457 侵略者 4
「では、私達はこれで……」
数日間はここ、オーブラム王国の王都に留まって情報収集を行うつもりの『赤き誓い』であるが、さすがに今日はもう宿に引き揚げて、少し贅沢な夕食を摂ってゆっくりと休もうと考えていた。
今日はあれだけ稼いだのだから、多少の贅沢はポーリンも文句は言うまい。
……というか、ポーリンは自分も恩恵を充分に受けられる場合……美味しい料理だとか、お風呂だとか……に関しては、そううるさいわけではなかった。
なのでメーヴィスがそう言ってギルドマスター室を辞去しようとしたが……。
「待ってくれ」
ギルドマスターに引き留められた。
「いや、疲れているだろうから、2~3日はゆっくり休んでくれて構わないんだが、その後、指名依頼を受けてもらえないか? 依頼内容は、うちのBランクパーティと合同で王都周辺に特異種がいないかの調査と、もし特異種を発見した場合はBランクパーティがそいつらを狩るののアシストだ」
「……アシスト、ですか?」
メーヴィスが、そう聞き返す。そこは、確認すべき大事なところだ。
「ああ。うちの支部に所属している奴らに確認……というか、体験させんとな。
いや、別にお前達の報告を疑っているわけじゃない。証拠の死体もたくさんあるしな。……だが、何というか、そういうのが必要なんだよ、分かるだろう?」
「「「「あ~……」」」」
分かる。
そういうものである。
自分達が大きな被害を出しながら何も気付かなかったことを、余所者の小娘にいきなり指摘されて、ハイハイと御教示に
なので、そういう連中が文句を言わない者たち、つまり名が売れており皆が一目置いている、Bランク以上の地元パーティにその役割を振ろうというのだろう。『赤き誓い』は、ただ情報を提供しただけ、という
それはギルド支部の体面と所属ハンター達の心情、そして彼らをうまくコントロールせねばならない立場にあるギルドマスターとしては至極妥当な判断なので、マイル達には異存はない。
マイル達には、この程度のことで、今更功名心がどうこう、ということもない。報酬と功績ポイントは既にたっぷりと戴いているので、自分達の手柄が横取りされるというわけでもない。それに、そもそも本来の依頼である調査任務のオマケ、余禄に当たるものである。
素早く仲間内でアイコンタクトし、皆、『仕方ないよね~』、『これは断れないよね~』、という様子だったため、メーヴィスが了承の返事を返した。
「……分かりました、お受けする方向で検討します……」
勿論、細かい条件を聞く前に受注を断言するほどの馬鹿ではない。
いくら相手がギルドマスターであっても、『若い奴を安く使ってやろう』などという態度を見せられたら、交渉することすらなく、その場で席を立つつもりである。
こっちを馬鹿にした相手とは、交渉も譲歩もしない。一発で交渉決裂、さようなら、である。
そういう条件でも喜んで受けてくれる相手に依頼してね、としか言いようがない。
『赤き誓い』は、常識的な駆け引きには応じるが、明らかに吹っ掛けた初期条件を提示する者は相手にしない。いくら『あとで条件を下げてすり合わせるつもりだった』などという寝言をほざかれても……。
まぁ、このギルドマスターならばそのような心配はないだろうとは思うが……。
だからこその、『お受けする方向で検討します』という、メーヴィスの返事なのである。普通であれば、もう少し濁した返事を返すところである。
とにかく、細かいことはまた後日、ということなので、今日のところはそのまま引き揚げる『赤き誓い』であった。
* *
「まぁ、元々王都で数日間情報を集めるつもりだったから、丁度良かったわね。あの様子だと、そうおかしな条件を出すとも思えないし、こんな重要な案件に変な連中を使うとも思えないから、Bランクパーティとやらも多分まともな連中でしょ。問題なさそうね」
「ああ。Bランクパーティならこのあたりの事情には詳しいだろうから、移動中とかに色々と話を聞ければ、下手に自分達で調べて回るより、余程いい情報が得られそうだしね」
事前に取っておいた宿で、夕食を摂りながらみんなで会議。
他の客に聞かれて困るようなことは部屋に戻ってからであるが、この程度であれば食堂で話しても問題ない。ただの、ギルドマスターの仲介による他パーティとの合同受注の話であり、相手には問題ないだろう、という肯定的な話である。そして他国から来たパーティがまず最初に情報収集に努めるのは、当たり前のことである。
そしてレーナとメーヴィスが言う通り、ギルドマスターからの話はまさに渡りに船、というべきものであり、『赤き誓い』にとっては歓迎すべきものであった。
* *
「修業の旅の途中、ティルス王国から来ました、Cランクの『赤き誓い』です」
「Bランク、『輝きの聖剣』だ。よろしく頼む」
あの日の翌日に再びギルドに顔を出してギルド側と詳細打合せを行い、特に問題はなかったために更にその2日後に出発と決め、今日を迎えたわけであるが……。
顔を合わせた相手方は、男性ばかり5人のパーティであった。
重戦士、剣士、槍士、弓士兼軽戦士、そして魔術師と、バランスの取れた典型的な
重戦士とは言っても、遠出したり森や山岳地に立ち入るハンターであるから、重くてゴツいプレートアーマーやら視界の悪い兜を装着していたりはしない。ただ、身体がデカくて、重量のある武器を装備しているという程度の意味に過ぎない。
リーダーならば、戦闘時に全体を把握できるポジションである弓士兼軽戦士が適任のように思えるが、まぁ、能力、性格的なもの、その他色々と理由があるのであろう。前衛が持ち堪えられるかどうかを判断する必要があるならば、確かに重戦士がリーダーであってもおかしくはない。
……魔術師は、詠唱が命であるため、戦闘中に指示を出したりはできないのであろう。『赤き誓い』の魔術師を基準にして考えてはいけない。
それに、『赤き誓い』はメーヴィス以外は全員が魔術師なので、戦闘中の指揮をレーナかマイルに任せるのは仕方がない。魔法が使えないメーヴィスに3人の魔術師による魔法戦を指揮させるのは、些か無茶が過ぎるので……。
それは、空母3隻を擁する機動部隊で、砲雷畑出身の司令官が戦艦に座乗して指揮するようなものである。
そして、Bランクパーティから『よろしく頼む』などと言われ、少々面食らった様子のメーヴィス。
普通は逆、『赤き誓い』が『よろしくお願いします』と頭を下げる場面であるが、おそらくギルドマスターから詳細説明を受けているのであろう。『赤き誓い』が特異種狩りを得意とすることから、どうやら今回の依頼ではこちらを立ててくれるつもりらしかった。
さすがBランクパーティだけあって、懐が深い。これは、問題なく依頼を遂行できそうであった。レーナ達も、安心したような顔をしている。
いくら特異種がかなり発生しているとはいえ、確かに『赤き誓い』が狩った数は多すぎた。今まで、他のハンター達は誰も特異種を持ち帰れなかったというのに……。
いや、何頭かは倒したのであろう。ただ、残った魔物に死体を持ち去られたり、ハンター側がその後に全滅させられたり、獲物を持ち帰れるだけの余力が残されていなかったりして、結果的に特異種ではなく普通種を少し持ち帰ることしかできなかっただけで……。
しかし、おそらくギルドマスターは『赤き誓い』が何らかの手段で特異種を見つけるコツを掴んでいる、とでも思っているのであろう。そして『輝きの聖剣』にそう伝えた、と……。
まぁ、それは決して間違いではない。
マイルには探索魔法があるし、今では既にマイルは特異種と普通種との
そしてギルドで簡単な自己紹介を済ませ、そのまま出発した両パーティであった。
* *
「実家の秘伝、占い! ……こっちです」
「……お、おぅ……」
王都近くの森に着くと、早速探索魔法を使ったマイル。
そして、変に突っ込まれないよう、先制攻撃で『ハンターの特殊技能、しかも門外不出の実家の秘伝である』と強調することによって詮索の余地をなくし、余計な質問を封殺した。
これで、何かを質問できるようなハンターはいない。自分の身が可愛ければ……。
『輝きの聖剣』は、ギルドマスターから『特異種を狩って、持ち帰れ。戦闘はお前達がやるが、獲物を探すのは嬢ちゃん達に任せろ。嬢ちゃん達には実績がある。……そしておそらく、特異種を見つける秘策があるはずだ』と言われている。
そして更に、『他国から来た、修業の旅の若手ハンター、おまけに馬鹿げた容量の収納魔法持ち。しかも、将来有望な少女達だ。……毛筋程の傷も付けさせるんじゃないぞ、分かったな?』と、ドスの利いた低い声で囁かれては、いくらBランクパーティとはいえ、こくこくと首を縦に振ることしかできなかったのである。
ギルドマスターがそう言ったのも、無理はない。
ティルス王国王都支部では、きっとこの連中を秘蔵っ子として大事にしており、将来を嘱望していることは間違いない。そんな連中を、他国の王都支部のギルドマスターからの指名依頼で、しかもBランクパーティが一緒にいながら潰した、などということになれば……。
抗議と罵倒くらいであれば、まだマシな方。下手をすると、意図的なものと思われて、とんでもないことになる可能性も……。
しかも、情報によれば、パーティリーダーは伯爵家の娘であり、おまけに家族からは常軌を逸していると言われるほど溺愛されているとの噂が……。
普通、そんなヤバい物件にギルドマスターからの指名依頼を出したりしてはならない。絶対に!
……しかし、そうせざるを得なかった。その辺の事情は、勿論詳しく説明されている。
とにかく、『特異種をそうと認識し、狩り、そして持ち帰った者は余所者の女性パーティのみ』という現状を打破し、地元のパーティにその実績を積ませ、あわよくば特異種発見のコツを学び取る、という大役を任された以上、女性パーティに礼を尽くし、学ばせてもらうしかない。間違っても、無礼な態度を見せたり相手を怒らせたり不快にさせたりすることなく……。
(……しかし、『占い』なんか、見て学べるもんかよ……)
がっくりと肩を落とす、『輝きの聖剣』のメンバー達であった……。