東方裏@ふたば
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画像ファイル名:1627720732863.jpg-(28332 B)
28332 B無題Nameとしあき21/07/31(土)17:38:52No.14490461そうだねx6 17:00頃消えます
漢詩の時間だ~
今日もよろしくな~
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
削除された記事が1件あります.見る
1無題Nameとしあき 21/07/31(土)17:48:02No.14490483+
    1627721282311.jpg-(27215 B)
27215 B
さて文華秀麗集を読んでいるんだが前回は「宴集」のジャンルから渤海大使の王孝廉(おうこうれん)の詩を読んだな~
https://archive.is/Ryo34
今回は「餞別」の部から凌雲集の時も読んだ巨勢識人(こせのしきひと※凌雲集では志貴人)の詩を取り上げてみよ~
作者については以下参照だ~
https://archive.is/YExmx
2無題Nameとしあき 21/07/31(土)17:51:22No.14490490+
    1627721482499.jpg-(28332 B)
28332 B
さて詩に入る前に餞別という言葉について説明しておこ~
現代において餞別というのは別れに対して金品などを贈ること…もしくは贈られるもの自体に対して言うことが多いな~
漢語としての餞別はむしろ人を送り出す方に重点がある…
別れに際して宴を催したりして人を送ること…またはその宴自体に対して使う言葉だな~
例えば「餞○○(○○という人にはなむけす)」という題の詩があった場合ははなむけとして旅立つ人に詩を贈っているというよりは別れの宴の席で詠まれたもの…とか別れに際しての感慨を詠んだもの…といった感じが強い…
まあ微妙な違いと言えばそうだし意味も大きく離れるわけじゃないからだんだん混同されていって今に至るわけだがな~
3無題Nameとしあき 21/07/31(土)17:52:43No.14490492+
    1627721563416.jpg-(28430 B)
28430 B
前置きが長くなってすまなかったな~
それじゃ本文に入ろ~例によって音読するのをお勧めするぞ~
  秋日別友人 しゅうじつゆうじんをわかる 
 林葉翩翩秋日曛 りんようへんぺん しゅうじつくる
 行人独向辺山雲 こうじん ひとりむかう へんざんのくも
 唯餘天際孤懸月 ただあます てんさい ひとりかかるつき
 万里流光遠送君 ばんりのりゅうこう とおくきみをおくる 
 
4無題Nameとしあき 21/07/31(土)17:54:12No.14490493+
    1627721652517.jpg-(27215 B)
27215 B
拙訳だ~
  秋の日に友人と別れる
 林の木々の葉がはらはらと舞い 秋の日が暮れる
 旅人はひとり 辺りの山にかかる雲へ向かう 
 ただ残っている 遠い天の際にひとつ月が懸かっているのだけが
 万里を流れてゆくその光が 遠くどこまでも君を送って行く
5無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:02:35No.14490506+
    1627722155425.jpg-(28332 B)
28332 B
補足しておくぞ~
まず題の「別友人」は普通訓読では「友人に別る」と読むんだが当時の訓読では「友人"を"別る」と読むのが通例だったんだな~「を」と「に」は結構時代によって不安定だったりするぞ~
「辺山雲」は「向こうの山にかかる雲」と解したが「辺境の山にかかる雲」と解することの方が多いかもな~
「唯餘」は「ただのこす」と読むこともできるぞ~「餘」を現代の「余」にしていないのは漢文においては基本的に「あまる」の場合は「餘」…上様の一人称みたいなばあいは「余」と使い分けるからだ~
最後の「遠送君」は「とおくきみをおくらん」と訓じて「遠く君を送ってくれるだろう」みたいにとるのが普通であると思うけどこれは意訳も入っているので敢えて外させてもらったぞ~
さてそれじゃとりあえず印象を聞かせてもらおうか~!
6無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:11:30No.14490526+
落葉斜陽から秋が別れを想起させる季節なのはわかるけど出来過ぎかなーって思ってしまうのは捻くれ過ぎかな
どこか現実感に欠けるというか別れの詩とはこういうものだみたいなお題に対する模範解答感を覚えてしまった
7無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:19:27No.14490547+
月は東に日は西に
友が向かったのは東の月の方角かな
8無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:26:18No.14490558+
    1627723578313.jpg-(27215 B)
27215 B
>落葉斜陽から秋が別れを想起させる季節なのはわかるけど出来過ぎかなーって思ってしまうのは捻くれ過ぎかな
>どこか現実感に欠けるというか別れの詩とはこういうものだみたいなお題に対する模範解答感を覚えてしまった
鋭い指摘だな~その問題意識は本文を読む上で重要だと思うぞ~
ちなみに言うと別れの季節として秋というのは漢詩文の世界ではあまりポピュラーではない…別れと言えば春だからな~
ましてや夕暮れに旅立つなんてことは妙だ~
敢えてもう暗くなる危ない時間に出発するなんてのは考えにくいしな~
さてそのあたりをどう読み解いていくか…本文に触れながら考えてみよ~
>月は東に日は西に
>友が向かったのは東の月の方角かな
そうだな~そう考えるのが自然だと思うぞ~
日が暮れて暗くなるのはそちらを見ていなくても分かるけど月を見るにはそっちを向いている必要があるからな~
9無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:28:45No.14490564+
    1627723725539.jpg-(28430 B)
28430 B
よし!それじゃ詳しく見ていこ~
 林葉翩翩秋日曛 りんようへんぺん しゅうじつくる
さてこの歌い出し…指摘の通りちょっと出来過ぎなシチュエーションだが作者がここから詩を語り始めたのはなぜだろ~?
秋の風物から落葉と夕暮れを選んだのはなぜだろ~?
このあたりまず意見を聞かせてくれ~!
10無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:30:52No.14490571+
そもなぜ林?
11無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:34:15No.14490575+
林の中か外かで言えば外かな
天際や辺山を見るには
12無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:40:12No.14490604+
    1627724412710.jpg-(28332 B)
28332 B
>そもなぜ林?
落葉だけじゃないのはポイントだな~
木ではなく林であることを考えてみるのがいいのかな~?
>林の中か外かで言えば外かな
>天際や辺山を見るには
そうだな~つまりこの詩の中の景は作者にとって遠景の描写ばかりであることは面白いポイントかもしれないぞ~
13無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:50:21No.14490631+
>秋の風物から落葉と夕暮れを選んだのはなぜだろ~?
別れの詩とはいえ寂寥の気配があまりにも色濃い?
ひょっとして送り出した相手は既に…なんて
14無題Nameとしあき 21/07/31(土)18:54:29No.14490644+
雲に向かうってそういう…
15無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:03:34No.14490681+
    1627725814911.jpg-(28332 B)
28332 B
ははは~まあそれは少し飛躍があるかもしれんが寂寥の色ばかりが濃い点は注意すべきポイントだな~
別れにはいろいろな形があるものだがこうして人を送り出すにあたっては基本的に相手の前途に対してマイナスな表現ってのは使わないだろ~?
もちろん旅先での苦難を心配するってのはあるかもしれんがそれでも元気でやってくれよ!って思いがある場合果たしてこういう表現になるのかな~?と思うんだよな~
故に私としてはここはひたすら作者の内面を詠んだものと解したいと思うぞ~
旅人との関係や別れの時のやり取りではなくて別れに際しての自分の心をうたったものだということがこの一句で示されているんじゃないかな~と思うんだな~
16無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:08:23No.14490702+
    1627726103932.jpg-(27215 B)
27215 B
ちなみに林をいう語を選んだ理由…これは続く翩翩という表現を考えるべきだと思っているぞ~
翩翩というのは同じ字を重ねる畳字(じょうじ)で擬音・擬態的なニュアンスが強い言葉だ~
つまり「はらはら」と落ちる…ここの部分が大事なわけだ~
それが林でなければいけないということはこの落葉が「たくさん・折り重なりながら」というところが必要なんだと思うぞ~
すなわち作者の心中の大きな大きなざわめき…これがこういう表現を選ばせたんじゃないかというのが私の意見だな~
17無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:09:29No.14490709+
唯一の近景を自身の心中に重ねたのかな
18無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:11:25No.14490715+
相手を想ってか詩情からか落とせなかった涙の代わりに葉を…って面もあるのかな
19無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:14:42No.14490732+
    1627726482383.jpg-(28430 B)
28430 B
それじゃ一旦次に行くぞ~
 行人独向辺山雲 こうじん ひとりむかう へんざんのくも
さてこれは別れた友人ということになるんだが…
まず注意すべきは「行人」という表現だ~こういう表現はまま見られるんだがそれじゃどうして大切な友人を「たびびと」と一般名詞で表現したんだろう?
もっと自分にとっての相手を特定する言い方とかあるいは二人称ではなく行人を選んだのはなぜか?
特にこの部分について意見を聞かせてほしいぞ~
20無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:16:17No.14490733+
    1627726577614.jpg-(28332 B)
28332 B
>唯一の近景を自身の心中に重ねたのかな
そうだな~そういう見方もあると思うぞ~
>相手を想ってか詩情からか落とせなかった涙の代わりに葉を…って面もあるのかな
面白い視点だ~あるいは自分の中にあったそういう感情の種を増幅して表現してると見ることもできるな~
21無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:16:24No.14490734+
この行人って表現も含めて亡くなった人に対するもののような気がしてた
22無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:19:16No.14490744+
そのまま最初から旅人だった可能性もある?
旅人として出会って友となってまた旅立ったなら
23無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:23:36No.14490752そうだねx1
帰ってこなさそう
24無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:33:54No.14490847+
>どうして大切な友人を「たびびと」と一般名詞で表現したんだろう?
>そうだな~つまりこの詩の中の景は作者にとって遠景の描写ばかりであることは面白いポイントかもしれないぞ~
この点と合わせて考えると一歩引いた視点を意識してる気がする
25無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:36:03No.14490856+
    1627727763822.jpg-(28332 B)
28332 B
>この行人って表現も含めて亡くなった人に対するもののような気がしてた
今の時点ではそういうことも考えられるな~
>そのまま最初から旅人だった可能性もある?
>旅人として出会って友となってまた旅立ったなら
なるほどありうるかもしれん…ただ詩の中からそれが読み取れるところがあるかが問題かな~
状況が分からない人でもこの詩を読んで感じとれるものがあるように…というのが詩の基本だからな~
>帰ってこなさそう
これは確かにそうだ~昔の旅立ちに対する別れというのは多かれ少なかれそういう要素を含んでいるわけだしな~
>この点と合わせて考えると一歩引いた視点を意識してる気がする
なるほど全体の雰囲気づくりの為にあえてそういう表現にしたという見方だな~
26無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:42:18No.14490877+
    1627728138436.jpg-(27215 B)
27215 B
さて出してもらった意見に共通するのは旅立った人と作者の間に距離を感じさせるということだな~
さてこれをどう考えるか?
私は後の二句の内容との関りがあると考えているぞ~
三句目の「唯餘」すなわち「月以外のものは残っていない」ということ…四句目の「万里流光遠送君」という内容そのもの…つまりこれによって友人はもう出発した後だということが分かるわけだ~
思うにこれはそれを導くための言葉であり遠くにいる友を偲ぶという状況が選ばせた言葉なんじゃないか…これが私の意見だ~
27無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:46:32No.14490897+
    1627728392360.jpg-(28430 B)
28430 B
さて後半二句はまとめて見てみよ~
 唯餘天際孤懸月 ただあます てんさい ひとりかかるつき
 万里流光遠送君 ばんりのりゅうこう とおくきみをおくる 
さっきも問題にした「唯餘」だが月以外のものが残っていない…ということはそれ以外のものが目に入っていないということなんだがどうして作者にはそういう見え方をしたんだろ~?
またこの詩を締めくくる「君」の語…当然これは旅立った友人の事なんだが二句目の「行人」とはどういうニュアンスの違いがあるんだろ~?
このあたり考えてみてくれ~?
28無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:48:08No.14490905+
行人に比べると君ってかなり近い表現だね
自身の心を光が届けてくれたのかな
29無題Nameとしあき 21/07/31(土)19:57:03No.14490941+
月を眺める=遠くの友を想うの考えでいくと月ははっきりそこにあるから「君」と近いニュアンスになったんではなかろか
30無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:04:18No.14490968+
作者はどこだ?
作者を主語とした句がひとつもないじゃないか
31無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:10:18No.14490979+
    1627729818490.jpg-(27215 B)
27215 B
>行人に比べると君ってかなり近い表現だね
ここはまず押さえておくべきところだな~
>自身の心を光が届けてくれたのかな
ここのところが最後の「遠送君」を推量で取るかどうかのポイントなんだ~
月の光が君を間違いなく送ってくれる!という確信かきっと送ってくれるはずだ…という推量かでこの詩は随分印象が変わってくるからな~
推量で取ることが多いんだが推量に当たる語がつかわれているわけではない…
>月を眺める=遠くの友を想うの考えでいくと月ははっきりそこにあるから「君」と近いニュアンスになったんではなかろか
そしてこの意見のように月というものの確固たる存在感故に確信として取るのも悪くないんじゃないかな~と思うんだが…さて友はどう思う?
32無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:12:35No.14490986+
    1627729955935.jpg-(28332 B)
28332 B
>作者はどこだ?
>作者を主語とした句がひとつもないじゃないか
よくぞ気付いた…この詩の本質を語る上でそれは最も重要なポイントだ~
全体を通してみた時にそう見えるのは当然だよな~?
しかしながらあるんだ~作者が主語になっている表現が…
分かるかな~?書かれている言葉にとらわれずに読まないといけないぞ~
33無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:19:00No.14491000+
秋日別友人…?
34無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:22:30No.14491015+
    1627730550848.jpg-(27215 B)
27215 B
>秋日別友人…?
漢詩においては題は内容に含まないのが基本だな~
その前提の下問うているぞ~
35無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:31:07No.14491044+
唯餘?
37無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:35:35No.14491059+
>漢詩においては題は内容に含まないのが基本だな~
>その前提の下問うているぞ~
「孤」懸が「独」向で月が行人
月に対して秋日が作者…かな?
38無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:44:26No.14491099+
    1627731866901.jpg-(28332 B)
28332 B
難しく考えてしまっているな~
もっと簡単に考えていいんだぞ~
四句全部の頭に「我思」もしくは「我見」あたりの語が略されていると考えるんだ~
すなわち本文の内容を「作者が思っている・見ている」わけだ~
そんなの詩だから当たり前じゃん!というかもしれない…
しかしながらこの詩においてそれは大事なポイントなんだ~
先に確認した通りこの詩は既に友人と別れた後の情景だ~
思うことも見える景色もすべて作者ひとりで完結してしまっているんだな~
故にことさらに作者を主語とする表現を入れることは必要ではないんだな~
ちょっと意地悪な問いだったが詩を勉強すればするほどこういう視点は忘れやすいんだぞ~
私も常々気を付けているところだ~
39無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:50:36No.14491125+
>ちょっと意地悪な問いだったが詩を勉強すればするほどこういう視点は忘れやすいんだぞ~
ああ…さっぱり抜け落ちてた…
40無題Nameとしあき 21/07/31(土)20:51:46No.14491132そうだねx1
考えてみれば詩を作るという行為自体が既に作者の存在と不可分だもんな
41無題Nameとしあき 21/07/31(土)22:00:28No.14491439+
    1627736428647.jpg-(28430 B)
28430 B
さて…ここまで見たうえで今一度問おう…
>落葉斜陽から秋が別れを想起させる季節なのはわかるけど出来過ぎかなーって思ってしまうのは捻くれ過ぎかな
>どこか現実感に欠けるというか別れの詩とはこういうものだみたいなお題に対する模範解答感を覚えてしまった
この問題意識…違和感について全体を検討してみてどうだ~?
最初の印象と変わったところは出てきたかな~?
42無題Nameとしあき 21/07/31(土)22:29:52No.14491608そうだねx1
最初は俯瞰的な詩という印象だったけど
>四句全部の頭に「我思」もしくは「我見」あたりの語が略されていると考えるんだ~
こう考えるとトコトン主観の詩なのかって気がしてきた
作者が別離のショックをひきずったままで世界を見てるからその表現がドラマ的で現実味に欠ける風に思えるのかも
43無題Nameとしあき 21/07/31(土)22:38:54No.14491658そうだねx2
作者が見てるのは月だけで他の全部はそこに映った景色のように感じる
44無題Nameとしあき 21/07/31(土)22:52:24No.14491732+
    1627739544599.jpg-(28332 B)
28332 B
>こう考えるとトコトン主観の詩なのかって気がしてきた
>作者が別離のショックをひきずったままで世界を見てるからその表現がドラマ的で現実味に欠ける風に思えるのかも
そうだな~私もそう思うぞ~出来過ぎなまでの景の描写こそ作者の心中が素直に吐露されている証と言えるかもしれないな~
>作者が見てるのは月だけで他の全部はそこに映った景色のように感じる
鋭い観察だ~「唯餘」という言葉の重みがこの見方によってグッと出てくるな~
主観によって構成されている詩だけどそれを収束し詩として表現するためにはどうしても月が必要だった…
あるいは別れのその時の時点では作者は上手く言葉にできなかったかもしれないな~なんて想像も私はしてしまうな~
45無題Nameとしあき 21/07/31(土)23:21:59No.14491871+
    1627741319819.jpg-(28423 B)
28423 B
よし!今日はこの辺にしよ~!
今日は描写の現実味の点からアプローチして行ったが時間の経過や辺山・天際・万里などといった距離をテーマにみて行くこともできるから気が向いたら取り組んでみるといいぞ~
今日も参加してくれてありがとうな~有意義な時間だったぞ~
次回は贈答の部から一首読んでみるつもりだ~
それじゃな~友よ~
さらば~
46無題Nameとしあき 21/07/31(土)23:23:56No.14491878そうだねx2
    1627741436001.png-(56293 B)
56293 B
ドラマチックな情景?好きですわよ
なんだかんだで定番の表現ってのはいいものですわ
…そんな意外そうな顔をしないでくださいまし
47無題Nameとしあき 21/07/31(土)23:24:07No.14491879そうだねx7
    1627741447172.png-(20228 B)
20228 B
キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
48無題Nameとしあき 21/08/01(日)06:51:29No.14492398+
>辺山・天際・万里
辺山→天際→万里と順に離れてる印象
でも句の中の語の位置が
      辺山
   天際
万里
とだんだん近づいてるようにも感じて不思議
49無題Nameとしあき 21/08/01(日)08:17:37No.14492510+
    1627773457092.jpg-(28332 B)
28332 B
加えて作者が実際に見た景色なのか想像の中なのか…あるいは心理的にどのくらい遠く…あるいは近く感じているかという要素もあるぞ~
これらの要素により必ずしも言葉が持つ距離感のニュアンスと一致しないこともありうるからな~
50無題Nameとしあき 21/08/01(日)08:55:18No.14492595+
行く 往くのニュアンスの違いってなんだろう
「往人」だと旅人感出ないよね
征く 逝くはなんとなく使い分けるけど
51無題Nameとしあき 21/08/01(日)09:10:03No.14492623+
    1627776603468.jpg-(27215 B)
27215 B
>行く 往くのニュアンスの違いってなんだろう
>「往人」だと旅人感出ないよね
>征く 逝くはなんとなく使い分けるけど
言葉には意味の広がりがあるから100%決めつけることは出来ないんだが基本的には…と条件付きで言うならば
「行」は「ゆく・歩む」こと
「往」は往来という言葉があるように「来」と対になる「向こうへゆく」という方向性に重きがある
「征」は「"遠くへ"ゆく」
「逝」は「過ぎゆく・いってしまう・走っていく」というかなりスピード感のある描写だな~
「往人」という言い方はあまりしないけどもしそうだとするならば少なくともどこかへ向かっているという個人の特定要素が出てくるわけだな~
故に「いかなる事情かは分からないが旅をしている人」ということを表す場合はどこへ行くのかどちらに行くのかを問わず「ゆく」という行為自体を言う「行」がハマる…
と私は理解しているな~
52無題Nameとしあき 21/08/01(日)09:17:03No.14492638+
それで「旅行」かあ
53無題Nameとしあき 21/08/01(日)09:24:08No.14492657+
「往生」という言葉も西方浄土という方向性があるからか
なるほど
54無題Nameとしあき 21/08/01(日)14:52:32No.14493274+
学校の国語とは方向性が違うというのは分かるけど学校でももう少しこういう古典の凄さが伝わるような教え方してくれるといいのになぁと思う
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