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無欲の聖女は金にときめく 作者:中村 颯希

第三部(完結編)

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12.レオ、アツい試練を受ける(前)

 契約祭の儀式は、聖書に描かれる精霊と巫女の出会いを再現する形で執り行われる。


 すなわち、心清き女性が、精霊と出会うために己の身体を聖地に慣らし、聖地を歩き進んでその美しさを称え、その言葉に応えて精霊が祝福を授けるというものである。


 一日目は身体を慣らす場面に相当し、なので巫女たちはエランドの食事を口にする。

 二日目はその続き――つまり、聖地の行進である。


 そんなわけで、レオは、


『さあ! 声出して行こう、違った、参るでしょう!』


 聖堂の門の前で、大きく息を吸い込んで気合を入れていた。


 契約祭二日目の朝。

 相も変わらず陽光はさんさんと降り注ぎ、赤みを帯びた土はさらりと滑らかだ。

 空は青く、風は穏やか。絶好の行脚日和と思われた。


 レオはといえば、支給された例の巫女装束の修繕も完了し――所々にへそくり収納ポケットを設けておいた――、邪魔な黒髪は頭頂でひとつに結わえ、やる気満々である。


(初日は地元グルメを堪能し、二日目は観光か。なんて俺得でしかない儀式なんだ)


 巫女を務めるような令嬢にとっては、半日かけて自らの足で歩きまわり、しかもその最後にエランド語で聖地の素晴らしさを語らねばならないというのは、立派な苦行であるのだが、レオはこれを、ゆっくり観光させてもらったうえに、ちょこっと感想を言ったらおしまい、としか捉えていなかった。

 もちろんレオは、団体ツアーより個人旅行派である。


(欲を言えば、気の知れたダチとだらだら歩けたら最高だけど、ま、ひとりで黙々歩くってのも、気楽でいいよな)


 十分ほど前に渡された地図を広げながら、そんなことを考える。

 今レオは、試練の名のもとに、たったひとりで聖堂から指定された場所に向かおうとしているところだった。


 寿ぎの巫女たちは、朝食を終えるや聖堂の広間に集められ、それぞれ異なる目的地を記した地図を手渡され、時間をおいて一人ずつ出発するのである。

 レオの目的地が最も遠いということで、レオは見事、先陣切って門をくぐる栄誉を得た。


 とはいえ、さすがに他国の令嬢を本当に一人きりで歩かせるわけにもいかないらしく、気配が気にならない程度の距離を置いて、巫女付きの女官たちが後に続くことになっている。

 いっそ一緒に観光してくれればよいのに、とも思うが、試練は巫女ひとりで臨むというのが掟らしいので、レオはそれについても「まあいっか」とあっさり割り切っていた。

 常に金儲けのことが頭を占拠している彼は、寂しがることも少ないのである。


(ふっふっふ……。一生来ることもなかったかもしれないエランド。この機会にとっくり観察して、ビジネスの芽を見つけてやろうじゃねえの……)


 試練のことなどすっかり頭の片隅に追いやり、商人的なフロンティア精神をファイアさせながら、レオは聖堂からの記念すべき一歩を踏み出した。


 ――のだが。


「本当に、これはいったいなんという『試練』なんだ……」


 意気揚々と歩みを進めるレオの後方、カジェやスーリヤのさらに後ろには、表情を曇らせて後を付ける二つの影があった。


 心配性の従者、カイと、意外にも騎士道精神の強いグスタフである。

 彼らは、女官たちに近づきすぎて「儀式の邪魔をした」と捉えられぬよう細心の注意を払いつつ、大切な少女の姿を見失わないよう、鋭く視線を配って歩いていた。


「聖騎士様。寿ぎの巫女に課せられる『聖地巡礼の試練』というのは、こんなにも厳しいものなのでしょうか」

「いや……。教会の記録にも、これほどのものはない。だいたい儀式なんていうのは、繰り返すうちに形骸化するもんだからな。契約祭だって、『試練』だなんだといいながら、結局は各国の令嬢にいいもんを食わせて、エランドの土地の素晴らしさを見せつけて帰すというのが、ここ最近の実質的な趣旨だったはずだ」

「やはり……」


 カイは己の感覚が間違っていなかったことを確認しつつ、目を細めた。


「試練としての、ある程度の厳しさは織り込んでおりましたし、レオノーラ様にもそれを踏まえた準備をしていただいてはおりましたが、……まさかこんな、あけすけな嫌がらせのような仕打ちを、自治区が宗主国に働くとは」


 彼がそう言うのは、少女が明らかに、侮辱といって差し支えない扱いを受けているからだった。


 衣服は、国賓に支給されるものとは思えぬ古着。

 会食の内容は粗悪。

 少女に付けられた二人の女官は、相手を客とも思わぬ態度。


 まさか契約祭の掟とはこんなにも厳しいものだったのかと、カイが昨夜から他国の巫女について情報収集をしてみたところ、このような扱いを受けているのは少女だけであるらしい。

 ほかの巫女たちは、女官になんだかんだいっても甲斐甲斐しく世話を焼かれ、大層快適に過ごしているようだ。


 あげく、午前のうちから聖堂を追い出し――ほかの巫女たちは、昼前に少し出歩く程度だというのに――、強い日差しのもとさんざん歩かせたうえで、エランドの地を称えてみせよとは――。


「しかも、私の知る限りでは、この道の先には貧民街が広がっているはずです。たいていは首都近辺の観光名所をそぞろ歩くだけというのに、なぜレオノーラ様だけがこんな目に……! エランドは、ヴァイツに戦争を仕掛けるつもりなのか」

「いや」


 グスタフの返事は短かった。

 彼は、カイ以上に剣呑に目をすがめつつ、遠くを歩く少女を見つめた。


「慈愛の精霊を守護に持つエランドだからこそ、あちらから仕掛けるような真似はしないだろう。だから彼らも、『試練』の体裁にぎりぎり収まる範囲のところを攻めてきている」


 たとえば、古びた衣装も粗末な食事も、貧民街に足を向けさせることさえも、「清貧の心を鍛えるため」とすれば、一応の言い分は成立してしまう。それが宗教の力だ。


 グスタフは唸るような声で、挑発だ、と呟いた。


「エランドはけして自ら戦を仕掛けない。精霊の守護を得るためには、彼らは哀れな被害者でなくてはならないからだ。厳格に教義を貫くエランドと、理不尽にもそれを攻めるヴァイツ。その構図を取らせるために、彼らはハーケンベルグを通じて、ヴァイツを挑発しているんだろう」

「そんな……」


 カイは悲壮な表情で首を振った。


「では、レオノーラ様は、そして私たちは、どうすればよいのですか」

「挑発に乗らない……つまり、耐えるしかない」


 グスタフもまた、低く唸るように答えた。

 目の前に守るべき人物がいて、自分には彼女のために揮う剣も力もあるというのに、それを行使できないという状況が、歯がゆく、また不甲斐なかった。


「もし貧民たちがハーケンベルグを襲うようなら、こちらも手は打てるが……。それが起こるのを願うというのも奇妙な話だ。俺たちは、ハーケンベルグの寛容さと、周囲の善意を信じるしかない」


 鋭く睨みつける琥珀色の視線の先には、エランドの力強い太陽が、空高く昇りはじめていた。





『意外に頑張るじゃんか、我らが巫女サマは』

『……そうだね』


 結わえた黒髪を揺らし歩く少女を見つめながら、スーリヤがぽつりと呟くと、隣のカジェも静かに頷いた。


 彼女たちが聖堂を出発してから、もう三時間近くなる。

 その間、少女は一度もペースを崩すことなく、周囲を見回しながら歩みを進め、カジェたちもまた、一定の距離を取りながらその後ろを歩いていた。


 聖堂から離れるにつれ、道幅は狭くなり、舗装も無くなり、今では道というよりも、泥や石ころ、雑草の混ざったただの地面といった様子である。

 道脇を整然と固めていた堅固な建築物もまばらになり、代わりに、石とタイルのくずを組み合わせたあばら家がその数を増やす。


 辺りに漂いだした、かすかな牛糞の臭いを嗅ぎつけ、カジェたちは眉を寄せた。


『……変わらないねぇ、この辺りは』

『変わるはずもないよね。クソにまみれながら、クソみたいな仕事に追われて、しみったれた人生を送る。変われるはずがないさ』


 エランドにおける貧民の仕事というのは、たいていはゴミ拾いや家畜の解体といった「臭い」仕事ばかりだ。

 多少恵まれた仕事で、せいぜい精霊布やタイル貼りの下請け。

 色だけは鮮やかな糸や石ころを、来る日も来る日も組み合わせ、わずかな稼ぎで糊口をしのぐ。


 しかし、その仕事こそ「クソ」だと言いながらも、人生自体は「しみったれた」との表現にとどめたスーリヤの気持ちが、カジェには痛いほどわかった。


 スラムとはいえ、ここには彼女たちの仲間がいる。

 彼らとの思い出が、人生が詰まっている。

 上京して華美な生活を垣間見てしまった今、故郷の環境が劣悪なものなのだと理解はしているが、――それでも、完全に否定することなどできないのだ。


 とはいえ、お貴族連中には、そのような感傷など理解できるはずもない。

 「少女を追い詰めるために」己の故郷に向かわせるよう指示されたカジェたちは、その命令の傲慢さと無神経ぶりに鼻白んでいた。


『……ねえカジェ。さすがに、あの子も堪えてきたんじゃない?』

『ああ。さっきから立ち止まる回数が増えてきた。体の疲れは料理みたいに、きれいごとだけで受け流すわけにはいかないんだろ』


 カジェが目を細めた先では、少女が立ち止まって汗をぬぐっている。


 白いうなじに黒髪を貼り付かせた彼女は、自分を落ち着かせるように、は、と短く息を吐き出して、じっと周囲の町並みを見つめた。

 暑さがつらいのだろう、その大きな紫の瞳は遠目にも潤み、頬は赤く上気している。


 体力的に、そしてこの慣れぬ環境に、疲弊しきっているというところか。

 無理もないとカジェは思った。


 少女の歩くすぐそばにまで張り出した軒先では、解体された牛や豚が、血抜きのためにぶら下げられている。

 周囲を漂う血臭や獣臭の類は、貴族の娘には耐え難いものだろう。


 道とも言えぬ道にはタイルのかけらが転がって歩みを妨げ、道脇には一定の距離を置いて生ごみが捨てられている。

 少女がそれを見て目を丸くするのを、カジェたちはさもありなんと見守った。


 なにより、布を編む女たちや、牛を捌く男たちが、少女に浴びせる不躾な視線。

 彼らは、少女のあまりに精霊めいた美貌のために、手を出すことこそしないが、他所者に向ける不審の表情を隠しもしない。

 後ろを歩くカジェたちの存在に気付き、これが契約祭の試練であると――つまりこの少女が他国の姫君なのだと理解すると、その顔はより苦々しいものになった。


 顔立ちや肌の色からヴァイツ人だと判断するや、皆口々に『なにしに来やがった』『俺たちのことを見下しにきたのか』などと囁き合う。

 なかには聞こえよがしに、『出て行けよ、帝国の雌豚め』と罵る者もいた。


 カジェは、立ち止まった少女に合わせて歩みを止めながら、小さく呟いた。


『……あの子、スラングがわからなきゃいいね』

『カジェ?』

『別に、傷ついてほしくないとか、そういうんじゃないけど。……豚を日々の糧にしてるってのに、雌豚なんて罵り言葉を使う馬鹿が仲間だなんてさ、恥ずかしいじゃないか』


 日々の糧。

 その言い回しに、少女の影響が残っていることをスーリヤは悟った。

 しかし、なにも言おうとはしなかった。


 彼女はちらりと、頑固者の姉貴分を見やり、次いで道脇でぼうっと佇む少女を見つめる。

 大声を上げれば聞こえるが、小さな励ましなど、けして届かぬ距離にいる、少女。


『……倒れなさんなよ』


 スーリヤは、上等なお仕着せのローブの下で拳を握り、一刻も早くこの「試練」などというクソな行為が終わるのを祈った。





『エランド、いい……』


 レオは感動の中にいた。


 その感動のままに少々鼻息を荒げつつ、そんな自分に気付いて、落ち着くために、は、と小さく息を漏らす。


 なんかメジャーな観光地でもあんのかな、と地図に従い歩くこと数時間。

 彼は今、そんなものより数段素晴らしいものに出会ってしまった。


 レオの目の前に広がっているのは、いわゆる貧民街。

 道は狭く家はひしめき合い、上等とはいえぬ職に就いた人々が、むき出しの太陽のもと労働に勤しんでいる。

 辺りには家畜の匂いも漂っていたが、これはレオに嫌悪よりも、懐かしさを感じさせていた。


 懐かしい。

 そう、ここは、レオの故郷である下町の様子に、通じるものが多かったのである。

 それでありながら、家々に使われた美しいモザイク様のタイルや、掛けられた精霊布というのが、なんともエキゾチックで、たいそう魅力的だった。


(この、人口密度高い感じとか、「優雅? なにそれ売れるの?」って感じでせっせと働いてる感じとか、いかにもで、いいよな。唯一違うのは、肌の色と――この日差しくらい?)


 そうしてちょっとだけ太陽を見上げる。

 ヴァイツとは異なり、さんさんと祝福を降り注ぐ太陽は、上空にあって強い異国情緒を演出してくれていた。


(日差しは強いし、この生っちろい肌はすぐにヒリヒリ悲鳴を上げるんだけど、暑さ自体は不快じゃねえんだよな)


 この巫女の装束は、さすがエランド様式なだけあって、陽光から肌を守ると同時にたっぷりの風を含み、なかなか快適なのである。

 ヴァイツのドレスだと蒸れて仕方なかったが、これならばなんら問題ない。

 むしろ、暑さでいえば、燻製工房でバイトをしたときのほうがヤバかったので、このくらいは屁の河童であった。


(それに、酒場でバイトしてたときに、店のおっちゃんが言ってたけど、汗をかくくらい暑いほうが、エールはよく出るんだよな。だから店では窓を閉め切って、わざと暑くしてるって)


 汗をぬぐい、掌に残った雫をじっと見つめる。


 ということはつまり、これは、人々の財布を緩める魔法の水だ。

 昨日からこちら、ずっとホルモン焼きをプロデュースする方法を考えていたレオにとって、これは大いなる発見であった。


(やっぱ、あの料理をヴァイツに持ち込むんじゃだめだよな。内臓は新鮮じゃないといけねえし、なによりこの、暑くてがんがんエールを飲みたいぜ! って環境じゃねえと)


 照りつける日差しのもと、泡のはじけるエールをごくごくと飲み干し、その合間に、かりっと焼けたじゅわうまの内臓を頬張る。これだ。これが秘訣だ。


 となると、料理をヴァイツに持ち込むより、ヴァイツ人をエランドに連れ出すことを考えねばならない。

 とはいえ、エランドはすでに、宗教的聖地として観光ビジネスは開拓されきっている感があり、そこがネックだと思っていたのだが――


(あった。あったよ、最後の未開拓地が。下町ツアーという観光ビジネスの芽が……!)


 レオは己のひらめきの素晴らしさに、自分で自分をほめてやりたくなった。

 エランドはもともと精霊の最初の土地として、敬虔な貴族や上層市民が、巡礼場所として赴くことが多い。

 その食事の上品さや、建造物の美麗さなどもあいまって、「優雅と洗練の都・エランドをめぐる三泊四日」みたいなコンセプトの旅は、掃いて捨てるほど存在するのだ。


 しかしレオが新たに提案しようとしているのは、全く異なる旅のスタイルだった。


 ターゲットは、陣の普及などによって今後ぐんぐん豊かになるであろう、中層から下層の市民。

 彼らに、肩ひじ張らず、等身大で刺激たっぷりの、親しみやすいツアーを提案する。


 まず、宿泊するのは、高級な宿場ではなく、エランド各所に点在する教会。

 レオが泊まる聖堂のように、日当たりが悪く涼しい部屋は、きっと暑さに不慣れなヴァイツ人を癒してくれる。


 そして食べるのは、お上品なエランドの宮廷料理などではなく、ホルモン焼きをはじめとしたB級グルメ。

 この力強く新鮮な味わいのする料理を、異国情緒たっぷりの太陽のもと、ガツガツとエールを煽りながら頂く。

 快適なエランド様式の衣装をレンタルしたら、さらに盛り上がること請け合いだ。


(聖堂や聖地みたいな、観光の目玉には乏しいかと懸念してたけど、この分なら、そんな心配しなくてよさそうだしな!)


 レオはにんまりと笑みを浮かべ、改めて下町の様子に見入った。


 ヴァイツではお目に掛かれぬ、極彩色の糸を編み上げる女性たち。

 鮮やかなタイルを幾何学模様に組み合わせる子どもたち。

 ただ肉を切り取るのとは違い、内臓まで丁寧に仕分ける、凄腕の男性たち。

 ここには、ヴァイツにはない美と技術が溢れている。


 きっとヴァイツ人は、精霊布やタイル飾りを爆買いしたがるであろうし、見慣れぬ内臓料理も、ライブで食べれば感動もひとしおであろう。


 家畜の匂いがやや気になるところではあるが、こんなもの、リヒエルトの下町に比べたら、それこそ屁でもない。

 おそらくは、家畜のえさや、糞の処分方法がヴァイツとは異なるのだろうと思われた。


(なんつーか、民度が高いんだよな、全体的に。きれい好きっつか、意識高いっつか。ごみは道に撒かずに脇にまとめてるし、肉はどの軒先もきれいに吊るしてるし、内臓も捨てるんじゃなくて、調理しちゃうし)


 人の性格だって、リヒエルトの獰猛とも表現できる下町根性とは大違いだ。

 たとえば東地区で他所者がきょろきょろ歩いていたら、出会って三秒でつるし上げられ、有り金すべてむしり取られるところだが、ここの人たちは不審そうにこちらを見つつも、一向に手は出してこない。


 罵り言葉を叫んでいた人くらいはいたが、彼だって周囲に「精霊の言葉でそんなこと言っちゃうの」「ドン引き」みたいな視線を浴び、しゅんとしていた。

 ちょっと感動するくらいの道徳心の高さである。


 そう。

 エランドの下町以外を知らぬカジェたちは、その環境を劣悪だと思っていたが、下にはさらに下がいる。

 生粋の肉食系で、狩猟民族であるヴァイツの下町のほうが、よほど衛生的にも人道的にも過酷だったのである。


 そんなわけで、


「ああ、カー様……!」


 レオは先ほどから続く感動と感心のあまり、とうとう手を組み、カールハインツライムント金貨に感謝を捧げた。

 昨日の内臓料理、そして今日の下町観光が連続していたからこそ、守銭道(しゅせんどう)半ばの自分にも、こんな複合的なビジネスを思いつくことができた。これも、きっとカー様のお導きに違いない。


(なんか、エランドに来てからいろいろ巡り合わせがいいよな。やっぱ、いるんじゃねえのかな、金の精霊様が)


 そんなことまで考える。


 光の精霊になどは全然興味もなかったが、もし金の精霊様がこの地にいるというならば、ぜひお会いして、祈りのひとつも捧げてみたかった。


 と、いきなり祈りだしたレオにぎょっとしたのか、道の端に屈みこんでいた少年が『わ!』と小さく悲鳴を上げる。

 彼はそれこそゴミ捨ての最中だったらしく、生ごみのようなものを詰めた小さな箱を脇に抱えていた。


 ばちっと目が合ってしまい、レオは咄嗟に笑いかける。

 すると少年は、瞬時に顔を真っ赤にし、次いではっと我に返ったように周囲を見回すと、やがてこちらを警戒するような目つきになった。


『……なんだよあんた、ヴァイツの巫女が、どうしてこんな下町に来てんだよ。俺たちは見世物じゃねえぞ!』

『いえ……』


 どうも、触れる者すべて傷つけないと気が済まない、ギザギザハートなお年頃らしい。

 が、鋼のメンタルを持ったレオは、そんな少年に噛みつかれても屁でもない。

 それよりもずっと気になることがあった。


 少年が手にしているごみの箱。

 そして、彼がごみを捨てようとしている道の脇のごみ集積所。


 どうもそこには、金貨にも似たオレンジ色の光を跳ね返す、なにか気になるブツが混ぜ込まれていたのである。


(なんだろ……果物の皮か? 爽やかな香りがする。おかげで、生ごみの臭いがまったく気にならねえ)


 先ほどから、こんなに暑いというのに、ごみや糞、屠殺した肉の臭いがあまり気にならないというのが不思議だったのだ。


 これはもしや、下町の知恵というやつなのだろうか。

 もしそうなら、ぜひ作り方を教えてほしい。

 強力な天然消臭剤ならば、内臓料理や下町ツアーをプロデュースする際に重宝するだろうし、ヴァイツ国内でもきっと売れる。


 金覚がきゅぴんと発動したその感触を信じ、レオは「あんたたち、生ごみになにを混ぜてるんですか」と尋ねようとしたのだが――


『あの、見世物とかではなく、あなたたちは、生ごみ――』

『俺たちが生ごみだって!?』


 途中で遮られたうえに、なにやらひどい誤解をされてしまった。

 なんとせっかちな少年か。


『いえ、そうではなく――』

『はっ、ざけんなよ。見た目だけはおきれいでも、性根の腐りきった貴族連中め。いいか、生ごみはおまえらのほうだ。おまえなんて、こうしてやる……!』


 言葉とともに、少年はレオをごみの山に突き飛ばした。


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