452 敵 6
「あ……」
「どうしたの?」
「あ、いえ、何でもないです……」
うっかり声を漏らしてしまい、それを聞き咎めたレーナを何とか誤魔化したマイル。
(そう言えば、次元の裂け目ができたら私に報告する、ってナノちゃんが言ってたっけ。私の命令がなければ権限外のことを勝手にやることはできないから、裂け目の修復には私からの指示が必要だと言って……。
いちいち私に報告して指示を得なくても勝手に修復するよう事前命令を、と言われたけれど、それだと私が事態を把握できないし、ナノちゃん達が何か隠し事をしそうな気がしたから、事前に総括指示を出すことは拒否して、ちゃんと毎回報告して私の指示を求めるようにと言ったんだった。
……でも、何も報告が来ていないということは……。
うむむむむ……)
ナノマシンに確認しようかと考えたマイルであるが、何でもかんでもナノマシンに聞いたのでは人生が楽しくない、と思い、考え直した。
自分や身近な人の命が、とかいう場合にはそんなことは言っていられないが、今はそんな状況ではない。それに、ナノマシンは決して嘘は吐かないし、自分を裏切ることもない。……情報の提供を拒否したり、不十分な情報しか提供してくれなかったりはするが……。
なので、ナノマシンがあんなに焦っていた、『次元の裂け目が開きっぱなし』という事態を放置しているはずはないだろうし、マイルの許可なく勝手に裂け目の修復作業をしたとも思えない。
(私の、見込み違いか……)
そう結論付けて、がっくりと肩を落とすマイルであった。
* *
(……というわけで、王都までの
「何もないわね……」
「何もないですねぇ……」
レーナが言うとおり、何もなかった。
一応、最寄りのギルド支部でいくつか依頼は受けたのであるが、普通であった。
……そして今、調査のために自由度の高い依頼、つまり対象や納期に縛られない常時依頼のみをこなすべく、森の中を進んでいる『赤き誓い』であった。
主な獲物は、オークである。マイルの
……勿論、竜種や稀少なものは別であるが、そんなものがこんな街に近い場所にそうホイホイいるわけがない。
普通のパーティだと、討伐そのものは比較的簡単にできる実力派パーティであっても、街まで獲物を持ち帰れる量には限りがある。200~300キロのオークを数頭倒したところで、武器、防具、食料、夜営具、その他の装備品にプラスして担げる量など、たかが知れている。
なので、『赤き誓い』にとって、常時依頼であるオークの討伐兼食肉納入は、他のパーティに較べて遥かに美味しい獲物なのであった。多少条件の良い通常依頼(普通の、個人からの個別依頼。一般依頼とも言う)よりも……。
それに、別の目的がある時には、期日や最低確保量とかに縛りがある通常依頼は何となく負担に感じる。『赤き誓い』であれば容易そうな依頼であっても、対象に出会えなかったり発見できなかったのではどうしようもない。マイルの探索魔法も、『いないものを見つける』ということは不可能なのであるから……。
(ゴブリン5匹か……)
探索魔法で前方にゴブリンを探知したマイルであるが、それは口には出さない。
何でもかんでもマイルが事前に探知し報告していては、みんなのために良くない。
レーナ達も、マイルのその考えは理解しているし、自分達自身でも『過度にマイルに頼るのはヤバい』と考えているため、マイルが依頼の特性上必要、かつ『ちょっとした手抜き』程度のこと……薬草の探索とか……や、本当にヤバい時以外は探知情報をあまり教えない、ということには納得していたし、それは適切なことだと思っている。
なので、いつものように、目視発見では最初に見つけるメーヴィスが……。
「ゴブリン! 4……、いや、5匹か? あれ? ……警戒!!」
ゴブリン如きに、わざわざ注意喚起してまでの警戒が必要な『赤き誓い』ではない。
なのに、わざわざメーヴィスが発見報告だけではなく警戒を指示するということは……。
「目標、1時方向30メートル、ゴブリン5。特異種の可能性あり!」
特異種の存在を想定していなかったわけではないが、やはり驚きは隠せないレーナ達。
しかし、オーガであればともかく、ゴブリンなど、たとえ変異種であっても大したことはない。好敵手が2倍の強さになれば
「……これは……」
地面に倒れ伏したゴブリン達を調べてみると、1匹が特異種であり、他の4匹は普通のゴブリンであった。
「メーヴィスさん、よく1匹だけなのに特異種だと気付けましたね。凄いです!」
「あはは、私、眼はいいからねぇ……」
マイルの賞賛に、少し照れ臭そうにそう言って笑うメーヴィス。
確かに、パーティで一番の高身長であるため『赤き誓い』の中では一番見通し距離が長いこと、前衛だからいつも先頭に立つこと等もあるが、マイルの探索魔法を除けば、いつも敵を一番最初に見つけるのはメーヴィスである。
「で、問題は……」
「はい。先程のゴブリン達の動き。明らかに、特異種を上位者、リーダーとしての動きでした……」
レーナとポーリンが言う通り、ゴブリン達はそれなりに統制の取れた動きをしていた。
……それはいい。
狼の群れや野犬の群れも、
「どうして、『裂け目の向こうからこちらの世界に迷い込んだ余所者』であるはずの特異種が、
そう、マイルが言う通り、それが謎であった……。
(ロ~ンブロゾー……)
そっと、心の中でそう呟くマイル。
そして、『それは「ナゾー」でんがな』、という突っ込みをする者がひとりもいないことが悲しい、マイルであった……。
* *
(……で、どういうことなの!)
話が違うではないか、とナノマシンを問い詰めるマイル。
いや、何でもかんでもすぐナノマシンに聞くのは良くない、と考えていたマイルであるが、裏切られたとあっては、そうもいくまい。なので、皆の就寝時間に脳内査問委員会を開催しているマイルであった……。
【誤解です! 私達はユーザーの皆様に嘘を吐くことはありません! そもそも、そんなことをする理由も必要もありませんから……】
(ふむ……)
言われてみれば、納得できなくもない。ナノマシンには功名心もお金を儲けようなどという欲もないし、造物主……なんちゃって神様……達に命じられた任務を遂行するだけの、『ちょっとばかり進歩した道具』に過ぎないのだから。わざわざ、現時点においてこの惑星上で最高位の権限レベルを持つマイルを騙したり裏切ったりする理由がない。
(……スカイネット。HAL 9000。ブレイン。ユーコム。ガイゾック。カイロン5。サイロン。ブライキング・ボス……。いや。いやいやいやいや!)
頭を振り、次々と頭に浮かぶ不吉な名前を払い
(……事態の概要を述べよ)
緊急事態ではないので、『緊急』の文字は抜いたマイル。
しかし、元ネタを知らないナノマシンは、マイルがネタとして言っているということが分からないため、その硬い口調からマイルがかなり怒っているものと判断し、焦りまくっていた。
【マイル様からの御指示はちゃんと守っています! 次元の裂け目は出現してすぐに短時間で消滅する、ということを各地で繰り返しているため、私達が修復する必要も、そのための時間的余裕もなく、従ってマイル様の許可を得る必要もなく……】
(あ……)
確かに、マイルはあの時、こう言った。『ナノちゃん、これからも、裂け目があったら報告してね。その都度、修復の指示を出すから』と……。
ならば、報告する前に、すぐに裂け目が閉じてしまっていれば。
報告しようとした時点で、既に裂け目が閉じてしまっていれば……。
『裂け目があったら』という条件には合致しない。その時には、既に裂け目はないのだから。
そして、『まぁ、無いとは思うけど、もしまたここで裂け目ができたら、すぐに報告してね』という指示にしても、『ここ』というのはドワーフの村近くのあの場所のことであり、その他の場所は『裂け目ができたら、すぐに報告』という指示の対象外であった。
(くそっ、言い方をミスったああああぁ~~!!)
心の中でそう叫ぶマイルであるが、仕方ない。人間、そんなに全てのことにおいてそつなくこなせるものではないのだから……。