485 潰 す 3
現場へと駆け付けた警備兵達は、ぽかんとした顔で、動きを止めて立ち尽くしていた。
自分達は、今、どこにいるのか。
通報により駆け付けた場所、つまりここは、この街でも有数の大店の前である。
……そう、
そして現実は。
崩壊した、『元、大店であったはずのもの』、その『現在、
半壊ではない。ほぼ、『7分の6壊』。
そして、瓦礫の山ではあるが、なぜかその中に一直線に伸びる、幅2メートルくらいの『不自然に瓦礫がない、まるでそこだけ瓦礫を除去したかのような通路状のもの』……。
そして、ようやく正気に戻ったらしき警備兵の指揮官が、大声で叫んだ。
「いったい、どうなっている! 誰か、説明を!!」
しかし、誰も関わりたがらないようで、観衆の中にそれに応える者はいなかった。
店の関係者達は、呆然としており反応しない者、自分から警備兵に証言することは避けたいのか黙って俯く者等で、積極的に警備兵と関わろうとする者はいなかった。
警備兵を呼びに行った者も、自分がこの場を離れた時にはこんな状況ではなかったため、どうにも説明のしようがなかった。
誰も反応してくれず、困った指揮官があたりを見回すと……。
「おい、お前、ハンターギルドの職員だな! 説明しろ!」
不運にも、顔を覚えられていたらしきギルド職員が指名されてしまい、あちゃー、というような顔で頭を抱えた。
ここは街の中心部に近いため、警備隊詰所も近いが、ハンターギルド支部はもっと近かった。
そのため、マイル達の最初の大声で職員やハンター達が何事かと飛び出してきていたのである。ハンター達は暇潰しの見物に。そして職員達は揉め事がギルドに関係するものかどうかを心配して。
そして現在はっきりと分かっているのは、『この案件には、決して関わってはならない』ということであった。
なので、ただ見守り、状況を把握し、情報を得るのみ。そう思って
そして左右に目をやり、助けを求めるべく同僚達に視線を向けると、皆に、そっと視線を逸らされた。同じく、いつもフォローしてやっているハンター達にも……。
世の、あまりの無情に死んだ魚のような目をしながらも、その職員は仕方なく、そっと指差した。
むふ~、と、やり遂げた感のある表情で鼻息も荒い、4人の少女達の方を……。
そう、まともに返事をしてこの件に関わるようなつもりは全くない職員の、必死の『俺は知らん、そいつらに聞け!』アピールであった。
そして、指揮官は素直にその主張に従い、マイル達の方を向いた。その職員には喋る気が全くないということが、はっきりと分かったので。
自分の無言のアピールが分かってもらえた職員は、心の底からの安堵のため息を漏らしていた。
「……お前達、状況を説明してくれんか?」
4人の頭に付いているケモミミには当然気付いているはずであるが、公務に就く者として一応は『亜人とヒト族は同権』という建前を守ろうとしてか、それともこれが非常にデリケートな問題だと気付き慎重になっているのか、はたまたいくら相手が獣人とはいえ未成年者を含む若者達だからか、一応は丁寧な……警備兵としては……言い方でマイル達にそう尋ねる指揮官。
おそらく、マイル達が事情を知っているか、もしくは最初から現場を見ていた目撃者だとでも思っているのであろう。その連中が全ての元凶だと考えるには、店の惨状があまりにも酷すぎた。
「それは……、あ、その前に……」
そして、そう言ってネコミミカチューシャを取り外すマイル。
それに続いて、レーナ達もそれぞれのケモミミカチューシャを取り外した。
「え?」
「「「えええ?」」」
「「「「「「えええええええ~~っっ!!」」」」」」
愕然とする、警備兵と観衆達。
そう、第三者が割り込んだり口を挟んだりしづらいようにケモミミを装着していたマイル達であるが、最後まで着けているつもりはなかったのである。でないと、この一連のことが全て獣人達のせいになってしまう。
もう、この段階まで来れば第三者の介入阻止うんぬんは関係なくなるので、自分達はヒト族人間種であることをはっきりと示したわけである。
「「「「「「何じゃ、そりゃあああああ~~!!」」」」」」
しかし、今は現場の主導権は警備兵、そしてその指揮官にある。
なので、獣人ではなくただの人間の少女であると分かった4人に、指揮官はワケが分からないながらも、先程よりも更に丁寧な話し方で問い掛けた。
「……で、お嬢ちゃん達、何を見たのか教えてくれるかな?」
あからさまな子供扱いに少々ムッとしながらも、それを抑えてレーナが説明した。
「私達が見たのは、獣人の子供を誘拐して地下牢に幽閉、奴隷扱いしている
「なっ……」
絶句する、指揮官。
レーナの説明の中の『獣人の子供を誘拐して地下牢に幽閉、奴隷扱いしている』というのは、『下衆共』にかかる修飾語であり、見たのは『下衆共の姿』なのであるが、早口で喋られたレーナの言葉は、まるで誘拐や奴隷扱いの現場を見たかのように受け取られた。
勿論、わざとである。昨夜のうちに、台詞は充分に案を練って暗記してあった。
「な、何を、根も葉もないことを!!」
商会主が焦ってレーナの言葉を否定するが、動転している商会主は先程のレーナの言葉を正確に
もし落ち着いていたならば、その台詞の中にあった、自分にとって致命的な言葉をスルーしてしまうことはなかったであろう。
しかし、その前に放たれた『誘拐』、『地下牢に幽閉』、そして『奴隷』という、あまりにも強烈なインパクトがあるパワーワードのせいで、既に一度出た『地下牢』という言葉がするりと頭から抜けてしまったのであろうか……。
その、致命的な言葉、『地下牢への隠し扉』。
「マイル!」
「はいっ!」
レーナの指示で、瓦礫のないところを一直線に進み、床に手をかけて一気に扉をはね開けるマイル。
その周りには瓦礫がないため、そこに隠し扉があったこと、そしてその中に入っていくマイルの姿は、警備兵や観衆達から丸見えであった。
……勿論、不自然に瓦礫がない部分があるのは、そのためであった。
そして数十秒後、そこからひとりの幼女をお姫様だっこしたマイルが姿を現した。
「ひっ!」
「酷い……」
「何てこった……」
それを見て、口々に非難の言葉を漏らす観衆達。
……そう、マイルに抱えられた幼女はボロを
そして、汚れた布で吊られた左腕。赤黒く染まった汚い布が巻かれた右足。
「「「「「「…………」」」」」」
「しっ、知らん! 私はちゃんと清潔な服を着せていたし、怪我なんかさせておらん! 何かの間違いだ、誰かの仕業だ!!」
商会主が何やら必死に叫んでいるが、だれもそんなものには見向きもせず、そして誰もそんな言葉を信じてはいなかった。
……ただ、商会主がその幼女の存在を知っていたこと、そして幼女が自分の管理下に置かれていたということを自白した、ということ以外は……。
「地下に、牢があります。確認してください!」
マイルにそう言われ、指揮官の指示でふたりの警備兵が地下へ入り、そしてすぐに戻ってきた。
「地下牢……、座敷牢がありました。便壺や毛布、その他の状況から、使用されている状態であったのは間違いありません。錠前はたたき壊されておりましたが……」
座敷牢は、正確には『地下牢』とは少し違う。
いや、地下にある牢、という意味では、別に間違ってはいないかもしれないが……。
座敷牢は、懲罰を目的とした、犯罪者を収容するためのものではなく、私設の軟禁用の施設であるため、普通の牢よりは居住性が良く、そう酷い環境ではない。
マイル達は、わざと『座敷牢』ではなく『地下牢』と連呼していたが、さすがに警備兵は上官に対して正確な報告をしたようであった。
勿論、マイルはサリシャを牢から出す時に、剣ですっぱりと木製の格子を両断するのではなく、それらしく、錠前の部分を剣の柄で何度も叩いて破壊したように偽装していた。
そして、もの凄い
兎獣人の幼女、サリシャの服と包帯、薄汚れた顔や血の跡は、勿論マイルによるコスプレとメーキャップである。
別に、マイルはサリシャが怪我をしているとか、虐待されていたとか言ったわけではない。
ただ、捕らえられていた、『退屈凌ぎに怪我人の扮装をしていた幼女』を牢から連れ出しただけである。何も嘘は吐いていなかった。
「違う! 知らん! 怪我をさせたのは私じゃないいいぃ~~!!」
そして、その点においては商会主もまた、嘘を吐いてはいなかった……。