512 チェーン店 5
「何だ、こりゃ!」
この店の最初の客である5人連れの男達のうちのひとりが、運ばれてきた料理をひとくち食べ、……ふたくち食べ、ガツガツと食べてから、そう叫んだ。
聞いたことのないメニュー名のものが多かったため、適当に頼んだ料理である。そのため、初めて食べる料理であったが……。
それを聞いて、注文の品が来るのを待っていた他のテーブルの客達が、少し顔を顰めた。
信用のある女性パーティが勧めてくれたから来たけれど、失敗したかな、やはり孤児達が作る素人料理に過ぎなかったか、と思って。
しかし……。
「旨い、旨すぎるぞ! 初めて喰ったぞ、こんなもん!!
酒だ! こんなもん、酒なしで喰えるか!! おい、そこの坊主、エール買ってこい! 釣りはチップだ!」
それに続く男の言葉に、席を立って自分で酒を買いに行く者、近くにいた子供達を呼び付ける者と、酒場の支店……マイルが造った、ただの小さなカウンター付きの小屋……にも行列ができはじめた。
酒場の支店も、揚げ物屋と同じような作りであるが、竈はホットエールやホットワインを用意するためにひとつあるだけである。
従業員は男性ひとりだけであり、ウエイトレス役も木製カップを洗うのも、全て孤児院の子供達の役目である。
人件費格安の大量の労働力というのは、実に素晴らしいものであった。
揚げ物屋。
マイルは、最初はただの屋台のようなものを考えていた。
労働力の節約(負担の軽減)、客の回転速度、その他諸々から考えて、それが妥当だと思ったので……。
しかし、レーナ達の意見や、試作品の試食会の結果……。
「ただ窓口で売るだけじゃ、情報収集なんかできないんじゃないの?」
「人件費はどうせ
交替制にしたり、営業時間を絞ったりすれば、子供達の負担は少ないのでは? 逆に、自分達が孤児院のために役立っているということで満足感が得られて喜ぶのでは? 深夜営業は街の飲み屋に任せて、こっちは昼食から夕食までの時間帯に絞れば……」
「これ、すごく美味しいけど、冷めると味が落ちるよね……」
「この場で熱いうちに食べさせて、追加購入させた方が……」
「絶対、お酒を欲しがるよね、これ……」
などの様々な意見が出たため、屋台や販売スタンド形式を取りやめ、フードコートにしたのである。
……お店の数は、揚げ物屋と酒場の支店のふたつのみであるが。
そしてどうやらその狙いは当たったらしく、屋台で揚げ物を数個買うだけ、というのより遥かに客単価が高く、しかもテーブル席が埋まればそのあたりに適当に座り込んで飲食するという、客の収容能力無限大というおかしな状態になっている。
……おまけに、酒場からはテナント料が支払われる。それと、勿論、ウエイトレス役やカップ洗い役の子供達の賃金も……。
当たり前である。慈善事業ではないのだから。
いや、孤児院自体は『慈善事業』かもしれないが、それはそれ、これはこれ、である。
マイルは、揚げ物の調理については色々と知恵を絞った。
こういうところには拘るのである。
まず、油の選定。
最初は植物油を考えていたようである。菜種、パームの実、とうもろこしの胚芽、胡麻、オリーブ、紅花、その他諸々から採れるやつを……。
マイルであれば、その怪力で限界まで絞ることができて、効率的である。
しかし、植物油を採るためには、その植物が必要であった。
……当たり前である。
だが、この付近では採油用の植物を大規模に育てているところはない。
なので、買うと結構高くつき、野生のものを採取するにも、僅かしか採れない。
そこでマイルが思い出したのが、『とんかつ屋の一流店は、ラードを使う』というネット情報である。
天ぷらにラードを使うと、冷めたら油が固まって、マズい。
しかし、フライにはラードが合う!
そして何より、ラードの原料は豚の脂身であり、……オークは豚に似ている。
斯くして、油は決まった。天ぷらがメニューから消え去るのと同時に。
そして揚げ方であるが、マイルは少量の揚げ物を作る時には、鍋に2センチくらいしか油を入れずに調理する。本当は3センチくらい入れた方がいいのであるが、そのあたりには節約精神が旺盛なマイルであった。
少ない油量であまりたくさんの具材を一度に入れると、油温が下がってしまい上手く揚げられなくなるが、そこは腕でカバーするのである。
元々、揚げ物には日本の天ぷら鍋のように大量の油を贅沢に使うことはなかった。油は高く、貴重品だったのである。
そもそも、フライ用の
……そういうことである。
しかし、技術のない子供達に作らせるのであれば、投入する具材の量や種類によってコロコロと油温が変わるのは避けたい。ならばどうすればいいかというと、……大きな鍋や釜に、たっぷりと油を入れる、ということになる。
ラードで揚げるのに適しているのは、とんかつ、コロッケ、チキンカツ、串カツ、ジャガイモの小さいの、その他諸々。
メンチカツは、作るのが面倒だからパス。
ビーフカツは、食材費が高いからパス。
ひとつだけ飛び抜けて高いのがあるのはアレだし、売れ残って
しばらく営業して、『当日のスペシャル』とかで試しに出してみて、高いものも売れるとなれば、その時に再考するつもりのようである。
ひとつの店で試した結果を全ての店にフィードバックできるのが、チェーン店の利点である。
そしてマイルは、今日は調理場に籠もりっぱなし。
客席の方は他の大人に見てもらい、自分は調理の様子を監督。
調理も接客も、この数日で完全に教え込んだ。あとは、実戦で訓練の成果を出せるかどうか、である。
道場剣術と同じで、練習では強くても実戦ではからっきし、というのは、どんな業界でもよくあることである。
しかしマイルは、孤児達の打たれ強さと開き直りの精神を信頼していた。
なので、余程のことがない限り、口出しをするつもりはない。
……勿論、危険行為があった場合には、即座に止めるが。
(うんうん、問題なくやれていますね。これなら、私が見ていなくても大丈夫そうです。
オークを数頭渡しておけば、もう私が街を離れても問題ありませんね。
まあ、もうしばらくは様子を見ますけど……)
* *
そして数日後、孤児院がハンターギルドからオーク肉を直接仕入れるための話を付け、そして食材を仕入れる資金を充分に稼いだことを確認したマイルは、仲間達と共に『修業の旅』に出た。縋るレニーちゃんを振り切って……。
出発前に、念の為にギルドマスターに『ハンターが孤児院に迷惑をかけないよう、ちゃんと見張っていてくれ』と頼んだのであるが、『お前達が絡んでいるというのに手を出すような馬鹿がいるもんか!』と鼻で笑われた。
まあ、それでもちゃんとやってくれることは分かっている。
もう、長い付き合いなのであるから……。