序章 「PKF 出動」
日本国内基準表示時刻8月23日 午後2時13分 東京 国会議事堂
8月5日の、倉木吾郎「暫定」内閣総理大臣による電撃的な衆院解散宣言により生起した衆議院総選挙は二週間に渡って戦われ、主に安全保障、国際貢献の方針を巡り、与野党の各候補が日本各地で烈しい舌戦を交わし、火花を散らすこととなった。
それは一面では、まさに異世界に「転移」を果たし、束の間の平和に甘んじていた日本に与えられた突然の試練であった。先月の末、突如スロリア東部に侵攻し、破壊と虐殺の限りを尽くし、武力を以てスロリア東部の大半を悉く併呑し尽くした「武装勢力」への物理的な対処策を、日本は月を経た現在でも、未だに講ずることが出来ずにいたのである。
さらに去る7月27日。「難民船」救助の任務を果すべく南スロリア沖に派遣された海上保安庁巡視船隊は、その「難民船」を捕獲せんと同海域に展開した「武装勢力」の艦隊とのまる二日に渡る対峙の末、無警告の徹底的な攻撃を受けて壊滅し、船を逃れた隊員もまた、空からの無慈悲なる掃射の前に海の藻屑と消えた。これまで平和のみを知り、外に対するに純粋なる善意を以て当たり、戦乱に関わることを潔しとしなかった日本人の多くが驚愕し、彼らの行為に恐怖した。
それ以上に国民に痛憤を強いたのは、8月2日の衝撃的事件だった。「武装勢力」の首班との和平調停会談を期して自ら「武装勢力」の本拠へ赴いた河 正道 前首相が、騙し撃ち同然の襲撃を受け随員諸共殺害されてしまったのである。事を知り、首班を失った日本国民の怒りは頂点に達し、日頃互いに反目し、牽制しあう存在であった新聞、TV、そしてインターネットなどの情報媒体もまた、一斉に「PKFによるスロリアの平和回復」と、「武装勢力への報復」へと一斉に論調の方向を転じた。
こうした機運を追い風に、その期間中、与党自由民権党は終始優位に選挙戦を進めていたかに見えた。河前首相の盟友であり、議会の解散と期を同じくして自民党総裁に就任した神宮寺 一は、選挙戦終盤に行われた都内の街頭演説でこう語った。
『……皆さん、河 正道は、その最後まで戦争を嫌い、スロリア情勢の平和的解決を目指しておりました! 彼はローリダと争うことなど、最初から望んでいなかった……だが彼らは、あの武装勢力は!……和平と友好の理想を抱いて長駆敵地に赴いた河に何を以て報いたか? 私神宮寺 一もまた平和と友好を願う者であります。だが!……私は、友を殺し、我々の誠意を踏み躙ったあのならず者どもを断じて許すことは出来ない!』
第三者が一瞥したところの神宮寺の第一印象は、唯一つ「短躯」に尽きる。一方で寸詰まりな印象を与える胴回りと、短く刈り上げられた頭髪。聞かん気の強そうな、皺だらけの顔立ちを支える太い首は、山中を駆け巡る猪を思わせた。事実、彼は議員として駆け出しの頃は議事紛糾の折に率先して議事妨害、またはその課程で起こった突発的な乱闘の先頭に立ち、対抗勢力より「猪武者」という仇名を奉られたこともあったのだ。
毛虫のような白眉の下の、ぎょろりとした大きな目は、自らの前に立ち塞がる者を射竦めるかのような獰猛な光を湛えていた。そしてその眼光は、歴史的な総選挙において。苛烈なまでの遊説日程をこなしている最中でも衰えることは無かったのであった。
共和党と労働党。勢いに乗る自民を迎え撃つ形となった二つの野党もまた、それぞれに主張を展開した。
『スロリアでは無辜の民衆が殺され、奴隷として連れ去られ、さらには多くの同胞が異郷の地において暴虐な武装勢力に虐殺されている! ローリダ共和国を僭称する武装勢力は我々平和を希望する日本人を不倶戴天の敵と見做し、挙句の果てには我々の首班を手に懸けるという蛮行にまで及ぶに至った!
諸君には、これらの蛮行を看過する程の無関心さがあるか? 諸君には、これらの侵略を傍観していられるだけの無思慮さがあるか? 諸君には、これらの恥辱を甘受するだけの無神経さがあるか? そうでない者は!……真に勇気と理性、そして日本人としての誇りを持つ諸君は、是非我々に一票を投じて頂きたい!』
同日、九州は福岡市街において、野党共和党党首 士道 武明は集った群集を前にこのように一声を張り上げた。保守本流への回帰と強国日本の復権とを公称する党の常として、労働系や平和運動系の市民団体との突発的な衝突を恐れて周辺に配置された警官や機動隊員が、この日3000名とも言われた聴衆には一層の緊張を強いたのだった。スロリア情勢に関する主張と政策こそ大部分において自民党と一致を見ていた共和党ではあったが、寧ろそれ故に自民との差別化を図れず選挙では苦闘を強いられているように見える。その上に、河前首相の死に伴い自民に集るであろう同情票を考慮すれば、差は一層開くであろうというのが大方の予測であった。
『――――思慮ある国民の皆様にはお判りのはずです。戦争で苦しむのは無辜の民衆であり、日本とローリダ、もはやこの両国の利権争いの場と化したスロリアでこの上さらに戦端を開けば、戦争とは何の関係もなく平和に暮らしてきた現地住民を苦しめ、結局は無と混沌以外にもたらされるものはないのです! スロリアにおいて暴虐を繰り返したローリダは、すでに国際的な信用を失いました。彼らに続き、日本もまた「転移」以来10年間平和国家として培ってきた信頼と実績を溝に擲つが如き軍事行動には、私達は断固反対します!』
再び同日、大阪市内で行われた街頭演説に立ったもう一方の野党 労働党政調会長 阿佐谷 薫は、そう主張し熱弁を締め括った。憲法改正を巡り内部対立を抱えていながらも、和平指向の強い労働党らしく他二党とは明らかに主張の面で一線を画している。この方針が吉と出るか凶と出るかは、選挙当日まで予断を許さないところだ。
――――そして、西暦20××年8月20日。
大勢は決した。
投票率74.2パーセントというのは近来にない高い水準だったが、それによって導き出された選挙結果は、周囲の予想に反し自民は躍進こそしたものの憲法改正に必要な議席の3分の2を紙一重の差で確保できず、一方で共和党が完勝とは行かないまでも議席を増加させた。
「有事に弱い」という評が定着した観のある労働党はやはり議席を少なからず減らしたが、落選した者の多くが「憲法護持」に頑ななまでに拘泥し、憲法運用に柔軟性を示す執行部に反発した旧社会党系の人間だった。そして労働党の執行部は選挙後にそれらの「造反者」を、まさに執行部に反発し、党内の結束を乱したというその理由だけで除名処分としたのである。
此処で一つの疑問が生まれた。では何故、労働党執行部は敗北を覚悟でこれらの「造反者」に公認を与えたのか? 当初は「スロリア有事」勃発に起因する執行部の求心力低下がその要因の最たるものとして関係筋の間では囁かれていたが、それが単なる「下衆の勘繰り」であることに少なからぬ人間が気付くのに、選挙の終了を待たねばならなかった。
「阿佐谷さんは、今度の選挙を党内の引き締めに利用したようだ。議席減も織り込み済みだったのだろうな」
と、選挙後に士道武明が腹心の三杉幹事長に漏らした言葉は、当たらずも遠からずと言ったところか……
その士道は、選挙の結果を受けすぐさま政情のキーパーソンとして動き出した。予想外の苦戦の衝撃も癒えない自民に、極秘裏に連立を持ちかけたのである。
――――選挙の翌日。都内の某料亭。
その一室で、神宮寺と士道は真正面から向き合い、暫くの間互いを観察するようにした。
……そして、最初に切り出したのは、神宮寺だった。
「連立に際して異論はない。そちらの要求を聞こうか?」
「閣僚ポストを三つ……用意していただきたい」
勝利の余韻を曝け出すかのような、印象的な、ニヤニヤとした笑みもそのままに士道は言った。だが黒縁眼鏡の向こうの細い眼はそうではないことに、神宮寺はとうの昔から気付いている。防衛大学校卒業。以後十数年余りを陸上自衛隊の情報職として過ごし三等陸佐で退役。父親の地盤を継ぎ国政選挙に打って出たのが、彼の政治家としての出発点だった。以後彼は、当初各党の本流から外れた超タカ派の寄り合い所帯に過ぎなかった共和党を纏め、ここまでの勢力にまで押し上げている。だから政治家としては決して凡庸な男ではない。
「三つ……!? あまりに望外な要求だっ!」と、臨席した自民党幹事長 荒蒔 孝治が声を荒げた。
「これは要求ではない。協力の一環です」
と、士道はきっぱりと言った。
「この国際情勢だ。我々が一致団結せずして、何処に日本が生残る途がおありかな? 我が共和党としては、こんな時に下らん主導権争いに現を抜かし、後世の謗りを受けるが如き行動は避けたい。神宮寺さんもこの点ではお考えは同じはずだ。三つの閣僚ポスト……少なくとも戦争が終るまでは、我々はこれ以上を要求しない」
「……で、士道君は何が欲しいんだ?」
「文科、防衛……そして外務」
「これはまた……吹っ掛けたな」
神宮寺は笑った。吹っ掛けるのにしても、ここまでを要求されたらもう笑うしかない。
士道は煙草を取り出した。そして嘯いた
「……うちの若いものは、この三つだけは今の自民には任せられんと息巻いているのでね。まあ……こっちの事情も察してやって頂きたい」
「これは……即答せねばならんのかな?」
「そうですな……明日、もう一度どうですか?」
……そして、士道は去った。「色よい返事を期待しておりますよ」という一言を残して。
――――そして、8月23日。
選挙後第一回目の国会は、大勢の予想通りに推移した。首班指名選挙の結果など、その際たるものだ。
『……神宮寺 一君を、内閣総理大臣に指名することに決しました……!』
開票作業を終えた衆院議長の一声の下、割れんばかりの拍手とともに神宮寺は立ち上がり、一礼した。そして議場の一隅を一瞥する。鷲の様な眼光の、その先で、今や自分と席の近くなった士道武明が、形ばかりの拍手とともに神宮寺の様子を伺っていた。
国会の後、控室ヘ向け党幹部や随員を伴い足早に歩を進める神宮寺に、報道記者たちがマイクやICレコーダーを手に追い縋った。
「総理、組閣は何時……!?」
「組閣は今直ぐに、迅速に!……事は急を要するからな」
「共和党との連立は事実なのですか?」
「ノーコメント……!」
……一方、神宮寺とは反対方向に歩き国会を退出しようとした士道の前にも、記者の山が出来ていた。
「自民と連立を組むという話は本当なのですか?」
質問を投掛けた女性記者に、士道は白い歯を見せて笑った。
「さあね。否定も肯定もしかねますなあ……」
……その日の午後。報道発表された神宮寺内閣は文科、防衛、外務と、今後の国政運営に重要な役割を果たすであろう三つのポストを、共和党の議員もしくは関係者が占めるという異例の陣容となった。党内に根強い連立への反対論を押し切っての、挙国一致内閣形成に向けた神宮寺の決断が多分に反映された形だった。
……ともあれ、戦時に向けた陣容は整ったのである。
日本国内基準表示時刻9月17日 午前1時17分 山梨県 身延山地
鬱蒼と茂る古木に覆われた山麓の直ぐ上を、編隊は舐めるように進んでいた。ただローターの音のみが、冷め切った夜空に、重層的に響き渡っていた。
陸上自衛隊明野飛行場を発進して、すでに20分……先頭を行くOH-1観測/偵察ヘリコプターの導くままに低空飛行を続ける各機が、各個に周囲の様子を知る術といえば、ヘルメットに装着した夜間監視装置からの視界と、時折走査するAN/APG-78ロングボウ‐レーダーからコックピットの
―――――そして画像は、機首赤外線画像装置の目を以て闇夜のヴェールを剥ぎ取り、機を操る操縦士や銃手の網膜にも、ヘルメット照準システムを通じて直に鮮明な地形、車両、火器、そして人間の像を投掛けている。
『――――各機へ、右40度に目標を探知。戦車2、装甲車3……他、歩兵多数……』
「こちら編隊長、了解……」
陸上自衛隊 第3対戦車ヘリコプター隊所属の操縦士、村上 士郎 一等陸尉は、AH-64DJロングボウ-アパッチ武装ヘリコプターの、コレクティヴ-レバーを握る手に、ぐっと力が篭るのを感じた。
フットバーを踏み込むや否や、アパッチは瞠目するような反応を見せ、駿馬の如く機首を転換する。さらに高度を下げ、まさに車輪が地上の木々に接するかと思われるくらいの高度を、それこそ滑るような速度で進んでいくのだ。列機もまたこれに続き、AH-64Dの編隊は一本棒となって、あたかも一個の生命体かのごとき連携を以て目標へと突っ込んでいく。
AH-64Dロングボウ-アパッチは、AH-1Sヒューイコブラの後継として「転移」前から導入が始まった陸上自衛隊の主力武装ヘリコプターだ。エンジンが単発から双発になった恩恵か、機動性や加速力などの基本性能はAH-1Sより当然向上していたが、最大の特徴は暗視装置や赤外線監視装置などの精密策敵、照準装置に飛躍的な充実を見たことは勿論のこと、ローターの頂点部に搭載された楕円状のレドームの中身にあった。それが、前述したAN/APG-78ロングボウ‐レーダー、通称ミリ波レーダーである。
戦闘ヘリにとって主戦場は通常のレーダー波では乱反射やノイズを頻発させる複雑な地形であり、その目標は地上に点在する小型の車両や拠点である、夜間において低空で進攻し、地形に煩わされずにそれらの標的を判別、捕捉し、照準するためには、より短いレーダー波長が必要となる。それが波長をミリメートル単位にまで圧縮した「ミリ波」だった。
そのミリ波に目標判別及びノイズ補正のためのソフトウェアを組み合わせ、さらにはミリ波レーダーにより誘導されるAGM-114Lヘルファイア対戦車ミサイルを組み合わせることにより、AH-64DJは従来の枠を超えた高い攻撃能力を実現したのであった。さらには機体間のデータリンクにより、観測機のOH-1や僚機が収集した戦術情報を自機の攻撃や作戦中の意思決定に使用できることに加え、その逆もまた可能だ。このAH-64DJ一機で、従来型のAH-1Sの四倍、陸自の主力九〇式戦車二〇台分に相当する攻撃力を持つと言われている。
――――再び、演習の情景。
ここ数日のうち、対戦車戦闘訓練が本格化している。
特に夜間飛行の頻度が上がり、村上達は命令されるまま、仮想の目標を相手に攻撃演習を繰り返していた。
狭い演習空域の常で射撃とまでは行かないが、それでも訓練内容は偵察、監視から接敵、そして移動目標の捕捉へと次第に高度なものとなっていく。AH-64DJを運用する隊のみならず、旧型のAH-1Sを運用する部隊もまた訓練に駆り出され、こちらよりも遥かに貧弱な装備で夜間の低空飛行、接敵訓練を続けている。
「最近、夜間飛行が多くなった」
という、当初は感慨にも似た隊員達の言葉は、今や愚痴にも似た響きとなって隊内に広がっていた。日々高度化、そして苛酷なものとなっていく飛行訓練に当初は充実こそ覚えても、現在では倦み始めた者もまた少なくなかったのである。それは何もAH-64DJのような攻撃ヘリ部隊だけではなく、他の汎用ヘリ運用部隊もまた同じ。
……だが、訓練の日程が進む内、
「……近い内、スロリアに行かされるらしい」
と、誰ともなく言い始めるようになった。現下の訓練は、将来スロリアに展開し、生起するであろう武装勢力との戦闘を想定した訓練である……と。確かに、そう考えれば現在の厳しい訓練は納得が行く。
……感慨に浸る村上を、現実に引き戻したのは前席の銃手、氷川准陸尉の報告だった。
『……機長、レーダーに感。敵戦車2台を捕捉……右10度。距離7……目標、依然東方に速度30で移動中』
「了解……」
銃手の誘導に従い、目標の方向に機首を定める……そして、
『レーダーにロック……ロック完了』
操縦桿のボタンで瞬間的に目標を選別し、氷川は照準を完了した。
探知と同時に眼前のHUDに出た矩形のシーカーは、すでにレーダーの探知した方向をしっかりと捕捉している。その暗闇の先に、彼等が目指す獲物があった。後に続く僚機もまた、その鋭敏な電子の眼を通じ、別の獲物を物色していることだろう。
『……
氷川准陸尉はヘルファイアの発射ボタンを押した。だがこれは訓練、当然実弾など使うはずもない。機体の振動以外感じられない静寂の後、地上にいる統裁官の声がイヤホンに入ってくる。
「……司令部より六号へ、貴官は撃破された。速やかに演習場より離脱せよ」
村上は、眼前の戦術情報表示MFDに視線を落とした。赤外線監視装置に切り替え、MFDに映し出された直線的な形状の戦車の、演習場を疾駆する姿に、思わず眼を細める彼がいた。
日本国内基準表示時刻9月17日 午前4時13分 岐阜-長野県境 飛騨山脈上空
轟音――――――
――――――それも複数。
外の様子を知る術は、LANTIRN(夜間低高度航法及び目標指示赤外線)を通じ、眼前に広がる二基のCRTディスプレイが映し出す漠然とした地形画像だけだ。
燃料計、エンジン出力計、
機体角度+4……速度440ノット……高度……294フィート……起伏に烈しいこの山々では、電波高度計の示す数値など、一瞬にして何の意味も為さなくなる。
酸素マスクの中で吐く息が反響する音は、訓練を始めたときよりずっと穏やかなものとなっていた。
……それでも、操縦桿とスロットルレバーを握る手には、未だに汗がじわりと湧いてしまう。
『――――ブラブォ、
「ブラブォ、
上空24000フィートを飛行するE-767
ディスプレイに表示された、前から後ろへと流れ行く地形は、辛うじて地形の発する熱を感じ取り、熱源の輪郭を視覚化することで映し出されたものだ。主に地上目標捕捉用のFLIR(前方監視赤外線)と、TF(地形追随)レーダーから成る航法機器ポッド及び対地精密照準機器ポッドの二つから構成されるLANTIRN(夜間低高度航法 照準赤外線装置)は、夜間、低高度の精密対地攻撃に必須の装備だった。
F-15EJストライクイーグルは、F-2と並ぶ航空自衛隊の主力支援戦闘機として、航空自衛隊の打撃戦力の一翼を担っている。現用の主力戦闘機F-15Jの、圧倒的なまでのエンジン推力の余裕を戦闘攻撃機として流用させたものだけあって、イーグル本来の機動性の高さは受け継がれ、兵器搭載量は最大で10750kgにも達する。そこに前述の精密照準装置が加わり、F-15EJの攻撃力を一層強大なものとしていた。
ここ数日、北条達は奇妙な訓練を課されるようになっている。
夜間遅くから明け方にかけ、青森県三沢基地を離陸。AWACSの指示に従い奥羽山脈沿いに南下し、以後レーダー波を出さずに訓練空域の設けられた飛騨、木曽、赤石の三山脈―――日本アルプス―――の峻険な地形をカエル飛びに超低空で航過する。これを、燃料のもつ限り続ける。
ただ不鮮明な赤外線画像だけを頼りに、甲高い低空警報音に耐えながら、一歩間違えれば乗機ごと山腹に激突死必至の飛行をただひたすらに続け、喩え燃料が乏しくなっても、誘導されるのは最寄の石川県小松基地ではなく、AWCSと同じく訓練空域上空で待機するKC-767空中給油機……そして日の上る頃、漸く基地への帰投を許される。何も北条の隊だけではない、同じく石川県小松に本拠を置くF-2支援戦闘機装備の第303飛行隊や、関東は百里の、同じくF-2を装備した第302飛行隊もまた同様の訓練を課され、黙々とそれに従っている。
「我々は、一体何をやらされているのだ?」
と、訝る者は当然多かった。パイロットのみならず、整備、誘導などの地上要員も同じく、あるときは互いのいない場所で、またあるときは互いに顔をつき合わせながら互いの抱く疑念をぶつけたものだった。
日本の前に、ローリダ共和国という強大な敵が出現し、彼等が日本本土より海を隔てたスロリアを、武力を以て支配しようとしていることは誰もが知っている。そして日本もまた、先月成立した新政権により種種の有事法案が提出され、そしてそれらは連立政権の数の威力で通過し、政界のみならず現場、そして市井にいたるまでも「戦争が近い」という空気が次第に周囲を支配するようになっていった。
それは、近来の自衛隊の動きからもよくわかる。陸自が連隊単位で転地訓練、あるいは揚陸演習と理由をつけて、その装備ごと海自の輸送艦や民間契約の大型貨物船でノイテラーネのPKO基地まで展開し、そのまま戻って来ないという事例が目立つようになっていた。海自もまた同じく、艦艇が提携港を出入する頻度はこれまでになく高まっており、出港したままなかなか帰って来ない艦もまた多かった。
「近い内、戦争が始まる」
はっきりと口には出さないまでも、誰もがそう思うようになるのに、時間はかからなかった。口には出さないのは、自分達の訓練の真意に関し、明言するのにはあまりに情勢が流動的に過ぎたからである。
――――再び、北条機。
不意に、CRTディスプレイの表示する地形が平坦な、特徴に乏しいものとなった。
機は飛騨、木曽に続き赤石山脈を南に抜け、静岡県の上空を大井川に沿って飛んでいた。寝静まった地上に肉眼で光を見ることなど不可能に近く、反射的に延びた手がレーダースウィッチをオンにする。CRTディスプレイの表示は、次の瞬間にはより鮮明なレーダー画像に切り替わり、闇に包まれた眼下の街並や田畑の広がりを手に取るように確かめることができた。
だいぶゲージを減らした燃料計を一瞥した後、地上に騒音をばら撒かない様、北条は慎重なスロットル操作とともに機を上昇させた。スロットルを絞り気味とはいえ、F-15EJの搭載する二基のIHI-F100-PW220Eエンジンは、6705kgという圧倒的な推力を以て二分もせぬ内に、30000フィートの蒼空の高みへとF-15EJを押し上げてしまう。
「こちらブラブォ01、給油を
『――――ブラブォ01、
左フットバーを踏み出し、北条は空中給油機の待つであろう方角に眼を凝らした。この高度まで上昇すれば、白みかけた空と昇り来る太陽とを、おそらく日本で最初に眼にすることができるだろう。
背後を振り向くと、眺めの良いF-15EJのコックピットからは、地形追随飛行に入ったときからずっとこちらにくっ付いて飛んでいる二番機の姿を認めることが出来た。その姿に、僅かばかりの安堵を覚える北条たちがいた。昇り来る太陽……それが、北条たちにとって訓練終了と帰投を告げる合図だった。
「今日もいい天気ですね……」と後席、北条機のWSO(兵装システム士官)の松浦 祥司二等空尉が言った。
東方から雲と海原を割り、せり上がって来る赤い光の塊に、北条もまた安堵の溜息を漏らす。
「こいつを見るのだけが、楽しみさ」
訓練は、ここより遥か南でも、そして遥か北でも行われていた。
スロリア地域内基準表示時刻9月18日 午前10時23分 南西スロリア海域 海上自衛隊潜水艦 SS-592 「うずしお」
数々の配管と計器の、絶妙の絡み合いの中に造られた鋼鉄の檻は、恐ろしく静かで、そして暗い。
長い間をこの密閉された空間で過ごしていると、自分が潜水艦乗りであるということを一瞬忘れてしまう自分がいる。
耳全体をすっぽりと覆うイヤホンから、外の光景を知らせてくれる音は、渦巻き流れゆく潮流の音と、ときおり艦に関心を示す鯨の鳴声ぐらいだ。それに神経を集中させ、眼前のスクリーンの示す輝点、そして波形に眼を凝らす。
全周囲を捜索でき、おそらく「聴く」という点においては自分の耳より遥かに優秀であろうZQQ-6水測システムが拾う音は、視覚化され、輝点となってスクリーンに映し出される。だが、それらの音をさらに精査し、潮流の音、深度ごとの塩分濃度など、電子の聴覚を惑わす複数の乱数を排除した上で目標を特定するのは、「うずしお」ソナーマン 海野 毅一等海曹の仕事だった。
海上自衛隊潜水艦 SS-592「うずしお」は、二週間前より「武装勢力」の勢力下にある南西スロリア海域の海中で偵察、監視任務に当たっている。その他にも二隻の潜水艦が、遠く離れた海域で「うずしお」と同様の任務に就いているはずだった。
「うずしお」自体、監視任務についてすでに7隻の敵水上艦、2隻の敵潜水艦と遭遇している。その何れも、ディーゼル推進艦の静粛性を生かし完璧なまでにやり過ごし、察知された素振りすら見せられてはいなかった。容易に攻撃位置に付けた局面すらあったが、攻撃は加えていない。監視任務の建前上、正当防衛以外の戦闘は禁じられていたからである。
それは当然、南スロリア海における一連の経緯を知る「うずしお」乗員たちを切歯扼腕させた。去る7月の末、護衛艦隊はあの海で敵の潜水艦一隻を撃沈し、その一部なりとも海保と「てんりゅう」の恨みを晴らした。彼等がやってのけたことが、何故おれたちには禁じられているのか? それはまた、敵海軍、特に敵の潜水艦と一戦交え、敵の乗員と腕を競ってみたいという、潜水艦乗りとしてある意味本能に近い感情のなせるものであったのかもしれない。
「…………」
さり気無く、海野は発令所後方の海図台で、電子海図を睨みながら航海長と話をしている艦長を見遣った。商船大学出身で、一海士から入隊を果たした「うずしお」艦長 熊野 浩輔二等海佐は、叩き上げとは到底思えないほど物静かな印象を与える人である。一瞬、艦長を凝視し、海野がコンソールに向き直ったそのとき―――――
「…………?」
直感の赴くまま、海野は二本の指で球形のハンドルを忙しく動かした。それに応じてスクリーンのキューが動き、必要な情報をソナーマンの眼前に導き出す。ソナー、ひいてはイヤホンを通じて入ってくる音から、脳裏に像として再生される海中の景色の赴くまま、ピアノ演奏のようなコンソール操作で数秒の内に贅肉のような無駄な乱数をすべて排除しきったとき、海野のイヤホンから聞こえる音は、遠方から轟く規則正しいスクリュー音に変わっていた。
「潜水艦! 方位2-3-6。距離18っ……本艦を指向しています……!」
熊野艦長が声を上げた。
「急速潜行、深度200っ……!」
「急速潜行―――――っ……!」
艦内が静から動へと変わる間も、「うずしお」の潜行は続いていた。だがそこには一片の雑音もない、「うずしお」はもとより、限界まで静粛性を追及した「おやしお」型は、水中では加速したのも判らないほど防音、防振が徹底されている。
これまで何度も敵艦をやり過ごした経験から、「うずしお」乗員には自信がついていた。それでも、敵艦との遭遇は潜水艦の乗員に圧迫するような緊張を強いるものだ。
海野の報告は続いた。
「潜水艦……接近します」
「気付かれたかな……?」と、誰かが呟いた。
「……距離10を切りました……方位2-3-3に修正」
凍りつくような沈黙の後、艦が微かに揺れるのを誰もが感じた。
「潜水艦、本艦の直上……通過いま……!」
発令所では、反射的に天井を仰いだ者もいたはずだ。艦の揺れと響き伝わってくる推進器の音……自艦とは余りにかけ離れた防音の拙さに、内心で拍子抜けした者もいたかもしれない。騒音を撒き散らしながら、敵艦はそのまま「うずしお」の艦上を通過して行くのだった。
「敵艦……そのまま遠ざかります。距離5……」
「距離14を越えたら知らせ、フローティングアンテナ準備」
「艦長、距離14越えました」
「深度100まで浮上……フローティングアンテナ出せ」
LHF通信では、通信衛星と南西諸島近海で二四時間空中待機状態にあるCP-3C空中通信中継機を介することにより、潜行状態でも長距離の通信を可能としていた。
「艦長、フローティングアンテナ展張完了」
通信席に歩み寄ると、熊野は言った。
「通信手、文面はこうだ……」
通信文の文面を口述する艦長を他所に、海野はひたすらに敵艦の推進音を追っていた。だが、次の瞬間耳に飛び込んできた海中の光景は、海野の想像を越えていた。
「艦長!……敵艦、回頭しました!……本艦に急速に接近!」
「取り舵一杯!……深度2-2-3……下げ舵3度!」
ゆっくりと回頭に入った「うずしお」で、少なからず傾く艦に身を支えながらも、海野は耳に全神経を集中させていた。操舵手が潜舵と方向舵の操作を一貫して行うジョイスティック方式の操艦系統が、艦長の指示をすぐに艦の運動に反映させることができるのだった。
「敵潜水艦……なおも接近!」
「深度240まで潜れ! 急げぇっ!」
「敵艦……距離9……8になりました」
増速するか……それとも……ここは思案の為所だった。これ以上速度を上げれば、こちらの存在を察知されることはもちろん、最悪音紋(スクリュー音)を取られる恐れがあった。
「艦長……深度240に達しました」
操舵手の声は、熊野と海野にとってまさに天啓にも似た響きを以て聞こえた。
「推進機停止!」
「推進機停止します!」
次の瞬間訪れた静寂……直上を通過する敵艦の推進音……照明の抑えられた艦内で溜息をつく間も無く、発令所の皆が天井を仰ぐようにした。
「敵艦……通過しました。距離2……」
「今度は、間違いないだろうな?」
「本艦との距離……3海里。さらに離脱していく……」
「……フローティングアンテナ収容急げ。通信は中止」
艦長の上ずった声が聞こえた。イヤホンに耳を凝らし、スクリーンの輝点に眼を細めながら、海野は自分が汗をかいていることに気が付いた。
日本国内基準表示時刻9月19日 午後1時45分 東京 総理官邸
――――総理官邸の会議室。
非業の死を遂げた盟友に代わり、官邸の新たな主となった男は、つい十数分前から始まった防衛省制服組からの報告に聞き入っていた。
総理に就任してまだ30日も経過していないながらも、この間に開いた安全保障会議は七度に及んでいる。それはまた、新総理 神宮寺 一が現下のスロリア情勢をこの上なく重視している証であった。
報告の内容は、スロリア情勢の変化を受け、今後起こるであろう事態に備え関係各省庁が行っている各種の事前準備に集中していた。戦力の整備はもとより外交、経済政策、生産計画、有事の国民保護……およそ戦争は国家の総力を挙げた一種の事業である。戦勝はその成功であり、敗戦はその失敗である。そして敗戦により、国家がこれまで積上げてきた全てが否定される。かつて「前世界」で日本が戦い、敗北した太平洋戦争はまさにそれであった。
……だからこそ、一度戦いになれば日本は是が非でも勝利を収めねばならない。自分のみならず、そう考えている閣僚は一座の中に少なからずいるはずだと神宮寺は思っていた。
特に……この女――――現在スロリアに出張中の植草紘之 統合幕僚長の代理として報告を続ける統合幕僚副長 藤沢 誠 海将の隣席で、ただ一心にノートパソコンの資料に目を凝らす初老の女性に、神宮寺は目を細めた。
名は桃井
元来国際法の専攻だったが、長じて地政学の研究を始め、その課程で発表された論文に最初に注目したのは、戦争シミュレーションゲームを多く制作するソフト製作会社であった。彼女の監修によるゲームがまた一般のユーザーの好評を得たことはもとより軍事にある程度の関心を示す保守系の知識人、市井の研究者の眼に留まり、やがては保守系の論壇誌に定期的に寄稿するまでとなった。
そこに、当時結成まもない共和党が着目した。彼女を会の政策顧問として招じ入れ、会の機関紙の主筆から国際情勢を論じた講演会の後援まで、至れり尽くせりの待遇を以て彼女を遇した。桃井もまた政治的には共和党の支持者であり、党首たる士道とも友人関係にある。結果的にはその縁で、彼女は士道の推薦を得て現在の地位を与えられた。
「この戦争には、勝たねばなりません」……初めて顔を合わせたときの桃井の第一声は、神宮寺の胸に無形の剣となって突き刺さった。
士道を通じ最初に彼女と引き合わされ、神宮寺自ら防衛大臣としての所信を訪ねた際、桃井ははっきりとそう言った。神宮寺が「ローリダと戦争をする」と明言もしていない段階で、である。
「戦争は、未だ始まってはおらんよ。桃井君」
さすがに、抗弁する神宮寺も、内心では肝を潰しかけていた。だが次に続いた彼女の言葉は、潰れかけた肝を今度こそ、完膚なきまでに潰した。
「戦争は、既に始まっていますわ。総理。お覚悟を……」
「…………!」
神宮寺の沈黙を了解ととったのか、彼女は続けた。
「何も鉄砲の撃ち合いのみを戦争とするのなら、それは間違いです。本当の戦争は、戦場から遠いところで行われ、勝敗が決まります」
……そのような遣り取りがあった後、士道は神宮寺に言った。
「彼女は駄目なものは駄目とはっきりと言う方でね、実のところ我々でも扱いに困っておるのですよ」
「それで……わしに押し付ける気かね?」
「まあ、そういうことになります。ですが……」
士道は、声を潜めた。
「……得難い人材です。正直、私が政権を取った時に彼女を使いたかった」
――――再び、安全保障会議。
初老に達したとはいえ、桃井防衛大臣は十分に美しい。その顔は皺が目立つようになってはいたが、高い鼻に、パッチリとした二重の瞼、豊かな睫毛に覆われた瞳は年齢を感じさせない、気高いまでの美しさを醸し出していた。銀色の頭髪は長く、その前髪は整然と切り揃えられていた。父方の曾祖父がアイルランド系のイギリス人という点が、その辺り彼女の生来の形質に何らかの影響を与えているのかもしれない……
――――何も鉄砲の撃ち合いのみを戦争とするのなら、それは間違いです。本当の戦争は、戦場から遠いところで行われ、勝敗が決まります。
彼女の言葉を、神宮寺は脳裏に反芻した。戦場以外の場所で、勝敗は決まると彼女は言った。では戦争の勝敗はここ……今まさに、我々が会議を行っているこの総理官邸でも決まるというのだろうか?
……神宮寺が考え込む中、報告は終った。
この日の数ある報告の中で、特に陸海空自衛隊が進めているスロリアPKFの行動計画策定に関する報告は、その場に集った閣僚全員の関心の的であったに違いない。当然、報告の後、藤沢海将は閣僚達の質問に晒される。
現下、「有事」を想定し行われている陸海空自衛隊の訓練の進捗状況。そして域外で進行中の情報収集活動。さらには、部隊の動員及び移動計画の詳細……凡そ現時点ではこの部屋の外に持ち出せない事項に関し、二、三突っ込んだ遣り取りが行われる間も、桃井は始終持ち込んだ書類を決裁し、会議の資料に目を通し続けている。その横で、軍事に関しては素人同然の閣僚の質問に、その分野のプロフェッショナルたる藤沢海将は、平易な表現を多用することで閣僚の理解を促し、以前のように杓子定規に難解な専門用語を駆使し返って閣僚を困惑させること無く巧く対処している……あたかも、誰かの指導で事前にみっちりと予行演習でも積んだかのように。
……そして、全ての議題を終了し、神宮寺が散会の声を上げかけたそのとき――――
「桃井大臣……何かな?」
神宮寺が目を見開いたその先には、無言のまま手を上げる桃井がいた。発言の許可を得ると、桃井は天女のように軽々と立ち上がり、口を開いた。
「現下、スロリアに展開し、各種活動を行っている自衛隊の位置付けは未だPKOのままです。自衛隊の行動に責任を持ち、彼らを直接指揮監督する立場の私としては、今現在も国際協調の精神を以て任務に励んでいる隊員の士気に応える上でも、今直ぐにPKOをPKFに昇格させることをお願いしたい」
「…………?」
場が、どよめいた。
安全保障会議の頻度は増しているものの、それはあくまで戦争勃発の可能性が高まっており、それに備えるという前提の下に開かれているものであって、戦争そのものを不可避とした前提で行われているものではない。彼女の提案は、些か時期尚早であるように場の皆には思われたのだ。同じ共和党に属する本多 栄太郎 外務大臣、そして島 孝明 文部科学大臣すら、困惑したように互いに顔を見合わせていた。
その澄み切った目で一同を一瞥し、桃井は続けた。
「……また、これは国際社会にアピールするために必要な措置です。日本が、スロリアで進行中の一連の事態打開に、本腰を入れ乗り出したという意思を国際社会に表明するためにもPKOの、PKFへの昇格は必須です。それでも……交戦の意図を覗かせることで逆に敵を刺激すると仰るのなら、その心配は無用です。敵は既に、一連の行動で我々に対する敵対の意図を明確にしており、それは我が国の友好国も認識しております。総理?……武器なき戦争は、既に始まっているということをお忘れなく」
ボールは、桃井防衛大臣から神宮寺総理大臣の手に移った……彼女が言い終えた瞬間。場の誰もがそう思った。暫く腕を組み考え込むようにしたのも束の間……神宮寺は、桃井に顔を上げた。
「聞くが、桃井君は、戦争が不可避と思うのかね?」
「はい、私は戦争が不可避であると強く信じる者です」
神宮寺は、苦笑した。
「信じる、か……強く出たな。宜しい、君の考えはわしの中に入った。向こうがわしらの意図をどう取るかはわからんが、それでも実力行使のカードを見せびらかすことはゲームに差し支えなかろう……」
一息つき、神宮寺は断言した。
「……明日、君の考えを実行に移そう」
―――――会議の翌日の9月20日午後。神宮寺内閣はスロリアPKOの、PKFへの昇格を閣議決定した。こうして有事対応策の一環として現在進行中のPKOの増派は、事実上PKFの出動と表現を変えた。スロリアに展開するPKOもまた、スロリアPKF先遣隊とその名を変えたのである。