474 殲 滅 1
「と、ととと、とりあえず、中へ!!」
これ以上、公衆の面前でとんでもないことを叫ばれては、大変なことになる。……たとえそれが、本当のことであろうが、デタラメの大嘘であろうが。
デマというものは、その真偽には関係なく、『面白そうなネタ』であれば爆発的に広まるものなのである。たっぷりと尾ひれを付けながら……。
そしてその訂正や取り消しの告知は、まず確実に、広まることはない。
なのでここでの最善手は、『この連中に、これ以上何も喋らせない』ということであり、店員のその判断は正しかった。
「……いいけど、もしこのまま私達が二度と店から出てくることがなかったり、明日の朝に
レーナの呼び掛けに、こくこくと頷く観衆達。
「…………」
汗をだらだらと流しながら、同じく、こくこくと頷く店員。
((((ま、川面に浮かぶとすれば、それは私達じゃなくて、そちら側だろうけどね!
そして、『水面に浮かぶ』よりも、『骨まで燃え尽きる』確率の方が遥かに高いだろうし……))))
そんなことを考えつつ、嗤いを抑えて神妙な顔をする『赤き誓い』の面々であった。
* *
店の奥、上客との商談用の部屋と
「……何のつもりだ?」
どすん、と席に着くと同時に、自己紹介も無しにいきなり本題に入った、太った男。
当然のことながら、この男がこの場での最上位者なのであろう。商会主なのかどうかは分からないが……。
他の5人は、ひとりが補佐役、他の4人は護衛役のようであった。小娘4人であるから、護衛は相手と同数で充分だと判断したのであろう。
妥当な判断であった。……相手が、『赤き誓い』、いや、『赤き血がイイ!』でさえなければ……。
だが、夜間の警備員であればともかく、常時4人もの護衛を置いているというのは、真っ当な商家としては
普通、客の前に連れて出るならば、もう少し小綺麗にした、普通の護衛を用意すべきであろう。
……というか、威圧用にわざとこういう連中を用意している可能性もあるか、と考える、『赤きちか……』、『赤き血がイイ!』の4人。
「「「「…………」」」」
『赤き血がイイ!』の4人は、男の言葉に何も答えない。
「何とか言わんか!」
「だって、あんたが何者か分からなきゃ、どこまで話していいか分からないじゃない。何も知らない下っ端に重要な話をするわけにはいかないでしょうが……」
「ぐっ……」
レーナの言い分に反論できず、言葉に詰まったらしい、太った男。
しかし、確かにそれには一理あるため、素直に名乗ることにしたらしい。
そもそも、相手がこの店にやってきたという時点で、自分の名や立場を隠す意味も必要もなかった。
「エイラル商会の大番頭、オルダインだ。さぁ、どういうことか、話してもらうぞ……」
さすがに、正体不明の者達の前にいきなり商会主が出てくることはないようであった。しかし、いきなり最初から大番頭が出てきただけでも、向こうがこの件をかなり
……そう、少なくとも、レーナ達をただの小遣いせびりのチンピラとして軽く追い払う、というつもりではないということであろう。
その男が大番頭だと名乗り、そう言ったが……。
「話すも何も、話を聞きに来たのはこっちの方よ。あんたは事情を知っていて、ただ『バレた』ってだけでしょうけど、こっちは色々と知りたいことがあるのよ」
レーナが、相手の言葉をばっさりと両断。そしてポーリンが……。
「別に、私達はあなた方に何かをして欲しいわけではありません。ただ、『違法奴隷にするために誘拐された獣人の幼女達』を捜し出して、回収する。それが私達がやるべきことですので、あなた方はただ、獣人の幼女達がどこへ売られたかを教えてくださるだけで結構です。それ以外のことをあなた方に求めるつもりはありません」
「…………」
大番頭は、考え込んでいた。
これが、賠償金や口止め料を払えとか、獣人を返せとか、そして領主や国に訴えるとか言われたのであれば、対処もまた変わる。
しかし、子供達の行き先さえ分かれば後は自分達で勝手にやる、お前達には何もしない、と言われれば、何とかなる可能性があるからである。
「……
そして、大番頭は皆を待たせて、席を立った。
おそらく、商会主と相談するのであろう。さすがに、大番頭が独断で決定するには、いささか荷が重すぎる。
* *
「……お待たせしました。大旦那様の御許可をいただき、皆様に詳細を御説明できることになりました。
実は、村の財政難と食料不足のため住み込みの年季奉公に出ることになった獣人の子供達に、勤め先の
勿論、その旨の
ただ、もし万一私共が騙され、善意の第三者として協力致しました活動の中に問題となるものが含まれていた場合のことを考え、本来は決して漏らすことのない顧客情報の一部をお教えすることと致しました。
但し、商売人としての信用問題に関わりますため、私共から提供された情報であるということは、相手側を含め、一切他言無用。また、書面等ではなく、口頭で、そしてはっきりとは明言せず、ヒントを与えるのみ、という形でのみ情報を提供致します。
……それでよろしいでしょうか?」
何だか、口調が丁寧になっている。おそらく、客としてのランクが『言い掛かりを付けてきた、駆け出しハンターの小娘達』から、『機嫌を
ポーリンが他の3人と頷き合い、大番頭が提示した条件を受け入れた。
交渉成立、であった。
* *
そしてマイル達は、情報を得てエイラル商会を後にし、その足でハンターギルド支部、警備隊本部、商業ギルド等を廻り、それぞれの場所で大声で報告した。
「依頼任務遂行中の『赤き血がイ~』です! 隣国で獣人の村を襲撃して幼女数名を違法奴隷にするために誘拐した一味を追ってきました! エイラル商会で売り先を確認しましたので、そこへ向かいます。
あ、エイラル商会でその件を担当していたのは、三番番頭さんです。実行犯は、ハンターギルドを除名処分になった犯罪者の、ヴェデルさんです。その人は、既に捕縛済みです。
では、お邪魔しました~~!!」
嘘は言っていない。
エイラル商会には何も求めていないし、なにもしていない。ただ、他国のハンターとして関係各部に出発前の挨拶をしただけである。そして約束通り、教えられた取引相手に関する情報は一切漏らしていない。
パーティ名も、言い張れば何とか『赤き誓い』と聞こえなくもない今日この頃、という微妙な発音であったため、架空のパーティ名を名乗ったと責められないための対策としては完璧である。
そして、何人もの一般人がいる受付前で大声でそう叫んだ後、さっさと引き揚げる、『赤き血がイ~』。
獣人の村、襲撃、幼女、違法奴隷、誘拐という、それぞれひとつずつでも強烈なパワーワードのジェットストリームアタックに、どの場所でも後ろの方が大騒ぎになっており、待て、待ってくれええぇ~、という叫び声が聞こえたような気がしないでもなかったが、おそらく気のせいであろうと考え、そのまま足早にそれぞれの建物を後にしたマイル達であった……。
それは、騒ぎにもなるであろう。
下手をすれば、商業ギルドの責任者どころか、領主の首すら飛びかねない超危険ワードの連打である。
……勿論、『首が飛ぶ』というのは
「ま、帰りもこの街を通るから、もしその時にあの商会の連中が何も処分を受けていなければ……」
そう言って、
「「「ないない!」」」
他の3人が、苦笑しながらそう告げた。
……確かに、それだけは絶対にありそうになかった。
マイル達が、誘拐事件の関係者を見逃すわけがなかった。
攫われた幼女達の救出だけでなく、関係した悪党共は、ルートごと叩き潰す。
そう、二度とこのような犯罪に手を出す者が現れないように。
幼女誘拐、……特に獣人の幼女誘拐には、とてつもなく恐ろしいリスクが、デメリットがあるのだということを、犯罪者達の骨の髄まで叩き込むために……。