511 チェーン店 4
「てやっ!」
もこもこもこ……、ずびし!!
「建物、できました!」
孤児院の建物から少し離れた庭の一角に、マイルの土魔法によって小さな小屋が造られた。
土魔法とはいっても、出来上がった小屋は岩のようなものでできている。あの、携帯式要塞浴室や携帯式要塞トイレと同じである。
そして、ただの小屋ではなく、庭の方に面した壁の一面には販売用の開口部がある。
……そう、揚げ物を売るためのブースであり、小屋の中で調理をするようになっているのであった。
岩で出来ており、孤児院の建物からこれだけ離れていれば、何かあっても孤児院が全焼するようなことはないであろう。
「えい!」
もこもこもこ……、どん!
「
「「「「「「ばんざ~い!!」」」」」」
院長先生達、大人組は呆然としているが、子供達は元気にはしゃいでいる。
やはり、常識のある者達には少々厳しかったようである。
「あとは、穴が空いて廃品になった古い釜を魔法で直して、竈に固定します。油の入れ替えの時は小さな鍋やお玉で掬わなきゃならないから少し面倒ですけど、ひっくり返して大惨事、というのに較べれば、それくらい許容範囲内ですよね?」
こくこく、と頷く大人達。
鍋ではなく釜なのは、竈にすっぽりと嵌めて固定するためである。安全第一、であった。
そして、
いくら壊れたとはいえ、金属製の釜を捨てることは、貧乏性である孤児院の者達にはどうしてもできなかったようであった。
元日本人であるマイルには、その気持ちがよく理解できた。
……『モッタイナイ』の精神である。
またの言い方は、『貧乏性』。
そして、揚げ物用だけではなく、オークの背脂からラードを作るための竈と釜も必要であった。
こちらも、揚げ物用と同じように、土魔法で竈を作成。
「あ、釜が足りない!」
そう、ラード作りにも、当然鍋か釜が必要であった。こちらも、事故防止のためには釜の方が望ましい。
「……古いやつは、ラード用にします。揚げ物用は、どこかで入手してきますので……」
マイルであれば、どこかで穴が空いたものを貰うか、中古品を安く買い叩き、それを修理することができる。なので、それは後で手配することにした。
その他にも、他の料理を作るための少し小さい竈をいくつか作り、大人達と相談しながら色々と微調整を行うマイル。
念の為、主力の揚げ物だけでなく他のサイドメニューも出すことになった場合に備えたものである。勿論、お茶とか白湯とかを提供することも考えているので、予備の竈は必要である。
「よし、もうひとつの釜と、鍋、容器、そして食材を除き、概ね準備ができました。
では、開店は来週、ということで……」
オークは、アイテムボックスに売るほど入っている。
……いや、その通り、少しずつ売るためにストックしているのであるが……。
他の食材も色々と揃っているため、あとは足りない調理器具を揃え、そして子供達に調理を仕込むだけであった。
それと、あそこへの申し入れ……。
* *
数日後、マイルは既に揚げ物屋『アイキャンフライ』を立ち上げていた。
場所は、王都の中心街から少し離れた、孤児院の庭の一角。
従業員は孤児達で、孤児院の運営に携わる大人達と、ボランティアの者達がサポートしている。
サポートとは言っても、火や油を使うため危険がないよう見守ったり、相手が子供だと思って無茶を言ったり料金を踏み倒したり、それどころか売上金を奪おうとする者が現れたりしないようにと、用心のための人員配置である。基本的に、店の仕事は子供達だけでやるように言ってあった。
それは、子供達の自立心を養い、自信を持たせ、そして孤児院を出たあとのことを考えた人格形成のためであった。
そして院長先生を始めとする大人達も、マイルのその案を了承してくれたのである。
「おうおう、ちゃんとやってるじゃねーか。『収納少女隊』の奴らが宣伝してたから、来てやったぜ!」
そんなことを言いながら、孤児院の庭へ入り、席に着く5人連れの男達。
その後にも、数人のグループが次々とやってきた。中には女性もいる。
当然のことながら、その大半はハンターパーティであろう。それと、下級兵士や、街のチンピラ達の姿も少々……。
チンピラ達も、悪い意図があるわけではなく、普通の客として来てくれたらしく、仲間達と機嫌良さそうに話している。
マイル達が宣伝したからか、孤児院のために少し協力してやる気になったからか、それとも料理上手で知られているマイルが考案したという料理を食べてみたかっただけなのか……。
ハンターや兵士、チンピラ達の中にも、孤児だった者はいる。
そして、いつ自分の子供達が孤児になって、孤児院の世話になるかも分からない。
なので、孤児院に対して悪事を働く者の数は、決して多くはないのである。
……まあ、とにかく、誰がどういうつもりで来ようが、客が来てくれたことには変わりない。
早速、メニューを持って飛んで来る、ウエイター役の子供達。
ここでは、客が自分で飲食物を買いに行ってもいいが、子供達にオーダーして持って来させることもできる。
そしてその場合、強制ではないがチップを与えると
日本円にして、僅か20~30円相当のチップ。
これで、飲み食いしながら歓談している途中で飲食物の購入のために席を立つ必要がなくなる。
そして、その僅かなお金で子供達が大喜びして感謝し、『これで、食事の量が少し増えるかも……』と呟き、チップをくれた羽振りのいい客を憧れの視線で見詰めるのである。
底辺職である下位ランクのハンターにとって、それは麻薬の如き効果があった。
そして次の注文の時には、チップの金額が増えている、という仕組みであった。
子供達が提供しているのは、食べ物とお茶、そして白湯と水だけである。
しかし、それだけでは客の方に不満が出る。
何しろ、提供される食べ物の大半が、揚げ物なのである。『酒を出せ!』と言われるのは当たり前であった。
しかし、子供達に酒を売らせるのには色々と問題があった。
酒の販売や提供には商業ギルドの許可が要るし、そこまでやると、もはや『孤児院の、ささやかな運営費稼ぎ』の域を超えてしまう。
そこでマイルが考えたのが、『酒場の経営者に、支店を出してもらう』ということであった。
街の酒場の経営者が出す支店であれば商業ギルドの方は問題ないし、従業員はひとりで済む。
ウエイトレスの代わりは子供達が務めるので問題ない。
そして、ここが酒場の支店との合同販売所であるということで、大きなメリットが得られる。
それは、客が店の者に変に絡んだり、暴れて店を壊したりしなくなる、ということであった。
普通、余程の無法者であっても、酒場の関係者には手を出さないし、店を壊すようなことはない。せいぜい、ウエイトレスの女の子をからかうか、喧嘩で椅子やテーブルを壊すくらいであり、そして壊した物は後で弁償するのである。不可抗力として、マスターから免責の宣言をされない限り。
……なぜかというと、店の従業員に手を出したり店に大きな損害を与えてしまうと、店が潰れてしまうからである。
自分達が飲み食いする居心地のいい場所を自分で潰してしまい、そしてそのことで他のハンターや傭兵ギルドの者達、兵士、一般の市民達から恨まれ、色々と面倒なことになってしまうのである。
なので、酒場での喧嘩はそれなりの節度を守ったものとなり、店に被害を与えることは御法度なのであった。
西部劇のように、毎回椅子やテーブル、そして酒樽や酒瓶が壊されたり、ウエイトレスの女の子が暴行されたり、マスターが射殺されたりしていたら、店がすぐ潰れるし、新たに酒場を開こうなどと考える者が現れるはずがない。
なので、そういうことをする者は馬鹿な若造だけであり、そしてすぐに古参連中に叩きのめされ、巾着袋から賠償金を抜かれた後、叩き出されるのが通例であった。
……そして、そろそろ最初の注文の品がテーブルへと届けられる頃であるが……。
本日、3月30日(火)、『聖女様は残業手当をご所望です』の書籍1巻が発売です。(^^)/