策は全国に広がっていき、予算と人員が大幅にカットされた上でコロナ禍を迎えたのだ。今回のコロナ対策で、PCR検査の窓口になったのが保健所だ。「発熱が続けば帰国者・接触者対策センターに電話してください」と政府は言うが、対策センターは全国の保健所にあり、職員が総出で電話対応にあたっているのだ。なりっぱなしの電話に限りなくリストラされた職員体制。当然細やかで親身になった相談などできるはずもなく、その対応に国民の怒りが広がった。発熱しても検査を受けられなかった市民も、その対応に追われた保健所の職員も、どちらも被害者である。では、これは誰の責任か?日本ではこの20年、自己責任論が蔓延していた。「怠けている生活保護受給者に税金を使うべきではない」「儲からない市民病院は潰して民間に売り渡せ」。アメリカ製の戦闘機や原発、カジノに湯水のように税金を使いながら、一番肝心な医療・保健・福祉分野の予算を削り続けてきたのが、この20年間の日本であった。いわば「橋下改革」はその総仕上げ。ここまで振り返らなければ「危機の本質」「失敗の本質」は見えて来ない。本来なら大手メディアがこの20年にわたるリストラにメスを入れてきちんと総括し「ポストコロナの日本はどうあるべきか」について真面目な議論の場を提供しなければならない。しかしメディアのやっていることは真逆である。「国民を危機に晒してきた、つまりリストラを進めてきた人たち」の中心にいた橋下元知事や吉村知事を連日テレビに出演させて持ち上げているのである。

アンタらは橋下元知事、吉村知事、松井市長のプロパガンダ機関か!とでも言うべき関西マスコミが、ほとんど報道しない悲惨な現実。それは大阪市淀川区の市立十三市民病院だ。

4月16日、松井大阪市長が定例の記者会見で「十三市民病院をコロナの専門病院に指定する」と発表。市役所の担当部局や現場となる同病院に事前の相談も準備もない中での唐突な発表だった。実際に同病院の医師や看護師たちは「テレビのニュースで知りました」と証言している。この時点で入院患者約130名、通院患者は平均して1日500名。入院中の妊産婦やがん患者など全ての患者を他の病院へ転院させなければならなかった。「医療崩壊を防ぐためにはスピード感が大事。コロナの中等症患者の専門病院にします」と松井市長は言う。確かにスピード感は大事だが、運営開始の5月1日までわずか2週間。「なぜ私たちが転院しなければならないの?」泣き出す妊産婦や予定されていた手術をキャンセルされたがん患者など、現場は大混乱になった。しかしその後の現場からの告発を聞いて私はのけぞりそうになる。

マスクも防護服もない「コロナ専門病院」

十三市民病院が立地する淀川区は選挙区でいえば大阪第5区。この地域でれいわ新撰組から立候補を予定している大石あきこ氏によれば「5月中旬まで、委託労働者に届いたマスクは1日1枚で、防護服は用意されてなかったのです」。えっコロナ専門病院で働く人にマスクも防護服もなかったの?大石さんの元に現場からの悲痛な声が寄せられ始めたのが4月後半、GW前のこと。十三市民病院は市立ではあるが、その運営は「大阪市民病院機構」という独立行政法人だ。この10年に及ぶ維新政治によって民営化、外部委託化が進んでいる。私たちは病院と聞くと医師や看護師を思い浮かべるのだが、現実は事務や清掃、給食や警備など様々な労働によって支えられている。例えば「滅菌室」で働く労働者は、外部からの契約社員で、手術で使ったメスや血のついた白衣などを消毒し、安全に再使用するための貴重な仕事を担っている。コロナ以前、マスクは必要な時に必要な枚数が確保されていた。当然である。マスクは働く人を守るためだけでなく、入院、通院されている患者さんに伝染させないための安全弁である。しかし今は1日1枚。大阪市からの供給はなく、自腹でネット注文して確保しなければならなかった。そして防護服である。有事に備えて備蓄しておくべきだった行政責任を棚にあげて「使用していない雨合羽がある人、在庫がある人は大阪府、大阪市に寄付して欲しい」と松井市長が呼びかけ。そして10万着の雨合羽が届いた。メディアは「吉村知事、松井市長の素晴らしい提案で医療現場は救われた」と、美談として報道する。しかし現場労働者によると、「雨合羽は着脱の際にコロナに触れてしまう」ので危険なのだそうだ。防護服は規格が決まっており、袖口や足元などの部分も脱ぎやすくなっていて、しっかり研修を受けて練習すれば感染するリスクは小さい。雨合羽はそんな風には作られていないし規格も決まっていない。さらに防護服はウィルスが付着するように作られていて、使用済みの防護服とともにウィルスは除去できる。雨合羽はウィルスを弾くので、病院内に残るのだ。病院内にウィルスが残れば院内感染の確率が跳ね上がってしまう。

さらに問題なのは、市役所や府庁に届いた10万着の雨合羽、誰がどのように仕分けをしてどう保管しているのか?ということ。コロナ対応で大変な時に市役所や府庁の職員に余計な労働を強いたのではなかったか?コロナが収まった時に、この雨合羽をどうするのか?保管費がかかるし、最終的に焼却処分なれば、それは税金で焼くのではないか?

阪神大震災の時にメディアが「紙おむつが足りません!」と叫んだ翌日から山ほど紙おむつが届き、体育館に紙おむつが満載になった現場を取材したことがある。確かに雨合羽を寄付した市民には罪がないし、その気持ちは尊いものだ。しかしそれが結果として逆の効果を呼ぶ場合がある。吉村知事、松井市長がとっさの思いつきで「逆の効果」を呼んだとしても、メディアは後追い取材をしないから「言った者勝ち」の世界が延々と続いてしまうのではないだろうか。

そして差別の構造が作られていく

「私たち下請けの労働者は透明人間なのですか?」。滅菌室で働く契約労働者は待遇の格差を訴えている。医師や看護師、つまり正規雇用の労働者には少額でも危険手当が支給されるのに、外部委託、非正規雇用の労働者には危険手当は出ていない。メディアも全く注目しない。医療事務に携わる人には、「滅菌室」より酷くてマスクは1週間で2枚だ。病院内に厳然と存在するヒエラルキー。賃金や処遇など、もともと格差があったがこのコロナ問題で格差はもはや差別的といっていいほど拡大している。

マスクや防護服が「それなりに」支給され始めた正規雇用者も大変だ。「コロナ専門病院に指定しました」。松井市長が会見で述べてから、たくさんの看護師が退職してしまった。ただでさえリストラされ続けてきた医療現場、さらに少なくなった人員で現場を回さねばならない。着任したばかりの医師は「十三市民病院で勤めています」という報告を親には告げていない。心配させたくないからだ。

そして病院職員は心無い言葉や態度に傷つくことになる。十三市民病院前のバス停留所で職員がバスに乗ろうとしたら「コロナがうつるからバスに乗るな。扉を閉めてくれ」。保育所に子どもを預けている職員は暗に「別の保育所に転園してほしい」と頼まれる。新聞配達員から「集金をためらいました」と告白される。郵便物は玄関まで。病院内には配達してくれない。周辺住民が近づかないので、病院前のコンビニは閉店する。患者やその家族にとって大切なタクシーはやって来ない...。

かくして吉村、松井のツートップだけが連日テレビに登場し「維新の二人、よー頑張ってはるなー」というイメージだけが植え付けられていく。おそらく吉村知事の背後で知恵を付け、テレビでの立ち居振る舞いを指導しているのが、橋下元知事だろう。彼は「公務員は一律支給の10万円を受け取るな」と主張する。使い古された「公務員バッシング」で市民を二分して、団結させないようにする手法だ。維新の「身を切る改革」で病院がつぶされ、保健所がリストラされてきた。本来なら国民、市民の怒りはアベ政権と維新に向かうべきだ。しかし公務員を叩くことによって、国民の怒りを公務員にすり替える。大変狡猾な「政治家かタレントかわからない人物」によってこの国が牛耳られていく。最後に私の結論を述べる。

この国を操っているアメリカや自民党の長老、高級官僚や財界たちは、「安倍首相の賞味期限が切れた」と考えている。では次をどうするか?進次郎はまだ若いし、岸田文雄政調会長では頼りない。小泉純一郎で騙し、安倍晋三で騙してきたこの20年。さらに国民を騙して選挙に勝てるのは橋下元知事だ。彼と吉村知事、小池都知事で新党を作らせて、自民と連立させる。そうすれば従米、貧困層虐待、財界優遇の政治が続く。だからテレビで売り込め!アベ政治がカレー味のウ○コとすれば維新はウ○コ味のカレーだ。この事実に気付く人を増やさねばならない。れいわ新撰組と共産党、社民党が核となり、そこに立憲民主や国民民主の「まともな議員たち」が加わって選挙を闘う。そして野党連合政権に作り変える。この図式にならないと日本は再生しないと考えている。

中村哲さんはアフガンの人々にとっても、私たち日本人にとっても宝物のような人だった。2010年に偶然、ジャララバードで中村さんと出会い、その活動を取材させてもらった。アフガンは部族社会である。地元の部族長が続々とやってきて中村さんと握手、そしてハグ。みんな笑顔だった。彼らはパキスタンに逃げていた。戦争と急速な砂漠化で、離農した人々。まさかここに用水路が通り、黄色い大地が緑に変わっていくなんて!

通訳のイブラヒームは「彼こそ神様だ」と感激していた。私も同じ日本人として誇りに感じたし、その活動に感謝した。今年8月にそんな「中村さんとの邂逅」を毎日新聞のコラムに書いた。改めて中村さんに感謝しつつ、ここにブログとして再掲する。

2010年1月、アフガニスタンのジャララバードを訪問した。ジャララバードは西から流れくるカブール川と北からのクナール川の合流点に発展したアフガン東部の最大都市。クナール川を遡るように北へ進む。遥か彼方に5千メートル級のヒンズークシュ山脈が見える。なぜ私はこの川を遡っていくのか?それは「もしそこにお墓があれば、お参りさせてもらいたい」からだ。

08年8月、伊藤和也さん(享年31)が武装勢力に殺害された。NGO「ペシャワール会」の農業支援者としてやってきた伊藤さん。アフガン農民と一緒に用水路建設や農地開拓などに励んでいたという。「ミスター・イトーのことなら、あそこの事務所で聞くといいよ」。地元住民の案内で、とある木造平屋建ての家屋へ。

「やぁ、よく来たね」。久しぶりに聞く日本語と共に現れたのが中村晢さんだった。「ほ、本物や」。医師でペシャワール会現地代表の中村さん。「医者、井戸を掘る」「医者、用水路を拓く」などの著書があり、前から大ファンだった私はこの思いがけない出会いに感激した。

中村さんの案内で用水路建設工事現場へ。茶色い大地を進む。砂埃をあげてジープが丘を駆け上がり、峠を越える。眼下に広がったのは...。緑だ、緑の大地が広がっている。クナール川から引き込まれた水が、砂漠を緑に変えている。「アフガニスタンを本来の緑豊かな国に戻したい」。伊藤さんの遺志は、見事にこの用水路に引き継がれていたのだった。

「この辺りは急激に砂漠化したんです。大干ばつに襲われてみんなパキスタンへ」。中村さんによると、戦争も原因の一つだがもっと大きな問題は干ばつだという。なぜ干ばつに?その答えは気候変動。かつてはヒンドゥークシュの山々に降り積もった雪が春になって流れ出し、麓の大地を潤していた。しかし温暖化の影響で雪が雨になり、春を待たずに流れ去ってしまう。難民たちは「戦争難民」であり「気候難民」であった。「もう井戸ではダメ、川から直接水を引き込むしかない」。中村さんがクナール川からの用水路建設を決意したのは03年3月。米軍がイラク戦争を始める1日前だった。それから7年、このガンベリー砂漠に用水路が通り、黄色い大地が緑に、小麦畑に変貌していく。「用水路は全長24、3キロ。この水路だけで約15万人の命が救われます」。訪問時、すでに用水路は開通していた。あとはこの水を畑に引き込むだけ。人々が手作業で水路を建設している。

「600人を雇っています。『水路ができた』と聞いて、彼らは戻ってきたのです」。水路建設の労賃で一息ついた後、彼らはこの地で農業を営む。「命の水」が人々に笑顔と希望を与え、そして共同体=村が形成される。

アフガンはもともと農業国。40年以上続く戦争によって、農民たちは難民となり、耕作地は砂漠化した。この土地を復活させるには...。難民たちは元農民だ。水さえあれば彼らは自立し自活できる。「この運河で約3万4千ヘクタールの土地が生き返ります。福岡市と同じくらいの面積ですね」。福岡出身の中村さんがボソッとつぶやく。運河は山の中腹を走る。「高いところを通せば、運河からの浸透水がふもとへ。ご覧なさい、あそこもここも小麦畑になっているでしょ」。石造りの運河では約7割の水が下流に運ばれ、3割が地下に浸透する。だから運河より低い土地は緑に変わる。私たちの姿に気付いた農民たちが手を振っている。「アメージング(素晴らしい)」。通訳のイブラヒームが感動している。建設現場の最前線へ。工事のほとんどは手作業だが、肝心なところは重機を使う。小柄な中村さんがスタスタと重機に乗り込み、掘削作業。

「ここは治安がいいですよ。みんな農業で食えますからね」。そうなのだ、飢餓から解放されれば人々は争わない。武器の代わりに小麦があればアフガンは平和になるのだ。

2010年1月、アフガン東部のジャララバードで中村晢さんに出会った。クナール川から7年もの歳月をかけて運河を引き込み、戦争と干ばつで荒れた大地を緑に変えてきた中村さん。運河建設と共に進めてきたのがモスクと学校の建設だった。「戦争孤児たちはパキスタンに逃げて、マドラサ(神学校)で勉強しているのです。あそこには過激な人たちがいるから」。そう、タリバンはパキスタンのマドラサで生まれた。インドと対立するパキスタンは「前門の虎(インド)後門の狼(アフガン)状態」を避けるためアフガンを支配する必要があった。だからタリバンを送り込んでアフガン内戦を終結させたのだ。その後9・11事件が起きて、米軍とタリバンは泥沼の戦争を続ける。パキスタンは表向き米軍に協力しながら、裏ではタリバン勢力を黙認し、アフガンが安定しないように「パキスタン・タリバン」を作って、テロを継続させてきた。そのため一部の子どもたちはマドラサで過激思想に染められ「自爆テロ要員」にさせられてきた。緑の大地と共に必要なのは「穏健なモスクと学校」なのだ。「学生寮を作って、孤児を引き取るつもりです。モスクは村のシンボルで、揉め事が起きた時もここで話し合って解決できます」。普段はボソボソと話す中村さんだが、話題が子どものことになると笑顔になる。米軍の空爆が北風作戦だとすると中村さんたちの地道な運動は太陽作戦だ。さてどちらが平和に資するのだろう。

以上が毎日新聞に掲載したコラムの原稿を書き直したものだ。

中村さん、安らかにお眠りください。合掌。

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本日10月8日(日本時間)は、911事件後、アメリカが「テロとの戦い」と称して、アフガニスタン戦争を始めた日である。あれから18年、アフガニスタンでは泥沼の戦争が続いている。今年9月7日、トランプ大統領はツイッターでアフガニスタン戦争に関して「タリバンとの秘密協議」を中止すると発表した。この間、中東のカタールで米軍とタリバンの和平協議が進んでいて、米国内のキャンプデービッドで「秘密会議」が予定されていたのだが、直前の9月5日に首都カブールで米兵1人を含む12人が亡くなる自爆テロが発生したため、急きょ中止になったとされる。米軍もタリバンも本音では戦争を終わらせたいのだ。両者ともに疲れ果て、これ以上の犠牲は耐えられない。以下は2010年に行った「元タリバン外務大臣」とのインタビューで得た「タリバンの本音」である。

2010年2月、アフガンの首都カブールは大雪に見舞われていた。アフガニスタンというと「砂漠の暑い国」というイメージをお持ちの皆さんも多いと思うが、カブールの冬は寒いのだ。5千メートル級のヒンズークシュ山脈を見上げる高原都市カブールの冬の気温は氷点下20度まで下がる。だから難民たちの多くは冬に死ぬ。布切れ一枚のテントでガスなし電気なし暖房なし。風邪をこじらせ、肺炎で亡くなる子供達をたくさん見てきた。

そんなカブールの凍てつく国道を横切って、通訳のイブラヒームが私のホテルに駆け込んでくる。

「ニシ、アポが取れたぞ。取材に行こう」。「OK出たの?ホンマに行ってええの?」。

タリバン政権の元外務大臣ムタワッキル師はカブール下町の、とある邸宅に幽閉されていた。邸宅の住所は機密情報、その外観はもちろん、そこへのルートも撮影禁止。

「タリバンの幹部やろ?会えば危険なことにならない?」「彼は穏健派タリバンだ。危害は加えない。しかし大変誇り高い人物なので、失礼なことは聞くな」。そうかタリバンには穏健派と武闘派がいるのか。

「穏健派っていうけどタリバンはタリバンや。なぁ、行くのやめとこ」「こんなチャンスめったにない」。車内でのやり取り。弱気になる私と興奮するイブラヒーム。未舗装のデコボコ道を進むこと約30分、その邸宅は下町の路地奥にひっそりと佇んでいた。

邸宅の玄関は二重扉になっていて、銃を構えた兵士が2人。

「何しにきた?」。鋭い眼光で私たちを一瞥。身分証明書を見せ、アポがあることを告げる。トランシーバーで邸宅内部としばしのやりとり。兵士は無言で顎をしゃくる。「入ってよし」。

玄関ホールで待機。書生風の青年がやってくる。

「師は書斎におられます」。

こいつもタリバンなのかなー。青年についていくと書斎への扉が開く。(写真)

「ウエルカム(ようこそ)」。待っていたのは白いターバンに髭面、見るからにタリバン!の壮年が現れた。緊張しつつ、インタビューを開始する。

--名前と経歴を

「ムタワッキル。カンダハール出身でタリバン時代の外務大臣だ。911事件後、米軍に拘束され収監されていた」

--それは(キューバにある)グァンタナモ刑務所か?

「いや、アフガン国内のバグラム米軍基地にある刑務所だ。延々と尋問されたが拷問はなかった」

囚人として2年間拘束され、「テロリストではない」と判断されたムタワッキル師。しかし自由の身になれたわけではない。このように米軍&アフガン政府の監視下に留め置かれている。

--なぜあなたたちタリバンは米軍と戦うのか?

「侵略されたからだ。私たちは侵略者を許さない。ジハード(聖戦)で立ち上がるのは私たちの権利だ」

ここで「失礼な質問」をしてみたくなった。それは「自爆テロについて」だった。

--しかしイスラムでは自殺は禁止のはずだ。自爆テロはあなたの教えにそぐわないのではないか?

「(米軍とは)圧倒的な戦力の差がある。強大な米軍と戦うためには自爆テロは有効な手段だ。日本も同じことをしただろう?」

ムタワッキル師はここで「カミカゼ」と言った。彼らは「カミカゼ特攻隊」をモデルにして戦いを続けていたのだ。

--日本は先の戦争を反省し、アフガンに軍隊を送っていない。

「私たちは日本を評価している。先進国の中で日本だけが軍隊を送らなかった。アフガンの貧困層、子供達を殺さなかった。インド洋で(米軍などへ)給油しているのは知っている。あれはダメだ。しかし日本はカブール空港を作ってくれた。各地の小中学校も」

--日本が5千億円の復興支援を決定したことは知っているか?

「知っている。しかしその金はアフガン政府の汚職や戦争に消える。確かに電気もガスもないアフガンでインフラ整備は必要だ。しかしそれはこの戦争を終わらせてからだ。日本の支援は『きれいな服を水につけて、着られなくしてから手渡す』ようなものだ」

「日本は平和貢献に徹するのが一番だ」と強調するので、ここでとっさに聞いてみた。

「あなたは日本の憲法9条を知っていますか?」

「9条?一体なんだ、それは?」通訳のイブラヒームが尋ねる。

「えーっとね、9条というのはね、日本が戦争に負けて、もう2度と...」

イブラヒームに説明している時だった。

「I know (知っているよ)」とムタワッキル師。

えっ!この人、つまりタリバンの元外務大臣は日本の平和憲法を知っていて、9条は素晴らしい考えだ、と言うではないか。メディアで繰り返し報道されるタリバンは、テロを起こし、アメリカを叩きのめす、という声明を読み上げる姿ばかり。なんと、そんなタリバンの元外務大臣が憲法9条を褒めてくれた!

感動した私はムタワッキル師と堅く握手したのであった。(写真)

「もうこれ以上、戦いたくない」「早く平和になってほしい」。これがタリバンの本音だった。考えてみれば、911の衝撃が大きく、「ビンラディンをかくまっただけ」の容疑で、無差別空爆、殺戮を受けてきた人々なのだ。確かに極端なイスラム原理主義で、女性の人権、ハザラ人の大虐殺など「タリバンの戦争責任」は重大なものがある。しかしそれは国際司法裁判で正すべきであって、空爆で壊滅させることではない。

さて、今後のアフガンはどうなっていくのだろう。タリバンの善と悪を正しく見ることが必要だ。「なんとなくの悪者イメージ」という先入観は、西側メディアが刷り込んだものだ。ムタワッキル師の邸宅を出て無事ホテルに到着。通訳のイブラヒームと乾杯の後、どちらからともなくつぶやく。「現場を踏まないと、わからんこといっぱいやなー」。

アメリカとイランが一触即発の状態になっている。これはオバマ前政権が結んだイランとの核合意についてトランプ大統領が一方的に離脱し、イランに制裁を加えることに対して、イランが反発した結果だ。この間ペルシャ湾を航行する日本のタンカーに何者かが攻撃を加えたり、イギリスのタンカーがイラン革命防衛隊に拿捕されたりするなど、緊張が高まる一方だ。そしてアメリカは日本など同盟国に「有志連合」に加わることを要請し、日本は参加するかどうかを検討する段階にまで至っている。ここでは、なぜこのような事態に陥ったのか、私なりに分析してみたい。

イランは中東の大国であるが、アラブではなくペルシャである。圧倒的にイスラム教徒が多いことは、他のアラブ諸国と同じだが、イランの場合、そのほとんどがシーア派である。他のアラブ諸国、例えばサウジやエジプト、リビアなどはほとんどがスンニ派の国で、その人口比率は1:9。そう世界的に見ればスンニ派が圧倒的多数なのである。

1970年代までイランは西側陣営の親米・親イスラエル国家で、アメリカはイランの核開発を認めていたほどであった。イランのパーレビー国王はアメリカの石油資本と結んで富を独占していたが、この体制が終焉を迎える。パーレビー国王への国民の不満とイスラム抵抗運動が重なり、1979年2月にイラン革命を実現させてしまったのだ。そして革命に続く11月には、イランの青年たちがアメリカ大使館を占拠して、職員や海兵隊員を人質にしてしまう。この一連の出来事が決定的な転機となり、イランは反米国家とみなされ、現在に至っている。

以上を基礎知識として、今回、なぜトランプ大統領が「わざわざ緊張を高める行為」を繰り返しているのか、分析してみたい。

結論から言うと、「すべては自分の大統領選挙のため」だと考える。

今回の「イラン危機」の前に、トランプ大統領は2018年8月に米国大使館をエルサレムに移転させ、首都として認定している。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地で、国連の「エルサレムを首都としない」という決議に違反し、アラブ諸国を敵に回す結果となった(イスラエルは大喜びした)。レーガンやブッシュでさえもできなかった「禁じ手」をなぜ、このタイミングで行ったのか?

アメリカに住むユダヤ人は約716万人。アメリカの人口約3億2千万人と比べるとほんの少し。この人たちを喜ばせても選挙には勝てない。実はこの決定に喜んだのは、キリスト教福音派と呼ばれる人たち。キリスト教が多数を占めるアメリカで、この福音派は人口の4分の1を占めるといわれる。つまり約8千万人もの巨大勢力。このキリスト教福音派はイエス・キリストの復活を信じている。

私はエルサレムを2度訪問したことがある。旧市街の中心に聖墳墓教会があって、ここはイエスが処刑されたゴルゴタの丘の跡地に建てられたもの。聖墳墓教会から伸びる小道にはオリーブの木が植えられていて、その樹齢は2千年。「処刑の年に植えたんか」。通訳の解説に頷きながら、歴史の重みを感じた。ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」にも行ってみた。なんと嘆きの壁の向こう側にイスラムの聖地、岩のドームの黄金に輝く丸屋根が見える。「狭いところに聖地が密集!」。だからこそ「この地は特別な場所、首都にしてはならない」と国連が決めていたわけだ。イエスが復活するとすれば、その場所は間違いなくエルサレムだ。つまり福音派が望むのは、「エルサレムを手に入れること」。

つまり「トランプこそ、福音派の味方」となり、彼らは岩盤支持層になるだろう。

イラン危機も同じ構図。イスラエルにとって最も警戒すべき国の一つがイランだ。イランはエルサレムに届く弾道ミサイルを持っている。このイランを経済制裁で叩いておけば安心。確かにイランの核開発は絶対にさせてはいけない。核兵器はいかなるものも認めるべきではない。ならば、イスラエルの核はどうなる?アメリカはもちろん、IAEAも国連もイランや北朝鮮の核で大騒ぎする一方、数百発は持っているであろう、イスラエルの核には沈黙を貫く。これはダブルスタンダードで、ICANが提案してくれた「すべての核兵器を禁止する」という条約こそ、批准しなければならない。(被爆国日本は会議に欠席!そして条約に反対!)

そして忘れてはならないのが「アメリカの軍産複合体」。現在のイランに真っ向から対立する国、それはサウジアラビアだ。長引くイエメン内戦は北部のフーシー勢力(シーア派)をイランが支援し、南部出身のハーディー大統領(スンニ派)をサウジが支援するという、代理戦争になっている。このサウジアラビアはイスラムの王様が支配する独裁国家で、なんとアメリカ製武器の世界最大の輸入国なのだ。(2014年インドを抜いて世界一)このサウジを実質的に支配しているのがサルマン皇太子。2018年10月にサウジのカショギ記者がトルコで暗殺された。これはサルマン皇太子の命令だったと言われている。しかしトランプ大統領はサルマン皇太子を非難しなかった。なんと先日のG20にも皇太子がやってきたが、安倍首相もこの問題に触れなかった。それは皇太子がアメリカ製の武器を爆買いしてくれるから、憎いイランの天敵だから、だろう。

アメリカ経済は武器製造と金融で回っている。武器が沢山売れれば、経済は順調に回るだろうし、失業も解消される。つまり「虐げられてきた白人貧困労働者たち」も岩盤支持層にとどまってくれる。今、トランプ大統領はかつてソマリア難民だったイルハン・オマル下院議員やプエルトルコ移民のオカシオ・コルテス下院議員など4名の非白人女性議員に対し、「嫌なら国に帰れ」と叫んでいる。これは明らかな人種差別発言で、本来なら弾劾に値する。しかしこのトンデモ発言に対して、一部白人支持者たちが快哉を上げているという。

人々を分断し、宗教や民族の対立を煽り、そして戦争の脅威を煽ってでも選挙に勝とうとするトランプ大統領。

創価学会、つまり宗教票を上乗せし、北朝鮮や韓国との対立を煽って支持率を上げようとする。演説会では多様な意見に耳を傾けず、自分を批判する人たちを「こんな人たち」と罵る。トランプさんとこの国の首相はよく似ているのである。

トルコリラ急落を受けて、報道が少し国際的になっている。この間、この国ではボクシング、アメフト、レスリング、そして紀州のドンファンばかりだったので、(苦笑)ちょっとだけ外向けになって少し嬉しい。 私は2年前のトルコクーデター未遂事件を取材したことがあって、この事態を少しばかり分析してみたい。今回のトルコリラ急落は米国とトルコの対立にあるのだが、その背景にあるのは7年間に及ぶシリア内戦だと思う。まずは、2年前に京都新聞に書いたコラムをお読みいただきたい。

2016年8月14日から22日までトルコに入った。7月15日に起きたクーデター未遂事件を取材するためだ。トルコは発展途上国ではなくG20に加入しているし、最大都市イスタンブールは、東京とオリンピックを争ったほど。そんな国の、選挙で選ばれた政権を軍事クーデターでひっくり返す、という「ありえないこと」が起こったのだ。 当日の出来事を時系列で振り返ってみよう。15日午後9時過ぎ、イスタンブール、ボスフォラス海峡に架かる大橋に戦車が現れる。大橋はアジアとヨーロッパをつなぐ交通の要衝。そこをクーデター軍が占拠したのだ。続いて軍はTRTワールドというテレビ局になだれ込み、通常放送をストップさせ「クーデター勝利宣言」を発表。同時刻、休暇中のエルドアン大統領がエーゲ海に面したホテルを脱出。ホテルはその10数分後に空爆されているから、脱出がもう少し遅かったら大統領は暗殺され、クーデターは成功していただろう。 首都アンカラでは国会がF15戦闘機で空爆された。大統領はCNNテレビにスマートフォンで出演、国民に対して「外へ出てクーデターを阻止しよう」と訴えた。何十万という人々が外へ出て戦車の前に立ちふさがった。約290名が射殺され1400名以上のけが人が出たが、人々は抵抗をやめなかった。翌16日未明、クーデター軍が投降を始める。こうしてクーデターは「未遂」におわった。 日本で言えば、永田町が空爆され、一時的にせよNHKが乗っ取られたようなもの。しかしこの大事件は、リオオリンピックや甲子園、スマップ解散などであまり報道されなかった。 当然クーデターが失敗すれば首謀者たちは死刑かそれ相当の処罰を受ける。「勝利の展望」がなければ決行しない。では「そのお墨付き」を与えたのは誰か?私は「米国かロシアしかありえない」と思った。 トルコの国会議員、ジャーナリスト、シンクタンク、テレビ局などを取材して「それは米国だ」と確信した。彼らの証言をまとめてみると①首謀者は米国亡命中のギュレン師である。彼はイスラム指導者で、1960年代からモスクの中に貧しい若者用の寄宿舎を建て始める。②70年代、そんな若者たちのために予備校や大学を開校し、トルコ中に弟子が増えた。今やギュレン師派はトルコ内外に100万人!もいる。やがてギュレン師は弟子たちを軍隊や警察、裁判所などに送り込み、権力の中枢を握り始める。③90年代に旧ソ連が崩壊、ギュレン師は英語教師をロシアに送り込む。その中にCIAの関係者がいて、ギュレン師と米国は情報交換を始める。④シリア問題でエルドアン大統領は急速にロシアに接近、米国はトルコに手をやくようになる。一方ギュレン師は大統領と激しく対立、政党を持たないギュレン師にとって、選挙での体制転覆は無理だった...。 ギュレンという人は、なんと40年以上かけて軍や警察、官僚たちを、つまり権力の中枢を支配してきたのだ。だからこそ大規模なクーデターが可能だった。 さて今後の中東はどうなっていくのか?相対的に米国の力が衰え、ロシアが台頭してくるのは間違いないだろう。

以上が2年前に書いた「トルコクーデター未遂事件」の顛末である。では「なぜ米国がトルコの体制を破壊しようとしたのか」について、シリア内戦との絡みで分析してみたい。

一般的に言って、シリアのアサド政権は反米だと言われている。確かにアサド政権はロシア&イランの支援を受けているので、その意味では「反米」である。米国とイスラエルにとっては、アサド政権は攻撃対象だ。 しかし今回のシリア内戦において、アサド政権を倒そうとしているのはイスラム勢力であり、その中心にいたのが「ムスリム同胞団」だった。この「ムスリム同胞団」こそ、イスラエルの天敵。ガザ地区を支配するハマスは、かつて「ムスルム同胞団ガザ支部」であった。簡単に言えば米国とイスラエルの本音は「アサドはダメ。しかしシリアの反体制勢力はもっとダメ」なのだ。だからシリア内戦において米国とイスラエルは、反体制勢力を支援するふりをしながら、反体制派を勝たせないで「どちらも長い内戦で疲弊させよう」と考えている。そして事態はその通りに進み、シリア内戦は8年目を迎えている。 当初トルコは、シリアの反体制派を支援していたが、米国とイスラエルの狙いを見破り始める。天敵であったアサドの存続を認めるしかないと判断したトルコは、ロシアに急接近する。これが米国は気に入らない。なので、エルドアン大統領の天敵ギュレン氏をそそのかせてクーデターに導いた、というのが私の見立てである。「敵の敵は味方」なのだ。エルドアンは独裁化して多くの民主化を求める人々を弾圧している。私も2016年11月にイスタンブールで入国を認められず強制送還になった。個人的には、こんな大統領は早く代わってくれ、と願う。しかし米国も同じような独裁者が大統領になっている。結局、このトルコリラ急落で得をしたのは、「政治的ネタを事前に察知できる投資家」ではなかったか? リラ急落と株価の急下落、急上昇で大儲けをした人たちがいるのではないか? 基本的には軍産複合体とヘッジファンドなどは「世界が安定したら商売にならない」のだ。エルドアンとトランプの独裁化によって庶民が塗炭の苦しみを味わい、一部資本家が巨額の富を貪る。この構図が今回の騒動の本質なのかもしれない。