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 カレー作りは難なく成功し、俺たちは一緒にいただきます、と手を合わせた。

 テレビのバラエティ番組をBGMに、スプーンを口に運ぶ。


「どう?」


 心配そうに雛形が訊いてくるので、率直な感想を口にした。


「特別なものは何も入れてないはずなのに、美味しい」

「特別なもの……入ってる」

「え? 隠し味的な?」


 雛形は照れるようにうつむいて、小さくうなずいた。


 そんなもの、入れてたっけ? インスタントコーヒーとかチョコレートとか、隠し味で入れるっていうのは聞いたことがある。殿村家は市販のカレーにはウスターソースを入れたりする。各家庭で隠し味ってのは色々あるんだろう。


 何を入れたのか全然言わないので、俺は「へえ。いつの間に」と言ってカレーをまたひと口食べる。


 空腹とかそういう系か?

 空腹は最高の調味料って言うもんな。じゃなけりゃ――。


「愛情とか」


 言ってすぐに、なわけないよなーと笑いながら残り少なくなったカレーを食べる。

 ちら、と雛形の手元を見ると、完全に止まっていた。


「……っ」

「雛形?」

「ううん、何でもない……」


 ぎこちなく笑いながら、カレーをすくえてないスプーンを口に入れる。

 雛形が冗談を言うのは珍しい。


 そんなにテンパるくらい恥ずかしいなら言うなよ、とつい思ってしまう。


 おかわりをして、二杯目を食べ進めていると。


「サラダも、作ればよかった」

「それもそうだな。ま、今度でいいよ」

「今度?」

「あ……いや、機会があれば、って意味で」


 無理強いをしたいわけじゃないし、夕飯を作ってくれる雛形に甘えるつもりもない。

 それを言おうとしたら、雛形は首を振った。


「作る。今度も。隆之介が、いいなら」

「部活で忙しいのに、無理しなくても」

「してない」


 頑とした口調だった。


「なら、いいけど」

「うん」


 一緒に夕飯を食べる――この空気感がくすぐったくて、どこか満たされた気分になる。

 美味しいっていうのは、料理の評価だけじゃなくて、空気感込みの評価だったのだなと思う。


「隆之介、いっぱい食べるね」


 いつの間にか空になったカレーの鍋を見て、雛形が驚くように言う。


「……まだ食えるぞ」

「え」

「足りないってわけじゃないけどな。女子基準で考えたら、びっくりするかも」


 作ってくれる弁当も、女子基準でいう大盛なので、高二男子を満腹にする量ではないのだ。


「そっか。隆之介、いっぱい食べてくれるね」


 雛形が嬉しそうに口にすると、洗い物をはじめた。手伝おうにも二人でするには少々流しが狭いので、俺の申し出はあっさり断られた。


 洗い物が終わるのを待っている間、テーブルの席でテレビを眺める。

 またくすぐったくなって、俺は少し笑ってしまう。


「今、笑った?」

「いや、おままごとのリアル版みたいだなって思って」


 ふふふ、と雛形も控えめに笑った。

 水音が止まり、洗い物が終わったのかとキッチンのほうへ目をやると、意を決したように雛形は言った。


「今度の試合、二〇点以上取ったら……また、お出かけ、したい」

「え?」


 聞こえなかったんじゃなく、確かめようとして訊き返すと、すっとしゃがんで雛形は姿を隠した。


「二〇点……」


 小声が聞こえる。

 普通のシュートなら一〇本。前の練習試合の合計得点が八〇点ちょいだったので、二〇点っていうのはその四分の一程度。


 それがどれくらいのハードルなのか、いまいちよくわからないでいた。

 けど、そんなハードルがなくても、出かけるくらいお安い御用だ。


「二〇点でいいの?」

「やっぱり、一五点……」

「二〇な」

「意地悪……」


 その条件を最初に言い出したのそっちだろう。


「いいよ。何点でも」

「ううん。そういう、目の前のニンジンがほしい」


 頑張ったご褒美って意味か?


「……なあ。相手って――」


 俺でいいのか?

 俺相手で、ご褒美になるのか?

 それとも、ただの気晴らしってことか?

 幼馴染だから、気安く誘いやすいってこと?


 たくさんの疑問が喉の奥に引っかかって、結局何も言えなかった。


「俺誘っても、仕方ない気がするけど」

「じゃあ、杉内くんとくらちゃんも、誘う」

「それなら、まあ……」

「決まり」


 仲良しグループで遊びたかったってことか。変なこと訊かないでよかった。

 何かしらの頑張る理由がほしかっただけなのかもしれない。


 長居をするつもりはないようで、洗い物を済ませた雛形は帰り支度をはじめた。


 この前のことがあったせいで、八時半という時間が、まだ早い時間に感じてしまう。


「家まで送るよ」

「……うん。ありがとう」


 雛形はローファーを履き、俺は適当なスニーカーをつっかけて、玄関をあとにする。

 いつもとは違う方向へ雛形が歩き出すので、俺は何も言わず従った。


「今度は、何食べたい?」

「何が作れるの?」

「ええと……ネット見れば、だいたい大丈夫っ」


 本当かよ。

 俺が苦笑していると、ぷうと膨れた。


「隆之介、信じてない」

「信じてないとかじゃなくて、大丈夫かなって思っただけ」

「やっぱり、信じてない。ネットの力を」

「そっちかよ」


 信用ならなかったのは、雛形の力量のほうだぞ。


 静かな夜道を二人で歩いた。雛形家へは、完全に遠回りの道だ。


 つん、と手の甲同士が触れて、雛形が短く息を呑むのがわかった。

 モテるやつは、こういうときにさらりと手を繋げるんだろう。でも、俺にはちょっと難しい。


 雛形の好きな男子は、俺かもしれないし、俺じゃないかもしれない。

 きっと後者の可能性のほうが高いだろうから、こういうときに彼氏面して手を繋ぐなんて、できなかった。


「今度何食べたいか、考えとく。何か作りたいものがもしあったら、随時募集してるから教えてくれ」

「わかった」

「今日、驚いた」

「何が?」

「雛形が、冗談言うから。そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのにって」

「え?」

「隠し味の話。愛情っていうより、友情のほうが、しっくりくるっていうか――」


 押し黙る雛形を見て、想定してなかった場所に、思わぬタイミングで踏み込んでしまったのだとすぐに気づいた。


「いや――違……」


 訂正しようとした言葉が急停止する。

 違う? 何が違うんだ。いいや何も違わない。愛情ではなく友情のほうがしっくりくる。

 だから。

 だから、俺はもしかすると、否定してほしかったのかもしれない。それを勝手に期待してしまったんだ。

 そうじゃないよって言ってくれるのを。


 雛形は、否定も肯定もしなかった。


「……ここでいいよ。ありがとう」


 そう言い残して雛形は走り出した。

 呼び止めることができなかった。

 ひどく傷ついたような横顔は、俺のせいだから。


 ……なあ雛形。

 あの発言でショックを受けるってことは、友情だって言わるのがツラかったってことだろ。

 じゃあそれって、おまえの好きな人は俺ってことにならないか……?

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