483 潰 す 1
「……潰す」
怒りの呟きに続き、ぼそりとそう溢したマイルであるが、慌てて首を振った。
「いやいや、それは後です! レーナさん達との、今後のお楽しみですよっ! 今は、この子を安心させるのが先決です!!」
そう、マイルは己の望みよりも、幼女の保護を優先する紳士なのであった。
……マイルは女の子であるが、紳士である。何の不思議もなかった。
「サリシャちゃんだね、獣人の村の。
今からとても大事な質問をするから、『はい』か『いいえ』で答えてね?」
「…………」
いつも苛めに来る人間でも、水や食べ物をくれる人間でも、あいつに連れられてくる見物客でもない。そう気付き、最初は無関心であった幼女が、再びマイルの方に眼を向けた。
そして、マイルの姿をじっくりと眺めたサリシャは、くわっ、とその両眼を大きく見開いた。
「いい? 質問するよ?
あなたは、ここを逃げ出して、村に帰りたい?
あなたは、ここを逃げ出して、村ではなく別のところへ行きたい?
あなたは、ここを逃げ出すことなく、このままここに居たい?」
「……」
「…………」
「………………」
「はい! いいえ! いいえ!!」
(うん、いい返事だ!)
サリシャの元気な返事に満足して、腕を組んでうんうんと頷くマイル。
先程まで無気力そうだったサリシャが急に元気になったこと。そしてなぜか、初対面であるマイルを無条件に信じているらしきこと。普通に考えれば少し不思議ではあるが、マイルは全然気にした様子もなかった。どうやら、自分は幼女に好かれて当然、という、何の根拠もない自信を持っているようであった。
……そして、マイルが
「私は、依頼を受けて救出に来たハンターです。明日、改めて仲間と一緒に助けに来ますから、もう1日だけ我慢してくださいね。
そして、救出作業に役立ちそうな、サリシャちゃんの待遇やここに来る者の人数やその用件、食事の時間、その他何でも、分かること全てを教えてください。それによって、明日の作戦の詳細や実施時間などを考えますので……」
マイルの頼みに、サリシャは大きく頷いて、知っている限りのことを話し始めた。
まだ、夜は始まったばかりであり、時間は充分にある。そしてここは隔離された場所であり、誰かがいきなり部屋に入ってくる心配もない。マイルが短間隔で探索魔法により地下への入り口がある部屋と地下部分を探査すればいいだけのことであった。
そして更に、高性能な『マイルイヤー』により入り口を開閉する音を聞き逃すこともない。
出入り口が一箇所なので、探知してからでは逃げ道がないが、不可視フィールドで姿を消してこっそりとすれ違って逃げるとか、同じく姿を消して部屋の隅に
そのため、マイルはサリシャから話を聞き始める前に、もし誰かが来たら透明魔法で姿を見えなくするけど驚かないでね、と、ちゃんと説明しておいたのであった。
勿論、引き揚げる途中で、夜間における店内の警備状況その他を確認するのを忘れたりはしていない。
* *
「……じゃあ、ポーリンは強攻策がいいと?」
「はい。今回の買い主である商人は、明らかに言い逃れのしようのない犯罪行為を行っています。なので、サリシャちゃんをこっそり救い出しても、また次の女の子……それが獣人かどうかは分かりませんが……を手に入れようとするでしょう。
商人ならば、色々な
「う~ん、確かに、その手の商人なら、そういう方面には繋がりがありそうだよねぇ……。
そして、今回人間ではなく獣人の女の子を手に入れたということは、もし獣人が手に入らないとなれば、次はエルフとか魔族とか、他の人間以外の種族の女の子を狙うかもしれないよね。
それって、もし露見すれば、大問題を引き起こしかねない
勿論、オースティン家はしっかりと伝えているクチであり、だからメーヴィスもそれに関しては完全に理解していた。
勿論、その他にも前回の事件のことがあり、あの時にみんなが『古の盟約』についての話を聞いている。
そのため、ポーリンが提案した『強攻策』に、レーナとメーヴィスも反対する様子はなかった。
そしてマイルはと言えば……。
「許さん……」
斯くして、方針は決定された。
* *
「サリシャちゃん、事前準備に来たよ!」
「ちょっと、
そしてマイルは、他の者が入ってこれないように、上の部屋から地下へと降りる出入り口を土魔法で封鎖してから、チョチョイと鍵を開け、牢の中へと入っていった。
一日の最初に誰かがここへ来るのは、朝2の鐘のしばらく後、粗末な
しかし、予定外の訪問者に備えて、対策は忘れないマイルであった。
そう、
* *
「サリシャちゃんの
既に宿を引き払い、近くの空き地で待機していたレーナ達にそう伝え、いよいよ作戦開始である。
「じゃあ、行くわよ。作戦名、『強襲』。方針は、『ガンガンいこうぜ』よ!」
……そのまんまの作戦名であった。
「赤きちか……、『赤き血がイイ!』、出撃!」
「「「おおっ!!」」」
* *
そう時間に厳密ではない仕事に出る者達で、街路には多くの人が行き
そして、大通りを歩いてきた、帽子をかぶった4人の可愛い少女達が、とある商店の前で足を止めた。
「ここです」
「……じゃあ、やるわよ。せーの!」
「「「「誘拐されて奴隷にされている、獣人の女の子を返してもらいに来ました~!」」」」
「「「「誘拐されて奴隷にされている、獣人の女の子を返してもらいに来ました~!」」」」
「「「「誘拐されて奴隷にされている、獣人の女の子を返してもらいに来ました~!」」」」
何事かと思い、そして少女達が叫んだ台詞のあまりのヤバさに、道行く人々が全員立ち止まり、目を剥いて少女達を凝視していた。
そして、叫び続ける少女達に、どんどん集まってくる人々。
どたどたどたどたどた!
そして店の中から、顔を引き攣らせた数人の男達が飛び出してきた。
「何、とんでもないことを大声で叫んでやがる!!」
そのうちのひとりが、4人の少女達に向かって怒鳴りあげた。
「いえ、私達は、今お願いしましたとおり、誘拐されて奴隷にされている女の子を返してください、と……」
「あれの、どこが『お願い』だあぁ! それに、そんなものは知らん! 根も葉もないデタラメを言いやがって!」
店の者にそう反論され、ポーリンがにやりと嗤った。
そして、大声で……。
「ああっ、穏便に話し合いで済ませようとしたのに、獣人の少女を誘拐して奴隷にしている者達に交渉を拒否されてしまいました! かくなる上は、少女を救出するために、凶悪犯罪者と戦うしかありません! さあ、皆さん、少女を助け出すために、正義の戦いを行いましょう!」
「「「お~~!!」」」
わざとらしく、何度も『獣人の少女』、『誘拐』、『奴隷』というパワーワードを大声で繰り返したポーリン。
そして4人は、かぶっていた帽子を一斉に取った。
そこから現れた、ネコミミ、イヌミミ、キツネミミ、……そしてタヌキミミ。
「「「「「「じゅ、獣人……」」」」」」
店の者や集まった群衆達から驚きの声が漏れた。
……勿論、その正体は、マイル謹製、手作りケモミミカチューシャシリーズであった……。