459 侵略者 6
あの後しばらく狩りを続け、更に特異種1匹を含むゴブリンの群れを討伐した一行は、本日はそこまでとして、夜営の準備を行った。今日はここで夜営し、明日の午前中にもう少し狩りを行い、昼前には帰路に就く予定である。
昼食は、森を出る少し前に休憩を兼ねて簡単に済ませるつもりであった。そして、夕方までには王都に帰り着く。
今回は、一泊だけである。なのであまり無茶苦茶なものを見せるのは良くないと考えた『赤き誓い』は、多少の不便は我慢し、大型テントやベッドを出すのは自粛して、小型のテントと携帯式要塞トイレ、携帯式要塞浴室を出すだけにとどめ、『少し大容量の収納魔法が使えるだけの、ごく普通のCランクパーティ』を演じることにした。
……些か、手遅れである。
そして、夕食は『輝きの聖剣』を労って、かまどや調理台、大鍋等を出してマイルが腕を振るった。皿に盛られた温かいままの料理をアイテムボックスからヒョイと出したりすることなく、『ごく普通のCランクパーティ』を演じて。
……些か、手遅れである。
そして、今夜は『にほんフカシ話』はやめて、Bランクパーティ『輝きの聖剣』に色々な話を聞くことにした『赤き誓い』。
滅多にない機会なので、全員が期待に眼を輝かせている。特に、昇級に対する意欲が大きいメーヴィスとレーナの食い付きようが凄かった。
高ランクハンターなら、以前『ミスリルの咆哮』とも共同受注したことがあるが、あの時は卒業検定の時のことがあり互いに微妙な雰囲気であったし、あれから更に色々と経験を積んだからこそ、新たに聞きたいこともたくさんできたのである。
そして、今回のボランティアとも言えるサービスの元を取れるくらい、夜遅くまで『輝きの聖剣』を質問攻めにする『赤き誓い』の4人であった……。
* *
「「「「「…………」」」」」
昨夜の質問攻めが堪えたのか、それとも馬鹿げた収納魔法か、真似ができそうにない『占いによる特異種探索法』に心が折れたのか、朝からぐったりと疲れたような様子の『輝きの聖剣』の5人。
しかし、マイルが作った朝食とスープはしっかりと平らげた。いくら気分が乗らなくても、食べられる時には食べる。ベテランハンターとしては当然の行為である。
食べるのも寝るのも、仕事のうち。自分の体調を管理できないような者は、長生きできない。
クソまずいメシでも、息を止めて飲み込む。ゲテモノ料理も、何のその。
それに較べれば、マイルの料理は、体調が悪くとも美味しく頂けるものであった。
そしてその後、昼前まで狩りを続けたが、通常の魔物はある程度いたもののそれらは今回の対象外であるためスルー、特異種は発見できず、そのまま帰投することとなったのであった。
* *
「御苦労だった。何も情報がなかった今までのことを思えば、充分な成果だ!」
解体場で
今回は特異種がオーク2頭、ゴブリン1匹と少数であったため『赤き誓い』は少し申し訳なさそうな顔をしていたのであるが、それを察したらしいギルドマスターのその言葉に、安心したかの表情を浮かべた。
いくら『新米』を返上したとはいえ、そのあたりはまだそう図々しくはなく、
だが、さすがにそうそう特異種がどこにでもいくらでもいるわけがなく、僅か一泊二日でこれだけ狩れたのであれば幸運だというべきであろう。
最初に納入した数が割と多かったのは、探索魔法を最大レンジにして田舎の森や山岳部を突っ切ってきたからである。王都からそう離れていない森でこれだけ狩れれば……、というより、そんなところにこんなにいたという事実の方が大問題であった。
「話にあった、コボルトや
ギルドマスターがそんなことを言っているが、あくまでもそれは1対1であれば、の話である。通常のコボルトでも、数匹いれば成人男性を襲って殺せる。それが特異種となると、2~3匹でも、ハンターではない大人ひとりなら簡単に殺せるだろう。……それがたとえ斧や鉈を持っている者や、『図太いおばはん』であったとしても……。
ギルドマスターもそれくらいのことを分かっていないとは思えないので、ちょっとした、冗談半分の軽口に過ぎないのであろう。そう思い、マイル達は特に口を挟むようなことはしなかった。
「だが、オーガの特異種が出るとなると……」
そう、今回は王都の近くでは発見されなかったが、そんなものにいきなり出くわせば、Cランクパーティでも危ない……というか、最近国内各地で全滅するパーティの数が増えているのは……。
そして、オーガの特異種の存在は、既に確認されている。
しかし、状況さえ掴めれば、別に国家存亡の危機とかいうわけではない。
その程度であれば、Bランク以上のパーティか、Cランクパーティを2~3パーティくっつけて行動させれば済むし、何より、このことを報告すれば国軍が動くであろう。……そして当然ながら、各領主軍も。
今、軍を使わなくて、いつ使うと言うのか、という話である。
そもそも、ハンターは正義の味方や慈善事業家ではない。食っていくため、生きていくためのお金を稼ぐための、ただの職業のひとつに過ぎない。……しかも、その大半、Cランク以下は底辺職である。
生還率99.99パーセントくらいの安全な仕事を受け、その日の食費と宿賃を賄えるだけの日銭を稼ぐ連中が、こんな『赤い依頼』を喜んで受けるとは思えないし、上からの圧力でやむなく受けたとしても、あまり積極的にやるとは思えない。
なにしろ、一番危険に思われがちな商隊護衛でさえ、そもそも実際に襲われる確率が低い上、もし盗賊の方が圧倒的に優勢ならば、即座に降伏すれば殺されるようなことはない。降伏した護衛のハンターを殺しても、盗賊には何のメリットもなく、デメリットはてんこ盛りだからである。
そのため、『特異種のオークやオーガを狩る』というのは、一般のハンターにとっては、多少報酬額にイロを付けてもらった程度ではカバーしきれないくらいリスクアンドリターンの収支が悪い、『赤い依頼』なのであった。……流す血の色、そして『赤字』の赤である。
勿論、『赤き誓い』や『輝きの聖剣』レベルであれば危なげなく処理できるので、パーティによっては何の問題もなく、前回と同じく5倍の報酬額を払ってくれるならば割と美味しい依頼であるが、他のパーティでは獲物を丸々持ち帰ることは困難であった。そして、特異種を見つけることも……。
……結局、特異種狩りで美味しく稼げるのは、『赤き誓い』だけのようであった。
「じゃ、私達はこれで……。色々と御指導戴き、ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
夜遅くまで色々と聞きまくったことに対しては、恩義を感じている。なので、ギルドマスターではなく、『輝きの聖剣』に向かって頭を下げ、宿へ引き揚げる『赤き誓い』。
代金は、既に受け取っている。獲物の討伐報酬と素材売却金は『輝きの聖剣』と折半であるが、『赤き誓い』にはそれとは別に指名依頼の報酬があるため、メチャクチャ美味しい仕事であった。
「あ……」
『輝きの聖剣』のリーダー、カディラスが『赤き誓い』を引き留めようとしたのか、右手を挙げて声を掛けようとしたが、途中で思いとどまったのか、そのまま黙って手を
ギルドマスターは、御苦労、とか言って笑顔で『赤き誓い』を見送っているが、それはおそらく、『輝きの聖剣』が彼女達の特異種発見方法を知ることができたと思っているからであろう。
……そしてカディラスは今から、そのあたりのことを説明しなければならない。
『占い』による特異種の発見方法について。
「…………」
まぁ、普通に、虱潰しに探索すれば済むことである。こつこつと、国土の隅々まで……。
* *
「いいんですか、申告せずに出発しちゃって……」
「別に構わないわよ。王都に来た時にも、修業の旅で来ました、って申告はしていないでしょ。みんながそう思うように仕向けただけで、作法に
「なる程……」
レーナに簡単に言いくるめられて、納得するマイル。
「それに、朝一番で出発しないと、ギルドマスターから『特異種を見つける方法を教えてくれ』って頼まれるに決まってますよ。それは駄目なんでしょ、マイルちゃん?」
「あ、ハイ……」
ポーリンが言う通り、昨日『赤き誓い』が引き揚げた後、『輝きの聖剣』が詳細報告を行ったはずである。そしておそらく、期待していたであろう『特異種を見つける方法』が自分達が真似できるようなものではないと知ったギルドマスターは、当分の間……特異種をあらかた片付け終わるまで……『赤き誓い』に協力を要請するに違いない。
その依頼を受ければ、おそらく高ランクハンターとか軍隊とかと一緒に行動することになるであろうし、いつまでかかるか分からない。……終わりどころが不明なのである。
国土は広いし、特異種がどれくらいいるかも分からない。下手をすると、討伐する早さより増加する方が早かったり、という可能性も……。
そんなのにはとても付き合っていられないし、早く帰国して報告、本来の依頼を完遂しなければならない。
なので、宿で朝食を摂った後、そのまま王都を後にした『赤き誓い』一行であった。
「それに、この件はこの国だけの問題じゃないでしょ。私達が『特異種』と呼んでいる新種の魔物や、あんたがその存在を心配している『謎の黒幕』とやらが、人間が勝手に決めた国境線を気にしたり尊重したりしてくれるとは思えないからね」
「「「確かに……」」」
皆が納得するのも当たり前である。そもそも、最初の事件はこの国ではなく、ここから南西に位置するマーレイン王国の山間部、ドワーフの村の近くで起きたのだから。そしてその場所は、マーレイン王国の東側の隣国、トリスト王国との国境線の間近である。
『赤き誓い』の本拠地であるティルス王国からは少し距離があるが、ここからドワーフの村までの距離を考えると、それも気休めにはならない。既に他国においても特異種が増えている可能性は否定できなかった。
とにかく今は、近隣諸国の上層部と、そして国境を跨いで活動する超国家的組織であるハンターギルドの首脳陣が状況を把握することが最優先事項であろう。今は、時間を無駄にすべき時ではない。
なので、ギルドマスターを放置して逃げるように王都を後にしたのは、別に悪気があったわけではないのであろう。
……多分。
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マイル「ジェットストリームアタックだだだ!(^^)/」
レーナ「意味が分からないわよっ!」
メーヴィス「で、マイルを踏み台にすればいいのかな?」
ポーリン「
マイル「うるさいですよっ! そして、13巻の特典SSは、次の通りですよっ!(^^)/」
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