489 獣人の村にて 2
「前に、ポーリンさんが言ってましたよね、魔族は大きな山脈の向こう、大陸の北端に住んでいる、って。そちらへ向かう商人はいないから護衛依頼を受けて、ってわけにはいかないし、歩いていくのは大変そうだし……」
そう言って、ちらりとポーリンの方を見るマイル。
おそらく、あの時ポーリンが魔族の村に行きたがったマイルに強く反対したのは、そのあたりのこともありそうであった。
騎士志望で幼い頃から兄達の真似事をしていたメーヴィス、同じく幼い頃から父とふたりで行商生活、その後もハンターとして何年も活動していたレーナ。共に、人並み以上には歩ける方である。
……マイル? 考えるまでもない。
そう、こと徒歩移動に関しては、ポーリンがパーティの足を引っ張っていることは間違いない。
ポーリンもそれをよく自覚しているからこそ、そういう事態になるのを嫌がり、そのようなシチュエーションを避けようとしているのであるが……。
「だから、恩を売っていて貸しがあるケラゴンさんに乗せてもらって、ひとっ飛び! これで、全種族の村、フルコンプリートですよ!」
「「「なるほど!!」」」
「なるほど、じゃねーわ! お前ら、古竜様を馬車馬代わりにしようとか、どうしてそんな
何だか、村長が早口で
……そう、何だか色々と感覚や常識が麻痺しがちであるが、これが、世間一般での、普通の反応なのであった……。
「いえ、私達、古竜には貸しがあるので……」
「それも、かなりデカいやつよ」
「ま、乗合馬車の代わりくらい、数百回はしてもらえますよね」
「あはは……」
そして、ただパクパクと金魚か鯉のように口を開閉するだけの、村長と顔役達であった……。
* *
あれから、マイルの提案を断ることができず、渋々『古竜を呼ぶ』という方法を実行してくれた、村長達。
但し、何が起ころうとも責任は持たない、古竜様を怒らせた場合は自分達だけで全ての責任を被ってくれ……つまり、『死んでくれ』ということ……と言われ、それを誓約として羊皮紙に書かされた。
まぁ、それくらい古竜は恐れられており、こちらの都合で呼び出すということは覚悟が
……その気持ちは、分からなくはない。
通常は、それが普通なのである。……マイルがいない場合には。
そして村長達は、呼び出しはやってくれたが、その方法は決して教えようとはしなかった。
「……というわけで、お越しいただいたわけなんですが……」
『ははっ、何なりとお命じください!』
「「「「…………」」」」
その謎の呼び出し方法では、文章的なものも伝えられるらしく、マイル達のリクエスト通りに、やってきたのはお馴染みのケラゴンであった。
そして、マイル達に対して
……よくあること。そう、よくあることである……。
「……で、魔族の村まで運んでいただきたいのですが……」
『喜んで!』
ケラゴンは、馬車馬代わりをやってほしいというマイルの頼みを、まさかのふたつ返事で了承。
村長達は、もはや全てを悟りきったかのような……、いや、諦めきったような顔をしている。
「でも、いいのですか? 古竜の皆さんにとって、自分の意思で乗せる場合を除き、下等生物を背に乗せるのは
『何だ、そんなことですか!』
ケラゴンは、自分で頼んでおきながら少し心配そうな様子のマイルに、笑いながら答えた。
『それは、意に染まぬ相手から何らかの事情で強要されたり、交換条件とかでやむなく受けざるを得ない場合とかの話ですよ。マイル様からの御依頼であれば、大恩ある恩人への恩返しの機会、喜んでお引き受けいたしますよ!』
『赤き誓い』は、騎竜を手に入れた!
「やりました! 次は、飛空艇ですよっ!」
「「「あ~……」」」
勿論、飛空艇については、マイルのフカシ話、『最後の幻想』によって教え込まれている、レーナ達であった……。
* *
そういうわけで、数日後に魔族の居住地である大陸の北端部へと運んでもらうよう頼んで、ケラゴンには帰ってもらった。
『王都までお送りしますよ?』とか言われたが、そんなことをすると王都がパニックになってしまうため、その申し出を慎んで辞退した『赤き誓い』一同であった……。
「元々の依頼である誘拐団の件については、既に領主とハンターギルドに対して依頼が完全に完了したことを、人間が保有する最大戦力を出してくれたことに対する感謝の言葉と共に報告済みじゃ。
……しかし、本当に良いのか? 子供達を助け出し、黒幕の商人を潰したという大手柄について報告しなくて……」
「「「「あはは……」」」」
村長の言葉に、笑って誤魔化すマイル達。
あれは、謎の傭兵パーティ『赤き血がイイ!』の仕業であり、マイル達『赤き誓い』とは全く関係ないのである。
ギルドを通さず、他国で勝手に貴族や商家相手に
それは、村長達には何度も念を押しておいた。ギルドや領主におかしなことを言ってくれるなよ、と……。
義理堅い獣人達は約束を守ってくれるであろうが、やはり幼女達の救出については何らかの礼をしないことには気が済まないらしく、未だに色々と言ってくるのである。
マイル達は、自分達が勝手にやったことであり、古竜に繋ぎを取ってくれたことだけで充分だと思っているのであるが、獣人達としては、自分達は何もせずにただ古竜を呼んだだけでは到底今回の礼に足りるものではないと思っているらしく、なかなかしつこいのであった。
* *
「やっと、村長さん達も諦めてくれましたね……」
「お礼や追加報酬を出そうとするのを諦めさせるのに苦労するとか、どんな拷問ですか……」
「「あはは……」」
ポーリンは、本当は『受け取りたい』という守銭奴の本能をねじ曲げての辞退であっただけに、他の3人よりも精神的にキツかったようである。
それでも、辞退には反対しなかっただけ、根は善人なのであろう。……ただ、守銭奴なだけで。
「依頼任務を終えてから、随分遅くなっちゃいましたね……」
「でも、村の人達がギルドにも依頼が無事完了したって報告してくれたらしいから、失敗扱いにはなっていないだろうから安心だね」
そう、あまり帰還と報告が遅いと、失敗したものと判断されてしまい、良くて行方不明、悪いと死亡したとして名簿から消され、除籍扱いにされてしまうのである。
まぁ、今回のような場合は依頼主が現地におり、また特殊な事情のある依頼であることから、未帰還の場合は村に確認のための連絡が行くとは思われるが……。
とにかく、今回は村長がわざわざ『赤き誓い』の評価が上がるようにと感謝の報告をしてくれたとのことなので、そういう心配もない。
なので、安心して王都へと向かう『赤き誓い』の4人であった。
その頃、村長から依頼した仕事が終わったという報告があったにも関わらず、それから10日以上経っても『赤き誓い』が戻らなかったことから、帰路に何かあったのではないかと思われて、ハンターギルド王都支部全体が沈痛な雰囲気に包まれていた。
そしてその数日後、元気いっぱいで王都支部のドアを押し開け、大声で帰還報告をしたマイル達は、ギルド職員と居合わせたハンター達に怒鳴られ、叱られまくるのであった……。