463 刻 印 2
「……知ってた」
そんな負け惜しみを言う、マイル。
確かに、女性竜達からの評判が良ければ、他の者達にも彫ってあげる、とは言った。
しかしあれは、あの時いた戦士隊のみんなに対して言った言葉である。
被験者の希望が殺到し、隊長だけに試験的に彫ったために、そうでも言わないと隊長に対する信頼が崩壊して
それが、どうして本人達を
「……戦士隊のひと……方々は?」
『う、うむ、それが……』
マイルの問いに、視線を逸らせるケラゴン。
それが、全てを物語っていた。
「話が違いますよっ! 私は、戦士隊の皆さんの心のケアと、隊長さんの立場を考えて、ああ言ったのに!」
『…………』
それは分かってはいたのであろう。ケラゴンは、古竜としては傲慢さが少ない、かなり聡明な個体のようであるので……。
しかし、自分が予想していたのより遥かに激しいマイルの反応に戸惑った様子のケラゴン。
そう、戦闘中以外は温厚で、小さな草食動物のような抜けた顔の、比較的話が通じる下等せい……人間。彼女にとっては、爪や角を彫る相手が誰であろうと、同じ『古竜』の
いや、相手が戦士隊ではなく古竜の首脳陣となれば、こんな名誉なことはあるまい。喜んで引き受けるに違いない、と。
勿論、報酬としてウロコを要求するなどという畏れ多いことはできないが、後でこっそりと削りカスを集めることくらいはできるであろうから、報酬としてはそれで充分であろう、と……。
事実、それを売りに出せば、莫大な額になるはずであった。……それが本物の古竜の爪や角の削りカスであるということを証明できさえすれば。
そして、『赤き誓い』には、その手段があった。
10枚以上の古竜のウロコを提示できる者が、爪と角の欠片や粉末を持っていても、何の不思議もないからである。そして売れば大金になるウロコを大量に持っているのに、わざわざ打ち首になる危険を冒してまで偽の爪や角を売ろうとするはずがない。
なので、あの守銭奴らしき太った少女……古竜には、巨乳は『太っており、動きが鈍そう』としか認識されない……も大喜びで、引き受けるよう口添えしてくれるものと信じて疑わなかったのである。
それが、まさかの『4人揃っての、不愉快そうな顔』と、マイルの拒絶であった。
『ええい、何をごちゃごちゃ言っておる! さっさと始めぬか、この下等せい……』
『『『『『あわわわわ……』』』』』
一頭の古竜が不穏当な言葉を吐きそうになり、周りの者達が慌ててその口を塞いだ。
どうやら、皆は一応、『赤き誓い』の取り扱い方法をレクチャーされており、人間相手でもそれなりの配慮をしてくれるつもりのようである。一部の者……碌にレクチャー内容を理解しようとしなかったか、そもそも、最初から『我ら古竜が、下等生物に配慮する必要などない』とか考えている者を除いて……。
『と、とにかく、報告を受けた族長、長老、そして評議委員会の皆様が、戦士隊のみんながマイル殿に彫っていただいた爪や角を検分なさった後、「自分が調査・確認に行く」と言い出されて……』
((((そして、自分達も彫ってもらおうと思ったわけかいっ!))))
心の中で、同じことを考えた『赤き誓い』の4人。
「……マイル、あんたの好きにしなさい。どうせ古竜の爪や角を彫るなんて非常識なことができるのはあんただけだし、受けようが断ろうが、結果は私達みんなで受け止めてあげるわよ。
だって、私達は……」
「「「魂で結ばれし、4人の仲間! その名は……」」」
「「「「赤き誓い!!」」」」
ちゅど~~ん!!
観客は、この世界最強の古竜、その中でも地位の高いらしき8頭プラス1頭である。出し惜しみなしで、爆炎と4色のカラースモークが広がった。
そして……。
『『『『『『か、カッコいい……』』』』』』
戦隊ポーズの名乗り、古竜達に馬鹿受け!
どうやら、娯楽が少なく、劇とか演芸とかいうものを知らない古竜達には、こういった『観客の眼を意識した、見世物っぽいポーズや決め台詞、大見得等』は斬新で魅力的に見えるらしい。
首脳陣ともなれば結構年配のはずなのであるが、こういうものは、年齢には関係ないのであろう。
「……というわけで、皆さんからの御要求は、お断りします。
次に施術するのは戦士隊の方々だと決めていますし、隊長さんから女性竜の皆さんからの反響や御意見、御感想等を聞いて、それを反映させなきゃならないですしね。
それに、戦士隊の方々には、上司からの命令を曲げて、
……それに対して、あなた方には何の義理もないし、お世話になったわけでもありませんよね?
指導者と名乗る子供の暴挙を止めようともしなかった、『そうすべき立場であった皆さん』には……」
『ぐっ……』
痛いところを突かれたのか、返事に詰まる古竜達。
しかし、そこにすかさずマイルが救済策を持ち掛けた。
「……でも、そうは言っても、せっかくわざわざお越しいただいた古竜の皆さん、しかも首脳陣の皆さんをこのままお帰しするのも申し訳がありません。
ですから、今から代金代わりに、皆さんから色々とお話を伺いたいと思うんですよ。
私達人間が知らない、英知に満ちた古竜の皆さんからお聞きした話には、私達が感謝し、お礼としてささやかな技術による御奉仕を提供するだけの価値が充分にあると思うのですが、如何でしょうか?」
『う……、うむ、それはその通りであるな。確かに悠久の英知を蓄えた我らから話を聞けたとなれば、その
ふむ、人間の小娘としては、なかなか物事の分かった者であるな……』
先程、マイル達を下等生物呼ばわりしかけた一番態度が悪かった古竜が、一転して、機嫌良さそうにそんなことを言い出した。
古竜を正面から
そしてまた、古竜を褒めたり賛美したりする生物もいない。
……そもそも、普通の生物は古竜に近付いたり話し掛けたりはしないのである。それは、わざわざケルベロスに餌をやったり頭を撫でてやったりするために近付こうとする者が皆無なのと同じである。
あの、古竜の
そのため、いくら古竜が人間より頭が良いとはいえ、このような直截な賞賛の言葉は聞き慣れておらず、簡単に『良い気分』になってしまったのであろう。
『では、何でも聞くがよい。
どのような話が聞きたいのだ? この国の建国の頃の話か? 500年くらい前の大きな
「え? それってまさか……」
核、反応弾、反陽子爆弾、超磁力兵器、地球破壊爆弾……。
様々な単語が頭の中を巡るが、それを振り払い、マイルが尋ねたのは……。
「私がお聞きしたいのは、古竜の皆さんが魔族や獣人達に命じて各地の遺跡を調査させておられます理由とその目的、現在進んでおります異世界からの侵略についてどこまで御存じかということ、そして、このあたりでケモミミ幼女が住んでいるところを御存じないか、の
『『『『『『なっ、何だとオオォッッ!!』』』』』』
マイルの質問内容に、驚愕の声を上げる古竜達。
そして……。
「「「マイル……」」」
このシリアスな局面で、しれっと混ぜられた三つ目の質問のあまりのくだらなさに、がっくりと肩を落とすレーナ達であった……。