ジャニーズの楽曲と真言宗の教え
僕はクラシック音楽の指揮者ではありますが、美空ひばりさんの素晴らしさに魅せられているひとりです。そして、SMAPや嵐の歌を聴いていても、同じように惹かれるのを感じます。美空ひばりさんの一番の魅力は、もちろんその歌唱力にありますが、楽曲と詩も素晴らしい。何がほかと違うかといえば、人を共感させることはあっても、悲しませることがないという点です。むしろ、前向きにさせてくれるように感じます。それは、ジャニーズ事務所のグループの楽曲にも同じことを感じます。恋に破れて、泣き崩れるような歌はなく、郷ひろみからSMAP、Hey!Say! Jumpに至るまで、アメリカ的エンターテインメントに彩られているだけでなく、僕はジャニーさんの強いメッセージ性を感じてきました。
ついつい、魅力的な音楽に引き込まれるのですが、詩をしっかり読んでみると、なんだか法話を聴いているように思えてきます。ちなみに、仏教にとって大切な教えは、「慈悲の心」です。「慈」とは、「苦しみを抜いて、楽しみを与えてやりたい」という意味があります。
「太陽抱きしめて 信じているんだ あきらめないんだ 独りじゃないさ
蒼い蒼い地球のため そう皆のため」(Hey! Say! Jump !『Ultra Music Power』より)
「果てしない 愛しさは この心に 確かに生まれる」(Hey! Say! Jump !『Star Time』)
「世界にひとつだけの花 一つひとつ違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい」(SMAP『世界に一つだけの花』より)
「一人ひとりの人間が、時空を超えた宇宙の一部である」という真言密教の教えを聞いているようです。その真言宗の僧侶の子供として生まれたジャニーさん。彼の生い立ちを知ることで、ジャニーズのグループの歌の独特な秘密がわかったような気がしました。
アメリカ生まれのジャニーさんは、生まれて2年後の昭和8年に、父親の帰国に合わせて日本の地を踏みます。そして、第二次世界大戦後の昭和22年、アメリカ国籍を持った子供たちだけでアメリカに戻ります。当時の日系人には、第二次世界大戦前の日米関係の悪化により、日本に帰国した方も多かったのですが、特にアメリカで生まれ育った日系人にとっては、日本はルーツであっても生まれ育った場所ではなく、「敵国・アメリカで生まれた」として日本国内では嫌なこともあったようです。そして、終戦後の焼け野原を目の当たりにして、アメリカに戻る日系人も少なくなかったと聞きます。とはいえ、アメリカに戻っても居心地が良くはなかったようです。
戦時中、アメリカ合衆国政府によって強制収容所に送られ辛酸をなめた日系人からすれば、日本から米国に戻った日系人は「あいつらは日本に逃げ帰ったくせに、今になって戻って来た」として、アメリカに帰って来た日系人という意味の“帰米日系人”と呼ばれ、日系社会から差別を受けることにもなったと聞きます。そんななか、“帰米日系人”のジャニーさんは、日本から来た美空ひばりさんの歌声を自分が生まれた寺の本堂のステージで聴き、音楽が人々の心をひとつにする「音楽の慈悲」に、何かを感じたのかもしれません。
その後、堂々と日本に帰国し、アメリカ大使館の通訳の仕事や、野球チームのコーチをしていたジャニーさんに事件が訪れました。それは当時、アメリカで流行っていたミュージカル「ウエストサイド物語」の映画を見て、大きな衝撃を受けたのです。そして、彼は本格的にエンターテインメントの道に進むことになりました。
この「ウエストサイド物語」については、また改めて書かせていただきますが、日本のエンターテインメント界に大きな衝撃を与えた大事件となりました。
日本に居ても「アメリカ生まれ」と言われ、アメリカに行けば「帰米」と言われたジャニーさんですが、彼の苦労と努力のおかげで、我々は国境を越えたエンターテインメントを楽しむことができるのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)
●篠﨑靖男
桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/