476 殲 滅 3
「ここが、グレイナーク伯爵領ね」
最初の目的地へと到着した、『赤き血がイイ!』一行。
「とりあえず、宿を取るわよ」
さすがに、街に着いた早々、下調べもせずに領主の館に突撃するような馬鹿ではない。
「え? このまま領主の館へ向かうのでは……」
馬鹿ではない。……多分……。
「馬鹿ね! そういうのは、ちゃんと領主の評判を確認して、裏を取ってからよ!
実は馬鹿息子や悪い家臣の仕業でした、領主は悪い人じゃありませんでした、とかだったら、どうすんのよ。……それも、『全てが終わってしまった後に』それが分かったりしたら……」
「あ……」
ケモミミ幼女のこととなると見境がつかなくなるマイルであるが、さすがにレーナの説明には納得せざるを得なかったようである。
そして、とりあえず宿を取ってから情報収集のためハンターギルドへと向かう『赤き誓い』であったが……。
「受付が、ケモミミ幼女じゃありませんでした……」
「そんな宿、そうそうあるもんですかっ!」
ぶつぶつといつまでも溢し続けるマイルに、とうとうレーナがキレた。
「今まで、そんな宿屋、1軒しかなかったでしょうが!」
「だってぇ……」
マイル、なかなかしつこい。
「大体、そんなにケモミミ幼女が大勢出回っていたら、誘拐されるほどの稀少価値は出ないでしょうが!」
「あ、た、確かに……」
レーナの説明に、ようやく納得したらしいマイル。
そして、ハンターギルド支部に顔を出し、もうほぼ条件反射というか身体に染み付いた習性というか、自動的に身体が情報ボードと依頼票ボードをチェックし、特に変わったことがないのを確認。
今回は、修業の旅でも、その振りをしての行動でもないので、この場の全員に対して大声で挨拶をしたりはしない。そして修業の旅ではないのに余所者のハンターパーティが訪れる理由の大半は、受けた依頼の遂行中であるか、何らかの理由による移動中、くらいである。共に、無関係の者が軽々しく聞いてよいことではない。
これが明らかに新人パーティであれば、ちょっかいを出す者もいたかもしれない。からかいとか、勧誘とか、夕食のお誘いとかの、そう悪気があるわけではないちょっかいを……。
しかし、ボードの確認の仕方、装備の馴染み具合、そして堂々とした態度から、いくら未成年の者を含む小娘達であるとはいえ、そのあたりを読み違える者などいるはずがない。
なので、彼女達に声を掛けたりする者は……。
「よぅ、お嬢ちゃん達、この街は初めてか? 良ければ俺達が色々と教えてやるぞ? 色々とな、げはは!」
……馬鹿と勇者だけであった。
* *
「……というわけでごぜえやす!」
「ふむふむ……」
メーヴィスが得意の銅貨斬り4分割バージョンを披露し、マイルが指で銅貨を『四つ折り』にし、レーナが爆裂魔法である炎弾でお手玉を披露し、……そしてポーリンがにっこりと微笑んだだけで、全ては終わったのであった。
ポーリンは、まだ魔法を見せてもいなかったのに、自分が微笑んだだけで男達が絶叫したことに、いたくお
そしてやけに物分かりが良くなった男とその仲間達の計5人は、『赤き誓い』の4人に色々なことを教えてくれた。飲食コーナーで、引き攣った顔で軽食とジュースを奢ってくれて。
少し離れたところにいる他のハンター達、そして受付カウンターの向こう側のギルド職員達からの、同じく引き攣った顔での視線を受けながら……。
マイル達は、それらの視線を全く気にもしていなかった。
……慣れた。
ただ、それだけのことであった……。
そして気の毒な、いや、マイル達に目的があったため無事に済んだ……奢らされたことによる出費を除いて……幸運な男達から聞き出した情報は……。
「領主は、金に汚く、女好き……」
「税率は、国で定められた範囲内での最大値である、6割……」
「傲慢で、身分差別が激しく……」
「領民にすぐ暴力を振るう……」
「「「「ごく普通の貴族ですか……」」」」
そう、ごく普通の、典型的な貴族であった。
* *
「領主が、典型的な普通の貴族だということが分かりました。……つまり、悪党です!」
「いやいやいやいや、さっきの話では『典型的な、普通の貴族』というだけで、別に極悪人だとか、犯罪者……貴族を糾弾できるレベルの……というわけじゃないよ。これで屋敷に押し入ったら、さすがにこっちが押し込み強盗の凶悪犯罪者になっちゃうよ!」
「そうよねぇ……」
短絡的なことを言うマイルを止める、メーヴィスとレーナ。
「決していい奴じゃないですけど、普通の貴族としての範囲内ですからねぇ。問答無用で叩き潰すには、まだ情報不足です」
「そうなのよねぇ……。かといって、私達に、マイルのフカシ話に出てくる『間諜大作戦』のメンバーや『猫目三姉妹』みたいな調査ができるわけじゃなし……」
「あまり時間をかけるのもアレだしねぇ。どうしようか……」
思案顔のポーリン、レーナ、メーヴィスの3人であるが……。
「じゃあ、領主邸に行って、直接領主さんに確認しましょう!」
そんなことを言い出したマイル。
「マイル……」
「マイルちゃん……」
「マイル、それは……」
「「「何たる名案!!」」」
……『碌に下調べもせずに領主の館に突撃するような馬鹿ではない』というのは、幻想に過ぎなかったのであろうか……。
「……ということで、領主邸にやってきたわけですが……」
「とりあえず、ノックするわよ!」
マイルの説明台詞にそう答え、ドアノッカーに手を遣るレーナ。
王宮ではあるまいし、地方貴族程度の屋敷の前に門番が立っていたりはしない。
いや、勿論警備の者はいるが、ただ威容を示すだけのためにお飾りの門番を常時立たせておくだけの意味もメリットも、そして無駄な予算もない。警備の者たちは屋内で待機しており、来客に対応するのは普通の使用人の役割であった。
そして正規の来客ではない者、つまり出入りの業者や使用人に用のある者達は裏口から訪れるのであるが、勿論、『赤き血がイイ!』が今いるのは、正面玄関である。
彼女達が用があるのは領主本人であり、使用人ではない。なので当然、使うのは正規の来客用の、正面玄関。何のおかしなところもない。
……この4人の常識では。
そして、カツ、カツ、とドアノッカーの音が鳴り、すぐにやや年配の男性使用人が姿を現した。
おそらく、
正面玄関から訪れる者は、
そのため、大切な客に失礼のないよう、そして怪しげな連中は主人に余計な手を
「どちら様でございましょうか?
勿論、アポを取っている客でないことは分かっている。そんなことも把握していないような
そして……。
「依頼を受けたハンターです。伯爵様が購入されました奴隷の獣人少女の件で、ちょっとお伺いしたいことがありまして……」
ちりんちりんちりん……
メーヴィスがにこやかな顔でそう告げた途端、ハンドベルの音が聞こえた。
どうやら、執事が後ろ手に持ったベルを鳴らしたらしい。
……勿論、警備の者に対する合図であろう。
「主人に確認して参りますので、しばらくお待ちを……」
警備の者が邸内の、そして裏口から廻って背後を押さえるための配置に就くまでの時間稼ぎのための言葉を口にする、執事。
邸内に通すことなく、この場所で捕らえるつもりなのであろう。
(警戒態勢!)
後ろ手のハンドサインでそう合図するメーヴィスであるが、勿論、そんな合図を受けるまでもなく、皆、奇襲に備えて警戒していた。
あくまでも、正式に訪問し面会を申し込んだ『赤き血がイイ!』。
それを、門前払いするならばいい。何の問題もない。
しかし、『獣人少女の件』と言われただけでいきなり襲い掛かったり捕らえようとしたりすれば、アウトである。いくら貴族とはいえ、それは完全な犯罪行為であった。
そして普通であれば、それは訪れた者の悲惨な未来を約束するものであったが、今回は少し違っていた。……訪問者が、『赤き血がイイ!』という、謎のパーティだったので……。
((((話が早く進んだ。……ヨシ!))))