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敵を知る後編(こうすれば怖くない第四弾) [┌人権擁護法案]
こうすれば怖くないシリーズ
第一弾「部落解放同盟と戦った弁護士達」
第二弾「敵を知る前編」
第三弾「敵を知る中編」
上記続編に当たります。
なお、引用文は文字色をグレーにしています。
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敵を知る後編(こうすれば怖くない第四弾)
今回は、糾弾会の中身について焦点をあててみます。
第六章 糾弾会の中身
テキスト、可能なら録音テープを入手して確認したいのだが、残念ながら糾弾会の発言を詳細に記載した内容は見あたらないため、推測するしかないです。
そこで、いくつかの糾弾会にそれぞれ焦点を当てて紹介します。
1.真宗への糾弾
まず真宗に対する波状攻撃を紹介
・「落書き」で三一教区で糾弾会
差別落書きで全国三一教区が各地域の解同から糾弾会をされ、最後には本山で糾弾会3回、差別化戒名再調査を約束させられる。(文脈から1994以降と思われる)という事件が起きている。(詳細は下記真宗フリートークのリンク先参照)
・字体が変なのが差別?
引用始め
部落解放推進員の人が、お墓を調べたところ、漢字だが、教科書にもない変な字の法名がたくさんあるというのです。その後、被差別部落の墓石以外からも出まして、異体文字ではないかという話もあります。
この話を更に厄介にしたのは、過去帳には普通の漢字で記され、墓石だけが変な字体だったことです。この件では「過去帳まではお寺の責任だがお基に刻まれた字体までは責任が持てなどという住職の意見も出て、「住職は問題から逃げようとしている」と批判されました。
引用終り
上記二つとも出典は
「真宗フリートーク(99年3月発行)基幹運動・同和問題・岐阜龍谷会事件
自由にものが言えてこそ真宗教団」より
他にも怒濤の糾弾会が掲載されているが、記載省略
結果として「実はここ数年、私たちの浄土真宗本願寺派の教団はいささか重苦しい雰囲気の中にあったと感じております。」(殿平善彦住職、真宗フリートーク)
・教団宗会に見切りをつけた?次期総長が宗会議員辞任
すさんでいるのは、酒生文彦次期総長有力候補が差別発言があったと
されて追放処分された件。これは解同が直接手を下した訳ではないが
糾弾体質が伝播したのか、それとも乗っ取られたのか・・・本願寺内部で勃発している。しかも、この差別発言は捏造疑惑すらある。
引用始め
たとえば、懇親会の席上、もっとも間近で酒生氏のことばを聞いていた高橋純勝宗会議員は当初から、酒生氏の差別発言は聞いていないと証言していたのにもかかわらず、教団内では一顧だにされなかった。高橋議員は最終的には法廷の場で、酒生氏の差別発言を否定する証言をおこない、酒生氏の完全勝訴に大きな役割を果たしたが、事件当初、松村総長からこんな趣旨のことをいわれたと、証言している。
「差別発言を聞いていないといえば酒生氏を擁護することになり、あなたも差別者になる。聞かなかったというのなら難聴を示す医師の診断書を提出しろ」(松村氏はこの事実を否定している)
引用終り
本人は差別発言を否定したが、弁明は受け付けず、高橋氏の証言も無視である。細部はリンク先に譲るとして、ともかく6年に及ぶ法廷闘争に発展する。
引用始め
第二ラウンド。納得できない酒生氏はその後、京都地裁に地位保全仮処分の申立てをおこなう。これが認められると今度は教団側が異議申立てをおこなうが、九五年一〇月二日、両者は和解する。その内容は、お互いに裁判所への申し立てを取り下げること、酒生氏は混乱を回避するため宗会議員を辞任すること(つまり「除名」は成立しなかったということ)、教団はこの件で酒生氏に不利益を課さない、両者は今後この件に関し相手方を攻撃しないこと、などというもの。
これで一件落着かにみえた。ところがその直後、教団は次のような見解(宗派談話)を発表する。第三ラウンドである。
「(酒生氏が訴えを取り下げ、宗会議員を辞任したということは)酒生氏が自らその発言をしたという非を認めたことであり、同時に宗会として行った除名処分が正当であったと自らが認めたことを意味します。」
さらに基幹運動本部も、同様の見解を発表、今後も酒生氏の意識変革を求めていくと宣言した。
酒生氏にしてみれば、辞任は本意ではないが、これによって身に覚えのない「差別発言」を理由にした除名処分をなかったものにするという判断だった。その「和解」が完全にねじ曲げられてしまったわけである。
さらに、酒生氏から差別発言を受けたと主張する九折氏は、「名誉棄損」「侮辱された」として酒生氏に損害賠償を求める新たな裁判を起こし、これにたいし、酒生氏も「差別発言」をでっち上げたとして九折氏と中岡順孝氏(宗会議員で問題の懇親会にも出席。もっとも積極的に酒生氏の「差別発言」を主張)を名誉棄損で訴えた。再び「泥仕合」がはじまった。
一見形勢不利かにみえた酒生氏だったが、この訴訟によって事実上の完全勝訴を勝ち取る。京都地裁判決(九九年四月二二日)は、双方の訴えを棄却するという判決だったが、最大の焦点である「差別発言」の事実は認められないと判断したからだ。酒生氏の「差別発言」を聞いたとする参加者の証言は「証拠価値に問題があり」、九折・中岡氏の供述も「本件懇親会の進行、推移の状況に照らして不自然で、その内容に疑義がある」と判断。その一方、「差別発言」は聞いていないというべつの証人の証言は「一応信用することができ」、「被告(酒生氏)の供述も不自然な点は見受けられない」、「被告が、懇親会の席上、『エタの金ではない』と発言したとの事実は認めることはできない」と認定した。原告、及び西本願寺側の敗訴である。大阪高裁でも同様の判決が出され(九九年一二月二一日)、九折氏側が上告しなかったことにより、今年はじめ判決が確定した。
引用終り
善悪真偽に関係なく一歩引くというのは謙譲の美徳、日本の伝統的な美しい風習の一つですが、どうやらそれが通じない。「差別発言」があったのか無かったのかは、部外者の私には判断つかないが和解条件を事実上無視しているのは明らかにおかしく、そうすると連鎖的に差別発言があったとする当初の主張も非常に疑わしく思う。
その後、酒生氏は教団宗会に見切りをつけたのか
次期総長有力候補と言われた人物さえ、宗会議員を辞任するという異常事態に陥っている。
(宗会議員=国会議員に相当し慣例で総長はこの中から選ぶ)
・そして浄土真宗西本願寺派は・・・
上と同じく「迷走・西本願寺にみる「同和」の威力」より抜粋引用
龍谷大学元教授の加藤西郷氏は、解放同盟の強い影響下にある教団・基幹運動の非民主性を批判し続けているが、その弊害はここ数年いっそう顕著になっていると指摘する。
「いちばん気になるのは、対話ができなくなっていることです」
以前は問題はあったにしても、批判意見が排除されることはなかったし、それなりの役職にもつけた。今は意見の違いが認められなくなっている、同盟の意に沿うもにしか認められない。また、そうするうちに、反対意見をもっている人がそれを表明しなくなってきている、それが組織をますます風通しの悪いものにしている、という。
「今日の教団をめぐる数々の不祥事の背景には、そういう基幹運動によって、教団の民主性が腐らされてきたことがあると思います」
引用終り
なんだか、人権擁護法案成立の風景を垣間見る感じがし、不気味さを感じる。
解同による糾弾会と本願寺自身による糾弾の2つを見た。さて、次に「同和はこわい考通信No.152」によせられた関係者(僧侶と思われる)K氏の寄稿を紹介する。
引用始め
“過去の悲惨さに居直ることにより相手の言論を封殺し、それによって自らを絶対安全な場に置き、そこから声高に恫喝するやり方は決して容認できない”。
(中略)
シナリオ通りの一幕の芝居、もしくはセレモニー(儀式)というべきか。全国津々裏々を巡った興業は成功裏に終了した。「総括書」という詫び状まで手に入れて。
お断りしておくが、解放同盟そのものをやり玉に挙げるつもりで、裏話を暴露したわけではない。点検糾弾会の不当性と、糾弾する者が正しいとは限らないことを言いたいだけだ。(略)/先に点検糾弾会を部落解放同盟の示威行動だとしたが、認識が甘かった。あの場は我々僧侶に変質した「信心」を認めさせる所であった。一坊守の、「信心さえあれば、全て解決されるんではないでしょうか」との質問が否定され、彼女が「すみません」と謝ったことが、正しくその象徴である。個人の領域では、全ての問題が、「信心」という自己の内面で昇華され、解決できるという彼女の言い分は、決して間違いではない。だが自己完結する個人の信心では、差別が社会問題である以上、外に向けての行動を伴わない限り、力になりえない。だから、そのような考えは間違いだという、解放同盟の指摘も、運動団体の言い分としては理解できない訳ではない。問題は、彼らの言うことが完全な詭弁でありながら、誰もそれを指摘できないことである。(略)
点検糾弾会において屈服したことは、我々僧侶に二重の苦痛を与えることになった。一つは、部落解放運動に取り組まない僧侶は、「信心」がない者であるという根拠が出来たことである。彼らの主張に唯々諾々としたことは、“信心を得た念仏者”が社会運動(具体的には部落解放運動)をするのではなく、“信心すること”に、もはや部落解放運動が内包されていることを結果的に認めたことになった。何故なら、彼らが言う「信心」とは、「信心の社会性」に他ならないからである。このことを認めた以上、我々は身も心も解放同盟に完全に支配されたと言えよう。これが二つ目の苦痛である。(略)力関係では、もはや彼らの方が上であることは間違いない。加えて、「信心」という個人の内面に関することまで決定権を握られたら、最早どうしようもない。これでは二重支配構造である。
我々はあの場において、なんら反論することなく彼らの主張を認めたことを、懺悔すべきである。勝てる道理はないにしろ、彼らに富山の坊主は一筋縄ではいかないと、最低思わせるくらいの徹底した論戦を挑むべきであった。そうしたなら彼らにしても、今までのような尊大な態度で我々に接することはないであろう。(略)
何故、我々にとって最も大切な「信心」の内実を、“真実信心”から“信心の社会性”に貶めてまで、部落解放運動に取り組ませようと画策するのか。差別を憎む人間の一人として、一人の念仏者として教団が運動に協力することには諸手を挙げて賛成し、自らも協力者の一員に加わりたいと念願するが、如来から賜る「信心」を理念とするのではなく、解放同盟が標榜する「信心」のもとでの運動に与(くみ)する気持ちは、サラサラない。(下略)〕
引用終り
文中から何を読みとるかは人それぞれだろうと思うが、「人の心」「信心」まで踏み込み支配しようとする解同に対する憤りとそれに負けてしまい支配されてしまった教団に対する悲痛な叫びを私は感じた。
現在、真宗は解同の要請に従い、救済法(≒人権擁護法案、もしくは=人権擁護法案)の設置要望、狭山再審闘争などの協力をし、政党や国会議員などへの請願運動に協力させられている。さらに、いくつかのホームページを本願寺内に持ち(「新潟教区教化センターを運動の拠点として一層活用しましょう」 多分調べれば他にもあると思うが調べる気にもならないので一例だけ)と、もはや活動拠点の一つという観すらある。本願寺のネームバリューは、何も知らない一般市民などには巨大なのかも知れない。
2.図書館への糾弾
次は防衛成功した事例である。
高木奈保子(名古屋市鶴舞中央図書館)
図書館の自由 先輩の肩にのって―名古屋市図書館の自由問題小史より
『名古屋市史』問題
この名古屋市史問題はいろんな意味でエポックメイキングな事例である。全国図書館で初めて組織内に自由問題の専門委員会を設置した契機になったこと。図書館として主体的に関わり、それまでは問題提示者と衝突別れするか、上部の意向どおりに閲覧禁止にするかしかなかったこの種の問題で曲がりなりにも妥協点を見いだし、図書館資料を守ることができた最初の事例であること。
(中略)
『名古屋市史』全12巻、刊行は大正4-5年および昭和9年。近世から明治時代にかけての名古屋が具体的に描写されている。学術書ではないが郷土資料として不可欠の古典。当時名古屋市図書館15館中14館で所蔵。
1979年7月、愛知県郷土資料刊行会から復刻許可申請書が名古屋市役所に提出される[限定300部、全予約制]。総務局(部局名等はすべて当時の呼称)は市長名で「許諾」。
(中略)
11月始め、市同和対策室の職員が偶然書店でみて問題を発見。
(中略)
1.(差別語なので自主規制)などの賎称が使用され、そのことごとくが地名と結び付けてリアルに表現されている。
2.内容は歴史的記述であるが、地名は現在の町名または戦前まで使用していた地名であり、意図的に使用すれば『部落地名総鑑』(注:被差別部落の地名を明示した本で差別を目的として売られた。多くの企業が購入し社会問題化)と同じ作用をする危険性がある。
(中略)
12月7日、同和問題啓発小委員会(=4局説明会)開催。運動団体(当時も2団体)の意見が伝えられる。
解同愛知県連は、「市史は差別図書と認める。復刻版は一冊残らず回収せよ。削除部分の焼却処分には同盟の参加を要求する。市史の購入者全員の研修をせよ。」
愛解連(愛知県部落解放運動連合会)(鷹森注、全解連系だと思います。)は、「市史は歴史書であって差別図書とは言いがたい。ただし、図書館での取り扱いは慎重にせよ。この問題について学者・図書館・市民を交えた検討をしたい。」
この会において総務局は市史の全冊回収、主体的処分の実施、全面削除の決定をいう。が、同対室は内部で削除については6:4に意見が別れており流動の可能性を認める。図書館は全面削除は困る、白抜きでは不良本とまちがわれてしまうと発言。
(中略)
しかし、行政の力関係からいっても最も弱い図書館の意見は4局説明会の中では本流とはなりえない。あざ笑いの中、全面削除の決定に加え図書館が当事者と会うなどまかりならぬの空気が支配した。
このままでは不完全な削除版しか提供できなくなると憂えた図書館は、非公式に有志ら(図問研職員)がこっそり運動団体に会いにいった。79年12月半ばのことである。当時の一有志は語る。「実を言うと怖かった。何寝ぼけたことを言ってきたと叱られると思った。しかし水平者宣言(注:部落解放運動においての「自由宣言」みたいなもの。くわしくは自分で調べてください、感動します!)に<自由平等の渇仰者であり、実行者であった>と書いてあるくらいだから、きっと図書館の自由も理解してくれるはずだと、前もって何回か集まって理論武装し、意思統一もした。県連の暗い階段を昇りながら何度も何度も自分に言い聞かせたことを今も鮮明に覚えている。」
「名古屋市史から部落の記述を削除することは部落解放運動の源流を否定し、歴史の抹殺ではないか」と言いつのる図書館員に対して県連幹部は「わかった。問題は地名だ」と答えたという。それらが功を奏したかどうかわからないが、4月になって突如として市は地名記号化による全面復刻を提示した。図書館は全面削除は避けられたと胸を撫でおろし、記号化案にそっての資料提供の形を模索して検討を続けていた。そこへ思いもよらぬ完全復刻の報が・・、戸惑いは隠せない。聞けば、解放同盟愛知県連は地名記号化案で了承の方向であったが部落解放同盟中央本部の見解を打診するために県連書記長が大阪へ出張、そこで同盟中央は歴史的事実の削除はもとより記号化にも反対し完全復刻の見解を示した。書記長は部落解放研究所へまわり3時間にわたって村越末男・大阪市大教授の指導をうけ「地名の記号化も歴史的事実の隠蔽であり<臭いものにフタ>と本質的に同じである。寝た子は起こすべきだ」と指摘される。中央の見解を県連に持ち帰り検討。極めて紛糾して収拾がつかなかったが「同盟は中央・地方一体の組織であるから、中央の見解は愛知県連の見解である。」との書記長発言でとにかく収めたという話である。
引用終り
上記文面からは「市史は差別図書と認める。復刻版は一冊残らず回収せよ。削除部分の焼却処分には同盟の参加を要求する。市史の購入者全員の研修をせよ。」と全購入者への研修まで要請するのは明らかに過剰である。だが憂えた図書館が非公式に有志らがこっそり運動団体に会いにいき。しかも水平者宣言を調べ、「前もって何回か集まって理論武装し、意思統一もした。」
敵を知り、理論武装と意思統一、そして何よりも勇気「県連の暗い階段を昇りながら何度も何度も自分に言い聞かせ」が勝因であるかと思われる。それから、解同内部にも考え方が違う人々が多くいるようだ。これも考慮すべきだろう。また、解同だからといって総て悪意ある敵ばかりだけではなのも事実だろう。
3.篠山市職員による「窓口対応差別事件」の糾弾要綱
解放同盟は糾弾会を開催するに当たり「糾弾要綱」なるマニュアルのようなものを作成しているらしい、その中で兵庫県篠山市に対する糾弾会の糾弾要綱なる文書がweb上に確認できたのでこれを紹介する。
篠山市職員による「窓口対応差別事件」の糾弾要綱
http://www2.odn.ne.jp/uemura/jinken/youkou.htm
ここまでかなりの長文なのでもう事件の詳細は省きリンク先を参照してもらいたいのだが、窓口に来た人物が同和地区である事を嫌がり、地名変更を要望した際の発言に対して役所職員が不用意に「そうですな」と発言した事に端を発し、なぜか「その発言をよく知る」人物からの解同への匿名電話で発覚した事件。市側の不適際「上司が発言を無かった事にしようとした」などもあり、市長以下幹部を巻き込んだ糾弾会で全面降伏している。興味深いのは以下の点
1.即座に対応ができなかった事を問題にする。
2.不用意発言を「職場の人間関係」などの原因にしている
第七章 振り返って~まとめ~
・すり替え
原因の掘り下げは、本願寺のケースでもいつのまにか信心の問題にすり替えられているが、篠山市も、職場の人間関係などに巧妙にすり替えられている。これは、他の糾弾会にも共通するが、直接の問題Aから連想できる原因BあるいはCなどに原因をすり替える事で、当初の予定よりはるかに介入する口実を増やしている。実際に、上記篠山市は「3人だけの問題だけでなく、市の認識の希薄さが明らかになったとも言える。 」といつの間にか市全体の問題に発展している。また、即座に対応できなかった件については本願寺での糾弾会や全国で相次ぐ差別事件(2002年版)でも類似記述が見られる。
全国で相次ぐ差別事件(2002年版)p42より抜粋引用
十二月十一日、また差別落書きが発見され(中略)午後十一時三五分ごろ、団地の警備員が発見したもので(中略) 今回、差別落書きを発見した警備員は、すぐに覆い隠したものの、京都住宅管理センターに連絡したのは翌十一時二十五分と遅く、京都市には午後一時三十分ごろになってやっと連絡がはいった。しばらく差別落書きが見つかっていなかったため、緊張感がなくなっていたためだと思われる。
引用終り
夜の11時25分頃である。早い人はもう寝ている時間である。たたき起こしてでも連絡せよとでも言うのだろうか?これで「緊張感がなくなっていた」などと言われたらたまったものではない。介入する口実は幾らでもあるといったところか。
・糾弾される人の気持ちを想像してみる
上記様々な糾弾される立場の人間になったつもりで想像してみると、例えば篠山市職員であれば「職場の人間関係に問題があった」という論調で来られると、失言自体を問題にするより非常に辛いだろうと想像する。これは本願寺で信心の問題にされるのもそうだが、「理論ではなく心を攻めてくる」という感触を受ける。これを侮辱と捉え激怒したり、あるいは罪の意識を感じて動揺したりして平常心を失えば敵の思うつぼという所か。興味深いのは役人に対しては「職場の人間関係」本願寺に関しては「信心」と、相手に合わせて攻め口を変えている点だ。一見なにげないが、相手に合わせて「こういう奴にはどういえば効果があるのか」と解同は”相手の立場に立って”考えているのが伺い知れる。相手の立場に立って考えること自体は一般的には素晴らしい事だが、それを糾弾に利用するのもいかがな物か、惜しい、才能の使う方向を間違えている。
・心に留めておくべき点
また、本願寺での解同流の手法がより悪化して伝播している例や、その仲で謙譲の美徳が通じない事例も心に留めておくべきだろう。
・敵を知れば、矛盾詭弁が見えてくる
図書館の方は防衛成功例なのだが、図書館側が解同の様々な発言を調べ理論武装したのは正解だったと思う。解同が暴力団や過激派と決定的に違うのは大義名分を取りに来る点で、本願寺の事例でも、役所の事例でも、いつのまにか解同が正しくて、糾弾を受ける側が間違っているという形にもっていかれてしまっている。ところが、一つの糾弾会あるいは側面だけを見れば整合性あるいは説得力があったとしても、他の糾弾会や発言と比較すると矛盾する内容が必ずある。おそらく、その場その場で詭弁で取り繕う為、より広い目で見れば整合性が取れないのだろう。やはり、敵を知るという事が非常に重要で、もし糾弾会に招待されてしまったとしても、解同について十分に知っていれば負けることは無い。解同は、過剰に恐れられているし、実際に何も知らなければその行動は恐るに値する団体なのかもしれないが、見抜いてしまえば何も怖い事はない。言うまでもないことだが、解同だから、あるいは部落だからと言って差別する必要も、ダークイメージで見る必要もない。内部は様々な人がおり、良心的な人もいるだろう。まずは見抜く事が勝利の第一歩であると思う。
(※本文は3倍ほどの長さでしたが、投稿できなかったため他の糾弾会を省きました。また「解同を批判する人々」「解同と仲良い政治家」「内部からの批判」「解同と選挙」などの項目を丸ごと削除しました。削除分は改めて投稿する予定です。)
(追記1 真宗は西本願寺、東本願寺(浄土真宗大谷派)および他派の真宗十派を合わせた浄土真宗の総称と解釈しています。文中の本願寺とは、東西本願寺両派を合わせた意で使っています。もし用語が誤りでしたらご指摘下さい。)
(追記2 指摘を受けて誤字脱字修正。また、その他の誤字等も修正)
そうそう、後編書いてて案内遅れましたが、ブログ鷹森は元在日台湾同郷会長林建良(りんけんりょう)さんに、人権擁護法案反対の依頼メールした縁で、共闘体制を取ることになりました。同氏が編集長を務めておられるメーリングリストの紹介依頼が来てますので、この場を借りて紹介させて頂きます。
『台湾の声』 http://www.emaga.com/info/3407.html
非常に親日なメーリングリストですw
また、在日韓国人、在日朝鮮人、在日中国人ばかり保護して
在日台湾人の方々へは冷たい対応をしている話などもでており
「マイノリティ、マイノリティと叫びつつも、実際には一部だけ過保護で
本当のマイノリティは無視し、冷たくあしらっている」という事実も
分かります。よければ購読してあげてください。
なお、購読手続き中に、コメント送信できるページが出てきますので
ブログ鷹森の紹介である旨と、人権擁護法案の危険性を
在日台湾の方々に紹介して頂くように、書いてていただければ
なおありがたい。(申し込みは上記リンクからどうぞ^^)
詳細については改めて案内させて頂きますが、取り急ぎ軽く紹介だけ
ブログ鷹森共々、どうぞよろしくお願い申し上げますm(__)m
by takamori (2005-06-12 15:29)
後編補足
おそらく長すぎて入りきらずに割愛した部分で、ちょっと急いで投稿しておいたが良い情報だけ先にコメント欄に投稿しておきます。
2000年10月2日(月)部落解放同盟中央本部 国会速報
http://www.bll.gr.jp/siryositu/siryo-syutyo2000/001news.pdf
-引用始め
まとめとして、中野寛成・委員長(党副代表)が、
さらに精力的に法案化作業をすすめ、党のネックス
ト・キャビネットに諮るなどの方向を示し、中野委員
長に取り扱いを一任した。
-引用ここまで
前回民主党で一任を取り付けたのは、どうやら中野寛成衆議院議員らしい。こいつ、調べてみると衆議院副議長の要職にもついている。副議長職就任のための一時離党(形だけの離党。そういう慣例なので実質民主党として扱うべき)とは言え、民主党版古賀誠と言ったところか
中野寛成 公式ホームページ
http://www.nakanokansei.com/
ここでもべったり
新宗教新聞 全国水平社創立80周年 京都会館で記念集会
-引用始め
部落解放同盟中央本部(組坂繁之中央執行委員長)は、全国水平社創立80周年記念集会を1日午後1時から、創立大会の地である京都・岡崎の京都会館で開き、全国から2,200人が参加した。
記念集会は、大阪府下の太鼓集団「鼓色祭響」により「地天囃子」「魁」が力強く打ち鳴らされ開式。俳優の谷広子さんが水平社創立大会の「宣言」を朗読した。主催者を代表して組坂委員長があいさつし「今こそ『人の世に熱あれ、人間に光あれ』という人間解放の炎を引き継ぎ、ともに戦いを前進させたい」と訴えた。
地元歓迎のあいさつのあと、荒巻禎一京都府知事、桝本頼兼京都市長(代理)、中野寛成民主党副代表、土井たか子社民党党首が、それぞれ来賓としてあいさつした。
故松本治一郎・部落解放同盟元委員長の功績をたたえて設けられた松本治一郎賞が武者小路公秀・反差別国際運動事務局長に手渡されたあと、功労者、物故者表彰が行われた。最後に沖浦和光・桃山学院大学名誉教授が解説して80周年記念ビデオ「水平」が上映された。
-引用終り
とまぁ、組坂繁之、土井たか子、武者小路公秀と
昨今ネット界の有名人とものの見事に並んでいますね
中野寛成、今のところネットではノーマークに近いですが
民主党推進派の中でも要職に就いてます。
要注意です。
by takamori (2005-06-12 15:40)
ご無沙汰しております。
私の派手なハンドル名でコメントを寄せると、荒れるかなと思って、
こちらには少しご遠慮しておりました。ちょっと、無言電話もあったりしたので。
今日のエントリーは、まだざっと読んだだけなのですが、壮絶ですね。
印刷して、しかと勉強させて頂きます。
以前に何かで読んだ、お坊様に関する糾弾というのは、
お寺側の控えの書類に『貧乏』と書いた、というものでした。
「このお宅は貧しい」という、たぶんお支払いの請求のための記述を、
差別として糾弾したというもの。
この『貧乏』が、本当に差別の意識であったのかは、今ではわかりませんが、
例えば、昔なら、お医者様が貧しい患者さんからはお金を受け取らない、
という暖かい慣わしがありましたでしょう?
そういう意図で、カルテに『貧乏』と書き添えてあっても、
悪意をもってイチャモンつけたきゃ、つけられてしまいそう・・・
糾弾する人に悪意なんてないよっていう、お勉強不足な方のために、
一発で納得させられる証言を、私は入手していますが、
話を聞かせてくれた人の身の安全を考慮して、ここには書きません。
でも、これだけは言っておきます。彼らは、糾弾を『利用』しているのです。
差別的言質を吐かなくとも、押しかけられた人が存在するのですから。
脅して言うことをきかせるとメリットがある相手を、狙いすまして脅す。
このやりくちで、彼らは、のし上がって来たのです。
なんだか、濃い~コメントになってしまいました。では、またいつか。
*エントリーの下から6行目の頭、校正ミスではないですか?「本分」て。
by 拉致の練習目撃者 (2005-06-13 02:06)
追伸
てんこもりさんのまとめサイトに、トラックバックしてもらえませんか?
あそこは、まだまだお訪ねになる方が、いらっしゃるようですし、
今回のこちらのエントリーも、ぜひ読んで頂きたいので。
by 拉致の練習目撃者 (2005-06-13 02:20)
え~
「拉致の練習目撃者」さんのコメントを楽しみにしていたのにw
いや、これ結構重要ですよ
「自分が殺されても怯まないけど、自分の知人が殺されるなら・・;涙を飲んで引く」なんてのは、政治謀略のよくある手です。正直言って怒りますよ、ブログ鷹森宛に迷惑を心配してコメント控えるなんてw
by takamori (2005-06-13 04:32)
今回のエントリーは勉強になりました。
「拉致の練習目撃者」氏のような深刻な糾弾被害ではないですが、私も学生時代、差別落書きに絡んで(糾弾とまではいかないまでも)部落解放同盟の学内組織から批判を受け、解同の“糾弾体質”や“対話不能性”についてはウンザリした記憶があります。
by an_accused (2005-06-13 16:19)
疲労困憊でコメントしたので、アンビギュニティになってしまいました。
わかりにくかったかもしれません・・・
「荒れるかと思って遠慮した」件は、鷹森さんへのご迷惑というよりも・・・
もし自分のコメントが原因して荒れたら、自分でレスをつけるべきですが、
まめにレスをつけられる状態になかったので、
ほったらかしになったらいけないなと思って、ご遠慮したという意味でした。
それから、「お勉強不足な方」は、鷹森さんのことではなく、
推進勢力の恐さに気がついていない人たちのことです。
へたれマスコミが報道してくれないので、無理もないのですが。
皆さんもっと気がついたほうがいいですよ、という気持ちで綴ったのでした。
何しろ、エントリーを読んで、『糾弾ムカツク』モードになったいたので、
日を置いて読み返すと、プリプリしながら書いてますね。 反省。
最後に、レスをつけてくださった方へ
はじめまして。せっかく書いてくださったのですが???
今のところ私は、同和の人たちに糾弾されたことは、ございませんよ。
そう読めてしまいましたか・・・ これも、反省、でしょうか?
同和の人たちが、昔とある組織に脅しをかけたという話を、
ある人から聞かされていたのです。 差別したわけでもないのに、ですよ。
脅すことによってメリットがあれば、脅してたんですね。 まるでヤクザだ。
広島の先生も、えらい方だったから、糾弾されたんじゃありませんかしら?
うんと下っ端のひとだったら、見せしめにならないでしょう?
見せしめ効果もメリットのうちなんですね。 あ、また、プンプン・・・
見苦しくならないうちに、退散致します。
無言電話の件は、たぶん外国と親しい奴らだと思いますが、もう馴れました。
この夏は忙しいので、次のコメントは、やっぱりまたいつか、ですね。
ROMはしていますのでアムネスティのことなんかも、
取り上げて頂けたらと思います。それでは、ブログ、頑張ってください。
by 拉致の練習目撃者 (2005-06-15 09:55)
拉致の練習目撃者さん、an_accusedさん
コメントとありがとうございます^^
目撃者さんこりゃ失礼しました。個人的には毎回目撃者さんのコメントを楽しみにしているので、お忙しいとの事なら残念ですが、影ながら応援しております。一回酒でも交わしながら、目撃談でも聞いてみたいものですが、当面先の事になりそうですね。an_accusedさん、その体験談非常に興味あります。丁度割愛部分に該当部分がありまして解放新聞「全国大会の成功ふまえ各地で方針の実願化を」(2003.05.26-2121) において、「「全国組織強化網の目オルグ行動」を展開することも決定された。」と宣言していますね。実際に別の掲示板ではいかの書き込みも確認しています。
大学で解同系サークル動員
http://marukyo.cosm.co.jp/BBS/logs/12435.html
以下引用
Re: サークル動員って何ですか?
解放派自治会は面倒見もよいので、参加するみたいね。でもこれって親の葬式にきてくれたから自民党の候補者に入れるって言うのと同じで「革命的人民のやり方」って気はしないね。単に「あめとムチ」。糾弾共闘ってのはたぶん明大での学生大衆組織(例:狭山闘争実行委員会)のことでしょ、きっと。浅い記憶だが、竹内ブントも明大ブロックとしてこのゼッケンをつけいていたように思う。自治会は全学連の名で結集していたでしょ。解放派以外の自治会学生は糾弾共闘に参加している体裁と思うよ。山谷へは弁当と動員費(日当とは言わない)出している。山谷で解放派がオルグしているのを傍で聞いたよ。フツーの労組でも動員費ってあるから問題ないんじゃない。山谷は労組という形態で来ているからね。しかし、なんだか金で釣るって言うのは、やっぱ集会支持者といえないと思うがどうでしょう。
http://marukyo.cosm.co.jp/BBS/logs/12466.html
学生たちによって結成されたのが「明大差別教育糾弾共闘会議」だそうです。発言をした当該講師は解放同盟の確認会に現れず「差別するつもりはなかった」と釈明、明大当局も「差別糾弾は大学自治を侵害」とこの行動を擁護。その後の帰趨については古い本なのでよくわかりませんが、居直りとおしたようです。
引用ここまで
とまぁ、金で釣って人集めを大学で、学生を動かして糾弾共闘会議なるものまで作っているように書いてあり非常に興味があります。
by takamori (2005-06-19 03:54)