新型コロナ「武漢流出説」にフタをした、米メディア・SNSの「重すぎる責任」 アメリカで始まった「壮絶なバトル」
米「対コロナ司令塔」と中国の蜜月
新型コロナウイルスの起源をめぐって、米国のメディアは「自然発生説」から「武漢ウイルス研究所からの流出説」に大きく舵を切った。フェイスブックなどSNSも同じだ。彼らは、いま「真相究明を妨げた」と強く批判されている。いったい、何があったのか。
全体像を理解するために、最新情報を交えて、これまでの経緯を整理しよう。
私は6月25日公開コラムで「米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長が米国で炎上状態になっている」と紹介した(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84497)。ファウチ氏は、ドナルド・トランプ前政権当時から「コロナ対策の司令塔」を務めてきた。日本で言えば、政府分科会の尾身茂会長のような存在だ。
米国立アレルギー・感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長[Photo by gettyimages]
そんな中心人物が、実はコロナ制圧どころか、最初から「ウイルスの登場に手を貸していた」だけでなく「ウイルスは武漢ウイルス研究所から流出した」可能性を知りながら、意図的に隠蔽していた疑いが極めて濃厚になっている。
NIAIDは米国の「エコヘルス・アライアンス」という団体を通じて、武漢ウイルス研究所に2014年から6年間で少なくとも、370万ドル(約4億1000万円)の公的資金を提供していた。金額については、いまもメディアなどの調査が続いているが、資金提供の事実そのものは、ファウチ氏自身が議会証言で認めている。
ファウチ氏が否定しているのは、米国の資金が武漢ウイルス研究所で、ウイルスの「機能獲得(gain of function)」研究に使われた、とされる点だ。機能獲得とは、ウイルスの毒性や感染力を高める「生物兵器化」の研究である。研究所への資金提供を始めた2014年当時、米国では倫理的観点から機能獲得研究が禁止されていた。
米国が中国に生物兵器化に関わる資金を提供していたのは、いまなら「信じがたい話」だが、2014年当時は「中国を支援すれば、やがて民主化が進む」という関与戦略が全盛だった。米国で中国脅威論が本格的に登場するのは、マイケル・ピルズベリー氏の「China 2045」(原著は「THE HUNDRED-YEAR MARATHON」)が出版された2015年である。
だが、いま中国への資金提供が表面化して、暗闇に焦点が当たれば、大スキャンダルだ。実際、そうなっているのだが、彼が「何が何でも、もみ消さなければならなかった」のは、言うまでもない。だからこそ、ファウチ氏は一貫して「研究所からの流出説」を強く否定してきた。
ことし3月まで、首尾は上々だった。
世界保健機関(WHO)と中国の合同調査団は3月30日、ウイルスの起源について「仲介宿主からの動物的な感染の疑いが非常に高い」とする一方で「研究所からの流出は非常に低い」と結論づける報告書を発表した(https://www.who.int/publications/i/item/who-convened-global-study-of-origins-of-sars-cov-2-china-part)。
この調査団に米国側からただ1人、加わっていたのが、エコヘルス・アライアンス代表のピーター・ダスザック氏だ。ファウチ氏とダスザック氏は2人3脚で、中国のウイルス兵器化研究に手を貸し、感染が拡大した後は、証拠隠滅に全力を挙げていたのである。
武漢ウイルス研究所[ウィキメディア・コモンズ]
「流出説」が再び有力に…
ところが、事態は5月に大きく変わる。
まず、米国などの有力科学者18人が5月14日、連名で英国の科学誌「サイエンス」に「十分な科学的根拠が得られるまで、自然由来説と研究所からの流出説の双方」を「透明で客観的、かつデータを基に幅広い専門性と独立した立場から、責任をもって調査すべきだ」と提言する記事を投稿した(https://science.sciencemag.org/content/372/6543/694.1)。
さらに、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は5月23日、米情報機関の未公開報告書を基に「武漢ウイルス研究所の研究員3人が2019年11月、原因不明の体調不良になって入院していた」と報じた(https://www.wsj.com/articles/intelligence-on-sick-staff-at-wuhan-lab-fuels-debate-on-covid-19-origin-11621796228)。
「研究員の体調不良」はトランプ政権末期の1月15日、国務省が発表した「武漢ウイルス研究所の活動に関するファクトシート」で明らかにされていた(https://2017-2021.state.gov/fact-sheet-activity-at-the-wuhan-institute-of-virology/index.html)。WSJの記事は「情報源が米国の情報機関」という点が最大のポイントだった。
以上の展開を受けて、ジョー・バイデン大統領が5月26日、米国の情報機関に対して、ウイルス起源について調査し、90日以内に報告するよう指示したのは、ご承知の通りだ。
バイデン米大統領[photo by gettyimages]
バイデン政権、突然の方針転換の裏側
それまで「自然由来説」を強調していたバイデン大統領が突然、方針を転換したのは、なぜか。有力科学者たちの指摘を無視できないだけでなく、「お膝元の情報機関からメディアに情報が漏れた」とあっては「このまま放置すれば、危険」という判断があったからではないか。
私は、WSJに情報を提供したのは「国防総省直轄の国防情報局(DIA)ではないか」と推測している。中央情報局(CIA)や連邦捜査局(FBI)は、一部で「中国のスパイに浸透されている。頼りになるのはDIAだけ」とみられているからだ。
たとえば、7月2日公開コラムで紹介した「中国情報機関ナンバー2の亡命説」を最初に報じたネットメディアのレッド・ステイトは6月10日、マット・ゲイツ下院議員(共和党)の名前を挙げて「DIAは議会の複数のメンバーに、ウイルス起源問題について背景説明した」と報じている(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84710)。
ゲイツ議員がDIAとの接触を否定したならともかく、同氏は逆に、下院司法委員会の公聴会で、FBIのクリストファー・レイ長官を相手取って「FBIはウイルス起源について、中国の亡命者から情報を得ながら、隠してきたのではないか」と追及した(https://redstate.com/jenvanlaar/2021/06/11/exclusive-defector-provides-evidence-that-the-chinese-military-orchestrated-the-creation-of-covid-19-and-lab-leak-n395384)。
この1点を見ても、ウイルス起源問題をめぐるDIAとFBIの立ち位置の違いが分かる。武漢ウイルス研究所からの流出を疑うDIAと、情報開示に積極的でないFBIという構図である。
もしも、DIAがWSJに情報をリークしたとなると、事は重大だ。バイデン政権の内部に「自然由来説の既成事実化を許さない勢力がいる」という話になるからだ。彼らは「自然由来説は中国を利するだけで、米国の国益に反する」と考えているのではないか。
そうだとすれば、5月26日の大統領指示は、そんな情報機関全体に対して「勝手な情報リークは許さない。お前たちはどう考えているのか。意見を集約して持ってこい」と警告した、という話になる。「真実が明らかになる」と、甘い期待ばかりはできない。
議論の潮目が大きく変わった
さて、メディアはどうだったか。
大統領の指示がきっかけになって、それまで「研究所流出説は荒唐無稽な陰謀論」と切り捨てていた主流派メディアも、軌道修正を余儀なくされた。たとえば、ニューヨーク・タイムズは5月31日、署名入りの記事で「流出説は信頼に足るものだった」と書いている(https://www.nytimes.com/2021/05/31/opinion/media-lab-leak-theory.html)。
主流派メディアだけではない。
共和党のマーシャ・ブラックバーン上院議員は6月10日、同僚の共和党議員4人とともに記者会見を開き、ファウチ氏に所長辞任と真相究明への協力を要求した(https://www.blackburn.senate.gov/2021/6/blackburn-leads-press-conference-demanding-answers-from-big-tech)。
この会見で、ブラックバーン氏はファウチ氏だけでなく、フェイスブックなどのSNSもやり玉に挙げた。フェイスブックの会長兼最高経営責任者(CEO)であるマーク・ザッカーバーグ氏を名指しして「ファウチ氏はいったい、彼と何を共謀していたのか」と追及したのである。
フェイスブックとファウチ氏の関係
なぜ、フェイスブックだったのか。それには、理由がある。
6月25日公開コラムで紹介したように、ファウチ氏の大量の電子メールがバズフィードなどのメディアに暴露された。その中の1つで、ザッカーバーグ氏はファウチ氏に、フェイスブックが「情報を検閲する計画」を打ち明けていたからだ。
Facebookのマーク・ザッカーバーグCEO[Photo by gettyimages]
昨年3月15日付のザッカーバーグ氏のメールは、フェイスブック社内に新型コロナに関する新たな情報チームを立ち上げ、感染症専門医を参加させる計画を明らかにしている。ネットメディア「ザ・フェデラリスト」によれば、メールには、こう記されていた(https://thefederalist.com/2021/06/02/fauci-colluded-with-mark-zuckerberg-on-facebook-covid-19-information-hub-emails-show/)。
〈まだ世間に公表していないが、我々は新型コロナ関連の情報ハブを創設し、フェイスブックのトップページで、こう表明するつもりだ。目的は2つある。1つは人々が信頼できる情報源に基づいて、権威ある情報を入手できるようにする。もう1つはインターネットを使って、人々にソーシャルディスタンスを促し、アイデアを与えるようにする。これは48時間以内に実現するだろう〉〈このハブの中核に、あなた(注・ファウチ氏)のビデオメッセージを組み入れられたら、有益だと思う。なぜなら、人々は単なる政府機関や政治指導者たちよりも、信頼する専門家の意見を聞きたいと思っているからだ〉
ファウチ氏にとって、ザッカーバーグ氏の提案は願ってもない話だった。2日後の17日に送られたファウチ氏の返信は、こう記している。
〈あなたのアイデアと提案は素晴らしい。私は喜んで、あなたのハブにビデオ出演しよう。我々はできるだけ多くの人々に接近して、彼らが痛みを和らげる戦略を採用するよう促す必要がある。そうでなければ、事態はもっと悪くなるだろう。そ れから、あなたの「注・削除」についてのアイデアはエキサイティングだ〉
この「削除」とは、バズフィードが入手したコピーで、原文から削除されていた部分である。後で述べる「通信品位法に関する部分」を指す、と見られている。
「流出説の圧殺」に大きく貢献した
フェイスブックは昨年2月、ウイルスが「人工的か製造されたもの」であるという内容を含んだ投稿を「偽情報(false claim)」として削除する方針を決めていた(https://about.fb.com/news/2020/04/covid-19-misinfo-update/#removing-more-false-claims)。以来、流出説はフェイスブックから消えてしまった。
同社は5月26日、WSJ報道やバイデン大統領の方針転換を受けて、投稿禁止措置を解除した(https://www.afpbb.com/articles/-/3348891)。だが、1年3カ月にわたって、フェイスブックが「流出説の圧殺」に大きな役割を果たしたのは、否定できない。
フェイスブックが昨年2月、最初に「偽情報」として投稿を禁止したのは、ニューヨーク・ポストのオピニオン欄に掲載された「中国の話を信用するな。ウイルスはおそらく研究所から流出した」と題する記事である(https://nypost.com/2020/02/22/dont-buy-chinas-story-the-coronavirus-may-have-leaked-from-a-lab/)。同紙は1月5日、論説委員会の名前で「SNSやその他を含めて、米国のメディアは北京の隠蔽に手を貸していた」と批判した(https://nypost.com/2021/01/05/facebooks-covid-coverup/)。
同紙は、そこで「コメントを求められた専門家たち自身が『機能獲得』研究に関わっており、彼らは、人々が反対したら、自分たちの研究資金を失ってしまう事態を恐れていた」「フェイスブックが頼りにした専門家の1人は、定期的に武漢の研究者たちと働き、彼らの研究所で実験していた」と書いている。まさに、ここが核心だった。
いま振り返れば、ファウチ氏らの巧みな世論誘導に乗り、中国に宥和的な勢力と連動して「流出説は陰謀論」と決めつけていた主流派メディアの方がデタラメだった。それにSNSも一役、買っていた。ニューヨーク・ポストこそが、真実に迫っていたのだ。
巨大になったSNSをどうすべきか?
私たちは、主流派メディアだけでなく、SNS情報も額面通り、受け止めるわけにはいかない。ブラックバーン氏の記者会見に同席したロジャー・ウィッカー上院議員(共和党)は、会見でこう述べた(https://www.youtube.com/watch?v=zYDN8gwVfdM)。
〈いまや、ひと握りのインターネット・巨大プラットフォームが「何がニュースか」を決めるようになってしまった。彼らは、人々がどんな情報を入手し、何を遮断されるか、を決められる。それは単に、武漢ウイルスだけではない。たとえば、グーグルは「ザ・フェデラリスト」を含む保守系サイトを遮断する、と脅した。フェイスブックは前合衆国大統領のアカウントを停止する、と発表した。これは、あまりに大きすぎる権力だ。彼らは誰がニュースを作り、誰の発言を引用するか、を決められるのだ。だから、我々は通信品位法230条を改正しようとしている。別の法案も提出している。彼らが自分たちの主張に基づいて、意見を差別できないようにするためだ。これは深刻で、強大な「憲法に対する脅威」なのだ〉
通信品位法230条は、自由な情報流通を目指す観点から、投稿内容に関してプラットフォーム事業者に対する免責などを規定した条文である。共和党は事業者による検閲に反対している。
トランプ前大統領は7月7日、グーグル、ツイッター、フェイスブックの3社と各社の最高責任者(CEO)を「自分は検閲の被害者だ」として提訴した(https://www.bbc.com/japanese/57758881)。ファウチ氏については、ランド・ポール上院議員(共和党)が7月21日、メリック・ガーランド司法長官に対して、議会における偽証の疑いで捜査を求める犯罪照会(criminal referral)の手続きをした(https://www.washingtonexaminer.com/news/rand-paul-sends-criminal-referral-doj-fauci-lied-gain-of-function-research)。
米国では、新型コロナと中国、ファウチ氏、メディアをめぐって壮絶なバトルが始まっている。日本の政府とメディアは、どうなのか。それは、また別の機会に論じたい。