470 獣人の村 2
「早く言わんかああああぁ~~!!」
人間達がこの村からの苦情、いや、警告を舐めてかかり、新米の、しかも未成年の子供を含む若い女のハンターパーティを捨て駒として寄越した。そう思って、皮肉と嫌みを込めて警告したところ、森の入り口からここまでの案内役を務めた猟師にいきなり自分の腕を掴まれて数メートル引っ張られた。その非礼を
「こ、こいつらが、古竜様が一目置いているという、わざわざ『手出しするな』との回状を廻された、あ、あの……」
「……ああ、あの、『赤き誓い』だ」
「あわわわわ……」
人間達は、この村の現状通知を舐めてかかるどころか、その最大戦力を派遣してくれていた。
それを知って、慌てる獣人。
急いで『赤き誓い』の許へと駆け戻り……。
「よく来てくれた。歓迎する!」
((((私達について、どんな情報が出回ってるんだよ!!))))
あまりの態度の急変に、思わず心の中の声が一致するレーナ達であった……。
* *
「……というわけだ」
村長の家で、詳細説明を受けた『赤き誓い』一同。
何となく村長の家まで遠回りして案内されたような気がしたが、おそらく、時間稼ぎをしている間に猟師の男が先回りして村長の家へ急行、集まっていた者達に『赤き誓い』のことを説明したに違いない。
『赤き誓い』が着いた時には、この村としては貴重な高級品であろうと思われる甘味がお茶請けとして用意されていたのであるが、普通であれば、人間共の尻拭いのために派遣されたハンター如きに、しかもこんな小娘達に対してそのような歓待をするわけがない。
そして勿論、それを察した『赤き誓い』の4人は、高価であろうその甘味を平気で
「……で、その奴隷狩りというか誘拐犯というか、そいつらは幼児しか狙わなくなったというわけね……」
そう、今聞いたのは、そういう説明であった。
始めのうちは、すぐに働かせられる……仕事的にも、
理由は簡単。
獣人はその習性として、ある程度以上の年齢の者達は、自分の命よりも、『群れ』全体の利益を優先するようになる。
なので、捕らえられた者達は、逃げられないと判断した場合、自分の命は諦めて、群れを守るべく最適の行動を選択するのである。
……つまり、『悪党共を潰すための、自爆攻撃』である。
売られた後に、買い主の隙を見て殺す。
買った本人、その妻子、訪問客、その他諸々を……。
素手であっても、従順そうな振りをして油断を誘い、指で目玉を抉り出して脳まで突っ込むとか、皿を割ってその破片で頸動脈を掻き切るとか、やりようはいくらでもある。
また、夜間に放火、毒物になり得る物質を食べ物に混入、食材を床やカビに擦りつけて病気の誘発等、様々な方法がある。
そして、それらが成功しようが失敗しようが、捕らえられて拷問されれば、簡単に白状するのである。『私を捕らえて売った奴隷商人達に、家族を人質にされてこうするように命令されました』と……。
敵の多い貴族や金持ち連中は、奴隷商人が敵対派閥の者達に買収されたと考え、反撃に出る。
とりあえず、自分達を殺させようとした奴隷商人達を捕らえ、依頼人の名を吐かせるために拷問するところから……。
そうして、何人かの奴隷商人が悲惨な死を遂げたため、残った奴隷商人達は方法を変えたのである。そのような自爆攻撃を覚える前の幼い子供を攫うという、安全策に……。
すぐに重労働をさせることはできないが、ペットとして、そして獣人奴隷を持っているというステータスとしては問題ないし、獣人はすぐに成長する。しっかりと奴隷としての自覚を叩き込み、数年後には従順な奴隷として仕事をさせることができるなら、数年間くらいの飼育は大した手間ではない。最低限の餌しか与えないのであれば、そう大した費用がかかるわけでもないのだから。
……そういうことであった。
「……で、前回からの間隔から考えて、そろそろまた来る頃だってことね……」
先程から、不気味な笑顔で『そおおぅですかあぁ……。そおおぅなんですかあぁ……』と呟き続けているマイルの様子に顔を引き攣らせながら、レーナが話を締め
「しかし、今の話じゃあ、昔いくつかの誘拐犯達を破滅に追いやったのに、誘拐犯を根絶できなかったということだよね? じゃあ、今回犯人達を捕まえても、また別の連中がこの
「いくら実行犯を捕まえても、いたちごっこですよね……」
メーヴィスとポーリンが言う通りである。
「いくら実行犯を捕らえようが、末端の実行犯なんか、いくらでも湧いてくるわよねぇ。そこに、美味しい稼ぎ場がある限り……。
そして何らかの対策を考えても、昔、捕まった人達の自爆的反撃によって誘拐する対象を幼い子供達に変更したように、また向こう側がそれを回避する方法を考えるだけよね」
そしてレーナも、ふたりの意見に賛同したが……。
「じゃあ、『美味しくなくなればいい』ってことですよねえぇ……」
「「「ひっ!」」」
マイルが、ぼそりと呟いた。
……悪鬼の如き、邪悪な顔で……。
* *
「……というわけで、いらいら……、いえ、『依頼』の遂行です!」
『依頼の遂行』というより、『イライラの解消』といった方が良さそうな、マイルの顔。
『依頼』と『イライラ』。「ラ」がひとつ多いだけであるが、大違いであった。……主に、ターゲットの運命的に……。
「とりあえず、広範囲探索魔法で索敵しています。敵が接近すれば、すぐに分かります」
「「「…………」」」
元々、マイルの探索魔法は桁外れである。その精度も、探索可能範囲も……。
なのに、マイルがわざわざその前に『広範囲』という言葉をつけた。
(((犯人達がこの森に入った瞬間に分かるんじゃね?)))
それも、おそらく距離的な問題ではなく、『森の外は、人間が多くて犯人かどうか判別できない』というだけであって、人間の存在そのものは探知できるのであろう。
……マイルが、本気を出している。
それだけはよく理解できたレーナ達であった。
なので、とりあえず、やることがなかった。
この森に入った瞬間からマイルの探索魔法に引っ掛かり、常にその位置をトレースされるのであるから、怪しい奴はすぐに分かる。誘拐犯が、たまたまこの森に入っただけの採取や狩猟目的のハンターや周辺の村の住人達と似たような動きをするはずがないので、直接視認するまでもなく、簡単に判別できるであろう。ここに到達する、遥か以前に。
……つまり、警戒したり見張りをしたり、ましてや索敵行動に出るような必要は、
マイルの様子に、困惑した顔でレーナを見るメーヴィスとポーリンであるが……。
「……分かってるわよ! でも、今回ばかりは仕方ないでしょ!
イージーモードは私達『赤き誓い』のためには良くない、って分かっちゃいるけど、あの状態のマイルを止めるのは難しいし、もし、もし万一、獣人の子供が誘拐犯達にほんの少しでも、……そう、ほんの0.1ミリのかすり傷でもつけられたら……」
「「「
反射的に、マイルの『にほんフカシ話』によく出てくる即死魔法の名を口にしてしまった3人であった……。