451 敵 5
「……で、あの行商人から話を聞いてから4日経ちますけど……」
「何にも進展していないわよね……」
「まさか、入国して、たまたま最初に聞いた話が……」
「一番いい情報だったなんて……」
夜営地で食事を摂りながら、がっくりと、疲れたような顔をした『赤き誓い』の4人。
そう、あれから4日間、修業の旅の振りをしながらも、街道の夜営用空き地で出会った旅人、町の飯屋のおかみさんや他の客達、宿屋の受付嬢、泊まり客、ハンターギルドの職員や他のハンター等、片っ端から話し掛けて情報を集めたのであるが……。
話自体は、いろいろと聞けたのである。若くて可愛い少女達に話し掛けられて、嫌がる者はあまりいないので……。
それに、片っ端から話し掛けるとは言っても、その度に場所を変えるから、そう奇異に見えるわけでもない。なので、調査としては順調に進んだのである。依頼主が『赤き誓い』に指名依頼を出した理由……疑われることなく、相手がペラペラと喋ってくれるであろうとの期待……は、充分にその目的を果たしていた。
そう、問題は、それらの聞き集めた話の中に、『役に立つ情報が、ひとつもなかった』ということだけである。
「無警戒に何でもペラペラと喋ってもらえる私達で、これなんだから……」
「いい歳をした男性である普通の間諜達が、有益な情報を簡単に入手できるはずがないよねぇ……」
しかし、メーヴィスのその言葉にポーリンが反論した。
「いえ、イケメン間諜が、女性を対象として聞き込みをすれば……」
「どうしてそこで、私の方を見るのかな、ポーリン……」
温厚なメーヴィスも、不愉快そうな顔をすることはある。それを再認識した、マイルとレーナであった……。
「とにかく、最初に聞いた話、『ハンターの死傷率が高くなっている』ということは、概ね裏が取れましたよね」
「ああ。ギルド職員達はあまりその話は広めたくないようだったけど、『聞き取り調査のために、仕事として行った』居酒屋でエールを奢って、地元ハンター達から聞き出した話によると、正確に統計を取ったわけじゃないけれど、明らかにそうだと言っていたからね」
「どんどんお酒を勧めて酔わせて、本当のことを聞き出そうとしましたけど、さすがに『オークが思ったより強くて……』なんて言う人はいませんでしたけどね」
ハンターの矜持が、事態を悪い方へと動かしているのであろうか……。
そして、わざわざ『仕事として行った』と強調して喋るメーヴィスは、経費として
「そうだ! 次の街では、ギルドの解体場を調べてみませんか? いくら強くても、相手の魔物を一頭も倒せないというわけじゃないですから、素材として売却するために持ち込まれる魔物を確認すれば……」
「特異種ならひと目で分かる、ってわけね。よし、それで行くわよ!」
「「「おお!」」」
* *
「……普通のオークね……」
「普通のオーガ、普通のコボルト、普通の角ウサギです……」
レーナとポーリンが言う通り、全て見慣れた普通のものばかりであり、変異種と思われるものはひとつもなかった。
「どうだい、確認したいこととやらは……。何か分かったかい?」
解体場にある魔物を見たい、というマイル達の頼みを快く聞いてくれた若手のギルド職員が、そう尋ねてきた。
「あ、はい、心配していたことの生起は確認できませんでしたけど、『そういうことがなかった』ということが確認できたのは、大きな成果です。ありがとうございました!」
そう答えたマイルに合わせて、皆が頭を下げてお礼の言葉を口にした。
忙しい中、余所者の若手ハンターからの意味の分からない頼みを聞いてわざわざ案内してくれたのであるから、礼と、この行為が決して無駄なことではなかったということをはっきりと伝えるのは当然のことであった。……たとえその理由そのものは喋ることができなかったとしても。
まぁ、頼んだのが若くて可愛い少女達でなかったなら、この男性職員もわざわざ自分で倉庫(魔法による冷凍室・冷蔵室付き)まで案内したりはしなかったかもしれないが……。
* *
「特異種はいませんでしたね……」
「見込み違い、ってことですかね?」
「う~ん……」
マイルの言葉に、皆が考え込んでいるが、いくら考えても無駄であろう。結論を出すには情報が圧倒的に足りなさすぎる。
「ま、そんなに早く終わる依頼だと思っていたわけじゃないですし、締め切りが決まっているわけでもないですから、のんびりやりましょうよ。他の依頼も受けて、お金と功績ポイントを貯めて、Cランクでの必要最低年数が経過したらすぐに昇級試験を受けられるように……」
マイルがそんなことを言うが……。
「マイルちゃん、お金を貯めることには大賛成ですけど、Bランクの昇級試験を受けるのに必要な功績ポイントはとっくに貯まってますよ」
「え……」
「当たり前じゃないの。ワイバーン捕獲、調査隊救出、盗賊退治、獣人や古竜との関係悪化の未然防止、その他諸々……。あんた、普通のCランクハンターがBランクになるのに、それ以上の、どんな依頼をこなせばいいと思ってるのよ。
私達が今までにやった実績でBランクへの昇級試験を受ける資格がないなら、Bランクになれるハンターなんていやしないわよ!」
「……た、確かに……」
レーナの言葉に、納得するしかないマイル。
何せ、『Bランクになる資格』ではなく、『昇級試験を受ける資格』なのである。今までに『赤き誓い』がこなしてきた難度の高い依頼の数々、すなわち功績ポイントがずば抜けて高い依頼の数々で、充分なポイントが貯まっていないはずがなかった。
「そういうわけで、今まではレーナとメーヴィスが『早くAランクになるためには、功績ポイントが多い依頼を……』って言ってましたけど、今はポイントはかなり先行して貯まっていますから、後は最低限必要なCランクとしての期間が経過するのを待つだけなんですよ。ですから、これからは報酬額を重視した依頼の選び方をしましょう!」
「この話題に食い付いたのは、それが言いたかったからなのね?」
レーナがポーリンの言葉に突っ込むが、確かにポイントばかり先行して貯めても、あまり意味がない。BランクからAランクになるには、Cランクではなく、『Bランクのハンターとしての活躍』が必要であるため、Cランクである今、過剰にポイントを貯めても、あまり意味がない。
いや、勿論Bランクへの昇級試験の時に獲得ポイント数も考慮はされるが、レーナ達はそんな小手先の点数稼ぎで昇級したいなどとは考えていない。昇級試験は、試験の時の実力のみで突破する。それが、少なくともレーナとメーヴィスの望みであった。
ポーリンは、そのあたりのことには別に拘らないし、マイルは何も考えていない。
……というか、マイルはそもそも昇級したいと思っているわけではなかった。目立たず、普通のCランクハンターとしてそこそこ稼げれば充分であり、その状態で結婚相手を探せればいい、と考えているのであった。
「まぁ、私はそれでもいいけど……」
「いや、私は自分を鍛えたいからね! お金だけじゃなくて、Aランクの剣士としてふさわしい強さを、そして最終的には騎士に取り立てられるだけの力を手に入れなければ、何の意味もないからね!」
レーナの言葉を遮って、そう主張するメーヴィス。
確かに、お金になりそうな依頼、イコール強い魔物や強敵と戦う依頼、というわけではない。
稀少なものの採取依頼とか、実際に戦闘になることなどまずない、お飾り護衛依頼(本当の護衛は別にいて、お飾り要員として見目の良い者が側に配置される)とかの、『依頼料は高いが、別に剣士にとって良き経験となったり強くなれるといったものではない依頼』ばかりを受けていたのでは、お金を貯めたいポーリン、とにかくAランクになれればいいというレーナ、そしてそんなことはどうでもいい、逆にCランクのままの方がいいと考えているマイルにとっては全く問題がなくとも、メーヴィスにとっては不満だらけとなるだろう。
「ま、そのあたりは、臨機応変に……。それに、私達が選ぶ仕事は、お金やポイントだけが選択基準じゃありませんからね。一番重要なのは……」
マイルの言葉に、皆の声が揃った。
「「「「面白そうなことであるかどうか!!」」」」