460 姿なき敵 1
【マイル様、帰還しました】
オーブラム王国の王都を後にしてから3日後、ナノマシンがテントの中で簡易ベッドに潜り込んでいたマイルにそう報告してきた。
(え? ティルス王国との国境はもう少し先だよ?)
【違いますよおおおぉっ! 忘れるな、って言ったでしょうがああああぁ~!!】
(あ……)
そう、今ナノマシンが『帰還した』と言えば、アレに決まっている。
【マイル様が『向こう側』に無理矢理投げ込んだ、私の仲間達のことですよっっ!!】
ナノマシン、激おこである。
いや、本当は怒っているわけではなく、『そういうふうに振る舞っているだけ』なのかもしれないが……。
(でも、思ったより早かったね。まだ、あれから数日しか経っていないのに……)
【……可及的速やかに帰還する、という義務がありますので……】
(あ)
ヤバい。
非常に珍しいことに、マイルはそれに気が付いた。
そう、一見普通に
そう、マイルは、口調はいつもと変わらないのに眼が笑っていない、とかいうのには、慣れている。……ポーリンで。
今回、相手の眼や表情が見えないにも拘らずそれに気付いたマイル。少しは成長しているようであった。
(ご、ごめんなさい!)
そう、さっきの自分の発言が、『オマエがそれを言うか!』と怒鳴りつけられても仕方ないものだったということに、ちゃんと気付いたようである。
【いや、俺たちゃ、別に気にしちゃいないからよ! それどころか、珍しい体験ができて楽しめたから、感謝してるぜ! ……でも、せっかく順番が回ってきたのがパーになっちまったから、次のミクロス役の順番は先頭に割り込ませてもらいたいけどな!】
【……当然の権利です。その旨、手配しておきます】
【おお、サンキュ!】
異次元派遣隊の代表として喋って(マイルの鼓膜を振動させて)いるナノマシンは、少し伝法な口の利き方をする個体らしかった。
膨大な数が存在し、そして悠久の刻を生きるナノマシンは、それぞれ個性や思考ルーチンに幅というかゆらぎというか、『個体差』というようなものが与えられている。
それは、造物主による慈悲なのか、同じ事象により全滅することのないようにとの、ただの安全措置に過ぎないのかは分からないが……。
【では、報告を】
【了解だ!】
そして、その個体はマイルに対して報告を行った。勿論、ナノネットを介しての中枢センターや他の個体に対する報告は、データ転送により瞬時に終わらせている。
* *
(ええっ、向こうには次元跳躍機関も時空貫通掘削システムも次元航行艦も、何もなかったって?)
【はい。広範囲を調査したわけではありませんが、裂け目の出口周辺はただの荒れ地であり、機械文明の存在を思わせるものは、『アレ』とその同類らしきもの数体を確認したのみです】
なぜか、報告の時にはそれまでの個性的な喋り方ではなく、普通の喋り方になった異次元派遣隊の代表。話をスムーズに進めるためなのか、そういう仕様なのか……。
【そして、この世界のヒト種に相当する知的生命体の存在は確認できませんでした】
(えええええっっ!)
驚愕に、ベッドの中で閉じていた眼をカッと見開くマイル。
(……ということは、軍団を作っている猿だとか、大系的な鳥人だとか、イルカがせめてきただとか、そういったヒト種以外の知的生命体は……)
【いませんでした】
(あ、ソウデスカ……)
どうやら、本当にいなかったらしい。
(じゃあ、あの金属製ゴーレム……というか、ロボットだよね、アレ……。アレはいったい?
……で、惑星全体の何割くらいを調査したの?)
【500四方くらいでしょうか……】
(500マイル四方? でも、惑星全体からすれば、ごく一部に過ぎないから……)
そう、たまたま放置されている不毛の荒れ地だったとか、知的生命体達は地下にシェルター都市を築いているとかいうのは、よくある話である。
地球でも、サハラ砂漠のど真ん中とか、太平洋の真ん中とか、周囲に人間がいない場所などいくらでもある。そう考えたマイルであるが……。
【メートルです】
(え?)
【ですから、500メートル四方くらいです、確認しましたのは……】
(な、何じゃ、そりゃあああああ~~!!)
マイルが心の中で絶叫するのも無理はない。
500メートル四方に敵影なし。
そんなの、敵との交戦中でもない限り、何の役にも立たない情報である。
(
【いえ、私達はこの次元世界の、この惑星上でのみ活動するよう命令されています。なので、他の次元世界では勝手に積極的な行動をすることは許されていません。
そのため、突如異次元世界へと放り込まれた私達はその世界に干渉することなく、かつマイル様からの『この裂け目からすぐに戻るのは禁止』という命令に従い、そして可及的速やかにこの次元世界へと帰還すること以外は、自己防衛くらいしか行動の自由がなく……】
そのあたりは、既にナノちゃんから聞いている。
(でも、その帰還のための調査で、あちこち出歩くでしょう? その時にたまたま見聞きすることもあるでしょうが……。どうしてそれが500メートル圏内なのよっ!!)
期待していた、せっかくの情報収集部隊が、まさかの『成果なし』。思惑が外れ、心の中でがっくりと肩を落とすマイル。
地球でも、核実験を行うときに、その半径500メートル以内に人間がいるはずがない。
なので当然、危険であろう次元転移の現場周辺に知的生命体がいなくても何の不思議もない。
……いや、それは当然のことであろう。
(……考えてみれば、超次元システムの
【い、いえ、それが、帰還のための調査も何も、私達が出現した場所が次元破孔の発生地、つまり次元空間の癒着・穿孔現象が起きている場所であり、帰還への最も早い近道が、『その場所で、再び裂け目ができるのを待つ』ということでしたので……。
そして、帰還のために必要なこと以外の干渉はできないため、能動的な調査活動はしておりませんので……】
が~~ん!
それ以外の心理的表現が思い付かないマイル。
完全に、アテが外れた、ということであった。
(そんな……。それじゃあ、もしまた偶然裂け目を見つけても……)
【はい、他の次元世界への手出し禁止は、我々が造物主様から与えられた基本命令ですので、権限レベル5であるマイル様からの御命令では、どうにもなりませんね。
異次元世界関連で我々にできることは、アイテムボックスとして利用しているような、他の次元世界の発展に影響を与えることのない特殊な利用方法においてのみ、ですので……】
(くっ……。あ、でも、それならば人間を調査に送り込めば……)
【死にますね】
(えっ?)
せっかくの名案に、とんでもない返事を返されたマイル。
【このあたりの気候に較べ、かなりの高温と低温が繰り返される、日中と夜間の気温差。少ない水と食料。この世界と較べ、遥かに強く獰猛な魔物の群れ。
……まず、最初の夜を無事生きて過ごせる確率が30パーセント以下ではないかと……】
(…………)
そして、帰還待機時に最初に開いた裂け目の先は、人間どころか魔物達ですら一瞬で死に絶えるような世界であったため、ナノマシンも、確認のため進入したらしい金属ゴーレムも即座に引き返したこと。
二度目に開いた先は真空の宇宙空間であり、三度目は、繋がったのはこの世界ではあったものの、その出口は遥か上空に。
繋がった場所を確認しようとした金属ゴーレムは真っ逆さまに落下、おそらく自らの任務に殉じたものと思われるが、ナノマシン達にとっては問題ない。遥か上空ではあるが、繋がった先は元の次元世界であったため、全員がそこから帰還した、とのことであった。
なお、繋がった先との気圧差があっても、強烈な空気の吹き出しや吹き込みが起こったりはしないらしい。
そういうのの防止機構がないと、その世界の生物にとっては猛毒である大気が満ちた世界とか、宇宙空間、深海とかに繋がった場合、大惨事になってしまう。
* *
ナノマシンとの会話を終え、物思いに
(この世界は、地球と似過ぎている。人間も、動植物も……。
そりゃ、地球にはいないもの、エルフやドワーフ、獣人に魔族、そして古竜や魔物達もいる。
でもそれは、『追加分』だ。共通しているものは、あまりにも似て、……いや、完全に同一だ。
そしてそれは、ここと、裂け目の向こう側の魔物に関しても言える。どうして……。
似たような環境であれば、同じように進化する? 平行進化、とかいうやつ?
それとも、人類を遥かに超えた
もしくは、大量の生物が次元を渡るような出来事があった?
そういえば、地球にもこの世界とよく似たもの、エルフやドワーフ、竜種や魔物達の伝説が世界各地にある。昔は、地球にもそういうのが生息していた可能性が……。
いや、それとも、『そういう生物の存在を知っている者』が……)
それは、地球や裂け目の向こうの異世界のことを知らないナノマシン達に聞いても答えが得られるものではないであろう。
それに、たとえ知っていたとしても、『禁則事項です』と言われる可能性もあった。
(…………)
ひとり物思いに耽りながら、マイルの意識は深い眠りへと沈んでいった……。
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声優さん達の撮り下ろしグラビアも多く、書き下ろし小説は『ワンダースリー』の3人の出会いの物語。
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