480 潜 入 2
使用人達の就寝時間は早い。
翌日は日の出前から起きて働かねばならないし、夜遅くまで起きているとロウソクやランプの油代がかかる。そして、明かりのない夜間には、寝ること以外に、やれることもなかった。
なので、
ちなみに、『赤き誓い』であれば、この時間にマイルによる『にほんフカシ話』が披露される。
まぁ、マイル達であれば、明かりの魔法により経費ゼロで
(よし、みんな眠りましたね……。では、念の為、睡眠魔法を……)
マイルは、とある使用人部屋で睡眠魔法を使った。
部屋全体に、ではなく、ひとりひとり個別に、である。
そして、最後のひとりには睡眠魔法を掛けず、その者と自分とを遮音フィールドで覆った。
「シュラナちゃん、シュラナちゃん、起きてください……」
「……ん……なぁに……」
耳元で囁かれた声に、眠さを
まだ寝付いてからあまり時間が経っておらず、一番眠い時間帯である。そのため、返事はしたものの頭は
なので、マイルはここで本題を切り出した。
「……村に帰りたいですか?」
そう、
もし本人が
そしてマイルのその言葉を聞いた
「救出部隊の方ですね! 待っていました! あ……」
思わずやや大きな声を出してしまい、慌てて両手で自分の口を塞ぐ、幼女シュラナ。
そう、この小さな部屋は、4人部屋なのである。こんな声を立ててしまえば、他の3人が……。
「あ、大丈夫ですよ。他の方には睡眠魔法を掛けていますし、私達ふたりの周りには遮音フィールド……、音が外に漏れないように魔法が掛けてありますから」
「おおおお、魔術師ですかッ! 私なんかを助け出すために、貴重な魔術師に依頼するなんて!
おお! おおおおおおお!!」
感激に震えているらしき、シュラナ。
大袈裟に思えるかもしれないが、これには理由があった。
獣人にも、勿論魔術師はいる。しかしそれは他の種族に較べるとかなり割合が低く、しかも戦闘に使えるだけの者は滅多にいない。
……つまり、魔術師として戦闘職たる兵士や傭兵、そしてハンターが務まる獣人は非常に少なく、そんな者にこのような指名依頼を受けてもらうには、どれだけの依頼料を必要としたことか……。
そのお金を、女である自分なんかのために村が出してくれた。そう思って感激しているのである。
シュラナがそんな勘違いをしたのは、勿論、マイルのせいである。
マイルが、頭に装着しているもの。
……自作の、ネコミミカチューシャ。
これのせいで、シュラナはマイルのことを『村人が大金を払って雇ってくれた、獣人の魔術師』だと思い込んだわけである。
救出時における危険、そして後々における危険を考えると、貧乏な村が用意できる程度の安い依頼料で人間の貴族の屋敷から獣人を助け出す依頼など、人間は勿論、他の種族の者達も受けてくれるはずがない。そんな依頼を受けてくれるのは、女神か御使い様を除けば、馬鹿な獣人だけである。
……勿論、この場合の『馬鹿』は、賛辞の方である。
女神か御使い様、という『あり得ない選択肢』を除外すると、残るのは、同族である獣人の少女を救うために安い依頼料でこの仕事を受けてくれた、稀少な獣人の魔術師、という選択肢だけであった。
そもそも、
今までの言動から、シュラナがここに留まることではなく脱出を希望していることは明白であった。
今回も無駄足に終わるということがなく、ひと安心のマイル。
いくらみんなの総意だとは言っても、一応の依頼主は自分なので、そんなことになればみんなに対して申し訳がない。
……ちなみに、みんなへの依頼料は、魔法や剣術の
さすがに、こんなことで仲間から金銭を受け取ることは矜持に関わることだったらしい。
しかし、あまり年齢が変わらないように見えるのに、前回のリリアとは全く違う反応に、マイルは少し驚いていた。
(同じくらいの
そう、せっかくわざわざ大金を払って手に入れた獣人の少女を、普通の使用人として使う者はいるまい。
そして、幼いうちに暴力を加えると、簡単に死んでしまったり、軽く殴っただけで大怪我をしたりしてしまう。それでは、払った大金の元が取れない。
なので、成長するまでは普通の労働力として使うつもりなのであろう。そして、成長すれば……。
それに、『昨日までは普通にみんなと一緒に働いていたのに、ある日突然、自分だけが奴隷扱いに』ということになって絶望する姿を見て楽しむ、とかいう、鬼畜の娯楽もある。
最早聞くまでもないが、マイルは一応、確認した。
「ここに留まりたい? それとも、村へ帰りたい?」
「村へ帰りますっ!」
即答であった。
頭が良さそうな子なので、帰りたいとは思っていても、今の自分がひとりで逃げ出したところで、獣人であり目立つ自分が一文無しで歩いて逃げてもすぐに捕らえられるのが分かっているから、従順な振りをして我慢していたのであろう。
(ん~、どうしようかなぁ……)
そしてマイルは、そう聞いておきながら、考え込んでいた
(明日、みんなで出直したとしても、領主が素直に認めるはずがないし、明らかな奴隷扱いをしているわけじゃないから、『50年分の給金を前払いした、普通の奉公人だ』と言い張られたら、どうしようもないよね。多分、偽造書類は揃ってるだろうから……)
そう、この世界では偽造書類を作るのは非常に簡単であった。平民の識字率が低いため、本人のサインなど、マルやバツを書いただけ、とかもザラにある。
そして、今すぐ助け出してもらえるものと信じ込んで瞳をキラキラと輝かせているこの子を置いて立ち去るのは、どうにも心苦しい。
(う~~ん……)
そして、暫く考えた末……。
「一緒に来る?」
「うんっ!!」
* *
「何考えてるのよっ!」
「マイルちゃん、物事には、手順とか、段取りとかいうものが……」
「マイル、さすがに、それはちょっと……」
宿に戻り、不可視フィールドを張ったままそっと部屋へ戻った、マイルとシュラナ。
そして当然のことながら、レーナ達に怒られた。
「明日の朝、同室の者達が起きた時点でこの子がいなければ、大騒ぎになるじゃないの! だから、堂々と奪い返すか、そうじゃない場合は皆が寝静まってからすぐにこっそりと助け出して夜のうちに距離を稼ぐ、って決めてたじゃないの! それを、どうしてこんな中途半端なことするのよ!」
レーナが怒るのも、無理はない。
こっそり作戦の場合は、事前に移動の準備をしておき、皆が街の出口付近に待機してからマイルがひとりでシュラナを迎えに行く予定だったのである。少しでも時間を稼ぐために……。
「まぁ、やっちゃったことは仕方ないだろう。時間が惜しい、今すぐ街を出るよ。レーナ、ポーリン、すぐに着替えて! マイルは、急いで宿の人に書き置きを。代金は前払いだから、急な
さすがは、パーティリーダーである。レーナがただ怒るだけなのに対して、素早くそう指示を出して、自分もさっさと着替え始めた。……それも、怒ったレーナに怯えているシュラナの頭を軽く撫でてからという、イケメン振りであった。
しかし……。
「メーヴィス、まだ?」
「も、もう少し待ってくれ……」
そう、レーナやポーリンに較べ、防具の装着に時間が掛かるメーヴィスが、一番着替えに時間が掛かるのであった……。