478 殲 滅 5
「ど、どどど、どういうことよっ!」
状況について行けず、伯爵を問い詰めるレーナ。
「いや、どう、と言われてもな……。見てのとおりだ。
引き取るはずであった雇用主が何らかの問題を起こして、宙に浮いてしまった年季奉公の獣人の子供がいるのだが、と商人に持ち掛けられてな。
これが普通の人間の子供であればともかく、獣人となると、おかしな者に引き取られればマズいことになる可能性がある。世間には、人間至上主義者とか、異常な性癖を持つ者とかもいるからな。
領内で揉め事……それも、致命的なもの……を起こされてはかなわんから、うちで引き取ったのだ。
何でも、両親に50年分の賃金を前払いしたとか、どんな扱いをしても構わないとか、事故で死んでも問題ないとかで、そんなのは殆ど人身売買であり、奴隷も同然であろう。
なので、獣人の子供だからと思い切り吹っ掛けてきおった商人の足元を見て値切り倒してやり、うちの使用人見習いとして引き取った。
今はまだ、息子の遊び相手をさせているだけだが……」
見ると、幼女は伯爵の息子の背に
マイルがその異常なまでの性能を誇る視力で幼女をじっくりと観察したところ、顔や手足にアザや傷もなく、完全に伯爵の息子を信頼しきっている様子である。
そして……。
「あんな、何もなくてひもじい思いをする、兄ちゃんや弟達ばかり優遇されて女の子の私には残り物しかくれないような家、嫌だよおぉ! 帰りたくないよおおおおぉ!!」
「「「「…………」」」」
幼女の、心の底からの叫びに、マイル達、呆然。
「ど、どうなってんのよ……」
「獣人は、エルフ以上に男尊女卑があからさまなんだよ。多産だから、子供の扱いが割とぞんざいだしね。兄弟が多くて、女の子だと、ちょっと……」
4人のうちで他種族のことに一番詳しいメーヴィスの説明に、愕然とした様子のレーナ達。
そして、マイルが叫んだ。
「……無罪! 撤収! てっしゅ~!!」
その後、念の為にリリア……村での名前はシェリー。ここでは商人に付けられた新しい名を名乗っているらしい。村に戻る気、皆無の模様……の手足や背中等に
そしてリリアからの家族への伝言……メーヴィスが『何というか、もう少し穏便な言い方にすることはできないか』と説得するくらい
だが、その前に……。
「「「「すみませんでしたああぁ~~!!」」」」
ちゃんと伯爵に謝罪した、4人であった……。
* *
「苦笑いしただけで許して貰えて、よかったですよね~」
「ああ、下手をすれば面倒なことになっていたかもしれないんだ、助かったよ……」
「まさか、伯爵がマイルとの獣人談義で盛り上がって、機嫌を直してくれるとは……」
ポーリン、メーヴィス、レーナが、ほっとした様子でそんなことを言っているが、マイルは……。
「いえ、揉めた場合に備えて名乗っている、『赤き血がイイ!』のパーティ名でしょう? いざとなれば、全力で逃げれば何とかなりますよ?」
「「「…………」」」
マイル、世の中を
「まぁ、確かに『赤き血がイイ!』なんて名のパーティはハンターギルドには登録されていないし、こんな依頼が出された事実も、受注された事実もないからねぇ。
依頼を受けた、と、いかにもギルドで受注したと受け取られるような言い方をしているけれど、実際にはマイルからの依頼をギルドを通さずに直接受けた、『自由依頼』だからねぇ。言い回しには充分注意して、嘘にはならないように言っているから問題はないんだけれど。
でも、それだと……」
「何かあっても、ハンターギルドは介入しないし、助けてくれることもない……」
メーヴィスの言葉に、そう続けるレーナ。
そう、『自由依頼』は、別に悪いことではないし、ギルドの規約に違反しているわけでもない。
……ただ、何が起ころうとも、ギルドは全く関知しない。良い意味でも、悪い意味でも。
全ては、自己責任。
* *
「……で、ここが、ふたりめが売られたという子爵家の領地ですか……」
「マイル、あんた、どうして新しい街に着く
「い~んですよ、細けぇこたー!」
呆れたようなレーナの指摘を、無理矢理
「今度は、悪い貴族であって欲しいですよね……」
「いや、攫われた子供や領民のことを考えると、その望みはどうかと思うよ……。」
そして、ポーリンが口にした願いに、苦笑いのメーヴィス。
確かにそれは、当事者達が耳にすれば怒りそうな願いである。
「とりあえず、前回と同じように、領主の評判を確認するわよ。
前回の領主も、獣人の子供フェチ……マニアック……子供に寛大なだけであって、その他の部分では評判通りの下衆貴族だったからね。事前調査は大切よ」
レーナの言葉に、こくこくと頷く3人。
そう、あの伯爵は、別に『良い人』などではなかった。
ただ、獣人の幼女をペットのように可愛がっているだけであり、息子が望むならば『遊び相手』として、そして後には『愛人』として囲っても構わない、と考えているだけであった。
勿論、正妻どころか、第二夫人とかの立場も与えられることなく、もし子供が生まれても爵位や財産の継承権など全くない。伯爵家の血を引いているということすら口外できない、使用人とそう変わらない立場である。
しかし、それでも『あの男尊女卑が強烈で、何もないド田舎の村で、父親や男兄弟、そして後には夫や息子達のために毎日朝から晩まで働き続ける』という人生よりは、余程マシ。
幼女にまでそういう考えを抱かせるような村に、ようやく幸せを掴めたと思っている幼女を無理矢理連れ帰ることはできなかった。
これが、村人達から正式に依頼された任務ではなく、マイルの我が儘による依頼であってよかった、と、心からそう思う4人。
そう、もしこれが正式な依頼であれば、幼女を無理矢理連れ戻すか、依頼失敗かのどちらかになる。それもやむを得ない理由ではなく、受注者の勝手な行為、故意による失敗となると、違約金の発生や信用の失墜等、色々と望ましくない結果を招くこととなったはずである。
しかし、依頼者がマイルであるため、そのあたりの心配は全くない。
そして、既にパターン化された行動、つまりまず宿を取り、それからハンターギルド支部に行き情報収集、というルートを辿る『赤き血がイイ!』の4人であった……。
* *
「てんぷらでしたね……」
「『てんぷれ』よ、『てんぷれ』! てんぷらは、美味しいやつ!」
そう言ってポーリンの言い間違いを正す、レーナ。
仕方ない。その言葉は、マイルが『にほんフカシ話』でよく使うためレーナ達には意味を認識されているが、マイルが日本で使われていた言葉そのままに『てんぷれ』と言っているため、同じく日本での名をそのまま発音している『てんぷら』と間違えるのも、無理はない。ポーリン達には語源が分からず、『聞き慣れない、異国の言葉』、『ただの、意味のない発音の羅列』としか聞こえないのだから……。
そう、調査の結果、やはりこの領地の領主である子爵は、典型的な小物貴族であった。よくいるタイプの……。
なので、今更何も言うことはない。
しかし……。
「今度は、大丈夫なのかい?」
マイルに向かって、そう尋ねてしまったメーヴィス。
いや、その気持ちは分かる。初っ端が、アレだったのだから……。
「分かりませんよ、そんなの!」
そして、マイルが少しムッとしたような口調でそう返すのも、無理はない。
確かに、今そんなことを聞かれても、マイルには答えようがないであろう……。