521 スロー・ウォーカー 4
「じゃあ、引き揚げましょう!」
スロー・ウォーカーから色々と聞いたマイルは、レーナ達にそう告げた。
「このままじゃ、人間……、いえ、ヒト種やその他の種族、動物や植物等、この世界の全てのものが大きな被害を受けます。もしかすると、絶滅するものも出るかもしれません。
しかし私達がこの情報を持ち帰り広めれば、みんなが何が起こっているのかも分からずに混乱して、力を合わせることもできずに魔物に蹂躙されるのを防ぎ、まともに戦えるようにできるかもしれません!」
「……でも、こんな荒唐無稽な話、信じてもらえるでしょうか……」
マイルの言葉に、他の3人の中ではマイルとスロー・ウォーカーの話を一番理解していたらしいポーリンが心配そうにそう言った。
「でも、何もしないよりはマシでしょう! それに、今のスロー・ウォーカーの話だと、みんなが侵入者の侵攻地点……新種の発生場所だと思っているところは、本命の次元の裂け目じゃなくて、その前触れというか、本命の裂け目の安定のためのアンカー、バランサーみたいなものらしいですから、このままじゃ後ろから奇襲される形になるかも……」
マイルは、先程スロー・ウォーカーから聞き出した話から、マーレイン王国、トリスト王国、そしてオーブラム王国の、東方3カ国にランダムに開いていた一時的な次元の裂け目は『調整のための試験』であり、現在長時間に亘って開き続けている裂け目は、これから開くメインの裂け目を安定させるための
そう、
なので、先史文明の人々が残した地下遺跡の多くが、そして古竜の里がアルバーン帝国にあるのだと……。
「とにかく、ここで立ち話をしていても時間の無駄です。とりあえず、帰りながら相談しましょう。
では、スロー・ウォーカーさん、色々とありがとうございました。また、新しい情報が入ったら教えてくださいね!」
『はい。その時は、……管理者様が「メカ小鳥」と呼ばれております個体を向かわせます』
スロー・ウォーカーは、特にマイルからの指示の言葉を求めはしなかった。
以前マイルがあの末端装置やスカベンジャー達に掛けた言葉で充分満足しているのか、それともそのようなものがなくとも、自分がやるべきことをしっかりと認識しているからか……。
「じゃあ、戻りましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってください……」
「え? どうかしましたか、ポーリンさん?」
マイルの帰投の掛け声に、少し蒼い顔をしてそれを制止するポーリン。
「あ、あの、マイルちゃん……。もしかして、私達が
「「あ……」」
……無理。
ポーリン、レーナ、そしてメーヴィスの顔が、それを物語っていた。
下る時でさえ、限界を超えていたのである。なのに、登るのなど、無理に決まっている。
メーヴィスであれば、たくさんの休憩を挟めば、途中で一泊するくらいで帰れるであろう。
……しかし、ポーリンとレーナは、2日目は使い物にならないに違いない。
「あの~、スロー・ウォーカーさん、別のルートは……」
そして、そう尋ねたマイルへの返事は……。
『ない。昇降機やフロートシステムは全て壊れ、最短路も整備用通路も緊急脱出路も、全て埋まっている。現在外部と繋がっているのは、奉仕者達が掘削したルートひとつのみ』
「あ、やっぱり……」
それを聞いて、
「うむむむむむむ……」
これでは、地上に戻るのに3日くらいかかりそうである。
それでは、時間が無駄になるのはともかく、地上に出た後にレーナとポーリンが数日間使い物にならなくなる。
それはちょっとマズいし、ふたりにとってはあまりにもキツい。
メーヴィスは、良い鍛錬になるとでも思っているのか、レーナ達の後ろで屈伸運動などをしているが、レーナとポーリンはそれを絶望に満ちた眼で見ている。
「……う~ん、う~ん……。どうすれば……」
マイルは考え込んでいるが、いい案が浮かばない。
そして、ふと横を見ると、ここまでの護衛兼案内役を務めてくれた、6体のスカベンジャー達の姿が目に入った。
「……これだ! ダブルバスター、これだ~~!!」
……そう、自力での帰投が困難であれば、乗り物に乗ればいいのである。他者に運んでもらえば……。
* *
「そういうわけで、こういうものを作ってみました!」
みんなの前にあるのは、マイルがアイテムボックスから出した木材で適当に作った、
輿というのは、
勿論、
……それが、3台。
「これを、スカベンジャー……、『奉仕者』さん達にふたりひと組で運んでいただきます!」
マイル自身は、自分で歩く。大した負担ではないので。
それに、スカベンジャー達は6体しかいないので、他に方法もない。
ゴーレムがいれば、肩に乗せてもらう、とかいう方法もあるが、いないものは仕方ない。今からわざわざ呼んでもらうのも時間がかかるし、それにロックゴーレムもアイアンゴーレムも、肩に座るのはお尻が冷える上、痛そうであった。
また、視点位置がかなり高くなるため少し怖そうな上、下手をするとでこぼこした天井で頭を打つ可能性もあった。
ゴーレムが歩く速度で天井の出っ張りに頭をぶつければ、多分死ぬ。
なので、運び手はスカベンジャーにお願いするのが無難であった。
「マイル、でかしたわ!」
「マイルちゃん、信じていましたよ!」
「あはは……」
メーヴィスは、輿でも徒歩でもどちらでも構わない、という様子であったが、レーナとポーリンにとっては、死活問題であった。そのため、珍しくマイルに対して惜しみない称賛の言葉が掛けられた。
「じゃあ、しゅっぱぁ~つ!」
「「「おお!!」」」
そして、輿に乗るレーナ達3人と、それに随伴して歩くマイル。
スカベンジャーは孤児達が『シャカシャカ様』と呼んでいた通り、歩くのがかなり速いため、地上へは結構早く着きそうであった。
* *
「……で、どうして夜明け前なんでしょうか……」
「「「…………」」」
そう、洞窟に入った時刻、下りるのに掛かった時間、スロー・ウォーカーとの会話や輿を作るのに掛かった時間、そして戻るのに掛かった時間。
それらから計算すると、マイル達が地上に戻った今が夜明け前の薄明かり、ということは考えられなかった。
「「「「…………」」」」
マイル達が不思議そうな顔で押し黙っていると、ナノマシンがマイルの鼓膜を振動させて話し掛けてきた。
【あの~、マイル様、非常に申し上げにくいのですが……】
(ん? 何?)
【今は、マイル様方が地下へ入られてから、38日後です……】
(え?)
ナノマシンが何を言っているのか、一瞬理解できずに呆けるマイル。
【いえ、その、あの時から既に38日が経過しており……】
ナノマシンも今までそれに気付いていなかったのか、歯切れが悪かった。
そして、ゆっくりと考え、ようやく状況を理解したらしいマイル。
「時間停滞フィールド! スロー・ウォーカーが言うところの、『タイムスケール可変装置』ですかっ! あのヤロウ、自分が劣化して壊れるまでの時間を少しでも引き延ばそうと考えて、私達と話している時も、一番内側の装置は機能を止めずにそのまま作動させていたのですかああああぁ~~っっ!!」
マイルの叫びに、何の事か分からず、きょとんとした顔のレーナ達であった……。
拙作『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』の書籍5巻発売時(2019年8月)に書店特典として書きましたSSが、講談社ラノベ文庫編集部のブログに掲載されています。
読んでいただけると、嬉しいです。(^^ゞ