浜谷陸太(はまや・りくた) 医師、疫学修士
2013年東京医科歯科大学卒。循環器内科後期研修後2018年に渡米、2019年にハーバード公衆衛生大学院で疫学修士を取得。現在、同大学院疫学科博士課程、ブリガムアンドウィメンズ病院予防医療科研究員、循環器内科医師、疫学コンサルタント。心血管病領域の疫学研究、臨床研究が専門。
信頼できる結論は、厳格な比較試験なしには得られない
ビタミンCの抗炎症効果は真実で、実際歴史的に「心血管疾患(心筋梗塞など)」の予防手段として注目されてきた。ところが、数々のランダム化試験が行われた結果、現時点では健康効果は期待できないだろう、という結論に至っている。
NMNサプリは新しいもので、動物実験でアンチエイジングや心保護作用が示されている。最近小さなランダム化試験で、人における筋肉のインスリン感受性の増大効果が示唆された。しかしそれ自体は、長寿に寄与するような驚くべき効果ではないし、エビデンスとしてのレベルは低い。本当に長生きするようになるかを調べるには大規模なランダム化試験が必要であり、現在のところそれが計画されている様子はない。
ヒトの「病気」や「健康」は非常に複雑な多数の要因で制御されており、(それっぽい)一つの要素で説明することは、基本的にはできない。まずこれをしっかり理解していただきたいと思う。
20人のCOVID-19患者を募って、イベルメクチンとプラセボ(偽薬)にランダムに割り振り、死亡率を比較した――これは「ランダム化試験」である。しかし、信頼できるものだろうか。
直感的に、20人では少なすぎる。ランダム化は「両群の性質を揃えるため」に行うものだ。10人ずつだったら、例えば年齢、男女比、併存疾患など、性質が揃うわけがない。
比較する指標(これをアウトカムと呼ぶ)が死亡率というのも疑問だ。この2群で統計的に有意な差が出るほど死亡者は観測されないであろう。
つまりランダム化試験ならなんでもよい、というわけではない。何よりもまず十分な患者数が必要で、かつそれに見合ったアウトカムを評価する必要がある。
ランダム化試験の信頼度を判断するには、かなり専門的な知見を必要とする場合が多い。最近、研究者の間で議論になったイベルメクチンのメタ解析論文を例に説明してみよう。
イベルメクチンの効果は一部の専門家が期待し、多くのランダム化試験が行われたが、どれも小規模(数十〜数百人単位)だった。そこで、これを合わせて解析する「メタ解析」をしたところ、イベルメクチンは驚異的な効果があることが示された、というプレプリント(査読前の論文)が出た。これは信頼に値するエビデンスか?
一般的には、第3相(フェーズ3)と呼ばれる大規模(数千人程度)のランダム化試験なくして、有効性を認めることは稀である。つまり、(質の低い)小規模のランダム化試験のメタ解析で有効性が示されても、それは決定的なエビデンスとは言えない。
なぜか。かいつまんで紹介する。
大規模のランダム化試験は概して質が高い(=真の因果関係を示している可能性が高い)。前述した両群のバランスのみならず、一貫した組み入れ、除外基準、治療方法(投与量や投与間隔等)、二重盲検化(試験対象の薬と偽薬のどちらを使っているか、患者だけでなく主治医にもわからないようにすること)、第三者機関の監視、統計的なパワー(効果がないことを正しく効果なしと判断する力)など、様々な観点において、である。
逆に、国の研究機関を介さない、一つの研究グループが実施したランダム化研究の質は低いことが多い。実際にどのような質の研究が行われたか、本当にランダム化が適正に行われたのかも含め、確認できないことが多々ある。ランダム化試験の結果には様々な利権が絡み、政治的な(=科学的でない)問題も発生しうる。さらに、メタ解析が内包する様々な問題もある(それぞれの研究を単純化しすぎるなど)。
事実、前述のメタ解析に含まれていた一つの重要なランダム化研究の論文が撤回されている。メタ解析は最終的に(有名とは言えない)ある医学誌から出版されたが、中身のデータも怪しい点があり、結論の妥当性を疑問視する専門家が多数いる。
様々な圧力がある中、イベルメクチンの承認を待った厚生労働省はさすがだ(「効かない」と言っているわけでない、「効くという、承認するに足るエビデンスがない」と言っている)。
最後に、「科学的根拠」とは「集団での平均効果」であるということを強調しておく。
例えばある薬で死亡率が0.9倍になった、という信頼できるエビデンスがあるとする。0.9倍って大したことないじゃん、と思われるかもしれないが、これは「あなたへの効果」では決してない。その研究対象となった集団において、1000人亡くなるところが900人になる、ということだ。従って、 0.9倍は素晴らしい効果と言える。
あなたがその薬が投与され死ななかったとして、もし投与されなかったらどうだったかは知る術がない。だから個人への効果はわからないのだ。
近年目覚ましい機械学習や因果推論の発展により、個人への効果を推定することは理論的にできるようになってきた。例えば「ターゲット広告」はこの理論に基づいており、企業では日常的に行われている。だが、人の健康に関わる医学・疫学領域で実用されるのはまだ先である。
薬や治療というのは必ず副作用が付きまとい、過去に「承認された薬」の副作用で不幸な転機をたどった方が無数いる。サリドマイド、心筋梗塞後の抗不整脈薬、例を挙げればキリがない。必然的に、治療法の承認における科学的根拠(=因果関係)の評価はかなり慎重になっている。逆に、公的機関が「科学的根拠あり」と判断した治療法は信頼してよい。新型コロナウイルスやHPVに対するワクチンはそれに当てはまる。
薬の承認については様々な利害関係が絡む。例えば薬の開発に関わった基礎医学者は密接な利益相反がある。承認のプロセスは専門的であり、必ず疫学に精通した専門家が行う必要がある。日本は伝統的に基礎研究が重視されてきており、疫学の教育は欧米と比較し、かなり遅れている。それ故本当の専門家が少なく、誰の情報を信頼したらよいのか、とてもわかりにくい。
一般の方々は、上述した「科学的根拠の成り立ち」を理解し、病気の予防や治療は公的機関の意見を信頼していただきたい。そして、くれぐれも上述した注意点を踏まえ、怪しいエセ医学情報・健康商品に騙されないようにしていただきたい。
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