コロナ禍で看護師になるということ 歴史的な苦難に立ち向かう医療従事者。中でも常に患者のそばでケアを行う看護師には、大きな負担が掛かっています。コロナ禍で看護師を志す人、育てる人、それぞれの思いを聞きました。
コロナ禍で看護を学んだ1年 「苦しむ人に寄り添って、癒やす人になりたい」
日本赤十字看護大学 1年生(※2021年3月現在) 神﨑 薫子 さん
「脳梗塞で倒れて意識のない祖父に、やさしく声を掛けながらマッサージを続けてくれた看護師さん。彼女のその姿に病室にいた家族全員が癒やされて、私も泣きそうになりました…」
小学校5年生のときに見た光景を振り返るのは、日本赤十字看護大学1年生(取材時)の神﨑薫子さん。その経験から看護師への憧れを抱くようになったが、成長するにつれ、迷いが生じた。
「看護師の仕事がいかに大変か、知れば知るほど、自分にできるのかなって。進路を決めなきゃいけない高校2年生の時に、自問自答を繰り返しました」
迷いが吹っ切れたのは、些細(ささい)なことがきっかけだった。朝の通学途中、目の前を通り過ぎた人が物を落とすのを目撃。それを拾って追いかけ、その人に手渡したところ、「『わぁ、ありがとう!』って、感謝されて。その一言で胸の中が温かくなったんです」。その時、神﨑さんの頭に浮かんだのは祖父をマッサージしてくれた看護師だった。寄り添うことで、患者も、その家族も癒やす。…そうだ、私が幸せを感じるのは、誰かにありがとうと言ってもらえる仕事なんだ。そう確信し、進路を決めた。
看護師になる、そう決意して学業に励んだ高3の冬(2019年12月)。選択している生物の授業で、ある映画を見た。ウイルス感染によって日本全土に感染と混乱が広がる、という内容だった。そのクラスには看護師志望の生徒が複数いたことから、教師が特別に用意したものだった。
「その映画を見たのは中国で新型の肺炎が流行っていると報道され始めた頃で、世界的にコロナが大流行する前でした。生物の先生は、医療従事者を目指す人間の覚悟を問うためにそれを見せてくれたのだと思います。パンデミックという言葉もその作品で初めて知りました。よくできた映画で、ウイルスによって社会はどうなり、感染リスクが高い医療従事者はどんな境遇になるか、リアルに感じることができました」
映画でウイルス感染の怖さを疑似体験した神﨑さん。だが、実際に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こった時、映画をなぞるような社会の変化に驚くとともに「これから自分も、この渦中に入っていくんだ」と冷静だったという。
初めから看護師になる覚悟を持って看護大への入学を果たした神﨑さんだが、入学後の大学の状況は予想外だった。 「入学式もなく、9月に週1日登校するようになるまで友人もできず、オンライン授業で疑問に思ったことを誰かに確認したい、と思っても相手がいなくて…半年は気持ちが晴れませんでした」
その後、登校授業で友人ができ、意欲が高い同級生に囲まれて、日々刺激を受けるようになった。
「オンラインの演習は、対面で行う演習よりも先生と学生のやり取りが明確に聞き取れるので深く学べるという利点があります。ただ、実習ができなかったのは残念で…」
本来ならば、1年生は2週間の病院実習、2年生は5週間の病院実習がある。学生たちは実習の2週間前からアルバイトや外出を控え、感染対策を徹底し、大学もギリギリまで病院と調整したが、感染者数の増加で断念、学内の実習に変更となった。「でも学内の実習は、先生が私たちのために必死に用意されたことが伝わり、心に残りました」と、神﨑さん。
コロナ禍の1年間を経験して、看護師になることに本当に不安はないか、あらためて尋ねてみた。
「不安は少し、あります。妹がぜんそくなので、感染を持ち込む心配がある場合は、家族を守るために家を出なきゃって考えます。でも看護師は、今のコロナ禍で社会に安心を作っている存在ですから、そんな看護師に私も早くなりたい、と思います」
しなやかな心で困難に立ち向かい、その使命を諦めない。頼れる未来の看護師がそこにいた。
緊急事態宣言と共にスタートした看護師1年目
日本赤十字社医療センター 血液内科病棟 兪 智恵 さん
「コロナ病棟(新型コロナウイルス感染症の対応病棟)に勤務する先輩たちの大変さを考えると、申し訳ない気持ちになります」
そう話すのは看護師1年目の兪智恵さん。新人の看護師が新型コロナウイルス感染症の患者を担当することはない。それでも、「担当する患者さんの命にも関わるので、徹底して感染対策をしています」…危機感は人一倍強い。
兪さんは緊急事態宣言が発令されるのとほぼ同時に看護師になった。働き始めた現場はマスクや医療資材が不足し、常に逼迫(ひっぱく)した状況。兪さんは、大学4年の2月から外食や不要の外出を控える自粛生活を続けている。自宅と病院を往復するだけの日々の中で、新人ならではの悩みを抱え、落ち込むことがあっても、離れて暮らす家族には心配を掛けないように話している。
「看護師の国家試験に合格した後、一度は実家に帰りたかった。でも、感染流行で帰郷できず、家族とは2年近く会えていません。仕事の失敗や悩みがあっても発散しづらいです。でも、患者さんに寄り添える看護の仕事はやりがいがあるので」
頻繁な消毒で赤くなった手を握り締めて、兪さんは静かに語った。
看護師の役目として大切な患者家族のケアがコロナ禍でできないことに未消化の思いを抱きつつ、彼女は看護の仕事に向き合っている。
そばにいる。言葉にならない部分もくみ取る。看護の「正解」は、教科書に載っていない。
日本赤十字看護大学 基礎看護学 講師・看護学博士 細野 知子 さん
病院実習は中止、技術を磨く演習もオンラインに。看護学生にとって逆境ともいえる状況を看護大学の細野知子先生は冷静に見つめる。
「実習がないのは確かに痛手です。初めての実習で学生は、つらそうな様子の患者さんになかなか近づけません。どう接していいか分からず、怖いんです。そういう経験を通して、学生は突きつけられます。そこで求められている看護はどういうものか。自分に何ができるのか」
病気や治療のことが分かっても、看護はできない。患者との関係が築けて、その患者が何に困っているかを察知する、そこから看護が始まると、先生は考える。
「高度な技術を身につけて専門性の高い仕事をする看護もありますが、看護の原点は“そばにいること”。そして、看護師が真摯(しんし)に取り組むべきことは『問題解決の先にあること』。例えば大きな手術を終えた患者が、その先の人生をより良く生きるために、看護師はどう支えればいいか。それは教科書に載っていません。今、神﨑さんたちのように高いモチベーションを持った学生たちは、学びが制限されているからこそ、乾いたスポンジが水を吸うように意欲的に学んでいます。教育法にも新風が吹き、看護教育は新たな局面を迎えています」