487 潰 す 5
あれから
長い間閉じ込められていたため体調を心配して、マイルがサリシャを背負ったままであるため、待遇に差を付けるわけにはいかないからと、シュラナはメーヴィスが背負っている。
そして、メーヴィスにぎゅっとしがみついたシュラナの顔が、少し赤い。
……このあたりが、心遣いの人メーヴィスの本領発揮であり、『少女ホイホイ』と言われる
「ミッション・コンプリートです。あとは、村へ連れ帰るだけですね」
「「「…………」」」
できる限りゆっくりと、という言葉は口に出さなかったマイルであるが、そんなことはレーナ達にはお見通しであった。
しかし、シュラナとサリシャがいるので、そこに対しては何も突っ込まないレーナ達。
マイルへの気遣いというよりは、それを聞いたシュラナとサリシャがドン引きになったり警戒したりするのを避けるためであった……。
* *
「もうすぐ、獣人の村ですね……」
狐獣人のシュラナと、ウサギ獣人のサリシャとの触れ合いを堪能して、上機嫌のマイル。
しかし、その天国ももうすぐ終わってしまうため、笑顔ではあるものの、少し元気がない。
仕方ない。別れは必ずやってくる。それは充分分かっているマイルなのであるが、やはり至福の
「あれだけゆっくり歩いたんだから、諦めなさい。充分満足したでしょうが……」
「まぁ、それはそうなんですけど……」
レーナの呆れ声に、不満そうにそう返すマイル。
欲望というものは、果てしないものなのであった……。
ずざざっ!
「「「うわあっ!」」」
突然、頭上から何かが落ちてきて、思わず叫び声を上げたレーナ、メーヴィス、ポーリン。
そしてすぐにメーヴィスが剣を抜き、レーナとポーリンは
マイルは、探索魔法でとっくに把握していたため、驚いた様子はない。普段であればともかく、幼女ふたりを保護している今、安全対策に能力を出し惜しみするようなマイルではなかった。
それに、探索魔法を使わずに普通に魔物やその他の危険に対して警戒していたのでは、幼女との貴重な
「シュラナ! サリシャ!!」
そして、連れ帰ったふたりの少女の名を叫ぶ、落下物……、村の警戒線を守る、見張り役の男。
小さな村なので、勿論、村人全員が顔見知りである。なので当然、攫われていたふたりのことも知っていて当然であった。マイル達の顔も、勿論先日の件で覚えられている。
「お、お前たち……」
マイル達に向かって言葉を続けようとしたが、様々な思いで胸がいっぱいになったのか、そこから先の言葉が出ないらしい見張り役の男。
しかし、今は言葉の必要はない。
マイル達は、こくりと頷いただけで、何も言わずに歩を進めた。
見張り役も、言葉は必要ないと思ったか、それとも適切な言葉を喋ることができなかったのか、同じく、こくりと頷いた。
本当は、村へ向かって駆けだして、大声で知らせの叫びを上げたいところであろうが、今は見張り役という重要な任務中であるため、それは断念したようである。
自分の自己満足で感情のままに振る舞い、見張り網に穴を開けて村を危険に晒すなどという愚かな真似ができようはずがない。自分が喚き回って村に知らせなくとも、子供達が救われて無事戻ってきたという事実が変わるわけではない。
そして手柄と賞賛は、この人間の少女達が独占すべきものである。
そう考えて、落ち着き、男は自らが果たすべき任務へと戻った。
そして、更に少し進み、村の敷地内に入ったところで……。
「シュラナ! サリシャ!!」
「おお! おおおおおおお!」
「誰か、ふたりの家族に知らせろ! 村長を呼んでこい!!」
大騒ぎになった。
それはまぁ、当然であろう。
誘拐事件の実行犯は捕らえたものの、人間達に過大な期待を抱いていたわけではない。
権力者との繋がりがある他国の商人や貴族など、ここの領主やハンターギルドにどうこうできる相手ではないということは、よく分かっていた。なので、実行犯を捕らえて厳罰に処し、見せしめにすることで再発を防止する、というくらいが精一杯だと考えていたのである。
……勿論、獣人達が複数の子供を奪った犯人に対して行う『見せしめの厳罰』なので、生きて戻れるようなものではないし、楽に死ねるようなものでもない。
それが、人間の領主が手を回して寄越したハンター達が実行犯を捕らえただけでなく、依頼してもいなかった『被害者の奪還』を成し遂げてくれた。
これはもう、考えられないようなことであった。
しかし、そんなことよりも何よりも、村の幼女が無事戻ってきたという喜びの前には、他の全てのことは霞んでしまうだろう。
そして……。
「シュラナ!」
「サリシャ!」
「シェリー! シェリーはどこ!」
「「「「あ~……」」」」
勿論、サリシャのコスプレとメーキャップは取り、シュラナと共に携帯式要塞浴室で綺麗に磨き上げた上で、マイルのアイテムボックスに入れてあった普通の子供服……マイルは、常に子供用の衣服、お菓子、小鳥と猫の餌、マタタビの小枝とかを用意している……を着せている。ごく普通の服ではあるが、この村の子供達が着ているものに較べると、かなりモノが良い、可愛い服を。
だが、問題は、そこではない。
全力で駆け寄ってきた家族達が、シュラナとサリシャに抱き付き、泣きながらもみくちゃにする横で……。
「シェリー! どうしてシェリーがいないのよおおおぉっ!!」
そう、この村ではシェリー、伯爵邸ではリリアと呼ばれていた、残留希望の幼女。その家族にとっては……。
「どうなってるのよ! どうしてシェリーだけがいないのよ! ま、まさか……」
「うぐぐ、い、生きてます、死んじゃいませんからああぁ!」
母親と
「ぐえええぇ……」
「おばさん、おばさん!」
「絞まってる、絞まってる!!」
「ブレイク! ブレイク!!」
慌てて、怪力でマイルの胸ぐらを掴んで空中に突き上げているおばさんの背中をパンパンとタップするメーヴィス達。服の
さすが、獣人だけのことはある。非戦闘職らしき普通のおばさんでも、かなりの力があるようであった。
……いや、もしかすると、娘のことで逆上して、リミッターが外れているだけかもしれないが。
そして、ようやくのことでマイルを救出したメーヴィス達であるが、この先には、非常に気の重い、厄介な仕事が残っていた。
……そう、シェリーの家族らしきこのおばさんと、父親と兄弟達らしき者達に『残念なお知らせ』をしなければならないのであった。
しかし、他の村人達が大勢いるここで、そんな話ができようはずがない。
シェリーにとっても、家族達にとっても、あまり名誉とはならない話なので……。
「し、詳細は、村長さんの家で、関係者のみに! とりあえず、一旦休ませてください!」
メーヴィスの必死の訴えに、マイルの『死んではいない』という言葉で母親もやや落ち着きを取り戻し、周囲の村人達の説得もあり、渋々引き下がってくれたのであった……。