『キング・コング、江戸に現る』 または、失われた50本の映画

 Film Thread というサイトがブログで 50 Lost Films(失われた50のフィルム) というのを発表しています(http://www.filmthreat.com/blog/?p=965)。

 公開中の映画すら満足に観ることができないのに、失われた映画なんかを気にしてる余裕はないし、このリストには、いわゆる紛失してしまった映画だけではなくて、オーディションのフィルムとか、未公開であるはずのオリジナル・キャストによる撮影シーンとかまで含まれているので、ますますどうなんだろうと思ってしまうんですが、その中で1本だけ日本映画が混じっていたので、それにはちょっと興味を惹かれてしましました。

 50本のうち唯一挙げられている日本映画は“King Kong Appears in Edo”というもので、訳すると『キング・コング、江戸に現る』ということになるでしょうか。
 なんだそりゃ~と思って調べてみると、案外有名な作品なんですね。
 RKO製作の1本目のキング・コング映画が1933年に公開されて、それが同年に日本でも公開されたらしいのですが、同年すぐに斎藤寅次郎監督によって『和製キング・コング』という映画が撮影され、10月に公開されています。
 “King Kong Appears in Edo”は、さらにその5年後に奈良・全勝キネマあやめ池撮影所で撮影されたもので、監督は熊谷草弥、タイトルははずばり『キング・コング』だそうです(キング・コングに関するWikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B0より)。
 当時の反響などはわかりませんが、プリントは、その後、第二次世界大戦中に空襲により失われてしまったそうです。この作品は、日本初の「怪獣映画」とも見なされている作品なんだそうです。
 へえ~、なるほど!とも思うし、こういうのを知ると、他の49本についても興味が湧いてきますね。

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              『和製キング・コング』(1933)↑

 というわけで、他の49本についても、ざっとコメントをつけていきたいと思います。正確には、Film Threadのオリジナル・サイト、もしくは各種データベースを参照してください。

 ・『アリラン』“Arirang” (1926, Korea)
 監督:ナ・ウンギュ 日本の植民地時代の韓国の田舎を舞台にした映画で、朝鮮戦争中に失われたと言われる。日本のコレクターが所有しているという噂もあるが定かではない。
 藤原義一さんのブログ「短歌の花だより」(http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanka/2006/02/post_2562.html)に物語の紹介があります。

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 ・“The Audion” (1922, USA)
 ウエスタン・エレクトリック社のよる短編アニメーション。トーキーの実用化に向けて実験的に作られた作品で商業公開されたものではなく、試写の後、破棄された。

 ・“The Betrayal” (1948, USA)
 黒人用劇場映画の作り手オスカー・ミショー監督の最後の作品で、3時間にも及ぶ長編。物語は、サウスダコタ州を舞台に裕福な黒人と白人女性との禁じられた恋を描いたもので、興行が振るわなかったため、フィルムを残す価値があるとは誰も考えなかった。ちなみに、白人女性役は、肌の色が薄い黒人女性を起用した。

 ・『ベジン高原』“Bezhin Meadow” (1937, USSR)
 セルゲイ・エイゼンシュタインの最初のサウンド作品で、撮影に2年、制作費が百万ルーブル費やされている。第二次世界大戦中、空襲で失われた。
 * Bezhin Meadowに関するWikipedia: http://en.wikipedia.org/wiki/Bezhin_Meadow

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 ・“Black Love” (1972, USA)
 ホラー映画の監督ハーシェル・ゴードン・スミス監督の唯一のブラックプロイテーション映画。しかし、完成したのか、公開されたのかも定かではない。

 ・“Brother Martin” (1942, USA).
 アフロ・アメリカン系のパイオニアであるスペンサー・ウィリアムズ監督の作品。出演者はすべて黒人で、信心深い男の信仰心についての映画。現在はポスターしか残っていない。

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 ・“Cleopatra” (1917, USA)
 セダ・バラ主演で、50万ドルの製作費をかけて作られた大作。フォックス・スタジオとニューヨーク近代美術館に収蔵されていたが、ともに火災で失われた。現在、45秒間だけフィルムが残っている。

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 ・“A Connecticut Yankee In King Arthur’s Court” (1921, USA)
 マーク・トウェインの『アーサー王宮のヤンキー』の映画化。主演は、『街の灯』の億万長者役でも知られるハリー・マイヤース。8巻のうち3巻が残っている。

 ・“Drakula halála” (”The Death of Dracula”) (1923, Hungary)
 精神病院で自分は吸血鬼だと言い張る男性をPaul Askenasが好演した作品で、映画の中で初めて“ドラキュラ”が登場した作品として知られている。ハンガリー以外では上映されておらず、サイレント時代の他のハンガリー映画同様失われてしまっている。

 ・“El Apastol” (1917, Argentina)
 最初の長編アニメーション。監督はイタリア生まれのQuirino Cristiani。アルゼンチンの大統領(?)Hipolito Irigoyenを風刺した作品で、70分の作品のために、58000枚の絵が描かれた。1926年の火災で失われ、現在はいくつかのスケッチが残されているだけ。

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 ・“The Great Gatsby” (1926, USA)
 F・スコット・フィッツジェラルド作品の最初の映画化で、オーウェン・デイヴィスが脚色したブロードウェイ作品を映画化したもの。現在は1分の予告編だけが残っている。

 ・“The Gulf Between” (1917, USA)
 最初のテクニカラー作品で、アメリカ映画としては最初の長編カラー作品。数コマのフィルムが残っているのみ。

 ・“Hats Off” (1927, USA)
 ローレル&ハーディが大きな洗濯機を階段の上にある家まで運ぶというサイレント映画で、彼らがアカデミー賞を受賞した“The Music Box”(ローレル/ハーディの音楽箱)のさきがけとなった作品。

 ・“Heart Trouble” (1929, USA)
 ハリー・ラングドン(Harry Langdon)が主演したサイレント時代最後の作品で、戦争映画やスパイ映画のパロディー。未公開のまま失われた。

 ・“Hello Pop!” (1933, USA)
 三バカ大将(The Three Stooges)とTed Healy主演によるMGMの短編カラー作品。

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 ・『ヘルプ!』 演劇学校のシーン “Help!” – The Drama School Scene (1965, UK)
 Frankie Howerdが出演している約10分間のシーンで、撮影されたが、編集段階でカットされ、そのまま失われた。
 *IMDb:http://www.imdb.com/title/tt0059260/trivia

 ・“Him” (1974, USA)
 ゲイの男性を主人公とするX指定のホモ・エロティック・ムービーで、彼の新約聖書についての強迫観念を描いた作品。1980年にMedved BrothersがThe Golden Turkey Awardsに挙げていたが、実際のところ彼が観たのかどうかも定かではない。そもそも作品が存在したのかどうかもはっきりしないが、ニューヨークでの上映会中止を知らせる広告のみが残っている。

 ・“Human Wreckage” (1923, USA)
 ドロシー・ダヴェンポートによる、ドラッグによる家庭崩壊を描いた作品で、彼女自身、映画スターであった夫をモルヒネ中毒で失っている。インディペンデント作品としてはヒットしたが、現在では失われている。

 ・“Humor Risk” (1920, USA)
 マルクス・ブラザーズの最初の映画で、2巻もの。刑事のハーポが悪党であるグルーチョを追って、ナイトクラブに行くが、そこはイタリア系のチコとプレイボーイのゼッポの常連の店で……という作品。少なくとも1回は上映されたが、あまりにもひどいとみなされて、マルクス・ブラザーズも1本しかないプリントを破棄することに了承した。

 ・“Her Friend the Bandit” (1914)
 チャップリンとメイベル・ノーマンドが主演・共同監督を務めたキーストンもののコメディー作品で、オリジナル・タイトルは“The Italian”、ヨーロッパでの公開題は“The Thief Catcher”。

 ・“In Holland” (1929)
 ブロードウェイの喜劇チームBobby ClarkとPaul McCulloughが主演したトーキー初期の作品。オランダ文化を風刺した作品で、フィルムの劣化により失われた。

 ・“Kismet” (1930, USA)
 ブロードウェイのスターであったOtis Skinner主演の映画で、ワイドスクリーン初期の作品であり、最初のトーキー・シリーズの1つでもある。1934年のプロダクション・コード制定以来、人種差別とみなされて再上映することができなくなり、商業価値もないと判断されて、そのまま失われた。サウンドトラックのみ残されている。

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 ・“Life Without Soul” (1915, USA)
 メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』の2度目の映画化で、登場人物の名前がヴィクター・フランケンシュタインからウィリアム・フローリー(William Frawley)に変えられてしまっている。Percy Darrell Standingがモンスター役。製作者が廃業してしまったためにプリントも失われた。

 ・“Lock Up Your Daughters” (1959, UK)
 ベラ・ルゴシの出演シーンを集めた「クイズ映画」で、観客がそれが何の作品かを当てるという趣向になっている。the British film trade journal Kinematograph Weeklyにはレビューがあるものの、本当に上映されたのか記録はなく、この映画に関する素材は残っていない。

 ・“Man in the 5th Dimension” (1964, USA)
 ビリー・グラハム(Billy Graham)主演の70mm Tod-AOの作品で、彼が世界の現状と聖書による救済を説く。1964年のニューヨーク・ワールド・フェアの彼のパビリオンで上映されたが、商業公開はされておらず、それ以降も上映されていない。

 ・“The Monkey’s Paw” (1933, USA)
 W.W. Jacobsの短編をRKOが1時間ものの映画にしたものだが、結末を無理やりハッピー・エンドにしたため、クライマックスの衝撃が失われてしまっている。現在は断片のみが残っているが、UCLAのアーカイブに完全版が残っているという未確認情報もある。

 ・“The Mystery of the Mary Celeste” (1936, UK)
 ベラ・ルゴシがロンドンで撮影した怪奇映画で、大洋上で見つかった無人船に関する実話を元にしている。90分のオリジナル版は失われて、不完全版がアメリカでは“Phantom Ship”というタイトルで上映されている。

 ・“Naughty Dallas” – The Jack Ruby Footage (1963, USA)
 エクスプロイテーション映画作家ラリー・ブキャナン(Larry Buchanan)が、ダラスのカルーセル・クラブで撮影した映画で、マネージャーのジャック・ルビーは、自分が出演することを条件に撮影を許可した。しかし、ブキャナンはフィルムを破棄してしまった。ジャック・ルビーがヘーヴェイ・オズワルドを射殺してしまうのは、その後のことで、もしジャック・ルビーの出演シーンが残っていれば映画はもっと話題を集めただろうと言われている。

 ・“No, No Nanette” (1930, USA)
 聖書のセールスマンがコーラス・ガールにそそのかされて、信仰の道からブロードウェイに走ってしまうというブロードウェイ・ミュージカルの映画化。サウンドトラックの一部が残っている。

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 ・『オクラホマ!』 ジェームズ・ディーンのオーディション・フィルム “Oklahoma!” – The James Dean Audition. (1954, USA)
 ジェームズ・ディーンが演じたのは、カーリー役で、相手役ジャドをロッド・スタイガーが務めている。ゴードン・マックリーが役を勝ち取ったため、オーディションのフィルムは破棄された。

 ・“Peludópolis” (1931, Argentina)
 Quirino Cristianiによる最初のサウンドつき長編アニメーション。政治を風刺した作品。唯一のプリントは1961年で火災で焼失した。

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 ・“Raja Harishchandra” (1913, India)
 Dhundiraj Govind Phalkeが監督したヒンドゥー教の神と女神の物語で、インド映画で最初の入浴シーンがある映画として知られている(ただし、尻込みして出演する女優がいなかったので、男優が女性に化けて出演している)。フィルムの断片が残っている。

 ・“The Return of Gilbert and Sullivan” (1950, UK)
 オペレッタの王が自分が作曲した曲がジャズにアレンジされてしまうのを防ぐために地上に舞い戻るという物語。

 ・“The Scott Joplin Performance Film” (1904, USA)
 Eugene Lausteによる初期の実験的サウンド・フィルムの1つで、ラグタイム・パフォーマーとして知られるScott Joplinの出演シーンがある。しかし、実験は不満足な出来で、失敗作として破棄されている。

 ・“Space Jockey” (1958, USA)
 “Robot Monster”の監督フィル・タッカーのよるC級SF。フィル・タッカー本人のコメント以上の詳細は不明であり、未完成で、上映もされていないと考えられている。

 ・『セプテンバー』 オリジナル・キャスト “September” – The Original Cast (1987, USA)
 ウディ・アレンの映画だが、公開されたものとは別のキャストで撮られたバージョンがある。オリジナル・キャストは、サム・シェパード、チャールズ・ダニング、モーリン・オサリバンだが、ウディ・アレンは出来に不満足で、サム・ウォーターストン、デンホルム・エリオット、エレーン・ストリッチで再撮影した。オリジナル・バージョンはお披露目されていない。

 ・“Song of the West” (1930)
 オスカー・ハマーシュタインとローレンス・スターリングスによるブロードウェイのヒット・ミュージカル“Rainbow”を映画化したもの。ほぼ屋外で撮影されたオール・カラー、オール・トーキーの長編。初期2色テクニカラーが不安定なものだったため、フィルムが早い時期に劣化した。

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 ・“The Story of the Kelly Gang” (1906, Australia)
 オーストラリアのプロダクションによる世界最初の長編映画。Ned Kelly(オーストラリアの強盗だが、大衆的な人気がある)の栄光と没落を描いた作品。10分ほどの断片が残っている。

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 ・“Take it Out in Trade” (1970, USA)
 エド・ウッドの作品で、X指定を受けている。ストーリーは、夫婦が失踪して娼館にいる娘を探偵に救い出してくれと頼むというもので、エド・ウッド自身、女装してアレシア役で出演している。音が入れられていないフィルムが少々残っている。

 ・『タクシー・ドライバー』 オリジナル・クライマックス・シーン“Taxi Driver” – The original climactic shootout (1976, USA)
 オリジナル版のクライマックス・シーンがあまりにも血なまぐさいのでMPAA(米国映画協会)は発色を弱めるようにスコセッシに要求。その結果、スコセッシはクライマックス・シーンをカットした。オリジナル版は失われ、二度と観ることはできない。

 ・“Too Much Johnson” (1938, USA)
 オーソン・ウエルズが『市民ケーン』の3年前に撮ったサイレント・コメディーで、彼の同名舞台作品を映画化するための準備として撮影したもの。1971年にウエルズのスペインの家が火事になり、プリントもネガも焼失した。

 ・“Uncle Tom’s Fairy Tales” (1968, USA)
 アメリカの人種問題を皮肉たっぷりに描いた作品で、Penelope Spheerisの監督デビュー作となるはずだったが、リチャード・プライヤが映画の進み具合に不満で、製作を降りてしまったので、完成しなかった。リチャード・プライヤはフィルムを破棄するよう命じたというが、フィルムの一部が残されているという噂もある。

 ・“Untitled Ed Wynn Film for ‘The Ziegfeld Follies of 1915’” (1915, USA)
 ブロードウェイ・ショーを映画化したもので、Ed Wynnが映画監督に扮して、劇場の中央通路に立ち、彼の映画のキャストがスクリーンで演技をするという趣向の作品。W・C・フィールズも出演している。ショーが終わってしまった時に、映画自体も失われてしまった。

 ・“The Way of All Flesh” (1927, USA)
 エミール・ジェニングスが銀行員と泥棒という2役を演じた作品で、アカデミー賞を受賞している作品(最優秀主演男優賞)としては唯一失われてしまった映画。約5分ほどの断片が残っている。

 ・“The Werewolf” (1913, USA)
 狼人間を描いた最初の映画。ナヴァホ族の魔術師が黒魔術で自分の娘に呪いをかけ、狼人間に変身させて白人の入植者を怖がらせて追い払うというストーリー。1924年の火災で焼失した。

 ・“What a Widow!” (1930, USA)
 グロリア・スワンソンと彼女のプロデューサーで愛人でもあったジョセフ・P・ケネディーが組んだ最後の作品。年老いた夫が死んで大金を相続した若い女性を主人公とするロマンティック・コメディーだが、興行的には失敗した。スワンソンもケネディーも所有しておきたいとは思わなかったので、失われてしまった。

 ・『オズの魔法使い』 ジルバ・シーン “The Wizard of Oz” – The Jitterbug Number (1939, USA)
 このシーンのために5週間と5万ドルが費やされたが最終的にはカットされた。サウンドトラックと16mmのホーム・ムービー版には残されている。

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 ・“A Woman of the Sea” (1926)
 チャップリン・プロデュース、ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督の作品で、主演はエドナ・パーヴィアンス。最終的にフィルムがよくなかったので、公開されることはなかった。1933年にチャップリンが廃棄した。

 ・“Zudora” (1914, USA)
 20の謎を解けば遺産相続人が遺産を相続できるという冒険もので、全20章のうち、1、2、8章が残っている。

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 失われてしまった映画というのはかなり多いはずで、それにしては、完成もしていなかったり、公開したかどうか定かではない映画もあったりして、ヘンなセレクションだなあと、最初にちらっと眺めた時には感じたのですが、1つ1つ見てみると、映画史上で意味のある作品や、こうして取り上げるのに何らかの話題性があるような作品ばかり取り上げていることがわかります。

 昔のフィルムは発火する危険があったので、多くの映画が焼失してしまっていることは知識としては知っていましたが、実際のところ、かなりの作品が火災が原因で失われてるんですね。

 時折、失われていたと考えられていたフィルムがどこからか出てきたとニュースになることもありますから、ここに挙がっている映画もいくつかどこからかひょっこりと見つかるということもあるかもしれません。ま、映画史家でもないので、そんなものばかりありがたがってもしょうがないのですが。

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 *参考:Lost Filmに関するWikipedia:http://en.wikipedia.org/wiki/Lost_film
 こちらには、そのほかのLost Filmに関する情報のほか、一度は失われたと思われながら再発見された映画についても載っています(英語)。

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