510 チェーン店 3
「揚げ物に使う油は、オークの背脂を使います。なので、最初のうちは私が提供するオーク肉を使えば、油を購入する必要はありません。
揚げる食材は、勿論オーク肉も使いますが、クック鳥やその他の肉、野菜とかも使います。
それらもある程度は私が提供しますが、それ以外のものは自分達で仕入れてください。自分達で、色々と揚げ物に適したタネを考え、見つけるのもいいと思いますよ。
そしてオーク肉も他の食材も、お店が軌道に乗った後は全て自分達で仕入れていただきます。私が提供するのは、あくまでも軌道に乗るまでの間だけです。
でないと、いつまでも私からの無償提供を前提としていたのでは、私がハンターとしての仕事で遠出したり、……
ハンターが仕事に失敗した時。それは即ち、『いつまで経っても戻ってこない時』である。
マイルは、店が軌道に乗った後も時々はオークの無償提供を続けるつもりであったが、最初からそれに頼るつもりで甘い考えを抱かれては困るので、ここはやや突き放し気味に言っているだけである。
「…………、分かりました……」
院長先生も、それくらいのことは分かっている。
朝、元気に出掛けたハンターが、いつまで経っても戻ってこない。
もしくは、その『一部だけ』が、仲間達に背負われて戻ってくる。
この孤児院から旅立った者達の中にも、そういう者がいたはずである。何人も、何人も……。
底辺職であるハンターは、孤児がなれる職業の代表格なのだから。
……なぜ、マイルが提案したのが、面倒な『食べ物屋』なのか。
年配者である院長先生には、その理由がちゃんと分かっていた。
食べ物屋は、原価率が低い。
別に、暴利を貪っているというわけではない。食材以外の、店の家賃、光熱費、人件費、その他諸々が高くつくのである。
傷んだり腐ったりしない商品を大量に仕入れ、店員がレジで会計するだけ、という商店に較べ、傷む食材、大勢のウエイトレスや料理人、皿洗い等を必要とし、そしてテーブルの数以上の客は入れられず、ひとりの客が何時間も居座る。これで利益を出すのは、かなりハードルが高い。
……特に、素人が新規に始めようとした場合には。
しかし、もしそこで、人件費と家賃が
必要なのが食材費(原価)と光熱費、その他の雑経費のみで、あとは丸々営業利益にできるとすれば?
……他の、普通の飲食店が価格的に対抗できるわけがない。
つまり、後追いの店ができても棲み分けができるということである。
街の中心部で、通常価格のものを食べる客層。
そして、店まで少し歩くことになるが、低価格で食べられ、かつ『孤児院の経営に貢献している』という自己満足が得られいい気分になれる方を選ぶ客層。
人件費と家賃ゼロ、ということだけは、いくら大店が真似しようとしても、絶対に無理である。
これが他の商売であれば、あっという間に後追いの店に客を奪われてしまうであろう。
そして院長先生にはまだ言っていないが、マイルが考えている『情報収集』という観点からも、ただ商品を渡してお金を受け取るだけ、という店よりは、飲食店の方が有利である。
一応、マイルも何も考えていないわけではなかった。
「揚げ物だと、食材にちゃんと熱が通るから食中毒の危険が少ないですし、色々な食材を使っても、揚げる時間くらいしか調理方法が変わりませんからね。
……ただ、油を使うのは少し危険です。子供達が火傷をする危険、そして火事になる危険……。
なので、調理場は孤児院の建物ではなく、庭の端に造りましょう。私が土魔法でぐわっと建てちゃいますので……。
そして最大の懸案事項、『子供達が、煮立った油が入った鍋をひっくり返す』という危険をなくすため、鍋は
そして、人手だけは充分にあるという強みを活かして、年長者をひとり、他の仕事はさせずに常に鍋の様子を見張る役に当てるとか、とにかく安全には注意させましょう」
一応、マイルもそのあたりは考えているようであった。
確かに油を使うのは少し危険であるが、蒸すとなると食材を加工する手間、蒸す時間等の関係で、素人が短時間で大量に調理するのは難しいと考えたのであろう。
それに、マイルは元々蒸し料理にはあまり詳しくなかった。なので、揚げ物一択、というわけである。
それに、もし油がはねて多少の火傷をしたとしても、治癒魔法で何とかなると考えているのかもしれない。
子供達に熱い思い、痛い思いをさせたいわけではないだろうが、そこは許容範囲とでも思っているのか……。
とにかく、何とか1号店の目途は立ったようである。
* *
「……というわけで、1号店の交渉は順調なスタートを切りました!」
夕食の時に、嬉しそうにそう報告したマイルは、自分だけ先にさっさと部屋へ戻っていった。
おそらく、明日からの孤児院での準備計画でも立てるつもりなのであろう。
そして、食後のお茶を飲みながら食堂に居残っている、レーナ達3人。
「どう思う?」
「どう、って言われても……」
メーヴィスの振りに、肩を竦めてそう答えるポーリン。
「まあ、情報収集と連絡なんて、誰か個人に頼むようなことじゃないからねえ。ハンターに依頼しても、受けてくれたハンターがずっと街にいるわけじゃないだろうし、何のためか意味も分からないこんなおかしな依頼は受けてくれる者がいないだろうし……。
ギルド自体に依頼しても、ギルドが正確な情報を得てから、とかじゃあ、意味がないからね。
そんな段階なら、とっくにそこの所属ハンターや他の街のギルド支部にも情報が廻っているだろうから依頼する意味がないし、完全に遅すぎるよねえ……。
まあ、孤児院を利用する、というのも、そう頭のいいやり方だとは思えないけど……」
メーヴィスもまた、そう言って肩を竦めた。
「分かってるわよ、別の、もっと簡単なやり方もあるだろうに、マイルがわざわざ孤児院を利用しようとしたことくらい……」
そう。父親を亡くし、その後面倒を見てくれた『赤き稲妻』のみんなも失ったレーナは、魔法の才能が開花しなければ孤児となっていたはずであった。
孤児院に引き取られれば、まだ運がいい方。運が悪ければ、スラムに住み着くか浮浪児となり、成人することなく生涯を終えていた可能性もある。
そんなレーナが、孤児達に思うところがないはずがなかった。
なので、マイルがいつも孤児院や河原に住み着いている浮浪児達に差し入れをしているのを知っているレーナは、自分も時々孤児達に支援しているのである。
そのため、マイルが今回の情報収集ネットワークうんぬんにかこつけて孤児院に継続的な収入の途を与えようとしていることくらい、最初から気付いていた。
しかし、それを積極的に手伝おうにも、レーナにはオーク1頭を丸々運ぶことなどできない。
……そしてレーナには料理の才能がなかった。恐ろしい程に……。
以前、マイルに『どこの千鶴さんですかっ! 老舗旅館でも経営してるんですかっっ!!』と、何だか
なので……。
「……まあ、マイルは孤児達とワイワイ楽しくやりたいだろうから、好きにさせてあげましょ。
私達は、マイルの都合に合わせて他領へ行く仕事を受けたり、また修業の旅で他国を巡ったりしてあげればいいでしょ」
「ああ。それくらいしても……」
「まだまだ借りは返せていない、ですよね……」
メーヴィスの言葉に頷く、ポーリン。
そう、魔法や剣技の特訓も、お家騒動の時も、メーヴィスの左腕のことも、その他諸々……。
皆、あまりにもマイルへの借りが多すぎた。
「馬鹿ね!」
しかし、レーナがメーヴィスとポーリンの言葉を否定した。
「私達があの子を護り、その望みを叶える手伝いをするのは、『借りがあるから』じゃないでしょ!」
「「あ……」」
そう。レーナが言う通りであった。
皆が、マイルのために協力する理由は……。
「この身体に、赤き血が流れている限り……」
「「「我らの友情は、不滅なり!!」」」
「ううう、皆さん……」
そして、涙目のマイル。
いくら2階の部屋に居ても、あんなに大声で叫ばれたのでは、高性能なマイルの耳には丸聞こえなのであった……。
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