ふと、目にする情景に既視感を感じる。

始めてこの郷に降り立った時。
草原を越えて人里にたどり着いた時。
迷い込んだ外来人の世話役として里の旧家である稗田家に招かれた時。
巨大な書庫、古びた書式で書かれた幻想の世界の物語を読んだ時。
外来人の中で私だけ逗留が長引き、当主である稗田阿求と親しく親交している時。
季節の移ろいを隅々まで手入れされた庭園と共に眺め、彼女の淹れたお茶を楽しむ時。
彼女の話し相手、そして助手として稗田家に仕える事が決まった時。
楚々として、それでいて細々とした彼女の気遣いや世話に痛み入った時。
彼女との付き合いが里の中で公然となり、周囲も当然として迎え入れた時。
彼女の部屋に招かれ、彼女の好意を告げられそれを受け入れた時。
夫婦となり、初夜の閨で身も心も結ばれた時。

「どうしました、あなた?」

そう、こうして二人で水入らずで過ごす時も。
かつて、そうして来たんじゃないかと思えるほど、既視感を感じる。
少し不安げな面持ちの妻の頭を優しく撫で、私はこう安心させるように言った。

「大丈夫さ、ただ、こんな幸せな生活を以前過ごした様な気がする……そんな気がしただけなんだ」



◯◯が所用を思い出し屋敷から出た後、ただ一人座敷に残った阿求の前に隙間が開く。

「あれは思い出したのでしょうか?」
「あれは既視感というものね。彼の魂に代々刻まれた記憶。貴女と連れ添ってきた記憶」
「私ははっきり覚えていますよ。初めてあの人と出会ってから何度も何度も出会いと別れを繰り返したのを」

広げていた扇子を閉じ、女は妖艶な笑みを浮かべた。

「でも、殆どの場合、彼は外の世界で生を受ける……貴女は郷から出る事は出来ないし許されない」
「ええ、ですから貴女に協力をして頂いている。あの方の転生先を見つけ……この郷へ偶然を装って送り込む」
「その見返りとして貴女は稗田の当主として転生を繰り返しこの幻想の郷を維持する為の助力をする」

阿求の顔にも笑みが浮かんだ。
その造形に似合わない、執着と歪みに満ちた笑みが。

「いずれは、あの人が転生を経ても記憶が残るようになって欲しいですね。
 例え世界が隔てても、あの人は必ず私の元に来て私と添い遂げるのが道理だとあの人に知って欲しいのです。
 あの吸血鬼の言葉じゃありませんが、これは◯◯さんと私の運命なんだって」

稗田阿求は、二人の魂が転生し続ける限り続く、出会いと別れに思いを馳せた。
最終更新:2013年10月22日 14:50