449 敵 3
「というわけで、出発です!」
無事レニーちゃんを振り切り、王都を出発した『赤き誓い』一行。
国境を越えるまでは、王都間矢弾特急馬車での移動である。
『矢弾特急』というのは、日本で言うところの『弾丸特急』に相当する。弾丸という言葉がないため、矢のように早くてノンストップ、ということなのであろう……。
マイルひとりであれば走った方が早いが、いくら荷物の大半をマイルの
国内を移動している間も勿論依頼料は発生するが、受けた任務としては『任務対象ではない、無駄な時間』であるため、そこはさっさと飛ばすことにしたわけであった。
「乙女の時間は短いんだからね。無駄遣いはできないわよ!」
「はい。それに、馬車代は経費として別途請求できますからね。宿代と食費が経費にならないのは業腹ですが……」
「まぁ、『宿代と食費は、この依頼を受けていなくても使いますよね? そういうのは、経費としては認められません。情報収集のために居酒屋へ、というような場合は、交際費か接待費で落として戴いても構いませんが』とか言われちゃ、反論できないよね。ポーリンも返答に詰まってたじゃないか」
「ぐっ……」
メーヴィスの言葉に、今回も返答に詰まってしまったポーリン。
あの後、依頼元の担当者……明らかに『その方面』らしき人……に会って色々と話を詰めた時、そのようなことを言われたのであった。
まぁ、正当性のあるものは経費として別途支払ってくれるというだけで、大盤振る舞いと言っていいだろう。……移動時以外の食費は、全部『交際費』にすればいいだけのことである。
「まぁ、そういうのを含めても充分実入りのいい報酬額ですから……」
マイルがそう言ってフォローするが、ポーリンはまだ納得していない様子であった。
多少のことは気にしなくてもいいくらいの報酬額を提示されているのに、ポーリンはなぜそこまでお金に拘るのか。
それは、『お金を貯めるのが好きだから』である。
……身も蓋もない。
人間は、自分の仕事にやり甲斐や楽しみを見いだすものである。職人は自分の技や作品に、農民は作物の生長に、そして教師は教え子の成長に。
……ならば、商人は?
そう、商売に成功してお金が貯まることが楽しみであり、仕事のし甲斐、そして生き甲斐なのである。そしてその上、目標金額が決まっていて、そのお金で実現すべき夢があるとなれば、お金を貯めることの喜びは何倍にもなる。
そう、武芸家が強さを求めることや、学者が知識を求めることは賞賛されるのに、商人がお金を求めることが賞賛されないはずがない!
「そうは思いませんか、皆さん!」
「いや、そんなに必死に主張されても……」
「メーヴィスが剣士として剣術の腕を向上させるのに必死になっても、みんな何も言わないじゃないですか! なのに、どうして商人の私がお金を貯めて財力を向上させるのに必死になると、守銭奴だとかお金に汚いとか罵倒されなきゃならないんですか! おかしいでしょうが、ええっ!!」
「あ、いや、その……」
(マイル、助けてあげなさいよ! メーヴィスじゃ相手にならないわよ)
(いや、そんなこと言われても……。レーナさんこそ、助けてあげてくださいよ……)
(無理!)
メーヴィスにとって、頼りがいのない仲間達であった……。
* *
「ようやく着いたわね」
「ここが、国境の街ですか……」
まだ国境線を越えたわけではない。国境のすぐ手前にある、俗に言うところの『国境の街』と言われるところで下車したのである。
国の様子を調べるならば、国境を越えるところから始めるべきである。その方が、何というか、『感触』というものが感じられるような気がしたのである。
そして、そう主張するマイルの言葉は、レーナ達にも納得して受け入れられたのであった。
この街で馬車から降りる者は他にもおり、そして代わりに乗り込む者もいた。なので、国境の手前で降りた『赤き誓い』は別に目立つこともなく、ごく普通の旅人としか思われていなかった。
あとはこの街で1泊し、明日の朝、国境を越えるべく出発するのであった。
「別に、変わった様子はないわね……」
「まぁ、まだ
「う……。ま、まぁ、それもそうよね……」
「「…………」」
何気なく呟いただけなのに、ポーリンに真面目に突っ込まれたレーナが、ちょっと不憫に思えたマイルとメーヴィスであった。
いや、ポーリンも悪気はなかったのであろうが、もう少し、何というか、大人の対応というか、心遣いというか……。
まだ、宿賃と自分達だけでの食費が経費にならないことに腹を立てているのであろうか……。
「とにかく、今日はこの街に泊まって、明日はオーブラム王国側の『国境の街』に泊まるわよ」
「「「おお!」」」
どちらも国境の至近にできた街なので、距離は僅かしか離れていない。しかし、その両者を比較するというか、雰囲気の違いがあるかどうかを確認するというのも、こういう調査においては大事なことである。
『赤き誓い』のメンバーは皆、元々馬鹿ではないため、真剣に討議した場合には、結構まともな計画が立てられるのであった。
* *
そして、2日後の朝。
「……で、結局、別に変わったところはなかったわね……」
国境を越えてから更に1泊した『赤き誓い』であるが、勿論、そんなところで何かが分かるとも思えないし、みんなも元々そんなことを期待していたわけではない。あくまでも、『抜けがないよう、きちんと調査する』という、生真面目さ故のことである。
「はい。では、いよいよ本番です!」
オーブラム王国は、東西に細長い国である。そのため、南方にあるマーレイン王国やトリスト王国から入国した場合には、そのまま直進すると、あっという間に北側の海に行き当たってしまう。
しかし、西側にあるティルス王国から入国した場合には、マーレイン王国とトリスト王国の両国を横断するより長い距離を進んでも、まだ東側の国境には到達しない。
そういう地理関係なので、マイル達はあまりフラフラと進路を変えることなく、真っ直ぐに東進して王都を目指せば良いのであった。そのおかげで、漸進捜索や方形拡大捜索みたいなやり方で国土全域をくまなく調査しなくても、国土のほぼ中央を貫く主要街道を直進するだけでいいのは大助かりであった。
勿論、たまには左右の裏街道に逸れたり、田舎の村々を通ったりもするつもりではあるが。
そして、当然のことながら、街道ではなく森や山岳部を突っ切って狩りや素材採取を行うことも考えている。
『修業の旅』とはそういうものであるし、主要街道から外れた田舎の村々における調査も必要であろうから……。
「おや、嬢ちゃん達、新人ハンターかい?」
街道の所々にある空き地、つまり旅人や商隊が休憩したり夜営をしたりするための場所で『赤き誓い』が昼食の準備をしていると、反対方向からやってきた担ぎ行商の男性が声を掛けてきた。
年齢は40歳前後で、担ぎ行商をやっているだけあって身体はがっしりとしているが、温厚そうな顔立ちである。
向こうはひとりで、4人連れの『赤き誓い』に声を掛けてきたのであるから、おかしな魂胆があるわけではないであろう。そう考えて、マイル達も別に警戒したりするようなことはなく、ただの『互いに反対方向へ向かう旅人同士』として、軽い情報交換をすることにした。
これが、結構馬鹿にならないのである。
土砂崩れで山道が不通になったとか、大雨で橋が流されて迂回を余儀なくされたとか、盗賊が出ているためルートを変えた方が良いとか、とにかく、ちょっとした世間話が命を左右することも決して少なくはない。そしてそういう重要な情報を教えて貰った場合には、手持ちの酒や食料で礼をするのがしきたりである。
……そういう場合、現金でのお礼は、無粋であるとされている。あくまでも旅人同士での助け合いであり、決して商売として、金儲けのためにやっているわけではないからであるらしい。おそらく、そういう風習ができた、何らかの理由があるのであろう……。
そういうわけで、マイルは何の遠慮もなく、軽い気持ちで聞いてみた。
「ティルス王国から来たばかりなんですけど、この国に何か変わったことはありましたか?」
勿論、いくら王都側から来たとはいえ、実際に王都から来たわけではあるまい。ただ、『そっちの方向から来た』というだけである。
重い荷を自分で背負って売り歩く担ぎ行商は行動範囲が狭いし、仕入れも大きな店からというわけではないから、そう情報通であるとは思えない。なのであくまでも、軽い気持ちで聞いただけである。そんなに簡単に情報が得られれば苦労しない。
「ああ、あるよ」
「「「「あるんかいっっ!!」」」」
「マイルちゃん、飛ばし過ぎっ!」
「マイル、ペース配分、ペース配分……」
「マイル、自重しなさいよっ!」
「え、これ、私が悪いの?」
みんなの扱いに、納得がいかないマイルであった……。