〈エプスタインの家では、約5時間も会話を楽しんだよ。彼が持つ島にも招待してくれて、7月に行こうと思う。年末には彼を京都に案内しようと考えている〉
世界的に活躍する日本人実業家が、2013年に知人に宛てたメール。浮かび上がるのは、数多の少女を性的に虐待した米国人富豪との親密ぶりだった。
菅政権の看板政策の一つが、9月1日に発足するデジタル庁。その担当大臣を補佐し、約500人の職員を率いるのが事務方トップの「デジタル監」だ。この次官級ポストの就任に向けて政府が最終調整に入ったと報じられているのが実業家の伊藤穰一氏(55)である。幼少期からアメリカで育ち、タフツ大やシカゴ大を中退後、IT企業・デジタルガレージを共同創業者として設立。11年からは名門、マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボ所長に就任、同大の教授も務めていた。
伊藤氏推薦の経緯について、デジタル政策担当の内閣官房参与を務める村井純・慶応大教授に聞くと、
「色々なところから名前があがったと思うが、最終的には大臣、総理でしょう」
つまり、平井卓也デジタル改革担当相と菅義偉首相の“推し”だ。だが伊藤氏には、黒い過去がある。
ニューヨーク・タイムズ社外取締役なども兼務し、一時はアメリカで確固たる地位を築いていた伊藤氏だが、実は19年9月にほぼすべての職を辞任している。引き金はジェフリー・エプスタインとの関係だった。今回、伊藤氏について各メディアは、「過去には少女への性的虐待などで起訴された実業家から資金提供を受けていた」と報じているが、現地の各種資料を紐解くと、2人の関係は驚くほど深い。
70年代後半に金融業界に入り、富を築いたとされるエプスタイン。各地に大邸宅を構え、自家用ジェットも所有。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏や、ドナルド・トランプ氏などとの華麗な人脈を誇ったが、裏の顔があった。
フロリダ州の邸宅で、何十人もの少女に性的暴行を加えたとして06年に起訴。マッサージの名目で未成年の少女らを誘い込み、中には14歳の子もいた。少女らは性的虐待の後、200~1000ドル(約2万~10万円)の報酬を渡され、さらに友人を紹介するよう要求された。当時の警察の捜査に基づく裁判資料の一部には生々しい記述がある。〈エプスタインはマッサージ機器やバイブレーターを持ち込み、マッサージをさせながら被害者の陰部を触ることもあった。エプスタインは3回にわたり被害者の女性器にペニスや指を挿入、性交を行った〉。さらに、家宅捜索で時計の裏や机の下から計3つの隠しカメラも見つかった。終身刑の可能性もあったが、異例の司法取引により08年に禁錮刑13カ月との判決が下された。
その後も疑惑は続いた。15年には、被害者グループがエプスタインに民事訴訟を提起。原告の一人は、カリブ海の小島で、同氏から英国のアンドリュー王子への売春を強制されたと主張した。18年にはマイアミ・ヘラルド紙が、エプスタインの司法取引に関する不正疑惑を報道。被害者は数多いるが、同紙は80人の被害者を特定している。結局19年7月にエプスタインは再逮捕され、翌月、拘置所で自ら首を吊った。
問題はその後の伊藤氏の対応だ。直後、MITメディアラボが、エプスタインから寄付を受けていたことが問題視された。所長の伊藤氏は8月に声明を出し、寄付を認めたが、エプスタインの性犯罪について関知していなかったと釈明。だがこの問題は以前から広く報じられており、伊藤氏の説明には大学内外から批判が殺到した。抗議の辞職をするメディアラボのスタッフもいた。小誌が入手したMITの資料(委託を受けた法律事務所が昨年1月にまとめた調査報告)によれば寄付が始まった13年時点でエプスタインに懸念を抱くスタッフの疑問に伊藤氏はこうメールしている。
〈彼はとてもかしこくて、面白いし、僕らの仕事に興奮しているよ〉
結局、2人の深い関係に焦点を当てた記事が米誌「ニューヨーカー」に出て万事休す、直後の9月にMITを辞職したのだった。
〈伊藤はエプスタインを寄付者として、また、他の富裕層につながる起点として開拓した〉(MIT報告書。以下同)。伊藤氏の努力は実り、〈13年から17年にかけて、エプスタインはメディアラボに計6回、総額52万5000ドルを寄付した〉。加えてエプスタインは、伊藤氏の2つの個人的な事業にも資金を提供。MITで開発された技術を活用した彼の会社に25万ドル、伊藤氏が管理する投資ファンドに100万ドルを提供した。つまり、伊藤氏はエプスタインから177万5000ドル、約2億円を受け取っていたのだ。さらにエプスタインは14年にビル・ゲイツ氏に200万ドル、米投資会社創業者に500万ドルをメディアラボに寄付するよう依頼していた。
深く後悔し、反省
複数の同僚が伊藤氏に再三忠告していたのは間違いない。例えば研究室のアシスタントがこんなメールをしている。
〈彼の歴史を知っている? 彼はグーグル検索してみる価値がある〉
しかし、伊藤氏は、〈うん、彼の歴史を知っている。(略)僕は彼の友達をたくさん知っている。彼の家での夕食会には、(映画監督の)ウディ・アレンと、ハイアットコーポレーションの経営幹部が来ていた。億万長者の奇妙なネットワークだよ〉と返信。性的虐待の前科よりも、彼のセレブな人脈に感嘆している。そして、冒頭のメールの通り、密接な交際を続けたのだ。
伊藤氏はエプスタインをMITに少なくとも8回招いて案内。複数の若い女性を連れ歩くエプスタインの姿を不安視する声は絶えなかった。伊藤氏は彼の悪行を知った上で、金づるとして積極的に利用したと言われても仕方あるまい。
伊藤氏に取材を申し込むと、文書でおおよそ次のように回答した。
「エプスタインを資金提供者として開拓し、寄付や出資を募るという判断は大きな間違いだったと深く後悔し、反省しています。エプスタインの寄付はMIT上層部の承認を得てすすめていました」
――エプスタインの犯罪歴を知っていたのでは?
「有罪判決についても認識しており、彼についての調査を行いましたが、刑期を務めた後は改心したという情報を紹介者である(メディアラボの)顧問委員会メンバーやその他の人物から得ていました。18年秋になって08年の判決に至る彼の犯罪の詳細がマイアミ・ヘラルド紙で報道され、ショックを受けました」
――同僚からの忠告は?
「ファクトに乏しい記事に基づいたもので、あまり参考になりませんでした」
デジタル庁の関連事業では、すでに五輪アプリを巡る不透明な契約関係が問題化し、疑惑の目が向けられている。平井大臣の「(新組織では)コンプライアンスの問題は非常に重要」という言葉が本気なのかが今こそ問われている。
source : 週刊文春 2021年8月26日号








