348.兄上と名乗り
応援と共に、グッズリクエストを頂いた皆様、ありがとうございます!
魔導具師ダリヤのグッズとレーベルイベントのお知らせを活動報告(2021年8月7日)にアップしました。
よろしければご覧になってください。
ヴォルフはダリヤを王城の馬場まで送ってから、魔物討伐部隊棟に戻った。
ダリヤはこれから商業ギルドへ行き、イヴァーノと打ち合わせがあるという。
自分もまだ鍛錬の時間が残っていたので、あとは迎えの馬車のメーナに任せることとなった。
少しばかり考えたが、話は早い方がいい。
魔導部隊にいるグイード宛てで、『相談があるので、時間をとってほしい』、そう書いた手紙を王城内の配達人に頼んだ。
鍛錬が終わった夕方、『夜、別邸にて、少し遅くなるかもしれないが、必ず行く』、そう返事が来た。
そうして今、スカルファロット家の別邸の一室、温熱座卓に兄と向かい合っている。
自分の左横では、ヨナスがコーヒーを天板の上に並べていた。
ヨナスにも同席を求めたので、コーヒーも三人分である。
ミルクを入れられたそれはちょうどよい温かさで、緊張した喉を開けてくれる気がした。
「兄上、相談というか、お願いしたいことがあるのです」
「なんだね? ヴォルフの願いならできる限り叶えるよ」
本来であれば、一貴族として、ここでヨナスを養子にすることによる家の利益云々を説くべきなのだろう。
だが、願う相手は兄、そして、その護衛騎士で自分の先生。
回りくどいことはせず、まっすぐに願おうと決めた。
「ヨナス先生に、俺と同じ、『スカルファロット』を名乗らせて頂けませんか?」
「ぶはっ!」
ヨナスが派手にコーヒーを吐いた。
「ヨナス先生!」
「……ヴォ……な……を……」
よほど驚かせてしまったらしい。
げほげほと深い咳をしつつ、何か告げようとして言葉にならない。
あと、横のナフキンでコーヒーを拭いているが、到底足りそうにない。
ヴォルフは自分のナフキンも彼に渡した後、グイードに向き直る。
兄は身動きどころか
「その……だめでしょうか。兄上……?」
やはり家や立場的に難しいのだろうか? 不安になって問うと、兄がようやく解凍した。
「いや、互いにそうなら祝福するというか、その方法もなくはないが……ヨナス、ないとは思うが……」
「げほ……いい加減にしろ……兄弟でからかうな!」
「からかってなどおりません! 俺は本気です! ヨナス先生であれば、スカルファロットを名乗るにふさわしいと心から思っております!」
「ヴォルフ、悪い冗談を引き延ばすな!」
むせ終えたヨナスに思いきり怒鳴られてしまった。
そんなにだめなことだろうか? ヨナスは子爵家出身、スカルファロット家は伯爵家、今ならば爵位は一つ違いだ。
母がイシュラナの庶民だからなんだというのだ?
ヨナスの剣の腕は高く、長く兄の護衛騎士をしていて、その心根もわかっている。
兄が最も信頼する友でもある。
「本当に冗談のつもりはありません。俺は、ヨナス先生なら、『兄』と呼んでよい方だと思っております」
「そういうことか……うん、そうだね、ヴォルフとしては、素直にまっすぐそう考えてのことだね……」
グイードがこくこくとうなずきつつ、コーヒーに追加のミルクをだばりと入れた。
表面があふれそうなそれを勢いよく喉に流し込んだ兄に、やはり了承は得られないのかと残念になる。
そして左のヨナスを見れば、彼は蛇のように温度のない目で自分を見ていた。
「ヴォルフ、さっきのお前の言葉を、俺が正しく解説してやろう……」
みしり、右肩を骨が鳴きそうなほどに強くつかまれた。
にじり寄られる形になり、近くなった錆色の目が怖い。
「お前はさっき、俺について、自分と同じ、『スカルファロットを名乗らせて頂けませんか?』、と言ったな?」
「はい、ヨナス先生に、スカルファロット姓を名乗って頂きたいと……」
「他家の者に自分と同じ家名を名乗らせて頂けませんか、と当主か上の者に願うのは、一般的に、『自分の嫁か婿として家にもらいたいから、話を進めてください』、という意味だ」
「えっ?」
「例えば、お前がダリヤ先生を嫁にもらいたいときは、『ダリヤ・ロセッティ嬢に、スカルファロットを名乗らせて頂けませんか?』と、お父上であるレナート様に願う。そうすれば、レナート様が婚姻の許しを出し、『ダリヤ・スカルファロット』とするべく、家へ迎え入れるために動いてくださるだろう」
「ええぇっ?!」
ヴォルフは大混乱でコーヒーカップを倒しかける。
だが、グイードがわかっていたかのように腕を伸ばして止めた。
ダリヤ・スカルファロット――以前より耳に馴染んで聞こえる気がする……
いや、待て、俺、そうじゃない。
同じ姓を名乗らせてほしいというのに、そんな意味合いは知らなかった。
貴族の礼儀作法の本にもなかった。アルテアにも聞いていない。
一体いつからそんなことになったのだ?
まだ混乱している自分に、兄が少し困った
「ヴォルフ、これに関してはもう少し頭に入れておいた方がいいね。貴族でなくとも、一族の姓を名乗らせるということは、一族に加えるということじゃないか。独身のお前がそれを言うと、養子より婚姻ととられるのが当たり前だろう? でなければ最初から『養子』という言葉を入れないと」
肩をつかんでいたヨナスが、ようやく席へ戻った。
「俺はお前の婿に所望される可能性は髪の毛の一本どころか、その億分の一もないことはわかっている。だが、お前は間もなく侯爵家の一員だ。こういったことで下手に
「申し訳ありませんでしたーっ!!」
反射的に後ろに下がり、テーブルの天板より頭を低くして詫びた。
知識も考えもなしに誤解を招くことを言ってしまった。
「それで、ヴォルフは、ヨナスにスカルファロットの姓を名乗ってもらうのに、どういう流れを考えていたのかな?」
「兄上に頼んで、ヨナス先生を父上の養子に迎えて頂ければ、『ヨナス兄上』になると思ったのです……」
「ヴォルフが父上に先に願わなくて、本当によかったよ……しかし、『ヨナス兄上』、か……」
兄弟の会話に、ヨナスが飲みかけていたコーヒーを再度ふきかける。
さきほどとは違い、こぼれたのはほんのわずかだが、口元をごしごしと袖でぬぐっていた。
グイードはちらりとそれを眺めると、浅からぬため息をついた。
「残念だよ、ヴォルフ……」
「兄上、いえ! グイード兄様をグイード兄様として大事に思う気持ちに変わりはございません!」
けたり、悲しげだった兄がいきなり悪戯っぽく笑った。
「ありがとう、そう言ってもらえてうれしいよ。ただ、とてもいい提案だと思うが、ヨナスにはもう断られているんだ。弟になるのも、息子になるのも嫌だとね」
「面倒な養子先に入るぐらいなら、金銭を支払って適当な庶民の家から名借りする方法がある。その上で男爵となってから一人家でその名を名乗る。それで済むことだ。しかし、ヴォルフはなぜいきなりこんなことを?」
「その、本日、王城でウロス様とお会いして――」
ヴォルフは本日魔導具製作部長のウロスと会ったこと、そこで『ヨナス・スカルファロット』はどうかという話になったことを告げた。
「ウロス様にからかわれたわけか。侯爵に上がる前に、魔導具製作部長殿と親交を深めるため、お茶にでもお誘いしようかな」
「ぜひそうしてくれ、ゆっくりと」
「その、俺としては真面目な話で……」
グイードは内ポケットから六つにたたまれた紙を取り出した。
ちらりと見えた黒い文字は、魔導ランタンの灯りで赤く光ったように見えた。
「ヨナスの兄上――ハディス殿もヨナスの養子先を探している。希望は伯爵家以上、金貨五十に希望の武具をできるかぎり付けるそうだ。この条件は、私も今日知ったよ」
「家と縁を切ることはすでに伝えているが……」
ヨナスも初めて知ったらしい。眉間に深く皺を寄せた。
「ハディス殿は、ヨナスを私の相談役にさせたいのかもしれないね」
「格のある貴族家で、魔付きを受け入れる家はまずない。それに、どこぞに養子に入れたとして、実家に便宜を図るつもりはない。兄とてそれはわかっているはずだ」
「それでもこうやって動いているということは、誰かに『利』があるのだろう。我々が見えないだけでね」
誰かがどこかで糸は引いている。
けれど、ヨナスにも兄にもまだ見えないらしい。
そんな糸をヴォルフがわかるわけもなく、ただ己の浅さを残念に思う。
「この際だ。ヨナス、真面目にスカルファロット家の一員になることを考えないかい? 当主継承権は出せないが、父に願えばおそらく通る」
「お断りだ。俺はお前の護衛であって、守られる弟になどならん」
実際に兄に守られ、教えられてばかりのヴォルフには、少しばかり耳に痛い。
「私はともかく、ヴォルフに『ヨナス兄上』と呼ばれるんだよ。なかなかいいじゃないか」
「ほう……『グイード兄上!』――、『父上!』――これもよい響きだと?」
情感をこめきったヨナスの二度の呼びかけに、グイードが片眉を上げる。
だが、流石、兄である。その優雅な笑みを崩さなかった。
「……うん、悪くはないんじゃないかな」
ヴォルフは奥歯を噛みしめ、掛け毛布の下、太股の肉を指で
しかし、笑い声は殺せても、肩の震えが止めきれぬ。
「ヨナスなら、かわいい弟として迎えるよ。父に断られたら私の子としてもいい」
「ヴォルフ、場合によっては、お前は『ヴォルフ叔父上』になるわけだが?」
ようやく耐えていたところへ、いきなり話が飛んできた。
ヨナスに『ヴォルフ叔父上』と呼ばれるのは、とても違和感が強い。おかげで肩の震えも止まった。
そして真面目に考える。
ヨナスが兄の養子となった場合、グローリアとは年の離れた兄妹という形になる。
「そうなったときは、俺ではなくグローリアから、『ヨナスお兄様』と呼ばれるわけですね。グローリアは、いい兄ができたと大喜びしそうです」
笑顔で言うと、なぜか二人共に沈黙された。
その後、先に口を開いたのはヨナスだった。
「――なるほど。そうなると俺は血のつながりなしに、『グローリア』と呼び捨てにできる、最初の男になるわけか」
ヨナスのイントネーションが大変におかしい。
「……ヨナス、やはり父上の養子になってはどうだろう? 私はかわいい弟の正しい教育に尽力するよ」
グイードがその青の目を一線にして笑み、テーブルの上の両手をきっちり組んだ。
きらきらと周囲が光り出したように見えるのは、きっと目の錯覚だ。
「お断りだ。お前の養子なら万分の一は考えてもいいぞ」
ヨナスの赤い口元はきれいなV字に、右目の瞳孔は見事に縦となった。
温熱座卓の中にまとわりつくように感じるのはこぼれた魔力か、いや、きっと足の痺れだ。
部屋が急激に冷えてきたのは、今が冬の夜だからにちがいない。
しかし、兄も先生も、いろいろとまずそうなことだけはわかる。
とりあえず、この部屋にこのままいるのは――そう考えてヴォルフは思い付く。
身体を動かして気分転換をすれば、関係改善につながるかもしれない。
「あ、兄上、ヨナス先生! せっかくですので鍛錬を、鍛錬をしに屋敷の裏へ行きましょう!」
「……そうだね」
「……そうだな」
この夜、スカルファロット家別邸裏では、過去最高の高さの火柱が上がった。
(※本邸では奥様が玄関ホールで待機中)
2020.3.8 web版完結しました! ◆カドカワBOOKSより、書籍版23巻+EX巻、コミカライズ版12巻+EX巻発売中! アニメBDは6巻まで発売中。 【//
エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。 しかし、そんな両//
●KADOKAWA/エンターブレイン様より書籍化されました。 【書籍十巻ドラマCD付特装版 2021/04/30 発売中!】 【書籍十巻 2021/04/3//
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//
【R3/7/12 コミックス4巻発売。R3/5/15 ノベル5巻発売。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします】 騎士家の娘として騎士を目指していたフィ//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
異母妹への嫉妬に狂い罪を犯した令嬢ヴィオレットは、牢の中でその罪を心から悔いていた。しかし気が付くと、自らが狂った日──妹と出会ったその日へと時が巻き戻っていた//
◆◇ノベルス6巻 & コミック5巻 外伝1巻 発売中です◇◆ 通り魔から幼馴染の妹をかばうために刺され死んでしまった主人公、椎名和也はカイン・フォン・シルフォ//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
8歳で前世の記憶を思い出して、乙女ゲームの世界だと気づくプライド第一王女。でも転生したプライドは、攻略対象者の悲劇の元凶で心に消えない傷をがっつり作る極悪非道最//
前世の記憶を持ったまま生まれ変わった先は、乙女ゲームの世界の王女様。 え、ヒロインのライバル役?冗談じゃない。あんな残念過ぎる人達に恋するつもりは、毛頭無い!//
★5月25日「とんでもスキルで異世界放浪メシ 10 ビーフカツ×盗賊王の宝」発売!!! 同日、本編コミック7巻&外伝コミック「スイの大冒険」5巻も発売です!★ //
●2020年にTVアニメが放送されました。各サイトにて配信中です。 ●シリーズ累計250万部突破! ●書籍1~10巻、ホビージャパン様のHJノベルスより発売中で//
勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//
◇◆◇ビーズログ文庫様から1〜4巻、ビーズログコミックス様からコミカライズ1巻が好評発売中です。よろしくお願いします。(※詳細へは下のリンクから飛ぶことができま//
アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。 自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//
大学へ向かう途中、突然地面が光り中学の同級生と共に異世界へ召喚されてしまった瑠璃。 国に繁栄をもたらす巫女姫を召喚したつもりが、巻き込まれたそうな。 幸い衣食住//
薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
「リーシェ! 僕は貴様との婚約を破棄する!!!」 「はい、分かりました」 「えっ」 公爵令嬢リーシェは、夜会の場をさっさと後にした。 リーシェにとってこの婚//
【書籍版重版!! ありがとうございます!! 双葉社Mノベルスにて凪かすみ様のイラストで発売中】 【双葉社のサイト・がうがうモンスターにて、コミカライズも連載中で//
貧乏貴族のヴィオラに突然名門貴族のフィサリス公爵家から縁談が舞い込んだ。平凡令嬢と美形公爵。何もかもが釣り合わないと首をかしげていたのだが、そこには公爵様自身の//
働き過ぎて気付けばトラックにひかれてしまう主人公、伊中雄二。 「あー、こんなに働くんじゃなかった。次はのんびり田舎で暮らすんだ……」そんな雄二の願いが通じたのか//
☆★☆コミカライズ第2弾はじまります! B's-LOG COMIC Vol.91(2020年8月5日)より配信です☆★☆ エンダルジア王国は、「魔の森」のスタン//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻した。私、カタリナ・クラエス公爵令嬢八歳。 高熱にうなされ、王子様の婚約者に決まり、ここが前世でやっていた乙女ゲームの世//
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//