廊下に出て着替えを待っていると、とことこ、という軽い足音が聞こえてくる。
「あ。りゅーくんいる!」
ちびっこいのが現れたと思ったら、雛形の一番下の妹、
保育園帰りなのか、小さな黄色い肩掛けバッグをしたままだ。
「お、すーちゃん。久しぶり」
よお、と挨拶すると、とてとてとて――と走ってがしっと足に抱き着いた。
「おとーさんの、服着てる」
「ああ、ちょっとな。りゅーくん、雨で濡れて、この服借りてるんだ」
けど、大きくなったなー。最後に見たのが去年くらいだから、まだ足取りも覚束なかったのに。
しゃがんで頭を撫でると、何を思ったのか、すーちゃんはいきなり雛形の部屋を開けた。
「しーたん! しーたん! りゅーくん、きてるっ」
俺を指差すすーちゃんのむこうでは、「へっ」と上半身ブラジャーだけの雛形がいた。
「うやあ――――ん!?」
変な悲鳴と同時に半泣きになる雛形から目をそらし、俺は手探りで扉を閉める。
「なんで? なんでしめるの?」
「すーちゃん、しーたんは今着替え中だから……」
雛形、顔真っ赤だったな。
今日一日で、幼馴染の上下の下着を見てしまうとは……。
「しーたん、りゅーくんきてるー!」
扉に向かってすーちゃんはもう一度言う。
「すーちゃん、しーたんは知ってるから言わなくても大丈夫だよ」
そぉ? とくりっと首をかしげるすーちゃん。
「りゅーくん、顔赤い。かぜ?」
「そうじゃなくて……お姉ちゃんの着替え見ちゃったから」
「すーかのおきがえ、見る?」
「見ない」
「みてー!」
何で見せてぇんだよ。
「もう、大丈夫だよ」
雛形が部屋から顔を出す。もう顔色は元に戻っていた。
目が合うと、思わず視線を外してしまった。
さっきの光景が目蓋の裏から離れない。
白くて細くて、服を着ていたらわからない綺麗な曲線を描いたくびれ。
「りゅーくん、はいって、はいって」
俺の指を掴むと、すーちゃんは半ば強引に雛形の部屋へ入れた。
制服から着替えた雛形は、ワンピースにカーディガンを羽織っている。
生活感ある部屋では、ちょっと浮いているように見えた。
俺があぐらをかくと、ちょこん、とすーちゃんがそこに座った。
「涼花。隆之介が、困る」
「いいの」
ぷくん、と膨れて、スウェットにしがみついた。
「いいよ。すーちゃんくらいなら軽いし」
ぷくん、と今度は雛形が膨れた。
何だ、この姉妹。可愛いな
久しぶりに会ったすーちゃんから、近況報告を聞かされる。保育園で何があっただの、お母さんが、お姉ちゃんが、どうのこうの。
ちなみに、雛形のお父さんは単身赴任中。月一回帰ってくるかどうかで、なかなか忙しくしているようだ。
「ごめんね、隆之介」
ともかく、すーちゃんは俺にべったりだった。
「お父さんが普段いないから、寂しいのかも」
「しーたん、ちがうよ。すーかは、りゅーくんとけっこんするの。だからこうしてもいいの!」
「俺とすーちゃんって、結婚するの?」
「するのー」
うわーい、と楽しげにすーちゃんは俺の首に抱き着いてきた。
好々爺のように俺は目を細め、よしよし、と背中をとんとんとしてあげる。
純粋まっしぐらで可愛いのう……。
「しない、しませんから」
目を吊り上げた雛形が、すーちゃんの脇のあたりに手を入れ、ぐっと持ち上げて引き離そうとする。
それでも、すーちゃんは首に回した腕を解く気はないらしく、がっしりとしがみついている。
「するー! りゅーくん、たすけて!」
「なあ、雛形……そんなに無理に引っ張らなくても」
「雛形って誰。どっちも雛形だよ」
目が据わっている。
「えと……しーたんのほう」
「栞」
「栞」
なんか怖くなって名前をただ繰り返した。
「しーたんが、りゅーくんと結婚しないっていったから、すーかがするのーっ」
そりゃ雛形はそうだろうけど、そういうシステムになってんの? すーちゃん俺のこと愛しすぎじゃね。
「そ、そ、そんなこと言ってないっ」
「いったもん!」
引き離そうとする雛形と離れまいとするすーちゃんの攻防がしばらく続き、いよいよすーちゃんは剥がされてしまった。
「うっ……うぅっ……ああぁぁぁぁぁぁん――」
大号泣だった。
「おかぁぁぁさぁぁぁん――! しーたんが、りゅーくんとるーっ! ひとりじめするー」
泣きながら部屋を出ていき、お母さんに助けを求め一階へとおりていった。
「取るって、私のでも涼花のでもない」
もう、と不満げに雛形はため息をついた。
「まだ年長さん? なんだから、そこまでしなくても」
「隆之介、ロリコン?」
「は? 何でそうなるんだよ」
「涼花に甘いから」
甘いって……そりゃ、人んちのちびっ子があんなに懐いてくれれば、甘くもなるだろう。
「じゃあ、どういう人が好み?」
「どういうって……」
改めて訊かれると、答えに困るな。
「優しい……とか」
「アイドルの回答みたいに曖昧」
「んなこと言われても……」
考えを巡らせ、ひとつ思いついた。
「巨乳」
「それは無理」
「何だ無理って。好みの話だろ、好みの」
「細いと太いなら、どっち?」
「そりゃ、まあ、細いほうだ」
「そ……そう。そうなんだ」
吊り上がっていた目元が、徐々に元に戻ってきた。
「巨乳と細いは、相反する。両立はほぼ不可」
そんなことないだろう。画面の向こうにはいっぱいいるぞ。
……と思ってもさすがに口にはしなかった。
「身長はどう?」
「身長?」
「涼花みたいに小さいか……私みたいに一六〇センチちょっとか」
「そりゃ、後者だ」
後者はやけに具体的だな。
「ふうん。そう」
また表情が少しゆるんだ。てか……質問極端じゃね? 身長も体型もその間のやつくれよ。
こほん、と咳払いをする。
「私も、涼花と同じくらい、軽い」
なわけねえだろ。高二女子と保育園児の体重が同程度なんて。
そんなはずないだろうけど、じゃあ何キロなのかって聞かれたら具体的な数字はわからない。
「た、試してみる?」
「ああ、うん」
どうやって? って聞こうとしたとき、俺の前に来てくるんと背を向けてあぐらの上に座った。
恐る恐るといった様子で、ゆーっくりともたれかかってきた。
……何これ。
状況がわからないでいると、雛形の耳が徐々に赤くなってきた。
恥ずかしいならやるなよ!
思った以上に雛形は軽かった。俺の足や胸など触れている部分は漏れなく柔らかい。
女子ってこんなに違うもんなのか。
「どう……?」
「すーちゃんよりは、そりゃ重いけど」
べしべし、と膝を叩かれた。
「思った以上に軽い」
「よかった」
きぃ、と扉が軋む音がすると、隙間からすーちゃんがこっちを見ていた。
「しーたんが……りゅーくん、とる……」
うるるる、と瞳を既にうるませていた。
無言で立ち上がった雛形は、きっちり扉を閉め元の位置まで戻ってくる。
俺のあぐらは、そんなに座り心地いいのか?
「雛形の、好きなタイプは何かあるの」
「紳士な人。優しくて、何か私がマズいことをしようとしていたら、本気で注意してくれる人」
優しくて紳士ねぇ。
そんなやつ、漫画の中にしかいないんじゃないのか。
でもなんか具体的だから、タイプっていうより、好きな人を思い浮かべてしゃべっているってのはわかった。
思いきり背中を俺の胸に預けた雛形が、「あったかい」とぼそりと言った。
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