登校すると、雛形がいないタイミングを見計らって杉内がこちらへやってきた。
「よ。昨日はどうだった?」
俺が尋ねると、ぷるぷると震えはじめた。
自称わかってる男、杉内のことだ。それなりに上手くやるんだろう。
「おまえのせいで……」
「え? 俺?」
「おまえがジュースおごるとか、余計なこと言ったせいで、オレは……」
何があったのか訊くと、どうやら残金が一〇〇円もなかったらしい。
カッコつかねえ……。
「うっちーに、ドンマイって笑われた」
「いいじゃねえか。笑ってくれたほうが」
そぉ~だけどよ~、と膝から崩れると、ぺちゃん、と俺の机に突っ伏した。
「で、訊いてくれた?」
「内之倉さんのこと? ……あれは、妙な誤解を生んだらしく、嫌そうな雰囲気丸出しだった」
ずるずる、と杉内は机から床に落ちていった。
「もう無理。八方ふさがり」
「まあ、元気出せ」
そもそも、昨日俺とコンビニに行ったとき、調子に乗って余計なものを買い過ぎたってのが一番悪いと思う。
「おまえはいいよ……美少女の手作り弁当食って、一緒に帰って……」
「手作り弁当?」
「違うの? うっちーがそうだって昨日言ってたけど」
やっぱそうなのか。
確かに、残り物はひとつも入ってなかったし、作り慣れた主婦のこなれた弁当って雰囲気もなかった。
どれも上手にできていて、感想を言うたびに雛形は嬉しそうにそのおかずをわけてくれた。
「殿村……まさか今日も渡されてるんじゃ――」
杉内、ご名答。
『ついでだからって、お母さんが』
と、今朝も弁当を渡されていた。
「ということは、今日もか……?」
「許せねえ……全男子の想い、オレが晴らしてくれる……」
呪詛をつぶやいてゆらりと立ち上がった杉内が、席へと戻っていく。
ああ、チャイムが鳴るからか。
先生が来る前に席に着くという真面目スタイルだった。
「杉内くん、どうかした?」
雛形が戻ってきた。
「全男子の想いを一身に背負ってるらしい」
「??」
雛形は不思議そうに首をかしげた。
昼休憩に入ると、杉内がコンビニの小さなビニール袋を手に俺の席までやってきた。
「邪魔するぜ」
「構わんぞ」
前の席の椅子を借りた杉内が、気遣わしげな視線を雛形に送ると、雛形はきょとんとした。
やれやれといったため息とともに、雛形の向かいに座ったのは内之倉さんだった。
「ま、たまにはいいよね。私も栞とお昼過ごしたいときもあるし」
雛形は目を輝かせながらふんふん、と何度もうなずいた。
向かいの二人が広げた弁当を同じタイミングで見比べる。
「……マジで中身、一緒だな」と杉内がぼそり。
「ねえ、栞、朝何時に起きたの?」
ぴくんっ、と雛形は強張らせたように背をただした。
今日の弁当を見て、やっぱそうだよなと思う。
弁当に可愛げがあるというか、愛嬌があるというか……。
「く、くらちゃん、しーっ、しーっ」
顔を赤くした雛形は俺をちらっと見て、どうにか口止めを試みていた。
「あ、なんかマズかった?」
「うっちー、どうやらこの男、これがお雛様の手作りとは知らないらしい」
「言ってないの?」
しゅぅぅぅぅん、と肩をすくめた雛形がどんどん小さくなっていき、蚊の泣くような小声で言った。
「……お、美味しくなかったら、お母さんのせいに、できる、から……」
おばさんが作ったことにしているのは、予防線の一種らしかった。
「「乙女……」」
杉内と内之倉さんの声がそろった。
「殿村くん、昨日はどうだったの?」
「弁当? 普通にうまかったよ」
「だってさ、栞」
内之倉さんは人差し指で、赤くなった雛形の頬をぶすぶすと指している。
「失敗しても成功しても、あんたのお母さんの手柄なんだよ? 何で隠すのさ」
「…………はじめてだから……自信、なくて」
キメ顔で杉内が雛形を指差した。
「ひながっさん、可愛いすぎ」
「りゅ……殿村くん、嘘ついてごめんね。私が作ったの」
「いいよ、気にしない」
ほっとしたように、雛形が笑みを浮かべた。
「イチャイチャムードをぶち壊しにきたけど、ちょっと無理っぽいわ」
「イチャイチャなんかしてねえよ」
そのために来たのかよこいつ。全男子の想いってそういうこと?
そういう思惑があったらしいけど、そのあとは普通に昼食をとって、どうでもいい雑談を四人でする。これはこれで楽しい。
俺たちの前では、杉内は普通に内之倉さんと接している。あわあわしたりテンパったりする様子はなく、非常にスマートだった。
あ、そうか。昼休憩四人ですごせばよくないか?
俺が提案すると、真っ先に内之倉さんが雛形に目をやる。
「……うん。そうしよう」
にこりと笑顔で雛形がうなずいた。
「栞がいいなら」
「……」
杉内が神を見る目でこっちを見つめてくる。
「殿村、ごめん……オレが間違ってた……、オレはマブダチになんてことを……」
「いいってことよ。気にすんな。マブダチかどうかはこの際おいとくとして」
「友情をオレの一方通行で終わらせんなよ」
無駄に熱い杉内をスルーしておく。
こうして、昼は四人で集まることになった。
放課後は各委員会があるので、俺と雛形は委員会のある教室へとやってきた。
ちょうどその教室は去年俺が過ごした一年C組。
適当な席に座り、窓の外を懐かしく思っていると、「最初の隆之介の席、ここだったよね」と右隣の雛形が静かに言う。
よく覚えてんな。俺ですらあやふやなのに。
各クラスの美化委員男女が集まりはじめ、まだ真新しい制服を着ている新一年の美化委員もそろいはじめた。
一年の一人に、中学校の後輩女子を見つけた。
「あ、先輩」
「本間?」
本間小夏。女の子の後輩で唯一顔と名前が一致する女子だった。
何がきっかけだったかは忘れたけど、中学のときはぼちぼち話をする仲だった。
さっと雛形が本間のほうへ目をやる。
本間はにこっと笑うと、俺たちに小さく会釈をした。
同じ美化委員の男子はそっちのけで、本間は左隣の席に座る。
まあ、席は決まってないしどこ座ってもいいだろう。
「本間、この学校入ったんだ」
「はい。ずーっとここって決めてたんです」
「へえ。本間は、頭いいんじゃなかったっけ? もっと頭のいい所に行くんだとばかり」
「えへへ。先輩を追いかけてきちゃいました」
ぶわっと殺気めいた何かを右隣から感じた。
怖かったので、俺はそのまま本間のほうへ顔をむけていた。
「ふふ。冗談です」
「変なこと言うなよ」
ふう、と息をひとつつく。
本間がまた何か話そうとしたとき、雛形にぐいっと制服を引っ張られた。
冷たぁ~い声で言う。
「前、見て。先生、来たから」
「……はい」
委員会は、委員長と副委員長を三年の中から選んで、先生が活動内容を伝えて、それから花壇の水やり当番を決めて終了。
二〇分とかからない集まりとなった。
「先輩、美化委員って何をするんですか?」
「さっき、先生が言ったよ」
俺が答えようとすると、雛形が先に口を出した。
「月一の清掃活動と、当番制の花壇の水やり」
他の委員会や押しつけられる変な仕事を思えば、楽なものだ。
解散となり、教室から出ていく生徒がいる中、俺を挟んで雛形と本間が目線で何かのやりとりをしていた。
時間にして一時間。
……くらいに感じたそれは、実際は一〇秒もなかったと思う。
雛形が、こうして敵愾心を剥き出しにするのは珍しい。
「うっかりしてて聞き逃しちゃって。すみません」
困ったように笑い、立ち上がった本間は「じゃあ先輩、また」と笑顔で手を振って出ていく。
中学のとき、本当かどうかはわからないけど、本間は俺のことが好きらしい、と噂で聞いたことがあった。
「……」
あるはずの部活にも行かず、後ろでゴゴゴゴと変な擬音を出している幼馴染を振り返ることはできなかった。
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