その日の朝、老人ホームの職員はいつもと同じように、入居男性の李さん(67歳)のもとに朝食を運んで行った。李さんにはいくつかの持病があり、健康状態は決して良好でない。しかしその日はいつもにも増して、おかしかった。反応が全くなかった。職員は李さんのベッドに歩みよった。李さんは息をしていなかった。中国新聞社が報じた。

 李さんが入居していたのは、広西チワン族自治区防城港市上思県内の老人ホームだ。異常が発生したのは14日朝。職員は大急ぎで、他の職員数人を呼んだ。李さんは息をしていなかった。脈拍もなかった。体は冷たかった。職員全員が首を横に振り、「亡くなっている」と言い合った。

 思い当ることがなかったわけではない。李さんは前の晩の13日夜に「気分が悪い」と言い、夕食を取らずに寝てしまったという。

 李さんが入居していたのは、生活能力がない高齢者用の施設だ。記事には明記されていないが、身寄りがなかった可能性が高い。老人ホームは所管の行政部門に報告。午後2時には火葬設備のある市の葬儀場の職員が来て、李さんの“遺体”を引き取った。

 李さんの“遺体”は、専用の袋に入れられて搬送された。葬儀場職員は途中で各種手続きを済ませて葬儀場に帰着。自動車から遺体を運び出そうとしたところ、布製の袋の一部がわずかに裂けていた。“遺体”の頭の部分だった。職員はなにげなく、覗き込んだ。閉じられた李さんの目が見えた。まぶたの下の眼球が少し動いたように見えた。「まさか」と思い、もう1度見た。眼球は確かに動いていた。

 職員は驚いた。急いで袋を開けた。かすかにではあるが、李さんは息をしていた。「生きている!」――。

 大声で他の職員を呼んだ。職員らが大あわてでかけつけた。車から李さんの体をおろし、近くの木陰に寝かせ、ただちに救急処置を始めた。

 約10分後、李さんは意識を取り戻した。最初の言葉は「のどが渇いた。腹が減った」だったという。

 連絡を受けた市第一人民医院(病院)から医師が駆けつけた。李さんは座ってたばこを吸い、同時にものを食べていたという。医師が検査したところ、李さんの生命反応は平穏だった。やや衰弱していたが、長時間にわたり食事をしていなかったことが原因とみられ、大きな問題ではないという。

 李さんは市第一人民医院に入院することになった。医師によると、李さんは血圧、呼吸、脈拍等はすべて正常。ただし、かなり重度の貧血で、肺炎、椎間板ヘルニアなどを患っており、頸椎にも問題がある。

 同医院救急科の劉主任医師によると、李さんが“亡くなった”と判断された時点の状況は、実際に診ていないので分からない。ただし、いわゆる「仮死状態」だったと推定できるという。仮死状態の場合には体温の低下、体の硬直が発生し、呼吸や脈拍なども著しく低下するので、きちんとした医学的検査をしないと死亡したと誤判断することも、大いにありうるという。

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◆解説◆
 中国では人が亡くなった場合、日本のように厳格に「医師による死亡診断書の作成」などが求められていない。そのため、周囲から亡くなったと判断された人が“生き返る”ことが時おりある。

 地方により詳細は異なるが、「自宅で死亡した」場合には、行政の末端組織である住民委員会などによる死亡証明があれば、火葬などができる場合がある。ただし、何らかの被害、自殺、事故などで亡くなったとみられる場合には、警察が法医学鑑定などを行う。

 医師による「死亡の診断」を厳格に義務づけることができない背景には、社会における「格差の問題」も存在する。医療保険制度が整備されておらず、「病気になっても治療を受けることができない」人が大量にいるので、医師による死亡診断書の提出を義務づけると「費用問題」が発生してしまうことになる。(編集担当:如月隼人)