486 潰 す 4
商会主、番頭や手代達、そしてメーヴィスに鞘で叩き伏せられて転がっていた店員達や後から出てきた従業員、使用人達は、全て警備兵によって捕縛された。
勿論、後でじっくりと取り調べられて、何も知らなかった者、情状酌量の余地がある者達は、それなりの扱いをしてもらえるであろう。今は、誰が有罪で誰が無実か分からないため、一時的に全員を確保しているだけである。
これだけ派手にやらかせば、いくら何でも揉み消し、握り潰しは不可能であろう。
大勢の観衆の中には、王都や他領から来た商人や、他国の商人、現地定住型諜報員、その他諸々がいる。とても隠しおおせるものではない。
そして、自分達に火の
なにしろ、王宮がこのことを知るのは、確実なのである。そして、他領や他国の上層部も……。
古の約定。亜人大戦の再発を防ぐために多くの種族達が結んだ、協定。
それら全てを無にする危険を
自らの身を護るためには、全力で違反者を叩きまくるしかない。僅かでも擁護の言葉を口にしようものなら、自らもまた全力で叩かれる側になってしまう。
まともな貴族や商人ならば、そのあたりはちゃんと理解しているはずなのである。
しかし、ちゃんと歴史を勉強していないボンクラ貴族、危機感の薄い者、絶対にバレることはない、バレなければ問題はない、などと根拠のない安易な考えを抱く者等は、いつの世にも絶えないのであった。
「あ、ま、待て!」
幼女を抱えたまま、そっとその場を立ち去ろうとしたマイル達に、警備兵の指揮官が慌てたように声を掛けた。
((((チッ……))))
それとなく、うまくフェードアウトして姿を消すつもりであった『赤き血がイイ!』一同は思わず舌打ちをしたが、そんなもの、見逃してもらえるはずがなかった。
「お前達には、事情説明と証言をしてもらわねばならん。一緒に警備隊本部まで来てもらう。事が事だけに、場合によっては領主様にも報告してもらうことになるかもしれん。
……いや、そう心配することはないぞ。状況からみて、明らかに悪党は商人の方だからな。
ただ、事情説明をしてもらいたいだけだ。それと……」
そう言って、ちらりとお店
明らかに、やり過ぎであった。
確かに、これに対しては若干の説明を求められるのも無理はないであろう。
(マズいわね……)
(マズいよねぇ……)
(困りますよね……)
(何とか、回避しなきゃ……)
そう、確かに『正義は我にあり!』なのではあるが、あまりちゃんとした取り調べをされるのは困るのである。
ひとつ、ギルド支部が出てきて、マイル達が自称である『赤き血がイイ!』とかいう怪しげな名ではなく、『赤き誓い』という名で登録されたパーティであるということが露見するかもしれないこと。
……いや、その名を名乗ったこと自体は、別に問題ではない。実在する他のパーティの名を名乗ったのであれば
そう、有名漫画家が、別のペンネームでこっそりと18禁漫画を描くようなものである。
しかし、マイル達は今回の件が『赤き誓い』の仕業だとバレることは避けたかった。
ひとつ、サリシャの怪我が、見た目だけであり実はメーキャップであることがバレると困ること。
これは、明らかにマズい。
座敷牢に囚われていた幼女が、なぜそんなことをしていたのか。
どうやってメーキャップの道具を手に入れたのか。
なぜそんなメーキャップの技術を持っていたのか。
……問い詰められれば、説明のしようがない。
ひとつ、この依頼がマイル自身からの自由依頼であり、事実上、依頼人なしのマイル達の勝手な行為であること。
サリシャの救出だけであれば、まぁ、義侠心による正義の行いとして不問に付されるかもしれない。
……しかし、店のこの惨状は、明らかに許容限度を超えている。『なぜ警備隊に申し出なかったのか』、『どうして自分達だけで勝手な行為を行ったのか』等、責められるのは、ほぼ確実であった。
いや、それは警備隊に届けても、賄賂を受け取っている者達によって握り潰されたり、逆にマイル達の方が捕らえられたりする可能性があったからであるが、そんなことを言えば、警備隊側は保身のためにますます態度を硬化させるに決まっている。
また、そんなことをすれば、警備隊から情報を受け取った商会主が人を雇ってマイル達を消そうとしたり、証拠隠滅のためにサリシャをどうにかする可能性もあったため、それは悪手であり、マイル達はそんなことをするつもりは全くなかったのである。
……マズい。とにかく、マズい。
それが、マイル達の共通認識であった。
なので……。
「ええい、下がりおろう! 頭が高い!!」
「えええええ!!」
そう、勢いとハッタリで切り抜けるべく、指揮官に向かって、マイルが偉そうな態度で何やら言い始めたのであった……。
「我らから事情を聞くまでもなく、
我らはただ、めがみエルお方のごせんたくを果たすのみ!」
『
……そう、その直前の『めがみエルお方の』という不自然な言葉との繋がりにより、マイルが『後で自分の下着を洗って、目が見える私が「洗濯」という用事を果たせばいいよね!』という、既にこじつけの域にすら達していない、もう『嘘ではない』と言うことすらおこがましい無茶苦茶な台詞を吐いたのであるが、勿論、警備兵達には『そう聞こえて当然の意味』として受け取られた。
「め、女神の御宣託だと……」
「エル? それが女神のお名前なのか?」
「し、神命を
地下に囚われた幼女の存在を知り、堂々と真正面から救い出した、半数はまだ未成年の少女達。
まるで神罰を受けたかのように破壊され、そしてなぜか囚われの幼女の許へと至る道だけ瓦礫がないという不自然な……、何者かの意思が介在しているとしか思えないこの場の状況。
それは、
そして、戦闘職の者は、総じて信心深い者が多かった。
運頼みで生死が左右される職業の者に、不信心な者は、そう多くはない。……犯罪者を除いて。
なので当然、この警備兵達や指揮官も、信心深かった。
「我らの任務は、この子を無事親元へと帰すことのみ。悪党共の処分は、それを為すべき立場の敬虔なるしもべに託すようにとの、御宣託である。……その方達は、敬虔なる女神のしもべであるか?」
「……も、勿論でございます!」
思わず、見知らぬ小娘に対して敬語で答えてしまった指揮官。
……しかし、この状況では、それも無理はないであろう。
「ならば、後のことは任せた。良きに
そして、無詠唱で不可視フィールドを展開し、姿を消した『赤き血がイイ!』とサリシャ。
周りの声が聞こえるよう、遮音フィールドは展開していないため、マイルは口に人差し指をあてて、皆に声を出さないように念押しの指示をしている。サリシャにも、昨夜のうちに作戦と声を出さないようにとの合図については説明済みであった。
「「「「「「……き、消えた……」」」」」」
驚きに、硬直したままの警備兵達と、観衆。
そしてマイル達は、そっと瓦礫の方へと移動し、人が近寄りそうにない瓦礫の陰に座り込んだ。
不可視フィールドは物理的なバリアではないため、他者がフィールド内に入り込めば、姿を見られる。なので、観客でぎっしりであり、とても人の間を縫って逃げられる隙間がないこの状況では、ここから逃げられないのであった。
物理的なバリアを張っても、『何もないのに身体が押し
(……何か、失敗したかも……。もっと効率的な逃げ方を研究した方がいいかなぁ……。安全のため外部の状況を把握しておかなきゃならないから、遮音フィールドは使えないからみんなと話すこともできないし……)
いくら優れた魔法が使えようとも、それをうまく利用できるだけの才能がなければ、宝の持ち腐れなのであった……。