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台本11冊を入手 五輪開会式“崩壊” 全内幕 計1199ページにすべての変遷が

「週刊文春」編集部

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7月18日バージョンの台本
7月18日バージョンの台本

 演出責任者の相次ぐ交代など迷走を重ねた五輪開会式。今回入手した11冊にも及ぶ台本には、その過程が詳らかに記されていた。なぜ、どのようにして、開会式は“崩壊”していったのか。小誌だけが書ける全内幕――。

 そのセレモニーは、新国立競技場に1台のバイクが颯爽と走ってくるシーンから幕を開けるはずだった。大友克洋氏の漫画『AKIRA』の主人公の愛車、赤いバイクだ。会場に映し出されるカウントダウンの数字。ゼロになると、中央のドームが開き、ステージに3人の女性が姿を見せる。Perfumeだ。会場には、彼女たちをプロデュースする中田ヤスタカ氏の書き下ろし楽曲が流れている。

Perfumeの出演は幻に終わった
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 精魂込めて作り上げた210分間のステージが、全世界の人々を虜にし、アスリートたちの背中を押していく。演出振付家・MIKIKO氏と彼女が率いてきたチームにとって、東京五輪の開会式はそんな晴れ舞台となるに違いなかった。

演出責任者だったMIKIKO氏

 ところが、7月23日の夜8時に始まった実際の開会式は、MIKIKO氏が思い描いてきたものとは、全く別物になっていた。

 彼女たちの演出案を間近で見てきた五輪組織委員会中枢の一人は、小誌の取材にこう漏らすのだった。

「どうして、こんなことになってしまったのか……」

 演出責任者が次々に交代するなど、異例の経緯を辿った五輪開会式。その混乱は直前まで続いていた。

「本番4日前の7月19日に、作曲担当だった小山田圭吾氏が過去に“障がい者イジメ”を自慢するような発言をしていたとして辞任に追い込まれた。さらに7月22日には、ショーディレクターとして演出を統括していた小林賢太郎氏も、過去にコントでホロコーストを揶揄していたことが発覚し、解任されてしまったのです」(五輪担当記者)

“障がい者イジメ”が発覚した小山田氏

 東京五輪が掲げるメッセージを世界に打ち出し、アスリートが一堂に会する舞台だったはずの開会式。最高の演出を実現するために、多額の税金も投じられてきた。開閉会式などの予算は招致段階では91億円だったが、19年時点で130億円に増大。延期に伴って予算は増額され、165億円まで膨らんでいる。

「組織委の橋本聖子会長らは開会式が終わったことに安堵していますが、一件落着でいいはずがありません。実際には演出は迷走に迷走を重ね、予算も時間も浪費され、多くの人が傷ついた末に本番を迎えてしまったのです」(政府関係者)

組織委の橋本会長

MIKIKO案での森山未來

 問題の根底には一体、何があるのか。小誌は今回、多くの関係者を通じ、昨年4月から今年7月にかけて作成された開会式の台本11冊を入手した。計1199頁に上る膨大な資料。そこから浮き彫りになったのは、開会式が“崩壊”していく一部始終だった――。
 

 
 
 
 

「本来なら、この台本で本番を迎える予定でした」

 そう嘆くのは、MIKIKOチームの関係者。19年6月3日、能楽師の野村萬斎に代わり、演出責任者に起用されたのが、MIKIKO氏だった。

「この時点で、中身は全くの白紙状態。しかし、チームの総力を結集し、演出内容やキャスティング、衣装プランなどを固めていったのです」(同前)

 それらをまとめたものが、IOCにもプレゼンした昨年4月6日付の台本だ。タレントの渡辺直美が「かっこよすぎ」と絶賛し、IOCのセレモニー担当者も「よくここまで作り上げた」と評価した“幻の開会式”。小誌4月8日号でも一部を報じたが、その完全版を改めて紹介しよう。

NY在住の渡辺直美

 冒頭で触れたように、会場に赤いバイクが颯爽と走ってくるところで幕を開ける。Perfumeがステージ上でパフォーマンス。プロジェクションマッピングを駆使し、東京の街や張り巡らされた地下鉄の路線が次々浮かび上がる。

舞台上でダンスを披露する3人組。東京五輪開会式では決して見られなかったシーンだが……

 ワイヤーフレームで作られた車で登場するのは、ダンサー兼歌手の三浦大知。映し出された三浦の顔が徐々に木の根へと変貌し、会場中に広がった根は巨木となって空へ向かっていく。

 樹木の生命力そのままに女優・土屋太鳳と、世界的ダンサーの辻本知彦が舞う。茶室の形をした光るフレームにあわせて踊るのは、こちらも世界的ダンサー・菅原小春だ。

世界的ダンサーの辻本知彦氏や、朝ドラ女優の土屋太鳳も開会式に登場する予定だった

 会場に現れた「ネオ東京」で跳躍するのは、ダンスユニット・東京ゲゲゲイ。フィールドには、大友氏が新たに描き下ろした「ネオ東京」も映し出されていく。

 鈴の音とともに、会場の中央をスポットライトが照らす。光を浴びるのは俳優・森山未來。森山が舞うと、その動きにあわせて、周囲の空間に映し出された幾何学模様が波を打つ。

MIKIKO時代には、光っている杖を使ったパフォーマンスが予定されていた森山未來

 64年大会の競技映像を振り返り、渡辺直美が「READY?」と合図を送る。女性ダンサーたちが、ひとりでに走る光る球と呼吸をあわせて舞う。

 世界大陸を模したステージの合間を各国のアスリートが行進。天皇の挨拶が終わると、ステージが世界大陸から鳩のフォルムに。空からは、鳩を象った無数の紙飛行機が降ってくる。

 競技紹介は任天堂の宮本茂代表取締役が監修し、スーパーマリオやインベーダーゲームのキャラクターのCGが盛り上げていく。

ピクトグラムだった競技紹介は、最先端のコンピューターグラフィックスも駆使した演出に

 ステージは巨大な聖火ランナーの形へと三たび変化し、その周りをランナーが走る。最終ランナーがステージの心臓部に火を点けると、ステージを縁取るように花火が上がり、そびえ立つ聖火台が燃え盛る――。

「この企画案の特徴は、最新のテクノロジーと人間の身体表現とを絶妙に融合させていること。『コロナ前に作ったものだから派手にできた』と言われるかもしれませんが、そういう次元のものではありません。シーンの1つ1つが丁寧に作り込まれ、生命が吹き込まれている。一度で良いからホンモノを見て頂きたかった……」(IOC関係者)

表紙に〈Confidential〉の文字

 ところがこの僅か1カ月後の昨年5月11日、MIKIKO氏は、電通代表取締役で「五輪事業を仕切ってきた」(電通関係者)髙田佳夫氏らによって“排除”されてしまう。代わりに責任者に就いたのが、髙田氏と電通同期のCMクリエイター・佐々木宏氏だ。

「衣装や舞台装置の準備を進めていたMIKIKOチーム案を再び白紙に戻したことで、億単位の費用が無駄になりました」(同前)

 そしてこの後の台本では完成していた企画案が無残に切り刻まれ、MIKIKO氏は絶望してしまう。

「昨年8月18日、佐々木氏はMIKIKO氏を呼び出し、現状の案を説明しました。が、それは彼女の案を切り貼りしたものだったのです」(同前)

 実際は、どういう内容だったのか。昨年10月4日付の構成案を見てみよう。表紙には、佐々木氏の名前や古巣である電通のクレジットが掲載されている。

〈点→線→面→立体→空間→時間〉と、ザックリとした構成が冒頭に記されている企画案。そこには『AKIRA』の演出も描かれていた。MIKIKOチームはオープニングで使用していたが、佐々木氏のプランでは後半へと移行。主人公役に想定されているのは、俳優の菅田将暉だ。

 前出のMIKIKOチーム関係者が憤る。

「確かに、主人公を菅田君に、という案はMIKIKO時代にも上がっていました。しかし主人公が乗るバイクは特殊な改造がされ、会場を実際に走るのは危ない。運転に長けた専門のキャストに任せようという結論になりました。ところが佐々木氏は一度やった議論を蒸し返した上に、開会式のストーリーを全く無視した形で企画を切り貼りしています」

 さらにレディー・ガガが赤い帽子をかぶってマリオの土管に入ると、同じ格好の渡辺直美に入れ替わるというサプライズ演出も描かれていた。ただ、佐々木氏の思い付きに留まっているのか、レディー・ガガの箇所には〈やってくれたらの話です〉と断り書きが記されていた。他方で、任天堂が監修していた競技紹介はこの頃から、ピクトグラム隊による〈コメディパフォーマンス〉に変わっている。

昨年10月時点の佐々木氏案にはレディー・ガガと渡辺直美が

 それだけではない。〈その他の案。〉として記されているのが、木材を使った五輪マークの周囲を火消しの男性たちが取り囲むイラスト。さらにフィナーレを飾るのは、歌舞伎俳優・市川海老蔵と野村萬斎だ。

森氏が強く推した市川海老蔵

「いずれも“政治案件”です。江戸文化である火消しは、小池百合子都知事がMIKIKO時代から、演出チーム側に『演出に入れて。絶対よ』と求めていました。都知事選で、火消し団体の支援を受けた“恩返し”の意味もあるのでしょう。一方、海老蔵は、組織委の森喜朗会長(当時)が『マストで』と押し込んできた案件。本番でも披露された『暫(しばらく)』の演目と衣装は、当時から指定されていたものです」(組織委関係者)

 ただ、あくまで中身を優先しようと考えていたMIKIKO氏は、火消しと海老蔵という“政治案件”は、思い描く演出内容に合わないと頭を抱えていた。実際、昨年4月6日付の台本からは、両者が外れている。

「ところが、佐々木氏はそれらをあっさり復活させました。“政治案件”も巧みに捌き、利益を最大化する電通出身者らしいやり方です。アイデアの盗用をはじめ、佐々木氏や電通の不誠実な対応を許せなかったMIKIKO氏は昨年11月9日、組織委に辞任届を提出しました」(同前)

 それから約1カ月後の昨年12月8日版の台本。ここから紹介する台本には全て表紙に〈Confidential〉の文字が刻まれている。

「竹中も許されないと考えて」

 有観客開催なら“前座”として行われるはずだったプレショーのMCには、芸人の山口智充とタレントのSHELLY。オープニングでエアロバイクを漕ぐ女性には、元AKB48の秋元才加の名前が記されている。12月21日版では大工の棟梁役で、俳優・松重豊の名前も新たに登場した。

 ところが、キャスティングは難航したようだ。年明けの今年1月19日版の台本になると、エアロバイクを漕ぐ女性から秋元の名前が消え、代わりに、

〈稲村亜美が良さそう(イモトもいいが)→スケジュール軽アタリ〉

 と、軽い調子のメモが付記されている。稲村は「野球女子」で知られるタレント、イモトは芸人のイモトアヤコだろうか。

 だが、キャスティング調整をしていた最中の3月18日、佐々木氏が侮辱演出案を巡る問題で責任者を辞任。ここが“MIKIKO氏排除”に続く2つ目のターニングポイントだった。

 組織委幹部が指摘する。

「組織委から開会式の業務委託を受けていたのは、電通でした。予算や進行などの実権は電通が握っていた。ところが、髙田氏や佐々木氏がMIKIKO氏を外していく過程が明るみに出たことで、電通が一歩引く態勢とならざるを得なくなりました。代わりに寄り合い所帯の組織委が仕切ることになったのですが、人選など全て演出チームに丸投げで、今度はガバナンスが効かなくなったのです」

 佐々木氏に代わって責任者に任じられたのが、後にホロコーストを揶揄した問題で解任される小林氏だ。

「サブカル界では有名だった小林氏は昨年8月、佐々木氏から『開会式を手伝ってほしい』と持ちかけられ、承諾しています。昨年12月23日にMIKIKO氏らが中心だった演出チームは正式に解散しましたが、佐々木氏や小林氏は新しい演出チームに残った。そうした流れもあり、小林氏が演出を統括することになりました。こうしたサブカル人脈の中で“渋谷系”の代表格、小山田氏の作曲担当での起用も決まっていきます。ただ、小林氏はダンスパフォーマンスの経験に乏しい。なかなか演出ビジョンが定まらず、精神的にもかなり追い詰められていました」(演出関係者)

解任された小林氏(左)は、佐々木氏が引っ張ってきた

 残り1カ月を切った6月27日付の台本。この段階では『AKIRA』の演出は無くなり、プレショーのMCも山口とSHELLYから、フリーアナウンサーの平井理央へ変更。が、無観客開催が決まり、翌月にはプレショーの企画は消滅する。一方で〈森山未來さんによる追悼パフォーマンス〉は〈構成調整中〉と注意書きがあり、ギリギリまで調整が行われていた。

 そして本番5日前、7月18日付の台本。表紙には〈IMAGINE尺確定〉〈栄誉賞VTR 尺確定〉〈国歌斉唱 TC微修正〉など前台本からの変更点が記され、完成形へと近づいていく。だが、この翌19日に小山田氏が辞任、さらに3日後の22日に小林氏が解任されてしまうのだ。

 さらに――。

「公表されていませんが、本番直前に『第二の小山田』とも言える著名人が出演を辞退しているのです」

 そう明かすのは、開会式関係者の一人だ。

「本番では大工の棟梁役を元宝塚女優の真矢ミキが演じましたが、21日に行われた通しリハーサルでは、棟梁役は真矢と、俳優の竹中直人の2人でした。もともと松重の起用が検討されていた役どころです。竹中はノリノリで大工たちを盛り上げ、図面を見ながら指示を出す演技をしていた。ところが小林氏が解任された22日、竹中も辞任を申し出たのです」(同前)

大工の棟梁役で登場した真矢ミキ(NHKより)

 彼に何があったのか。別の組織委関係者が続ける。

「小山田氏の問題が発覚してから、組織委は慌てて開会式スタッフの“身体検査”を行いました。それに引っかかったのではないか、と。実際、竹中は85年に『竹中直人の放送禁止テレビ』というオリジナルビデオを発表していますが、障がい者を揶揄するようなコントを演じているのです」

 ビデオは内容が過激だったために、版元が自主回収したとされているが、小誌は独自に内容の一部を確認した。映像には、信号機のメロディを頼りに横断歩道を渡る視覚障がい者のモノマネか、竹中をはじめとした一行がリズミカルに白杖を振り回し、笑いを取る場面が収められている。屍姦四十八手として、竹中が死体を模したセーラー服姿のマネキンに様々な性的いたずらをするコントもあった。

 小誌は7月25日、竹中に声を掛けたが、

「事務所を通して下さい」

 と語るのみ。事務所に事実確認を求めると、マネージャーが取材に応じた。

竹中直人も本番2日前までは……

「『放送禁止テレビ』が原因で辞任したのは事実です。小山田さんの問題が浮上した時、竹中本人から『36年前にこういう作品に出演している』と連絡があり、辞退したいと申し出てきた。ただ、この作品では竹中は演者。企画者でもプロデューサーでもないので、私は『予定通りお願いします』と。しかし小林さんが解任された際、コントでの言動が問題になった。これでは竹中も許されないと考えて、竹中から組織委に申し入れ、承認されました」

 この作品を巡っては、過去にも抗議を受け、竹中が障がい者団体に謝罪に行ったこともあったという。

森氏が強く主張した松井秀喜

「契約上はリハーサルに出た日数の日当はもらえると思いますが、こちらとしては、リハの報酬は受け取らない意向です」(同前)

 混迷を極めた末に迎えた7月23日の本番。小山田氏が担当していた冒頭の4分間は、別の曲に置き換えられたが、小林氏のカラーは随所に残っていた。

「劇団ひとりのコントやなだぎ武によるテレビクルーの寸劇がありましたが、いずれも小林氏テイスト。なだぎは、小林氏が作・演出を手掛けるコント公演にも出演している。劇団ひとりについても、発売中止になった開会式のパンフレットで、小林氏が『懐かしい友人』などと紹介しています」(前出・演出関係者)

 かたや花形の一つ、入場行進では「ドラゴンクエスト」など、世界的に有名なゲームの楽曲が19曲流れた。だが、6月16日付の〈MUSIC LIST〉の選手入場の項目を見ると、本番で流れなかった5曲の曲名が記されている。「ゼルダの伝説」のメインテーマや「スーパーマリオブラザーズ」のスーパーマリオ組曲、「ポケットモンスター」のオープニング……共通点はただ1つ、「任天堂ソング」ということだ。

マリオやゼルダなど任天堂ソングも

「MIKIKOチームでは競技紹介を任天堂に監修してもらいましたが、代表取締役の宮本氏は自ら本社のある京都から毎週のように上京し、会議を重ねていました。しかし佐々木氏に実権が移った後、彼は競技紹介をあっさりピクトグラムに変えた。そのことには、任天堂側も複雑な思いがあるのでしょう。結局、本番直前で任天堂の曲は全て外されました」(別の電通関係者。任天堂は「当社は回答する立場にございません」)

 そんな中で、多くの国民が驚いたのが、ドローンによる演出だろう。

「夜空に浮かぶ1824機のドローンが、一糸乱れぬ隊列で五輪のエンブレムから地球に変化するパフォーマンスを見せた。全体的に評判が芳しくない開会式で『地球ドローンだけは良かった』という声も出ています」(前出・記者)

本番で披露された地球ドローン

 ところが――。

 MIKIKO時代の演出を知るスタッフが訴える。

「あれはMIKIKO体制の時に、テクニカルチームが苦労して作り上げた演出の“パクリ”。それを、今の演出チームは断りも無く流用しているのです」

MIKIKOチームの地球ドローン

 ドローンのパフォーマンスは、五輪のスポンサーでもある米インテル社が全面的に技術協力している。

「MIKIKO時代のテクニカルチームは、インテルのドローンチームと打ち合わせをするため、彼らの拠点であるドイツに渡航したりもしました。今の技術力でできることは何か、試行を繰り返して演出プランを完成させた。単にドローンのパフォーマンスだけでは、インテルの技術発表会になってしまう。そこで、MIKIKOチームでは会場でのプロジェクションやAR(拡張現実)と連動させる演出を考えていました。それを、本番ではドローン演出だけ“つまみ食い”しているのです」(同前)

 様々な案が浮かんでは消え、アイデアがつまみ食いされ、クリエイターたちが傷ついていく中で、最後まで残ったのは、小池氏の火消しと森氏の海老蔵。2つの“政治案件”だった。

「開会式のクライマックスである最終聖火ランナーは、プロテニス選手の大坂なおみでした。ただ、彼女が選出された過程にも、政治やIOCの影が色濃く出ています」(別の組織委幹部)

大坂なおみ

 実は、今年2月までは別の人物が最終聖火ランナーの予定だった。

「本番でも走った王貞治氏、長嶋茂雄氏、松井秀喜氏の3名です。長嶋氏については演出チーム側も推薦していましたが、松井氏の場合は、地元・石川県で彼の後援会の名誉会長を務めた森氏が強く主張し、候補者リストに入りました。ところが、森氏が“女性蔑視”発言で組織委の会長を辞任したことで状況は一変。今度は、IOCが掲げる『多様性と調和』を体現する存在として、大坂に白羽の矢が立ちました。本人に打診したのは、森氏の辞任から間もない3月です」(同前)

聖火ランナーを務めた王、長嶋、松井の3氏

 大坂の直前には、被災地の子どもたち6人が走ったが、「復興五輪」の象徴として彼らを最終ランナーにする案はなかったのか。

IOCが拒否した「復興五輪」

「IOCは以前から演出側に『世界で困っているのは、東北だけではない。特定の震災を限定的に取り上げるのはダメ』と伝えていました。MIKIKOチームの演出には当初、黙祷シーンも入っていましたが、これもIOCから『外せ』と指示を受けた。それほど、IOCは復興五輪には否定的だったのです」(同前)

 一方で、IOCが挿入を強く求めてきた点もあった。

「本番でも、開会式のストーリー展開を寸断するように流れた『Imagine』はIOCの強いリクエスト。18年の平昌五輪の時にIOC側が『今後はImagineを必ず開会式で流したい』と言い出し、今回の演出チームはこの要望を受け入れました。結果、演出としての作品性や復興五輪などの理念よりも、IOCや政治家など発言権が大きい人たちの意向に沿った開会式となったのです」(同前)

 開会式から3日後の7月26日。ドローン演出の“パクリ”や竹中の辞任など一連の問題について、組織委に確認を求めたが、期日までに返事はなかった。

 MIKIKO氏の排除に関与し、小林氏らを演出陣に加えた佐々木氏に開会式の感想を尋ねたところ、

「はい、見ました。あとは、お答えできません」

 では、本来、開会式を万感の思いで見つめていたはずの人物――MIKIKO氏は今、何を思うのか。彼女の携帯を鳴らすと、言葉少なにこう語るのだった。

「お話しできることは何もありません。今は直近のライブに向けて、全力で取り組んでいます」

 東京のため、アスリートのため、最高の演出を目指したはずのクリエイターたちが蔑ろにされ、最後までIOCや政治家、電通の要望ばかりが優先された開会式。MIKIKO氏は昨年10月16日、電通幹部らにこんなメールを送っていた。

〈このやり方を繰り返していることの怖さを私は訴えていかないと本当に日本は終わってしまう〉

 アスリートが敗北から立ち直るように、この失敗から我々も学ばなければ、彼女の言葉は現実のものになりかねない。

source : 週刊文春 2021年8月5日号

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