477 殲 滅 4
「……では、どうぞこちらへ」
「「「「え?」」」」
邸内から警備の者が姿を現すことも、予想していた後方からの取り囲みや奇襲攻撃もなく、本当に少し待たされただけで邸内へと案内されて、きょとんとした様子のマイル達4人。
(どうなってんのよ……)
(いや、どうなってんのと言われても……)
こそこそと小声でそんな会話を交わしてみても、何の意味もない。
(これはアレです、物陰から突然襲い掛かるとか、出された紅茶に毒が、とかいうパターンですよ!
いえ、私達に情報を吐かせるために、致死性の毒物ではなく、しびれ薬とかを使う可能性も……)
(((なるほど……)))
ポーリンの推察に、納得の声を漏らす3人。
確かに、マイル達が誰から依頼を受けたのか、そしてどこから情報が漏れたのかを確認しようとするのは当然のことであろう。
ならば、わざわざ玄関先で大立ち回りを演じて近隣の人々の注意を
相手の望み通り中に通してやり、奥に招き入れてから油断をついて、というのが
なので、皆、油断なく身構えており、特にドアの前を通る時とか廊下の曲がり角とかでは、ガチガチに緊張し、警戒しまくっていた。
……マイル以外は。
マイルも勿論警戒してはいるのであるが、こんな『不意打ちの一撃で仲間が即死するかもしれない』というような状況で力を出し惜しみするはずもなく、最初から探索魔法を使っているため、伏兵が潜んでいるというわけではないと分かっているからこその余裕であった。
そして、案内の執事がとあるドアの前で立ち止まり、軽くノックした。
「……お客様をお連れ致しました」
「入れ!」
客とは言っても、アポなしの知らない平民、しかも『奴隷の獣人少女』などというとんでもないことを言ってきた連中である。しかも、平民の中でも底辺層である、新米ハンター。
大店の商会主とかであればともかく、とてもまともに相手して貰えるような立場ではない。ぞんざいな扱いを受けたり、偉そうな態度を取られたりしても仕方ない。
……というか、事実、『偉い』のであるが。
邸に入れてもらえたこと自体が、何か企んででもいない限り、あり得ないことであった。
勿論、それがマイル達にこの貴族が何かを企んでいるということをはっきりと教えてくれているわけであるが……。
そして執事がドアを開け、マイル達の眼に映ったものは……。
大きなテーブルの向こうで高価そうな椅子に座った、でっぷりと太って髪が薄くなった中年の男。
そしてその左右に立つ、護衛らしき3人の男達。
マイル達よりもひとり少ないが、20歳にもならぬ少女ふたりと、未成年の子供ふたりくらいであれば問題ないと判断したのであろう。
それに、もしひとり取りこぼしたとしても、伯爵自身も小娘ひとりくらいであれば自分で対処できるとでも考えたのか……。
いくら太ってはいても、仮にも貴族の嫡男だったのであるから、若い頃には剣の鍛錬くらいはしていたであろうし、一見丸腰に見えても、テーブルかどこかに隠し武器が仕込んであるのは常識である。
「ふむ。報告通り、美人揃いだな。席に着くがよい」
作戦として会うことにしたのか、訪問者が若い女性だと聞いて会う気になったのかは分からないが、一応、話をするつもりではあるようであった。
「「「「……」」」」
そして、黙って席に着くマイル達。
何だか、みんな、意識して平静を装っているかの如き不自然な表情であった。
おそらく、『美人揃い』と言われたのがちょっと嬉しかったのであろう。
今の伯爵の立場で、見え透いたお世辞を言う必要はない。それに、今の言い様は、相手の機嫌を取るための言葉とも思えない。……つまり、正直に『そう思った』という、本音としか思えなかったのである。
いくら相手が悪人とはいえ、本心で賞賛されれば、女性として悪い気はしない。
たとえ、それが
席は、マイル達の人数に合わせて4脚用意されている。伯爵が座っているところから一番遠いところに。
人間は、座っている状態から攻撃動作に移ろうとすると、どうしても動きが遅れる。また、テーブルが邪魔になるため、真っ直ぐ伯爵に向かって斬り掛かることができず、回り込んで攻撃しようとしても、伯爵の席の両側に立ったままである護衛達に容易に阻止されるであろう。
……つまり、マイル達を座らせることは、伯爵の安全を大きく引き上げることになるというわけである。別に、平民の訪問客に気を遣ったわけではあるまい。
そのあたりのことは全て承知の上で、席に着いたマイル達であった。
……まぁ、全員が無詠唱や詠唱省略魔法、そして『気』の力による遠隔攻撃ができる『赤き血がイイ!』の連中にとっては、そんなことは大した影響はない。メーヴィス以外は防御魔法も使えるし、メーヴィスにしても、護衛達が剣を抜きテーブルを回り込んで、という行動をするだけの時間があれば、立ち上がりながら抜剣するくらいのことはできる。
「……で、新米ハンターのお前達が、貴族である私に何用かな?」
勿論、玄関で言った台詞は伝えられているであろうが、それはスルーして、しゃあしゃあとそう言う伯爵。
「はい、伯爵様がお買いになられました、奴隷の獣人につきまして、少々……」
デリケートな
貴族相手に、最初から喧嘩腰になることなく、普通に敬語を使って話ができる人材は、他にはいない。
メーヴィスは、伯爵と話しているとおそらく貴族らしい言動が出てしまうであろうから、それはちょっとマズかった。なので、ここではポーリン一択である。
「奴隷の獣人? 知らぬな……。もしそのような者が存在すれば、大事であろう。
それを、証拠もなくいきなり貴族の家に押し掛けてそのようなことを言えば、どうなると思っておる?
自分が何を言っているか、分かっておるのか?」
伯爵は、あくまでもしらを切るつもりのようである。
しかし、ポーリンがちらりとマイルの方に視線を向けると、マイルが
……そう、『続けろ』の合図である。
マイルは、探索魔法により周囲にいる生物を探知することができる。そして、探知した目標が何であるかも、ある程度識別できた。それが人間かエルフか魔族か、……あるいは獣人かの識別が。
つまり、今の合図は、マイルがこの屋敷内に獣人がいると断定したということであった。
なので……。
「はい。そう確信しています」
「……」
果たして、伯爵はどう出るか。
(ここで、『先生、お願いします!』かな……)
マイルがそう考えていると……。
「……あ!」
何やら、伯爵が急におかしな顔をして声を出した。
そして、ドアのところに立っていた執事に向かって指示を出した。
「リリアを連れてきてくれ」
「はい」
いくら態度の悪い貴族であっても、使用人に対しては『連れてこい!』とかの命令口調ではなく、一応は丁寧な言葉遣いをするようであった。
(執事レベルの使用人に怨まれて、敵対している貴族に情報を流されたり、汚職をやらかされたり寝首を掻かれたりすると大変だもんねぇ……)
マイルはそんなことを考えていたが、使用人がそうそう雇い主を裏切ることはあるまい。
別に忠誠心とかいう問題ではなく、もしバレれば、一族郎党皆殺し、ということもあり得るのだから、そんな危険は冒せない、というだけのことである。
そして1分もしないうちに、執事が戻ってきた。
……4~5歳の幼女と、その手を引いた6~7歳の男の子を連れて……。
男の子は、かなり上等な衣服を身に着けている。まさに、『ザ・貴族の子供』といった感じである。そして女の子は、そこまで高価そうではないが、やや裕福な平民の子供が着るような、ワンピースを着ている。……そしてその頭には、ふたつのネコミミが……。
「「「「え?」」」」
見たところ、髪はふわふわ、ほっぺはぷっくり、栄養状態は良好そうで、怪我をしている様子もない。そして、にこにこと機嫌の良さそうな笑顔であった。
この短時間で、着替えさせたり髪を整えたりする時間があったとは思えない。つまり、これが通常の状態なのであろう。
そしてポーリンが、判断に困りながらも、恐る恐る少女に声を掛けた。
「……あ、あの、シェリーちゃん……、ですよね? 御両親や村の人達が心配していますよ。私達と一緒に、村に……」
「嫌ああああああァ! あんなところには帰りたくないっ! 私は、ここの子になるのおおおおォッッ!!」
「「「「何じゃ、そりゃあああああっっ!!」」」」
わけが分からない、マイル達であった……。