515 侵略開始 3
「……というわけで、自由依頼を受けてアルバーン帝国へ行ってきます」
「え……」
にこやかにそう報告するメーヴィスと、固まる受付嬢。
「つきましては、国外に出ますがそれはあくまでも依頼によるものですので、ギルドを通さない自由依頼ではありますが、養成学校経費返済義務免除のための国内労働義務期間の日数経過カウンターは、停止せずにそのままでお願いしたく……」
「えええええええ!」
そう、あれからマイルがメカ小鳥に色々な質問をして、行き先がアルバーン帝国であることを確認したのである。
さすがに、マイル達は行き先がどこかノーヒントのままで遠方へと出発するほどのチャレンジャーではなかった。
一見図々しい要求のように見えるが、拠点を国外に移したわけではなく、国内で受けた依頼による遠出である。いくらギルドを通していない依頼であっても、だからといっていちいち国内労働期間から除外するようなことをするほど、ギルドも狭量ではあるまい。
ギルドを介さず依頼者とハンターが直接契約する自由依頼は、手数料としてはギルドの直接の利益にならなくとも、困っている者の助けとなり、ハンターが生活費を稼げて経験を積め、そしてハンターという職種に対する信頼の向上に役立ち、ハンターが稼いだお金を使うことにより街の経済も僅かながら潤う。
……それに、ハンターが稼いだお金で支払う飲み食いの代金の多くは、ギルド併設の酒場で使われる。
なので、マイル達はそう図々しい要求だとは思わなかったのであるが……。
「ギルドマスターに会っていただきます。少々お待ちください!」
「「「「えええええ~……」」」」
何だか、少し面倒なことになりそうであった。
* *
「なぜ帝国へ行く!」
いきなり、怒鳴りつけられた。
「いえ、指名依頼が来ましたので……。自由依頼ですが……」
そう、自由依頼は依頼主が直接ハンターに持ち掛けるのであるから、当然、それらは全て『指名依頼』になるわけである。
勿論、今回は『帝国に住む、匿名希望の者からの依頼』ということにしてある。
決して、嘘ではない。別に、依頼は炭素生命体からしか受けてはならない、などという規則はないのだから。
「帝国は、敵性国家だ。いつまたブランデル王国やヴァノラーク王国、そして我が国に侵略を開始するか分からんのだぞ! なのに今、この時期に帝国へ行くなどと……」
((((はァ?))))
ギルドマスターの言葉に、呆れ果てた様子のメーヴィス達、4人。
「それが、何か?」
「え?」
これが、いつも辛辣な口調のレーナか、にこにこしていながらも時々強烈な毒を吐いたり揚げ足を取るポーリンの言葉であれば、ギルドマスターもここまで驚きはしなかったかもしれない。
……しかし、その言葉はメーヴィスから放たれた。
いつも温厚、優しい気遣いの人、メーヴィスから……。
「ハンターは、自分の意志で傭兵として参加しない限り、戦争とは無関係。ハンターギルドは常に中立を保ち、戦争には関与も介入もしない。……そうでしたよね?」
「あ、ああ……」
メーヴィスの言葉を肯定するしかない、ギルドマスター。
それはギルド憲章の最初のページに書かれている。これを否定することは、すなわちハンターギルドそのものを否定することであり、ギルドマスターにそんなことができようはずがない。
「ならば、ここティルス王国とアルバーン帝国が険悪な状態であろうが戦争を始めようが、ハンターとしての私達の仕事と、何の関わりが?
それに、この国の商人は帝国との取り引きを続けていますし、国境を越える仕事を受注しているハンターもいますよね? なぜ我々にだけ帝国行きに難色を示されるのですか?
何か、企みとか思惑とかがあるのですか?」
「ぐっ……」
さすが、パーティリーダーである。いつもはお人好しで相手の要望に沿うよう努めるメーヴィスであるが、レーナやポーリンが口を出さなくとも、目上であるギルドマスターに対してしっかりとパーティとしての意志を示した。
そして、ギルドマスターは旗色が悪かった。
まともで、馬鹿ではないハンターにこう言われては、誤魔化しようがなかった。
「アルバーン帝国へ行く依頼は断れというその指示は、全てのハンターに対して出されているのですか? 情報ボードにはその旨の記載はなかったようですが?」
「まさか、私達だけに対する指示、なんてことはないわよね? 他のハンターに確認してみようかしら?」
水に落ちた犬は打て。
この国にも、それに似た言い回しの慣用句があった。
そして勿論、ポーリンとレーナはメーヴィスの攻撃によって
「ぐぐぐ……。いや、ただ単に、若い女性であるお前達が心配で言っただけだ、別に指示でも命令でもない。誤解させたなら、悪かった……」
おそらく、何らかの思惑があったのであろうが、悪意によるものではあるまい。案外、本当に心配してくれただけかもしれなかった。素直に謝罪してくれ、そしてアルバーン帝国へ行くことの邪魔をするのでなければ、マイル達には何の問題もない。
なので、謝罪を受け入れ、立場的に優位になったこの時を逃すことなく、養成学校の授業料等返済義務免除のための国内居住期間カウンターを停止しないことをはっきりと約束させ、ギルドマスターに一筆書かせた。
ポーリンは、そのあたりには拘るし、容赦しない。
* *
そして、ギルド支部から宿への帰り道……。
「というわけで、各部への挨拶廻りも終わりましたね。孤児院には普通のままのオーク2頭と魔法で凍結させたオーク3頭を渡しておきましたから、問題ありませんし。
他国の孤児院を巡る旅……一応は『修業の旅』という名目でしたが、その間はギルドや肉屋で仕入れて自分達だけでやっていましたし、その時に問題点を洗い出して改善しましたから、大丈夫のはずです。おまけに、大サービスでオークを5頭も置いていくのですから……」
孤児院巡りの時は、時々マイルがひとりで『
「あんたは、そういうところには頭が回るし、面倒見がいいのよねえ……」
レーナがそう言うが、自分も孤児には色々と気に掛け、支援しているのである。
勿論、ポーリンは孤児達に簡単な料理や繕い物の仕方を教えたり、メーヴィスは剣術の基礎を教えてやったりしている。
そして、宿に戻ると……。
「あ、お姉さん達、手紙が届いてますよ。少し前に、馬に乗ったハンターの人が届けに来ました。
いつ戻るか分からない、って言ったら、私のサインでもいいから、と言って渡されました」
レニーちゃんは、宿や食堂を利用するハンター達の間では名が売れているし、そのしっかりさと誠実さには定評がある。……お金には少々うるさいが、それも宿のためであり、あくどいことは決してやらないということも勿論知られている。
また、風呂の水汲み等で孤児達に仕事を回してくれることから、孤児院の子や浮浪児達にとっても有名人なのである。
なので、他の街からギルド支部に届いた手紙を配達する仕事を受ける連中は、レニーちゃんに宿泊客宛ての手紙や荷物を渡すことには何の心配もしていない。
「あ、ありがとうございます」
『赤き誓い』名で宿宛てに届くのは、各地の孤児院からの報告書である。
マイルが差出人名を見ると、予想通りオーブラム王国の孤児院からである。
「あれ? オーブラム王国の王都の孤児院からは、少し前に定時報告が来ていなかったっけ……」
少し首を傾げながらも、皆と一緒に部屋へと向かうマイル。
こんなところで突っ立ったまま開封して読むような不作法な真似はしない。
そして、部屋でベッドに腰掛けてゆっくりと開封し、手紙と言うか報告書と言うか、とにかくその中身に目を通したマイルであるが……。
「ええっ、オーブラム王国に
……そう言えば、さっきレニーちゃんは『馬に乗ったハンターの人が届けに来た』って言ってましたよね。それって、ギルド便の馬車でギルド支部に届いたやつを孤児やお金のない新米ハンターが配達する安上がりのやつじゃなくて、馬持ちのハンターに依頼しての、すごく高くつく緊急便?
……ヤバい内容ですかっ!」
手紙の最初の1行を読んだだけで、マイルが大声を出した。
そして、レーナ達も顔色を変えて、マイルの左右と後ろから手紙を覗き込む。
送料を自分達が負担するというのに、お金に細かい孤児院側が馬鹿高い緊急便を使った。
それは、ポーリンがお金を寄付するとか、テレビ東京が番組編成を変更して特別報道番組を放送するとかいうレベル、つまり世界が滅亡するレベルの異常事態である。
おそらく、『今こそが、「赤き誓い」が国を超えて各地の孤児院を支援してくれた恩義に応える時である』とでも考えたのであろう。
そして、マイル達は手紙を読み進めていった……。
GW休暇が終わり、連載再開です!(^^)/