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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

弱者

作者:てと

誤字脱字報告有難うございます。サラッとお読みください



「ミカエラ……貴女の瞳は誰にも見せては駄目よ……」


「お母さん……どうして?わたしの目はおかしくなっちゃったの?」


「おかしく無いわ……でも、幼い貴女ではきっと利用されてしまう……。ミカエラ、貴女の瞳には力があるの……」


お母さんは痩せ細った手で私の目を布で覆った。だが、布で覆われていても私には見えている。お母さんは悲しそうに笑っていた。


それから暫くしない内にお母さんは亡くなってしまった。私はお母さんの亡骸の横で、お店のゴミ捨て場で漁ってきた残飯や腐った食べ物を食べ、雨水や泥水を啜り生きていた。周りには私は目が見えない卑しい孤児に思われていた。私はそれを利用して食べ残しでも良いからと物乞いもした。どんなに惨めでも、苦しくても、私は生きた。


生きる事に理由など無いと自分に必死に言い聞かせて。




ーーーーーーーーーー




ある日、惨めに物乞いをしていると貴族の男の人が私を凝視する。私は目の見えないフリをして何の反応もしない。


「……お前の母の名はペロネか?」


唐突に訳の分からない事を貴族の男は言った。確かに私のお母さんの名前はペロネだ。私は見えないと思われている目で布を透き通して男を見つめる。私はゆっくりと頷くと、男は手を差し伸ばして来た。私は何の反応も返さずに下を俯く。


「私の家族にならないか?」


私の家族は死んだお母さんだけだ。でも、私は頷いていた。



もう飢えなくて良いのかも知れない。 



喉が渇いて泥水を啜る事が無くなるかも知れない。



雨に打たれて寒さに震える事が無いかも知れない。



人の持っているものを羨む事が無くなるかも知れない。



私は男の従者に手を引かれて馬車に乗せられた。私の判断は正しいか分からなかった。でも、私は生きる為に必死だったのだ。





ーーーーーーーーーー




「父上!!何ですか、この汚い奴は!!」


「今日から私達の家族だ。名前は……何という?」


私は男の屋敷であろう場所に案内されると、目を吊り上げて怒鳴る少し歳上の男の子がいた。私は男の子を無視して、男に聞かれた事に返事を返す。


「……ミカエラ」


「ミカエラか、良い名前だ」


「父上!!父上は亡くなってしまった母上を裏切っていたのですか!?」


「ドミニク、黙りなさい。ミカエラは今日からお前の妹だ。ミカエラ、今日から私はお前の父だ」


「父上!!」


ドミニクと呼ばれる男の子は悲鳴の様に叫ぶ。そして私を親の仇の様に睨みつけてくるが、私は分からないフリをしていた。


「ミカエラの世話はハンナ、任せたぞ。話は終わりだ」


ハンナと呼ばれた女の人が私に近づいてきて私の手を痛いくらい握る。痛みに思わずハンナの顔を見上げると、憎しみの目で私を見下していた。


私が今までいた場所がマシに思える程の生活が待っているなんて、私は知らなかった。


別館の埃まみれの物置部屋にハンナに押し込まれ、腐った食べ物を一日一回出され、目が見えないからと知識は必要ないと言われ、何かある毎に鞭で背中や、服で見えない場所を打たれる。


使用人達に掃除を押し付けられ、その後は鞭で打たれて食事を抜かれるのが当たり前になった。周りに溢れるのは悪意。父親だと言った男は仕事で屋敷に滅多に帰らない。ドミニクは悪意に晒され、ボロボロになる私を鼻で嗤う。


庭の手入れをしろと言われ、私は綺麗に咲き誇る花達を無機質に見る。花達はこんなにも美しいのに、私の扱いは何だ?人間以下、いや……奴隷?違う……ゴミ屑の扱いだ。周りは私をゴミ屑として扱っているのだ。


私は美しく咲き誇る花々に、初めて瞳の力を使った。目を覆うボロ布をずらし、虹色の瞳に咲き誇る花達を映すと花達は一瞬で枯れ果て朽ちる。


「あんた!!何をしたのよ!!」


私を叱責に来たハンナが庭の惨状を見て私に怒鳴りつける。そして持っていた鞭で私を打とうとするが、私の虹色の瞳にはハンナが映っている。ハンナは驚愕して、鞭を放そうとするがもう遅い。


ハンナはミイラの様に枯れ果て死んだ。




皆死ねば良いのに




「ふふっ、あはははは!!!!」


私は私をゴミ屑として扱った人間をゴミ屑の様に次々と殺していく。どうして私を痛めつける人間に従わなければいけないのだ。


「なんで……なんで……その瞳は王族に稀に現れる……。なんで、お前がその瞳を持っているんだよ……」


死体が転がる中、ドミニクが叫ぶ。王族?そんなの知らない。私が知っているのは私を見下す人間だけだ。


「……貴方、生ゴミを食べたことある?喉が乾いて泥水を啜った事は?寒さで手足の感覚が無くなる事は?惨めに地面に這いつくばって物乞いした事は?他人が普通に持ってる物が欲しいと羨んだ事はある?……ねぇ、教えてよ」


「……え?」


「事ある毎に鞭で打たれ、使用人の仕事を押し付けられて、一日一回腐ったものでもいいからありつきたいって必死になる私は面白かった?」


「……そんな扱いをされていただなんて聞いていない。ハンナはお前が我儘だからと躾をと……」


「躾?そう……じゃあ、ちゃんと目を逸らさずに目に焼き付けてよ」


私は簡素なワンピースを脱ぎ捨てた。私の体は骨が浮き上がり今にも折れそうになっている。それだけじゃなく無数の鞭の跡や打撲で赤黒くなっている痣だらけだ。ワンピースで見えない場所は傷の無い所なんてない。


ドミニクは目を見開き口を手で押さえて、体を震わせる。


「ドミニク、貴方は見逃してあげる。貴方はまだマシな方だったから」


「ミカエラ!!」


「あら、今頃おじさん登場?」


「その瞳……やはり王族の血を引いていたか。しかし……その体はどうした……?何があった」


「おじさんが私をこんな地獄みたいな場所に連れて来たんだよ?」


「父上……使用人一同ミカエラに虐待をしていました。……私も同様です」


おじさんは着ていた服を脱ぎ、すまなかったと謝り私の体に巻きつける。此奴の目的は何だ?


おじさんは後悔する様に私とドミニクに話し始めた。簡単にいうと、王家に侍女として仕えていた私の母が陛下に手をつけられ、身篭り逃げ出したと。王家では私を探すようにと命じられていて、私を保護していたつもりだったそうだ。私が本当に王家の血を継いでいるか調査中だった事。血を継いでいなくても、兄弟のいないドミニクの為にそのまま伯爵家で養うつもりだったそうだ。


本当に、反吐が出る。


何だ、お前らの被害者面は。


被害者はお母さんと私だ。


私を守る為に貧民街で、体を売ってでも私を守っていたお母さんは王家と私のせいで犠牲になった。お母さんの悲しそうな笑顔を思い出す。あやふやになっていた筈のお母さんの顔。


「すまなかった、ミカエラ……」


ドミニクが罪悪感を露わにした表情で私に謝ってくる。私に手を伸ばすが私は瞳の力でドミニクの右手を捻り折る。


「うわあ゛ああ!!」


「ミカエラ!!頼む!!やめてくれ!!」


「……私がやめて欲しいって言っても誰も聞いてくれなかったくせに。……まあ、いいや。もう、ゴミは皆んな殺したから」


「ミカエラ……」



ーーーーーーーーーー




その後、私はおじさんに城へと連れて行かれ誰もが私の瞳に驚きと畏怖の表情をする。だが、それ以上にボロボロになっている事に哀れみの目を向ける。


初めて入ったお風呂で私を怖がっていた侍女達は、私の貧弱な体と傷に同情して、痛くない様にと体を洗った。


久しぶりに腐ってない食事を出され、獣の様に手掴みで次々と食べ物を胃に入れていく。そんな私に周りは何も言わずに見守るだけだった。その後、傷跡を隠すような綺麗なドレスを着せられて本物の父親である陛下に会う事になった。


どんなに綺麗に繕っていても、私の歪んでしまった本質は変わらないというのに。


王座に座り私を見下ろす父親を何の感情も無く見つめる。父親である男の片目は私と同じ虹色の瞳をしていたが、格下だと本能で感じる。


私は瞳の力で父親の首を見えない力で、ギリギリと真綿で絞めるように徐々に力を強めていく。父親は片方の瞳で抵抗しているみたいだが、何の意味も無い。頃合いの良い所で私は力を解く。


父親は咳き込み、息を荒くして呼吸を整えていた。周りにいる騎士達は剣を私に向けるが、私は綺麗なドレスをビリビリに破り、隠されていた傷と痣を見せつける。


「お前らはいつもそうだ。お前らが守るのはいつも力のある人間だけで、本当の弱者なんて目を向けない。見ろ、私は弱者だ。ただ、偶々力のある目を持っていただけの弱者だ。……お前らはいつも私を最低な気分にさせる」


「姫様!!」


侍女は露わにした私の体を隠す様に布を羽織らせる。


「何が姫様だ。私は文字すら読めない唯の卑しい孤児だ」


騎士達は動揺し、剣をゆっくりと下ろした。咳き込んでいた父親は私の姿に哀れみの顔をして頭を下げた。


「今まで辛い思いをさせてすまなかった。もう二度と、お前を傷つけないと誓う」


「……」


「ミカエラ、お前の瞳は神に愛されている証拠だ。その力は民を守る為に存在する。私利私欲の為にある物では無い」


「神なんていない。信じられるのも私だけ。そんなにこの力が欲しいなら……あげる」


父親である陛下に嗤い、私は両手で自分の目玉をくり抜いて握りつぶして地面に投げ捨てた。


「きゃあああああ!!!!」

「姫様!!何を!!」

「姫様を抑えろ!!」 

「医者を呼べ!!」


私はそのまま騎士達に抑えられながら侍女達に連れられ、部屋へと連れて行かれた。しかし、その日から私はこの国のお姫様として生きていく事になった。まともな食事、温かな部屋、理不尽な暴力もない。そのかわりに私は知識やマナー、様々な事を教えられた。




ーーーーーーーーーー




綺麗なドレス、豪華な食事、美しい音色の音楽。どれもこれも、私の気分を悪くさせる。


あの時確かに瞳を抉り握りつぶした。だが、皮肉な事に何故か半年経つと瞳は元通りになっていた。私はそれを隠し、布で昔の様に目を覆った。


今日は私の十八歳の誕生日だ。沢山の貴族が私を欲しがっているのが分かる。王族の血を引き、虹色の瞳を持っていたのだから。その恩恵に縋る奴らが多い。


ここに居る人間全てを殺してしまいたい衝動が襲う。殺気立つ私に臆する事無く近づいてくるのは、愚か者だろうか。男を見ると大人になったドミニクだった。黒い長い髪を横で結んで垂らし、端正な顔を後悔と懺悔の表情で歪め、昔私が捻り折った右手を差し出して来た。


私は無表情でその手を取り、ホールの中央へと足を運ぶ。音楽に合わせて踊るが、私達に会話は無い。


曲が終わり、ドミニクの手を私は離さないでテラスへと引っ張る。私は結われた髪を解いて手すりに寄りかかり空を見上げる。星達や月は雲に隠れ薄暗い。


「ねぇ、ドミニク。貴方には私が幸せそうに見える?」


「いえ……貴女はあの日と変わらない」


「私に近づいて来たのは贖罪?なら、私をお嫁さんにしてくれない?もう、檻の中は嫌なのよ……全部、全部、殺してしまいたいくらい」


私はドミニクの前に立って、他の人間には見えない様に布をずらしてドミニクを見る。ドミニクは私の握り潰した瞳が元通りになっている事に驚愕し、黙り込んだ。


「ねぇ、ドミニク。きっと私達うまくやれる筈よ?」


私は昔と変わらない顔でドミニクに笑みを浮かべて手を差し出すと、ドミニクは悲しそうな笑顔で私の手をとった。









有難うございました

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