またしても長引いてしまい、後編に続きます。一度に出せればよかったのですが、思うように書けず……ちょっと悔しいですがボリュームで誤魔化すことに。
エーデルガルト=フォン=フレスベルグはアドラステア帝国の皇女である。
唯一の皇位継承権の持ち主であり、現在は士官学校に通う生徒として日々を過ごしている。
近く、皇帝の座を父から譲り受けることを予定し、そのための準備を従者と共に進めているが、それはまだ誰にも言えない内密の話。
今はまだ
尊敬して止まない師の指導の下、着実に成長を続けていた。
憎んでも飽き足らない例の組織の暗躍により俄かに闇蠢くフォドラの地。抑えることもできないどころか、協力しなくてはいけない現状に臓腑を焦がす思いがあれど、持ち前の鋼の精神力でその意思を深く静かに秘める。
いずれ必ず排除してみせるという誓いを胸に、今はただ爪を研ぎ澄ますのみ。
そんな彼女であるが、数節に渡って周囲に変化があり、ある悩みを抱えていた。
端的に言えば──
吐く息が白く染まる今日この頃。山間に位置するガルグ=マク大修道院にもしばれる寒さに包まれる冬が訪れていた。
修道院の各所にある暖炉前に人が多く集まり、廊下を歩いたり外出する時は外套が手放せない。
それでも例年と比べれば今年の降雪量は少ない方であり、晴れの日などは日差しの温かさを感じられる穏やかな冬と言えた。
陽光が注ぐ中庭であえて熱々の紅茶を手に談笑に興じる者もいたりして、前節までの緊張感が漂う空気はおおよそ抜けたと見える。
そんな平和を取り戻したように見えるガルグ=マク大修道院にて。
エーデルガルトは憂鬱な気持ちで溜息を吐いていた。
「はぁ……」
皇女らしくなく覇気のない姿。せめて誰にも見られないようにと寮の自室でのことである。数えていないが、今日だけで回数はそろそろ二桁に届く。
外の良い天気とは裏腹に室内の空気は暗く、その発生源である部屋の主は憂鬱に沈んでいた。
エーデルガルトをここまで悩ませるものはそう多くはない。
貴族社会の愚かしさなど分かり切っていることだし、教団の独善も含めていつか打破する予定なので今悩むことではない。仇である例の組織も、レアのことも、そういう問題はいずれ解決していけばいいのだから。
対人関係、例えば生徒間の諍いなんかはこちらが出しゃばることではないし、相談でもされれば級長として応えればいいだけ。エーデルガルト自身が問題にぶつかった時もその都度対応して何とかできている。リンハルトに邪険にされたり、フェルディナントの決闘騒ぎをいなしたり、ベルナデッタに怯えられたりもしたが些細なことである。
授業関係も特に問題があるわけでもない。先日挑んだ上級職試験も無事に合格できたのだし、その前からもベレトの個別指導や、ハンネマンとマヌエラの授業でも足りてなかったものを身に付けていけている実感がある。
よって悩みの種はそれ以外……その原因に気付かされるのはいつも決まってベレトが関わる時。エーデルガルトが彼と話す時も、他の誰かが彼と関わる時も、無意識に目で追うその一挙手一投足が気になって仕方ない。
というかベレト、そう、ベレトのことである。エーデルガルトが彼のことを考えない日はないのだが、ここ最近は思う方向性が大きく変わってきていた。
必然的に黒鷲の学級の面倒を見る時間は減ってしまい、エーデルガルトと関われる時間も減ってしまっていた。
それ自体は、いい。ベレトの仕事に対する責任感、真面目な彼の気質を感じられて好ましいとは思う。
思うのだが……どうもそれに比例して彼と周囲の関係性が変わっているように見えるのだ。
例えばディミトリ。
青獅子の学級の級長である彼は、明朗快活、貴公子然とした絵に描いたような好青年で、故郷から離れたここガルグ=マクでも人気者だ。
真面目で実直、面倒見も良く、誰に対しても優しい、まさに王子様。王族としての厳格さはまだまだ薄いように見えるが、それがまたディミトリの懐の大きさを表していると思えて人望に繋がっていく。
それが一体どうしたことか。
ベレトと出会って以来、学級が違うにも関わらずディミトリは積極的に彼と距離を詰めている。早朝や放課後に鍛錬の相手をしてもらったり、食事の相席を頼んだり、その様子はとても楽しげである。
歳の近い年代でありながら自分とはかけ離れた人生を送ってきたベレトに何か琴線に触れるものでもあったのか、驚くほど心を許しているのだ。
金髪碧眼の美男子が、先生、先生、とベレトに懐く姿は、他聞を憚らずに言ってしまえばまるでお気に入りの人間に尻尾を振る犬のようで、それを見守る周囲の目は温かい。
(変わり過ぎではないかしら? 一国の王子がああも平民に懐いてる姿を晒して、後から何か言われたりとか……恐らく言われたでしょうね。ファーガスにもその手のうるさい貴族はいるし。でもディミトリは撤回しない。彼は頑固なところもあるから、逆に言及した者を窘めたでしょう)
自分のことはすっかり棚に上げて、エーデルガルトはそう訝しんだ。
実際その懸念は当たっており、ベレトと仲を深めるディミトリを諫めようととある生徒が進言したことがあった。王国貴族の子弟であるその生徒曰く、いくら教師とは言え平民である
それを言われた時のディミトリは、穏やかな性格で通っている彼にしてはさぞ恐ろしい対応をしたのだろう。それ以来その手の進言をする者は出ておらず、ベレトとの仲も変わった様子はなかった。
驚いたことにベレトもベレトで王国との関わりは持っており、ファーガス筆頭の大貴族、フラルダリウス家当主ロドリグとの面識もあるのだという。
賊討伐の名目で領地へ呼び出されたフェリクスを手伝う形でベレトも同行したことがあるのだ。その時にフェリクスと日頃から懇意にしている(手合わせのため毎日のように彼に絡まれているとも言う)と知ったロドリグから直々に「息子を頼みます」と頭を下げられたらしい。
ちなみにこれはベレト本人から聞いた。すごく謙虚な人で印象に残ったそうだ。
他にも、破裂の槍奪還の課題で協力を頼んだシルヴァンがベレトに対して妙に気安い態度で接してきたり、一緒に理学の勉強をしたアネットが戦術のことを聞きに何度もベレトを訪ねてきたり、他に何人も……どうも青獅子の学級の生徒とベレトの距離が近いように思えるのだ。
距離が近いと言えば他にもいる。
例えば
ある時期からベレトはガルグ=マクの地下にある空間、アビスに降りるようになった。
天帝の剣を賜り、破裂の槍奪還の課題を終え、直後のフレン誘拐事件を解決して、しばらく経ってからだったか。アビス全体を揺るがせたらしい謎の事件が起こった。そこを訪れたベレトは事件の解決に力を貸して、アビスの住民を助けたのだ。
それを契機に住民達に受け入れられたベレトは何を思ったのか、小まめにアビスに足を運ぶようになった。しかも何故か、アビスに設立されたと聞く学級の面倒まで見るようになってしまったのである。
この事態、エーデルガルトにとっては青天の霹靂だった。
ただでさえ英雄の遺産を下賜されてベレトの立ち位置が教団寄りになったように思えて不安だったのに、今度はならず者のたまり場とも言うべきアビスの一部になってしまったようで。
アビスの中心とも言える四人の生徒の下へ足しげく通って指導するベレト。まるで灰狼の学級の担任みたいではないか。
そもそも士官学校の教師という、少なくとも所属で言えばセイロス教団に属する立場のベレトが、名目上は教団の管理下とは言え、陽の当らない闇とも評せるアビスに受け入れられたなんて。
(いや、変わり過ぎではないかしら? 彼らとて子供ではないのだし、身を立てる力は同年代の人間よりも頭二つ抜けているわ。年齢以上に精神は大人と言っても……だからこそかしら? 普通の教師とは違って歳の離れてない師相手には肩肘を張らずにいられて、それでいて助けてもらえたという感謝の念と実力への尊敬が、今までは頼れなかった『大人』の像として彼らの心に納まった)
前述した四人とはベレトを通じてエーデルガルトも面識はあり、どのような人物なのかは把握している。
格闘王を自称する無頼漢バルタザールは、粗暴な性格に反して仁義に厚い。一度認めた相手を受け入れる度量は広く、ベレトの仕事に手を貸すことなど仲も良い。
元は帝国でも高位の貴族だったコンスタンツェは、上昇志向も相まって学びへの意欲は人一倍強く、魔導研究の協力者として積極的にベレトを頼りに来る。
摩訶不思議な体質の持ち主であるハピは、警戒心の強い彼女に対しても自然体で接してきた賜物か、灰狼の学級の仲間と同じくらいベレトに懐いている。
中でも油断がならないのがユーリス。灰狼の学級の級長、そしてアビスの頭目という立場にある彼は立場とは裏腹に奔放な態度で動いており、時たま何食わぬ顔で大修道院にも現れる。
そんな彼は何故かベレトと距離が近い。精神的にも。物理的にも。
二人並んだ姿を見たエーデルガルトの胸に、なんか、こう、モヤっとしたものが生じたのは一度や二度ではないのだ。
『実は先生とは逢瀬の約束もしたことがあってよ』
『はあ゙?』
『おー、こっわ。そんな顔しなさんなって。敵の裏をかく策の一つだよ』
ぬけぬけと宣う彼の表情と言ったら!
鋭いあの男のことだ。エーデルガルトがベレトを気に入っていることなど最初から見抜いていたのだろう。内心を悟られたことが不快だったし、それを理解しただろうにからからと笑うユーリスに苛立った覚えがある。
女性と見紛う美貌の持ち主である彼がそんなことを言うものだから、エーデルガルトが考えないようにしても邪推してしまいそうだ。
アビスというガルグ=マクの闇に属する彼らとは士官学校の生徒よりも雰囲気は近かったのだろう。元は傭兵として生きてきたベレトはどことなく慣れた態度で接している。
いきなり湧いて現れてベレトと距離を詰めている灰狼の学級にエーデルガルトは目を光らせていた。
ああそうだ、距離を詰めていると言えば見逃せない人物がいる。レアだ。
以前よりベレトとの関係性を危惧していたが、この数節をかけて目に見えて近しい雰囲気を醸し出すようになっているのだ。
まず、ベレトが彼女に呼び出されることが増えている。それは仕事上の呼び出しではなく、レアが個人的にベレトを招くという私的なお誘いだ。
なんと限られた者しか立ち入ることが許されていない大修道院の三階、そこにあるレアの私室に招かれているのだ。それも何度も。
他にも三階のテラスに設けられた小庭園で茶会に興じたり、さらにはレアによる格闘術の研修も受けていると聞く。いつぞやの信仰の研修と同じく二人きりで。
エーデルガルトとしては気が気でない。ベレトのことは信頼しているが、元より傭兵として寄る辺なく生きていける彼である。何を切欠にしてセイロス教団に帰属してもおかしくないのに、大司教であるレアと親密になればなるほどこっちは不安になってしまう。
ベレトには帝国に来てほしいという気持ちは、あるにはあるが今では見込みが薄いとして半ば諦め気味なのだ。せめて教団には属さない自由人でいてほしいというのがエーデルガルトのせめてもの希望である。
だと言うのに! 当の彼と来たらこっちの気も知らず──言ってないから当たり前なのだが──暢気にレアと、ついでにセテス、フレンとも仲良くなっているのだからエーデルガルトとしてはやきもきが治まらないのだ。
まだジェラルトが存命中の頃。父との手合わせに初勝利したと嬉しそうにしていたベレトとの会話が忘れられない。
『父さんから初めて一本取れた』
『すごいじゃない師!』
『レアさんから教わった格闘術のおかげだ』
『れ゙っ!?』
ちゃっかり得るものを得ていたベレトに愕然とさせられたのだ。無表情ながらホクホクした調子で話す彼の前で、思わず顔を歪めてしまった自分は悪くない。
そしてレアはと言うと、もうすっかりベレトが自分の下に来るのだと確信しているかのように振る舞って、ニコニコな笑顔で彼に話しかけてきたりする。
授業のことを話しながら並んで歩くベレトとエーデルガルトと廊下ですれ違った時なんて、手元だけで小さく手を振りながら微笑みを見せたくらいだ。
それはまるで親の姿を見つけた娘が全身で喜びを表すような雰囲気で、小さな子供がやるならともかく、あのレアがそんな無邪気な振る舞いをしたことが衝撃なのだ。
(いや、だから、変わり過ぎではないかしら? 貴方はセイロス教団の大司教でしょう。誰も見てないところならともかく、人前でそんな態度でいたら上に立つ者としての威厳なんてあったものではないことくらい分かるでしょうに)
同行していたセテスが重々しく咳払いをしても気にした風もなく、上機嫌で去っていくレアの姿が印象的だった。
その時の彼女の表情がエーデルガルトには──邪推かもしれないが──勝ち誇っているように見えてしまい、苦い気持ちで会釈したことを覚えている。
ただ、実際にレアがベレトを教団に誘ったとかそういうことはないらしい。
思い切ってベレトに聞いてみても、特に勧誘されたことはないといつものあっけらかんとした口調で答えてくれた。
なので少なくともベレトがセイロス教団に正式に加わるという事実は、今のところないようだ。まだ、と付け加えなくてはならないが。
しかし、そこで安心していられないのが悩ましい。
レアがベレトに家族のような親愛の情を向けているのなら、その情を言葉として実際に口に出している者がいるのだ。
それがエーデルガルトが現在誰よりも警戒している人物、クロードである。
色々と重圧があるであろう立場のクロードだが、その性格は飄々としており態度も軽く、ともすれば問題児の側面もある青年だ。
フォドラの貴族にしては非常に珍しく、武より知を、体より頭の力を重視する策士であり、奔放な金鹿の生徒達をまとめる手腕は彼の優れた統率力を表している。問題行動の多さとは裏腹に上に立つ者としての器は大きい。
若い生徒の身ですでに策謀家の片鱗を見せており、あの手この手で他人に仕掛けを施す。巧みな話術や、懐に潜り込む距離感。陽気な性格を活かした行動で多くの人に働きかけている。
彼が何を目指しているのかエーデルガルトには分からないが、その手段として貴族の権威を持ち出したりせず、セイロス教団の思想に囚われない姿勢は好ましいと思えた。
もしクロードがどこの貴族とも所縁のない平民だったらベレトと同じように誘いをかけていたかもしれないくらい、エーデルガルトは彼を高く評価していた。
しかしながら同盟の次期盟主や学級の級長だという自覚が薄いのか、旺盛な好奇心を隠す気がないようで、その行動はとかく危なっかしい。
学校生活の合間などに暇を見つけては書庫に足を運び、英雄の遺産を始めとした紋章絡みの資料とかフォドラの起源を調べるという大胆な動きは、それを知ったエーデルガルトを冷や冷やさせたものである。【白きもの】について探った時などはセテスにも睨まれたようだし、あまり教団を刺激しないでほしい。
書庫で顔を合わせた時に問い詰めてみたものの、口八丁の彼からは聞き出せたことは何もなく、居合わせたベレトと一緒に肩をすくめたものである。
そんなクロードは自身の策に薬を使うことがある。
腹下しの薬だの眠り薬だの何種類あるのか知らないが、策を円滑に進めるための手段として用意している、らしい。
幸いなことにエーデルガルトは薬を盛られたことはなく、薬自体を確認したわけではない。だがヒューベルトの調べによれば、クロードの部屋には調合に使う器具や幾つもの薬草が持ち込まれているそうな。
そこまでしているのだから、クロードの普段の振る舞いからして薬を使うことに忌避感はないのだろう。
いたずらと呼ぶには質の悪い行いは、なんとベレトにも及んだことがある。ベレトの口から雑談の一つとしてポロリとその話が出た時は驚いた。いや本当に驚いた。
盛られた当人が全く気にしてない──事前に気付けたので被害はなかった──ようで、それでも立場上クロードを呼び出し問い詰めたところ、薬を使う策の練り方から始まり、用兵だったり人生観だったり、説教のために設けた場であれこれ話して盛り上がったのである。
何でそうなるのよ、とツッコみたくて仕方ないエーデルガルトだった。
フォドラでは異端の育ち方をしたベレトと異端の考え方をするクロード。何か通ずるものがあったのだろう。それを切欠にして妙に仲良くなってしまい……そしてある日、エーデルガルトは聞いてしまったのである。
クロードが、ベレトのことを『きょうだい』と呼んでいる場面を。
きょうだい! よりにもよって、彼を家族のように呼ぶなんて!
どうやら周囲には一応秘密にしている呼び方らしく、他人がいる場面では使っていないようだ。エーデルガルトが耳にしたのも偶然で、クロードもベレトも聞かれたことには気付いていない。
まさかあの秘密主義のクロードが、いくらベレトとの仲を深めようとしているとは言え、身内にも等しい呼び方で距離を詰めているだなんて。
情が込められたその呼び方に、エーデルガルトは酷く動揺してしまったのだ。
(いや、だから、いくらなんでも──)
「って変わり過ぎでしょーがあ!」
畳みかけてくる現実を受け止め切れず、保てていた冷静さを放り投げたエーデルガルトはとうとう自室で声に出して叫んだ。若干キャラ崩壊。
「どういうことなの!? 黒鷲の学級の担任相手にどうしてそんなに距離を詰められるのよ! 師も師でしょ! なんでそんな簡単に仲良くなってしまうのよ!?」
ベッドの上で枕をバンバン叩きながら不満を叫び散らしたのが先ほどのこと。
放課後になったばかりの寮にほとんどの生徒はまだ戻っておらず、聞かれる心配はないのでつい大声で喚いてしまった。
そこで、エーデルガルトはふと気付く。
(……前にもあったわね、こんなこと)
我に返って叩く手を止め、脱力してベッドに突っ伏す。自分の感情の乱れっぷりを自覚して頭を抱えた。
ああだこうだ考えてはいるが、エーデルガルトは何もベレトが自分を蔑ろにしているとは思っていない。むしろ忙しい合間を縫って茶会に誘ってくれたり、一緒に食事したり、授業の相談を持ちかけてきたり、顔を合わせる機会は他の生徒より多いのだと思う。
だが……足りない。もっと彼と一緒にいたい。もっと話を聞いてほしい。もっと褒めてほしい。そんな小さな子供のような欲求が次から次へと湧いてくるのだ。
エーデルガルトは今は生徒の身分ではあるがこれでも皇女である。やらなければいけないこと、考えなければいけないことはたくさんあり、その両肩にかかる責任は重く、決して暇ではない。
勉学と訓練に励み、級長として学級の生徒をまとめる傍ら、『話』を通した諸侯との顔合わせや書状の作成、さらには憎き闇の組織とのすり合わせなど、彼女がするべきことは山積みである。
責任感の強いエーデルガルトはそういった諸々を疎かにするつもりはなく、その器量の良さ故に完璧にこなしてしまい……個人的な時間が減っていた。ヒューベルトの補佐のおかげで全く休めないということはないのだが、どうしても空く時間帯が他人とずれる。
そういった事情もあって教師であるベレトと合わせられる機会は減ってしまい、時には断腸の思いで誘いを断らなくてはいけないことすらあった。彼もエーデルガルトが忙しい身だと理解しているのでそういう時も食い下がらず送り出してくれるが、あの無表情にそこはかとなく残念そうな色が浮かぶのを感じて胸が痛む。
そうした気持ちは弱みになるとして、毅然とした姿勢を崩さないエーデルガルトではあるが……押し殺しただけで消せたわけではないのだ。
「……私だって」
思わず零れた声が枕に沈む。
自分だって、彼らのように何も気にせず行動したい。
できるものなら、もっと一緒にいたい。
なれるものなら、もっと仲良くなりたい。
打ち解けて、距離を詰めて、仲良くなって。
──無理だ。
頭の奥から響く声がエーデルガルトを縛る。
それは己の意志で自らに課した鉄の誓い。
できるわけがない。自分には為すべきことがあるのだ。
なれるわけがない。彼の父を殺した組織と手を組む自分がどの面下げて宣うか。
何も気にせず共にいるにはこの身に背負うものが大き過ぎる。
ふとした瞬間に湧いてくる心の声は、エーデルガルトにとって馴染み深いものだ。今さら動揺なんてしないし固めた覚悟が揺らぐこともない。
それでも気分が上向くようなものでもなく、
「はぁ……」
本日十回目となる溜息が漏れてしまうのも無理なからぬことであった。
時は天馬の節。
悩んでいられる猶予はもうない。
* * *
休日の早朝。エーデルガルトは訓練所に向けて歩いていた。
目的はベレトにある誘いをかけるため。
いつもなら朝早くから自主訓練に励む生徒に付き合うためにベレトも早起きして訓練所で相手をしており、他に予定でも入れてなければ決まってそこで会える。
変貌を遂げても彼の姿勢は変わっていない。生徒を指導する教師として、変わらず訓練相手を務めるベレトはそこにいるはずだ。
そんなベレトにこの誘いをかけても乗ってくれるかは怪しいが……
エーデルガルトが不安な気持ちを抑えながら訓練所に着くと、ちょうどベレトが扉から姿を現したところだった。
「
「エーデルガルト、おはよう」
ベレトの方も出くわすとは思ってなかったようで、軽く目を見張ったのが分かる。
変わってしまった薄緑色の髪を揺らしてエーデルガルトに近付いてきた。
「おはよう師。今日はもうおしまい? いつもより早いわね」
見れば扉から出てきたのは彼一人だけ。訓練所の中からは武器で打ち合う音など人の気配が感じられるのでベレトだけが場を離れたのだろう。
「今日はもう俺はお呼びではないそうだ」
「どういうこと?」
「ついさっきまで複数人での模擬戦をやってたんだが、俺が混ざると上手くできないからって追い出されてしまったんだ。仕方ないから俺だけ先に切り上げてきた」
「……ごめんなさい、よく分からないのだけど」
恐らく状況を端的に言っているのだろうが、ベレトの今の発言だけでは端的過ぎてエーデルガルトには読み取れなかった。
詳しく聞く必要はない……が、毎日のように続く早朝訓練を、今日に限ってベレトが追い出されることになった顛末は少し気になる。
「複数人での模擬戦と言ったわね? 数人同士に分かれてチーム戦でもやったの?」
「いや、俺一人対生徒五人でやった」
「は?」
事も無げに言ってのけたベレトを見て、エーデルガルトの口から間抜けな声がもれてしまった。
まず、初めに提案したのはフェリクス。
先日あった封じられた森の掃討戦で生徒に迷惑をかけたお詫びとして何か願いがあればできる限り都合をつける、と伝えていたベレトに向けて彼はこう言ったのだ。
──実戦に近い状況で本気のお前と戦いたい。
フェリクスらしい武骨な申し出も、ベレトからすれば願ってもない生徒の頼みである。二つ返事で了承して、その場ですぐ始めることにしたのだ。
実戦となれば場所は選ばない。今から始めるということで訓練所で戦う。
実戦となれば一対一に限らない。せっかくなので訓練所にいる他の生徒とも戦う。
その場で勃発したノリノリ教師との戦闘に複数の生徒も巻き込まれた。
提案したフェリクス。隣で同調したレオニー。面白そうだと囃し立てたカスパル。自分もと参加を申し出たラファエル。興味深そうに眺めていたリシテア。
五人の生徒が同時にベレトと戦うことになったのだ。
(何とも豪華な面子ですこと……)
今年の士官学校はベレトが就任したこともあり、こと戦闘に関する成長力は目覚ましいものがある。並の訓練を受けた兵では足元にも及ばない実力を身に付けた生徒も多数いる。
そして今挙がった五人の生徒はその中でも上位の強さを持っている。それを同時に相手取るということは、セイロス騎士団の正規の部隊を二つか三つ同時に相手にすると表現してもいい。
本当にそれくらい彼らは強くなっているのだ。ベレトに鍛えられて。
強くなったと自負した者が、その強さがどこまで通じるか試してみたくなるのは当然であろう。そんなわけで意気を高める五人が『実戦に近い状況で戦う模擬戦』をベレトとすることになったのである。
「で、勝ったのね」
「ああ」
エーデルガルトの質問という名の確認に、一言の肯定で返せてしまうほど、ベレトはあっさりと勝ってしまった。
いくら強くなったと言ってもベレトが格上なのは彼らとて分かっている。だから複数人で力を合わせて対抗するのは間違いではない。自分より強い敵に対抗するには数に頼るのが手っ取り早いからだ。
しかし、それ以上にベレトは強かった──強くなったのだ。
斬りかかるフェリクスの剣を捌き、迫るラファエルの格闘をかわし、連携するカスパルの斧とレオニーの槍を逆にやりこめ、隙を突いて放たれたリシテアの魔法を相殺し、全てを受け止めた上で五人それぞれを強かに打ち据えて勝利したのである。
彼曰く、ここ最近はかつてないほど調子が良い、とのこと。いつもより体は軽く、普段より視野は広く、感覚が冴え渡るのを感じると言う。
それはあの掃討戦以来……より正確には闇より帰還した際、女神の力を身に宿して以来、不思議なほど力が漲ってくるのをベレトは感じていた。
(女神の力が、彼の体に馴染んでいる)
エーデルガルトはすぐに理解した。ベレトの身に宿ったという女神の加護が、彼を今まで以上に強くしたのだと。
それまで生きてきた肉体の在り方を歪めて、恐らくは人間としての作りから外されてしまった。それも本人の意思を無視して、第三者によって意図的に。
……ある意味、自分と同じと言えるかもしれない。彼との共通項があるのは嬉しいやら悲しいやらで複雑だ。
「ところで、エーデルガルトは何か話があったのか?」
訊ねてくるベレトを見て、気を取り直す。朝早くから訪れたエーデルガルトが何をしに来たか、という本題。
やらなければならないことがあるのだ。
「師、私はこれから数日、大修道院を離れるわ」
「どこかへ行くのか?」
「秘密、と言いたいところだけれど……アンヴァルに行くの」
大陸の南半分を占めるアドラステア帝国。そのかなり南側に位置する帝都。
三国それぞれの首都の中で、ガルグ=マク大修道院からは最も離れている。直線の距離もそうだが、実際に辿る行程はさらに大きく伸びるのだ。
百年ほど前、帝国領内で起きた反乱に南方教会の司教が関わっていたとかで、それに怒った当時の皇帝が司教を追放、教会は取り潰された。
以降、帝国と大修道院を結ぶ直通の道がなくなってしまうほどセイロス教団との間に溝が生まれてしまい、行き来をするにはアミッド大河を渡り同盟領にまで足を延ばして大きく迂回する必要がある。
その辺の細かい話は今はいいだろう。
とにかく、ここから帝国には行くだけでも時間がかかる。往復すれば倍。数日がかりの外出ということになるのだ。
立場上、無断で行くわけにはいかない。担任に届け出るのは当然である。
「向こうでやることがあるんだな」
「ええ。それで、なんだけど……師にも、付き合ってほしいの」
重々しくならないように気を付けたつもりだが、その言葉を口にするのにエーデルガルトは多大な勇気を要してしまい、声音はどうしても固くなった。
ベレトは教師である。傭兵として依頼されて就いた職だが、真面目な彼からすれば放り出すことはできない仕事だ。
エーデルガルトの用事に付き合えば数日間、つまり来週の授業を教師である彼が放り出すことになってしまう。級長とは言え、一介の生徒が頼んだ程度で聞き入れてくれるとは思えなかった。
況してや、ベレトはすでに何度か仕事を疎かにする失態を犯している。
アビスの事件に関わった時は丸々二日間地上に戻らなかったし、ジェラルトが殺された時には失意に呑まれて一週間近く引き籠っていた。
そういう不在の時はハンネマンとマヌエラが代理で生徒を指導したり、手が空いたセテスが生徒に指示を与えるなど、彼が空けた穴を埋めるために多くの人に負担をかけている。
そして先日の掃討戦。クロニエに復讐するために率いていた生徒を置き去りにして単独で特攻を仕掛けるという、普段のベレトらしからぬ暴挙に出た。
ただでさえそうやって失態を犯しているのだ。今また数日も大修道院から離れるなんて判断をベレトがしてくれるとは思えない。
それでも、エーデルガルトは微かな期待を抱いてしまう。ベレトならこの手を取ってくれるかもしれない、と。
なので勇気を絞り出してそう言ってみたのだが……言われたベレトの反応が芳しくない。見れば顎に手を当てて考えている。
悩む姿を見て、やはり無理かと思い前言を撤回しようとしたエーデルガルトだったが、彼女が口を開くよりベレトの方が先に言葉を発した。
──もしこの時、エーデルガルトが諦めて撤回するのが後数秒でも早ければ、それだけで運命は大きく変わっていただろう。組織によってその体を超人へと作り変えられた彼女の中に残っていた心……普通の人間であれば誰もが持っているはずの、他人を頼りたい、縋りたいという気持ち……そんな弱さと言ってもいい人として当たり前の感情が、二人の未来を繋ぎ、その道を重ねることになったのだ──
「エーデルガルト、ちょっと確認したいんだが」
「っ……何かしら」
「君がアンヴァルに行ってやることというのは、時間がかかることなのか? 向こうに着いてからも何日か必要だったりとか」
「いいえ、向こうに着いて、始められさえすればすぐにでも終わることよ」
「ということは、時間がかかるのは道中の移動だけか」
うん、と頷いたベレトは顔を上げる。その姿を見て、エーデルガルトの胸に奇妙な予感が湧いてきた。
覚えがある感覚だ。これは、ベレトが何か突拍子もない行動でこちらを唖然とさせてくる、その前兆のようなものである。
もはや慣れてしまったその感覚は、エーデルガルトにとっては希望の種とも言えるものだった。
「エーデルガルト、一緒に行こう」
「師……!」
「今すぐ出発して、明日の朝に帰ってこよう」
「師……?」
お前は何を言っているんだ──その時のエーデルガルトの心境を表すならこの言葉に尽きた。
自分についてきてくれるベレトに嬉しくなってテンションが上がった直後にこんな理解できないことを言われては、浮かべた笑顔を歪ませてもおかしくない。
話を聞いていなかったのか。今から行こうとしているのはアンヴァルである。森の中の山道を下り、同盟のグロスタール領に出て、アミッド大河を渡って、グロンダーズ平原を通過して、広大な帝国の領土の南端にある帝都を目指すのだ。
そんな「ちょっとそこまで」という気分で行けるような場所ではない。たった一日で往復なんてできるわけがないではないか。
と、普通なら考えるところ。
エーデルガルトは知っている。ベレトはいいかげんなことを言う人ではない。そして彼は、自分や世間の常識では測れない人物なのだ。断言するからには何かしらの根拠や自信があっての発言に違いない。
すぐに表情を改めて聞き返す。
「そんなに早く行けるの?」
「迂回せず目的地へまっすぐ進めば大幅な短縮ができる。地上を走らず、最初から最後まで空を飛んで、最短経路を突っ切ればやれなくはないはずだ」
「空?」
「ドラゴンに乗って飛んでいく。支度はできてるのか?」
「え、ええ。この身一つあれば十分だから……」
「じゃあ行こう」
即断即決。いつも通りの判断でベレトは歩き出す。
どうしてアンヴァルに行くのか。着いたら何をやるのか。本来なら聞くべきだろうことを聞きもせず、不可解なままでも尽くしてくれる彼の姿勢に思わず胸が詰まる。
それでも遅れるわけにはいかないと、エーデルガルトは小走りでベレトを追いかけた。
向かうのは大修道院の東側、厩舎だ。
セイロス騎士団はフォドラ最強の軍として知られており、その拠点であるガルグ=マク大修道院には専用の厩舎が設けられている。
騎士のための馬はもちろん、飛行部隊のためのペガサスやドラゴンも多数抱えている。セイロス騎士団のために鍛えられたそれらは精強で、各地への遠征の他、日頃の巡回任務にも活躍している。
士官学校の訓練に貸し出されることもあり、飛行兵種を志す生徒にとっては憧れの存在だ。
そこからドラゴンを借りようとしているのだろう。ベレトの後を早足でついていくエーデルガルトは歩きながら考える。
確かに空を飛んでいけば道中を迂回する必要はなく大幅な時間短縮が可能だが……そんなに上手くいくだろうか? 色々と問題があるはず。思い切りのいい彼の果断はありがたいが、大丈夫なのだろうか。
いや、信じよう。急ぐとなれば彼から考えを聞く時間も惜しい。ベレトの判断なら聞かずとも信じられる。
腹を括って顔を上げると、ちょうど厩舎にさしかかったところだった。
「ツィリル、おはよう」
「あれ? おはよう先生。珍しいね、朝からこっちに来るなんて」
「今日は用事があるんだ」
「用事?」
「おはようツィリル。朝からお疲れ様」
「あ、エーデルガルト様、おはようございます」
そこで朝早くから厩舎で仕事をしていたツィリルと出くわした。
大人達に混ざって働く彼は、いつも朝早くから厩舎で作業しているのだ。普通の馬だけでなくペガサスやドラゴンの世話もお手の物である。下手な飛行兵種の人よりも懐かれているくらいだ。
そのこともあって、最近のツィリルは飛行術の訓練を始めており、将来はドラゴンナイトを目指すそうだ。
彼の将来はさて置き……厩舎からドラゴンを借りるとなれば許可をもらわなくてはなるまい。
「急で悪いんだが、ドラゴンを一頭貸してほしい」
「ドラゴンを? 申請は?」
「今すぐ出発しないといけない。すまないが、ツィリルの方で手続きをしておいてくれないか」
「う~ん……」
ベレトの急な頼みにツィリルは難色を示した。
大修道院で働くことに誇りを持つツィリルである。レアの従者として規範を守ろうとする姿勢もあり、それを外れた申し出を受けるのには抵抗があるだろう。
しかし、しばらく唸ったものの、ツィリルは頷いてくれた。
「分かったよ。先生なら変なことに使ったりしないし」
「助かる。後で埋め合わせはするよ」
「無理を言ってごめんなさいねツィリル」
「いいよ。皇女様と一緒に使うってことは、僕には言えない大事な用なんでしょ? そういう政治的な話ってガルグ=マクでは珍しくないし、僕はなるべく口を挟まないようにしてるから」
手に持っていた道具を道の端に置いてからツィリルが先に立ち、ベレトとエーデルガルトは後に続いた。
ベレトの日頃の行いの賜物だろう。彼の頼みだというだけであっさり承諾してもらえた。事情を説明することなく話が通るとは、ツィリルの中では余程信用が置ける相手だと思われているのか。
正直に言うと、ツィリルに見つかった時点でレアに伺いを立てなくてはいけないかと警戒したのだが、彼が自分でドラゴンを貸し出す判断ができたのがエーデルガルトには意外だった。
「二人で一頭に乗るなら、大きいドラゴンがいいよね?」
「ああ、ドラゴンマスター用の大型種がいい。武装はしないから重量も問題ない」
「先生なら大丈夫だとは思うけど、戦闘はしないでよ」
「分かってる。移動に使うだけだ」
「夜には戻れる?」
「いや、戻るのは明日の朝になる」
「え、そんなに飛ぶの? 機嫌損ねたりしないかな……」
「戻ったらたくさん労うよ」
「……まあ、先生が乗るなら大丈夫かな。この間からみんなすごいもんね」
話している内にドラゴン用の厩舎に着いて、ツィリルが扉を開く。
そこで広がる光景は何度見ても圧巻だった。
中で思い思いに過ごしていたドラゴン達は扉が開かれてベレトの姿を認めた瞬間、一斉に動きを止めて揃って平伏したのである。
「こんなの初めて見るよ。ドラゴンって気位が高いのにさ」
「俺も不思議だ。今までこんなことにはならなかった」
「先生がその姿に変わってからだよね。いいなあ……レア様とお揃いになるとそんな力まで身に付くのかな」
髪と目の色が変わって以来、ベレトはドラゴン相手に謎の畏怖を与えているのだ。馬にもペガサスにも影響はなく、何故かドラゴンだけに。
後ろで見ていたエーデルガルトはここでも凡その事情を察していた。
(これも神祖の加護かしら……師の中にある力がドラゴン達を畏れさせている)
【白きもの】を筆頭に、獣の頂点であるドラゴン。神祖となればさらに上位の存在であると予想できる。その力を宿す身が、ベレトの意図しないまま周囲のドラゴン達に畏怖させているのではないか……エーデルガルトはそう推察していた。
合っているかは分からないが、もしそうなら恐ろしい力である。ベレトの前では全てのドラゴンは無条件で味方になるということ。敵対するドラゴンナイトも彼と相対しただけで平静を奪われるとしたらとてつもない脅威だ。
本人は「ドラゴンが大人しく言うことを聞く」程度にしか考えておらず、これ幸いと飛行術の訓練に勤しんでいるが。
そんなことを考えるエーデルガルトの前でツィリルが選んだドラゴンがベレトに引き渡される。頼んだ通り、最上級兵種のドラゴンマスター用である大型種で、のそりと動く巨体は慣れない者からすればかなりの威容だ。
厩舎から出て、今日はよろしくと一声かけたベレトに応えるようにドラゴンは唸ってみせる。
ベレトと一緒にその背に乗ったエーデルガルトは、ツィリルの助言に従って二人の体をロープで繋いだ。ちょっとドキドキしたのは内緒。
「それじゃあツィリル、明日の朝に!」
「気を付けてね先生! 皇女様も、いってらっしゃい!」
「ありがとうツィリル!」
羽ばたきに負けない声で挨拶を交わし、一気に上空へ。
二人を乗せたドラゴンは高々と飛び上がると、高度を活かし滑空、急加速して出発した。
張り切って大きく鳴くドラゴンの背で、振り落とされないよう目の前の背中にしがみつく。冷たい空気の中でも自分の頬が少しだけ熱くなるのが分かった。
森も道も無視して真っ直ぐ山を下る。目指すはフォドラの南端、帝都アンヴァル。
ベレトとエーデルガルトは何にも邪魔されず、朝日の中を飛んで行った。
エーデルガルトによる各キャラへの評価は、あくまでも彼女の視点であること、本作なりの表現だということにご注意ください。公式でこう語られているわけではないのであしからず。小説の読み手と違って、他人の内面とかが見えてるわけではありませんからね。
大好きな師に近付く人が何人もいるのを見て、なのに自分は口出しできる資格なんてないと思えば、そりゃあ穏やかでいられるわけがないってもんですよ。
ドラゴンが大人しくなるっていうのは独自設定です。原作にそんなのありません。