450 敵 4
「……で、それはどういうことですか?」
「あ、ああ、今、この国では色々とざわついているんだよ……」
レーナ達からの非難が収まり、納得のいかない様子ではあるものの、マイルが商人への質問を再開した。
「別に政変が起こったわけじゃないし、どこかの国と戦争になりそうだとかの物騒な話でもないんだけどね。何か、空気が悪いというか、雰囲気が悪いというか……。
受けた依頼を失敗するハンターが増えて、違約金で首が回らなくなって借金抱えたり、それだけならまだしも、怪我で引退を余儀なくされたりする者が増えて、どこの街でもハンターギルドが暗い雰囲気でねぇ……。
ハンター連中の景気が悪いと、飲み屋や宿屋、花街とかの景気も悪くなる。そうなると、そういう所で働いている者達も金遣いが渋くなるから、あらゆる業種が駄目になっちまうんだよ。ハンター連中は他の者達に比べて、飲み屋や宿屋の食堂とかで散財する金額が大きいからねぇ……」
(ああ、米軍や自衛隊の基地がある街と同じなんだ……)
マイルは、前世でそのような話を聞いたことがあった。結構給料が良くて、独身者の多くが基地内に衣食住無料で住んでいる軍人さん達は可処分所得が多いから金払いがいい、という話を。
「100軒の飲み屋が何とかぎりぎり黒字で営業している街で、飲み屋全体の売り上げが2割減ったら、何軒の店が潰れると思う?」
ここで、20軒、などと答える者は、『赤き誓い』の中にはいない。
普通ならそう答えられることを期待しての『振り』なのであろうが、誰も答えないので、商人は話を続けた。
「そう、100軒全部だ。全ての店が売り上げの2割を失えば、全ての店が赤字になって、潰れちまう。……まぁ、実際には半分近くが潰れた時点で、何とか踏み止まっている店に客が流れるからそうはならないが、言葉遊びとしての説明だと考えてくれ。
それに、生き残った店も、客の金遣いが渋くなりゃ客単価は下がるしな。それまでの赤字分もあるし、いい話にはならないよ」
商人の娘ふたり、貴族の娘ふたり。そしてそのうちのひとりは、前世での知識がある。
そう、『赤き誓い』のメンバーは、そういう話が理解できる者ばかりであった。
「そりゃ、街の雰囲気悪くなりますよねぇ……」
マイルの言葉に、どんよりとした顔で頷くポーリン達。商人の娘としては、身につまされる話なのであろう。……そして、商人が納める税がとても大事な、貴族の娘も……。
「それだけじゃない。ハンターの数が減ったり依頼失敗が続くということは、田舎の村が出した魔物の討伐依頼が失敗したり、受け手がいなかったりするってことだ。商隊の護衛も、人手が集まらないとか、レベルの低い奴を雇わざるを得ないとかいうことになって……」
「「「「あ~……」」」」
悪循環である。
うまく回っている『経済』という巨大なシステムを破壊するのに、全てを力任せにぶち壊す必要はない。歯車にほんの僅かな砂粒を噛ませるとか、潤滑油を切らせば、たちまちうまく回らなくなって崩壊するだろう。
「ま、そういうわけで、ちょっとね。あんた達は何かの依頼で来たのかい? それとも、修業の旅かな? 依頼を受けるなら、慎重にな。普段以上に安全係数を大きくして、気を付けるんだぞ。
特に、依頼が溜まって困っているギルド支部に顔を出すと、適当な……悪い意味での『適当』の方な、そういうのを押し付けられるかもしれないから、難易度や危険度はちゃんと考えて仕事を選びなよ?」
「「「「…………」」」」
有益な情報だったし、自分達のことを考えて親身に忠告してくれた担ぎ行商の商人に、マイル達は温かい昼食を振る舞ってやり、更にマイルがアイテムボックスに入れていた蒸留酒をひと瓶、お礼として渡してやった。
ちゃんと夜営の準備をして夕食を済ませて安全を確保してから飲むこと、と念を押してから渡したのであるが、思わぬ贈り物に大喜びしてくれたので、情報に対する礼としては充分な対価だったのであろう。
そして、商人が何度も礼を言いながら去った後……。
「みんな、さっきの話、どう思う?」
「う~ん、確かに『おかしな噂』の有力候補ではありますよね……」
「でも、他国がわざわざ調査するほどのこと?」
メーヴィスの言葉に、ポーリンとレーナが自分の考えを述べるが、マイルは少し考え込んでいた。そして……。
「問題は、ハンターの不運続きの理由ですよね。そして、私達にはそういう事態を招くケースに心当たりがあります……」
「「「え?」」」
思いがけぬマイルの言葉に驚くレーナ達。
そして、マイルが言葉を続けた。
「もし、討伐に向かったハンター達が出会った依頼対象の魔物が、『なぜか、普通の魔物よりワンランク強い魔物』だったとしたら……」
「「「あ……」」」
確かに、みんなにはそういうケースに心当たりがあった。
「普通より強いオーク……」
「普通より強いオーガ……」
「ドワーフの村の……」
そう、あの、謎の空間の亀裂から現れたと思われる、『普通ではない魔物達』である。
もし、
オーク退治のつもりで行ったら、オーガ並みの強さの『スーパーオーク』が。
そしてオーガ退治のつもりで行ったら、ハイオーガ並みの強さの集団が……。
そう、崩壊を迎えようとしていた、あのドワーフの村の再現である。
「でも、それだけでこういうことになるかなぁ?」
しかし、メーヴィスには納得がいかないらしかった。
「あのドワーフの村の時は、あそこが人間の村とはかなり離れた場所にある、半分孤立したような村だったこと、そしてドワーフとしてのプライドが邪魔をして人間達に助けを求めることも、情報を流すこともなかったから、ああなったわけだろう?
普通の人間の村であれば、通常より強い魔物が現れたという情報はすぐに広まり、それに対してギルドなり軍なりが対処するんじゃないか?」
「うっ、確かに……。それに、新種については私達の報告を元に近隣諸国のギルド支部には通達がいっているはずよね。ここはあの事件があったマーレイン王国の隣国であり、友好国なんだから。
それに、ギルド経由だけでなく、ギルドから王宮を通しての国家間のルートでも話が通っているだろうし……。それにも拘らずそういう対処がされていないということは……」
「はい。ひとつ、その報告が信用されず、無視された。ふたつ、まだその関連性に気付いていない。みっつ、気付いているけれど意図的にスルーしている。よっつ、分かってはいるけれど、手が回らない、もしくはそれどころじゃない……」
「「「……」」」
こういう時には頭が回るマイルの分析に納得したのか、黙り込む3人。おそらく、見落としや間違い、他の可能性等を頭の中で検討しているのであろう。
「……まぁ、当事者であり直接戦った私達ならピンと来ても、他国の経験の浅い若手ハンターが情報源である通達なんか、真剣には受け取っていないかもしれないわね。だから、悪気があっての無視とは限らないし……。
そもそも、依頼失敗の理由が『相手が普通より強かったから』なんていう、Fランクの初心者の言い訳にすら及ばないような恥ずかしい報告、普通の神経をしていたらできるわけがないわよね……」
「私達ですら、マイルに言われるまでそれに思い至らなかったのだからねぇ。責めることはできないよ……」
「それに、それもまだマイルちゃんの予想に過ぎませんからね。実は全然関係のない、別の原因かもしれませんし……」
レーナ、メーヴィス、ポーリンの3人も、マイルの予想は『あるかもしれない』と思いはしたが、そうと決めつけたわけではない。あくまでも、原因の候補のひとつとして考慮に加えただけである。
……かなり確率が高い『候補』ではあるが。
「まぁ、まだ国境を越えたばかりですからね。初日で解決したら、稼ぎにならないですよ!」
「あはは、確かに!」
マイルの言葉に、笑いながら同意するメーヴィス。
そう、依頼による『修業の旅モドキ』は、まだ始まったばかりであった。
「そして私達の旅は、まだまだ続くのであった……」
「「「最終回かッ!!」」」
(よしよし、かなり訓練されてきましたね……)
レーナ達の綺麗に揃った突っ込みに、にんまりと笑う、マイルであった……。