「あけて! だいじなことを、いいにきました!」
外ですーちゃんが叫んでいる。
「聞こえているから、そこから言って」
と、扉を開けるつもりがない雛形。
「おかーさんが、りゅーくんご飯たべていく? ってきいてきてって」
「どうする?」
壁掛け時計に目をやると、もう一八時を回っていた。
もうそんな時間か。俺の制服はもう乾いた頃だろうし、帰ろうと思えば帰れる。
「久しぶりだし、ご馳走になるよ」
「涼花、隆之介、ご飯食べるって」
「わかったぁー!」
とてとてとて、と足音が遠ざかっていく。
ようやく雛形が俺のあぐら席から立つと、念を押すように言った。
「涼花の結婚がどうのこうのっていうのは、気にしないで。言っているだけだから」
「わかってる。ちびっ子の言葉を真に受けたりしないよ」
それを本人に言ってしまうとまた大号泣させてしまうだろうから、言わないけど。
「私たちも、したよね」
「……したっけ」
本気か? と尋ねたそうにくるっと振り返った。
「うん。でも、隆之介、次の日は、保育園の先生と結婚するって言ってた」
「……」
「とんだ浮気野郎」
「待て待て。全然覚えてねえ! てか、いつの頃の話をしてるんだよ。許してくれよ……」
俺が弱っていると、くすり、と笑みをこぼした。
「いいよ。今さら怒ってないから」
そりゃどうも。すーちゃんも好感情の表れを結婚って言っているだけなんだろうってのは、俺もわかるよ。
下から俺たちを呼ぶ声がする。雛形のお母さんの声だ。
準備ができたらしいので、俺たちは揃って一階へとおりる。
ダイニングにやってくると、席に着いていたすーちゃんが、自分の隣の席をぺしぺし、と叩いていた。
「りゅーくんは、ここ。しーたんは、あっち」
一番離れた席を指差すすーちゃんだった。
「いいよ。私は別にどこでも」
さっきとはまるで違う大人の対応に、俺は小さく笑った。
「隆之介くん、久しぶりねえ」と雛形のお母さんに声をかけられ、「久しぶりっす」と小さく会釈をする。うちの母さんと同じくらいの四〇代前半。若い頃は綺麗だったんだろうなって感じの優しげなお母さんだ。
その遺伝子を色濃く継いでいるのが、雛形だろう。
あ、そういや、母さんに晩飯要らないって言っておかないと。
携帯でメッセージを送ると、『りょ』とだけ帰ってきた。
「殿村さん、今日はお仕事?」
「夜勤だから、まだしばらくは家にいるかも」
「あら。それなら招待すればよかったかしら」
大したものは作ってないんだけど、と冗談めかして言って、うふふと目を細めた。
「ああ、お構いなく」
そう? とおばさんは首をかしげた。
「りゅーくん、おはし、これね」
お客さん用の箸をわざわざすーちゃんが手渡してくれた。
「ありがとう」
お礼を言って頭を撫でると、むふーっと得意げにすーちゃんは鼻息を荒くした。
席に着き、テーブルを囲むと、一人いないことに気づいた。
「
三姉妹の真ん中。この四月で中三になる後輩だ。
「今日は道場の日。だから、ちょっと遅い」
「なるほど」
物静かでクールビューティといわれる長女の栞。天真爛漫、純粋爆弾の涼花。そして、ザ体育会系で明け透けな空手少女の彩陽。
これが雛形家、美少女三姉妹。
おばさんが席に着き、そろっていただきます、と手を合わせる。
バラエティ番組をBGMに、おばさんから近況を訊かれ、俺はそれに答えていった。
「お母さん、久しぶりだからって、訊きすぎ」
諫めるように雛形が言うと、おばさんが目を丸くした。
「栞……あなたそんな服着てどこ行く気なのー?」
やっぱりそうだよな。部屋着にしては、すげーちゃんとしてるし。
あ、何かこれから予定でもあるとか?
つっても、ここは周囲には何もない田舎町だ。
一九時になれば商店は閉まるし、開いているのは唯一のコンビニくらいだ。
「……どこも。ただ、なんとなく」
「あ。そっか。ふうんー?」
何かを察したおばさんがニマニマ笑うと、雛形はお椀を持ってその視線を遮った。
「ほんとだ! しーたん、いつも、よれよれの服、きてるのに!」
「そんなの、着てない! 変なこと言わないで」
「りゅーくん、しーたんが怒る……ほんとのことなのに……」
「隆之介を巻き込まないで」
ぴしゃりと言うと、むううとすーちゃんが顔をしかめた。
「こら。隆之介くんの前で喧嘩しないの」
いつものことなのか、おばさんも苦笑気味だった。
雛形家で食事をするのが久しぶりだから忘れていたけど、小学生のころは、すーちゃんじゃなくて彩陽が似たようなことをやって雛形と小競り合いをしていたのを思い出した。
なんというか、変わってないこのアットホームさが少し懐かしく感じる。
「隆之介くん、好きな人でもできた? 彼女いるの?」
ぴく、と反応した雛形が、お椀を口元で傾けたまま手を止めた。
「いないですよ、どっちも」
「モテそうなのにねぇ」
「モテそうってことは、モテないってことでもあるんですよ」
自分で言っていて、ちょっと悲しくなるな。
「お母さん、変なこと訊くの、やめて」
「変なことじゃないでしょー?」
「ん――もう、いいからっ」
学校では、多くを語らず、それでいてお淑やかで楚々とした印象がある雛形でも、親の前では子供っぽくなるんだなぁ。
俺もそうなるんだろうけど、そのギャップが少しおかしい。
あそうそう、と何かを思い出したおばさんが、俺の制服が乾いていたことを教えてくれた。
明日無事に学校に行けそうでよかった。
夕飯を食べ終え、リビングですーちゃんと話をしていると、いつの間にか眠ってしまった。
片づけの手伝いを終えた雛形がこちらにやってくる。
「隆之介が来てくれて、嬉しかったんだと思う。すごくはしゃいでた」
「いつもこうじゃないの?」
「ううん。いつもはもう少し大人しい」
へえ、と俺はすーちゃんを雛形に任せ、帰り支度を整えた。
玄関で履いたスニーカーはまだぐっしょりだったけど、しばらくの辛抱だ。
「送るよ」
普通、こういうのって役割が逆だと思うんだけど。
断ろうとしていると、がらり、と扉が開いた。
「あ、兄ちゃん来てる!」
「よお」
うるさいのと鉢合わせてしまった。
よく知っている中学の制服を着た彩陽は、今日は短い髪の毛を後ろでくくっていた。
「え、何、うちでご飯食べたのー?」
「相変わらずうるさいな、おまえは」
「そんなこと言わないでよぉー。久しぶりなんだからテンションも上がるってもんだよ。ねーちゃん、兄ちゃん来るんなら教えといてよ! 稽古サボったのにぃ」
彩陽のこの、不満げに唇を尖らせた表情、めっちゃ雛形に似ている。
「元々そんな予定はなかったから」
ちら、ちら、と俺と雛形を交互に見ると、訳知り顔をする。
「わかった……兄ちゃん、もしかしてねーちゃんにエロいことしに来た?」
「何もわかってねえな。ただの雨宿りだよ」
「えー? 怪しいー!」
「うるせえな」
指をさされたので、それを払うと彩陽はケラケラと笑った。
雛形と彩陽に別れの挨拶をして玄関を出ると、後ろに彩陽がついてきていた。
「何ナチュラルについてきてんだよ」
「送る!」
「いや、いいよ。そこなんだから」
ずいっと近寄って彩陽が背伸びをして俺の首元に顔を近づけた。
スンスン。
「兄ちゃんから、ねーちゃんのにおいがする」
犬か、おまえは。
「ヤってますわ、これ」
「想像に応えられなくて悪かったな。何もねえよ」
「うっそだぁー!」
嘘じゃねえんだよ、と俺は言って、手を振って歩き出す。
でも、彩陽は本当に送るつもりなのか、道路に出てもあとをついてくる。
「雨宿りをして、それで体を温めあったんっしょー?」
「雛形は好きなやつがいるんだ。俺とはそんなことしねえって」
「ぶはは! ウケる!」
「ウケる、じゃねえよ」
「だってそれって……」
よっぽどおかしかったのか、笑いがおさまると、彩陽は涙を指先ですくった。
「もしかして、何か聞いてる? 雛形の好きなやつの話」
「聞いてはないけど、知ってるよ。もうずーっと前から」
「そんな前からかよ……」
「え、マジで? それボケじゃなくて? ツッコミ待ちじゃなくて、マジ? リアルに?」
え? と俺の反応が鈍いのを見て、ははーん、と何か納得がいったらしい彩陽。
「ありゃぁ、ねーちゃんも大変だ」とぽつりとつぶやいた。
彩陽も前々から聞いている――?
「俺、だったり、して……?」
そんななわけないじゃん。
――って言うと思ったし、ていうかそれを待ちの発言だった。
「んふふ。どうだろう」
「どうって……は?」
何で否定しねえんだよ。何だよ、そのニヤニヤ。
「まあ、またうち来なよ、兄ちゃん。すーちゃんもあたしも、もちろんねーちゃんも大歓迎だからさ」
じゃあね、とひらひら手を振って彩陽は楽しそうに去っていった。
「どうだろうって何だよ……」
何なんだよ、あのニヤニヤ。
「いや、ないない。先輩、自意識過剰だってば、ぶはは」
違ってたら、彩陽のことだ。こんな感じのことを言いそう。
てことは……。
「ん――?」
聞いていた好きな人の情報を総合していくと……俺の可能性、なくはないぞ……?
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