勝部元気(かつべ・げんき) コラムニスト・社会起業家
1983年、東京都生まれ。民間企業の経営企画部門や経理財務部門等で部門トップを歴任した後に現職。現代の新しい社会問題を「言語化」することを得意とし、ジェンダー、働き方、少子非婚化、教育、ネット心理等の分野を主に扱う。著書に『恋愛氷河期』(扶桑社)。株式会社リプロエージェント代表取締役、市民団体パリテコミュニティーズ代表理事。所有する資格数は71個。公式サイトはこちら
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
女性憎悪に焦点が当たるのを避けたい男性権力者たち
次に、具体的な法整備に取り掛かって欲しいと思います。とりわけ、「フェミサイドに対する厳罰化」は最も必要な対策だと思います。
実際、ブラジルでは2015年に人種や性的指向などの差別を理由にした「憎悪殺人」に対して、通常の殺人罪より重い刑を科すようになりました。捜査当局がフェミサイドと認めない等、運用面で課題があると言われており、法制化だけで解決するものではありませんが、基本的には日本も追随するべきだと思います。
短期的な予防策としては、鉄道全車両に防犯カメラ設置を義務化するべきです。東急電鉄では2020年7月に、LED蛍光灯一体型防犯カメラを全車両に設置完了しており、この方法であれば、費用を抑えることができます。余剰資金の少ない企業に対しては補助金も検討するとよいでしょう。
また、2015年頃から私がずっと言い続けていて、当時出版した書籍の帯にも書いたことなのですが、公共の場におけるナンパを犯罪化するべきです。女性の「ナンパ行為=ストリート・ハラスメントを受けない自由」を保障するだけでなく、女性憎悪を先鋭化させるナンパ師コミュニティーを弱体化させる効果があると思います。実際、オランダやフランスでは、ストリート・ハラスメントが刑罰化されており、決してやり過ぎではありません。
長期的な予防策としては、女性憎悪の広がりを抑止する様々な施策を投下するべきです。その柱の一つ目は、アンコンシャス・ジェンダーバイアスと女性蔑視や、それらがもたらす女性差別や女性への暴力に関して学習する機会を学校教育や社員研修で提供する体制を整えることでしょう。
二つ目は女性蔑視や憎悪をスーパースプレッダーのように流布するマスメディア、コンテンツ、インターネットプラットフォーム等を規制することや、それらの中に蔓延する女性蔑視や憎悪を排除する強い義務を課すことです。
このような規制論を唱えると、「安易な規制はよくない」「規制よりも教育を」と言われることが多々ありますが、ヘイトを教育だけで抑止した国はありません。教育と規制の2つは必要不可欠な予防策の両輪であり、権力による悪用を避けつつも、規制を導入するべきでしょう。
ただし、法制化だけではなく、私たち一人ひとりの努力も欠かせません。当然のことですが、女性蔑視や憎悪の広がりは規制できても、女性蔑視や憎悪自体を規制することはできないからです。
この男尊女卑社会に生きている限り、対馬容疑者ほどではないにせよ、「女性はズルい」という感覚を持っている男性は少なからずいます。「女は得でいいな」と思っていたのは間違いだったと自身の体験を語った富岡すばる氏の記事(現代ビジネス、2020年3月6日)が以前注目を浴びましたが、私たちが暮らしている土壌は既に女性蔑視で汚染されているという認識を持つことが出発点でしょう。
そして、意識を改めずに女性蔑視の発言や行為を社会に放出し続ける現状を温存するのは、「フェミサイドの加害者がすくすくと育つ土壌に養分を与え続けている」ことにほかなりません。新型コロナウイルスでも感染の拡大によって致死性の高い変異株が現れるように、多数の人が女性蔑視という飛沫を飛ばし続けた結果、対馬容疑者というフェミサイドを実行する加害者を生み出したのだと思います。
その構造をまとめたのが「女性に対するヘイトの増長」についてのピラミッド構造(※図参照)です。
どうか一人でも多くの人(とりわけ男性)が今回の事件を機に意識を変革し、女性蔑視の感染を抑える体制が一刻も早く整うことを願うばかりです。
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