488 獣人の村にて 1
「そ、そんな馬鹿な!!」
マイル達から詳細を聞いたシェリーの母親は、愕然としていた。
「助けてもらえるのに、それを断って居残ると? あの子が、そんなことを言うはずが!」
それはまぁ、信じられないのも無理はないであろう。
我が子が、『自分の家族より、誘拐犯の仲間である人間達と一緒に暮らす方がいい』と言ったわけであるから、親として、到底信じがたい、いや、信じるわけにはいかないことであろう。
しかし……。
「貴族の家で、そこの子供と同じ扱い?」
「美味しいものを食べて、綺麗な服を着て、何不自由のない生活?」
「「「私達も、そこへ行きたい!!」」」
さすがに男の子達は黙っていたが、シェリーの姉妹達は皆、一斉にそう叫んだ。……叫んでしまったのである……。
シェリーの両親は、呆然としている。当然のことながら。
ここ、村長の家には、村長夫妻と『赤き誓い』の他に、シェリーの家族と、村の顔役数名のみが集まっている。
あまり大勢に聞かせるような話ではないし、シェリーの両親にとっては不名誉なことであるため、最低限の人数に絞った結果である。村人達も、何か良くない話であろうと察して、口を挟む者はいなかった。そして集まったメンバーも、あまり良くない話であろうとは覚悟していたのであるが、まさかこんな内容であるとは思ってもいなかったようである。
しかし、理解できていない両親達には、きちんと説明して理解してもらわねばならない。そのため、仕方なくマイルがシェリーからの伝言を伝えることによって、状況を説明した。
……こういう時の説明役は、いつもマイルなのである。
「え~と、その~、『女の子だからという理由で待遇が悪い、不便で何もないド田舎で男性に搾取されて人生を終える気はない。私はここで、幸せに暮らします』、とのことでして、あはは……」
……これでも、マイルが気を遣って、シェリーが言った言葉をかなりマイルドにアレンジしたのである。原文は、もっと酷かった。
「「なっ……」」
「「「ずるい、自分だけ!」」」
「「…………」」
両親、姉妹、そして兄弟と、はっきりと反応が分かれた。
そして……。
「そうか、村を出ればいいんだ!」
「誘拐じゃなくて、自分で村を出て、人間の街で普通に働いて暮らせば……」
「獣人は差別されるっていうけど、ここでの男尊女卑よりは、ずっとマシかも……」
「この子達みたいに、ハンターになるっていうのはどう? 人間より身体能力が高い私達なら、うまくやれるんじゃないの? 多分、実力次第の世界だろうから……」
「そうか! 私達と、あとひとりかふたり誘えば……」
「「なっっ!」」
娘達の反乱に、顔色をなくす両親。
「「それじゃ、誰が俺達の世話をするんだよ! そんなこと、許すもんか!」」
そして、奴隷がいなくなると困る息子達の、空気を読まない発言。
「「「「あ~……」」」」
村長達も、何だか固まっている。
もしこの話が村中に広まったら。
そして、若い娘達が皆、この姉妹と同じようなことを言い出したら。
……村が終わる。
そして村長の口から。それに続いて顔役達と両親の口から、声が漏れた。
「「「「「「ぎゃ……」」」」」」
「ぎゃ?」
「「「「「「ぎゃあああああああ~~!!」」」」」」
* *
あの後、シェリーの場合はとんでもなく幸運だったこと、サリシャは囚われの身であったこと、そしてシュラナは『下働きの使用人』という立場で普通の人間の使用人と同じ待遇ではあったものの、それはあくまでも『もう少し成長するまで』の暫定的なものであり、その後は少々過酷な運命であっただろうことをマイルが説明し、何とか事無きを得た。
それでもシェリーの姉妹達は諦め切れない様子であり、『そうだ、シェリーのところへ行けば……』とか、『シェリーの御主人様に働き口を紹介してもらえば……』とか言っていた。
……まぁ、無理もないであろう。今聞いた妹の暮らしぶりは、この村の少女にとってはあまりにも魅力的過ぎた。
姉妹達のその様子に、戦々恐々としている両親と、村長達。
そんな話が村中の女性達に広まったら、大変である。
そして……。
「あれ? 誘拐されて売られた場合の運命については一応説明してもらって納得したけど、この村の女の子だけでハンターパーティを組むことについては、否定的な話は全く出なかったわよね?
そもそも、ひ弱な人間の未成年の子たちが一人前になってて、誘拐組織の討伐を任されるくらい信頼されてて活躍してるってことは、私達ならばもっと稼げる、ってことじゃないの?」
「「「「「「うっ!」」」」」」
大人達は、痛いところを突かれた、とばかりに、話を蒸し返したシェリーの姉の指摘に引き攣ったような顔をしたが……。
「……表へ出なさい」
ムッとした様子のレーナが、そう言い放った。
「銅貨十文字斬り!」
「銅貨四つ折り!」
「炎熱地獄!」
「
「すんませんでした!」
「「調子こいてましたああぁ~!!」」
……無事、話は終わった。
* *
「この
シェリーの家族が帰った後、村長と3人の顔役達がマイル達に深々と頭を下げた。
おそらく、子供達の救出4割、村の崩壊阻止6割、くらいであろう。
そう考え、苦笑いの『赤き誓い』一同。
「一旦は依頼契約が完了し、完了証明書にサインしてギルドにもその旨通知しておるが、いくら依頼外の別件、勝手にやったこととはいえ、礼も報酬も何もなし、というのでは、獣人としての面目が立たん。そんなことが他の村に知られたら、我らの信用が地に落ちる。
なのでここは、どうしても礼を受け取ってもらわねばならん。
先の誘拐犯を捕らえた時のこと、そして我らと報酬の交渉をすることなく立ち去ったことから、この件で多額の報酬を要求しようなどというつもりがないことくらいは分かる。
……しかし、それでは我らが困るのじゃ、それくらいのことは理解できるであろう?」
名誉と信義を重んじる、獣人達が言いそうなことである。
騎士を目指しており、同じく名誉と信義を重んじるメーヴィスには滅茶苦茶理解できるであろうし、他の3人も、それくらいのことは分かる。
なので、何らかの報酬は受け取るべきなのであろうが、自分達が勝手にやったことで多額の報酬を受け取るのも気が引けるし、この村には大した現金収入はない……エルフの村と同じような理由で……ということを知っているので、現金や換金が可能なものを貰うのも、気が進まない。
どうしようか、と顔を見合わせるレーナ達であったが……。
「そうだ! 報酬代わりに、古竜と連絡を取ってもらいましょうよ!」
「「「えええええ?」」」
マイルが、また何かおかしなことを言い出した。
「前に、獣人の人が言ってたじゃないですか。『俺達には、古竜様に連絡する手段がある』って!」
「あ~、言ってたわね……」
「言ってましたね……」
「確かに、そう言ってたよね……」
みんな、ちゃんと覚えていたようである。
「だから、
「う~ん……」
マイルが言っていることは、一応、筋は通っている。しかし、メーヴィスが唸っているとおり、それにはひとつ、疑問点がある。そしてレーナがそこを確認した。
「で、古竜を呼んで、どうしようって言うのよ?」
そう、そこである。
わざわざ古竜を呼んで、どうしようというのか。
そしてマイルは、満面の笑みで答えた。
「勿論、魔族の村へ連れていってもらうのですよ!」
「「「はァ?」」」
レーナ達は、目が点状態であった……。
10月7日深夜にて、『のうきん』アニメ放映開始から丁度1年になります。
「なろう」での書き手としての夢である書籍化、コミカライズ。
それを遥かに超えた、夢のまた夢、ジャンボ宝くじに当選するよりも遥かに遠いはずの夢であるアニメ化……。
その夢が叶い、それから既に1年。
早いです。あっという間でした。
アフレコ現場に行ったのも、打ち上げパーティーに行ったのも、ほんの2~3カ月前のような気が……。
楽しい夢を見させていただけたのは、全て読者の皆様のおかげです。
感謝を込めて、まだしばらくは作品を書き続けさせていただくつもりです。
できましたら、私も、そして皆様も、楽しい夢を見続けることができますように……。(^^)/